附記ツケシルス









酒場には、今夜も荒くれどもが群れを成して繰り出している。皆、表には出られぬ裏の稼業に 生きる者達ばかりである。
彼らが集まるこの酒場は、言ってみれば彼らのためにある。一般人が入るには、この店は 少々きついものがあるだろう。

裏の世界に生きる彼らの命を繋ぐものが、毎夜この酒場に出没する。彼らに仕事を与える、 仲介屋と呼ばれる人間だ。依頼人からの仕事を預かり、便利屋や荒事師と呼ばれる荒くれどもに 振り分け、仲介料を取って生計を立てるのが彼ら仲介屋だ。
荒くれどもに直接依頼を持ち込む依頼者もいなくはないが、ほとんどの場合、仲介屋を通すのが 通例となっている。

仲介屋が仕事を振り分ける光景は、市場の競りに近い。

「一番高い飯にありつくのは誰だ? まずは千ドルの大物から行くぜ」

声高に仲介屋が叫んだ。そこから先は、怒号と罵声、そして高い仕事を手にしたものの歓喜で 溢れる。



三人の仲介屋が、それぞれ自分達の預かった依頼のほとんどを捌いたところへ、少し遅れて 新しい客が顔を覗かせた。
タイミングを読めない新人か、それとも場違いな一般人か。それまで喧騒の渦にいた全員が、 一斉に入口を見る。しかし、彼らの予想はどれも外れていた。

「ダンテ、それにバージルも!」

皮切りの声は、仲介屋の一人から発せられた。

「あんたらご指名の仕事があるんだ、早く聞いてくれよ」

にこにこと、来たばかりのダンテとバージルに近寄ろうとする仲介屋を、他の仲介屋が 遮った。

「待てよ、こっちだってダンテに名指しで依頼があるだぜ? 抜け駆けは許さねぇ」

「俺の方も二人を指名してる依頼があるんだ。な、ダンテ、俺のを請けてくれよ」

「あっ、てめぇ、俺が先だ!」

「何言ってんだ、俺だよ!」

「いーや、オレだ」

最早収拾のつかぬ言い争いを、ダンテとバージルは顔を見合わせただけで止めることもせず、 肩を並べてカウンター席に腰を落ち着けた。

「ストロベリーサンデーな」

「……リキュール」

どちらがどちらを頼んだか、わざわざ特筆するまでもない。こんな荒くれどもが集う酒場に いて、場違いなストロベリーサンデーなど注文するのはただ一人しかいない。
もともと考えだにしなかったメニューを、その一人のためだけに増やした酒場の親爺も どうかしているとは思うが。

頼まれてからしか作らない、彼専用ですらある親爺のストロベリーサンデーは、妙に こだわった材料を使っているらしい。旨そうにがっつく弟を、バージルはやれやれと言いたげに 横目で見る。

「お前の食べ方は子供と変わらんな」

ぼそ、と呟いたバージルに、スプーンを銜えたままでダンテが応じる。

「旨いもん喰うのに、食べ方なんか気にしてられるかよ」

ダンテの口周りは、すっかりクリームで髭が出来ている。どうすればそこまで汚れるのか、 何ごとも恙なくこなすバージルには理解不能なのだろう。
眉間に皺を寄せ、親爺に無言で目配せした。要領を得ている親爺は、やはり無言で布巾を 差し出す。暗黙の了解が、この二人にはあった。
何も知らぬダンテは、大盛りのストロベリーサンデーを早くも平らげ、満足そうな満面の 笑みを湛えて腹を撫でさすった。

「あー、旨かったぁ。親爺、ジン・トニック頼む」

甘ったるいものを食べて、続けて強い酒を飲む。ダンテの気に入りのコースだ。
慣れた親爺は肩を竦めた。

「はいよ、濃いめだな」

ダンテに訊くでもなく、背後の棚からボトルを探す。
酒が出来上がるまでの、少しばかりの待ち時間。バージルは布巾を取り上げ、

「こちらを向け」

言いつつ、ダンテの顎に手を添えた。ダンテは抗わず、バージルの方に顔だけを向ける。

「ん、」

ダンテのべたべたに汚れた口周りを、バージルは丁寧に拭う。いつもの、慣れた行為だ。 ダンテはダンテで、気持ち良さそうに目を細めている。お互いに、慣れているのが見て取れる。 店の親爺も、既に慣れっこだった。

ちなみに、彼ら双子は周りの目を気にする、というところがない。ダンテは判っていて 無視しているのだが、バージルは違う。完全に、端から気付いてすらいないのだ。
それをバージルに教えてやらないダンテもダンテだが。

「もう良いぞ」

淡々と拭き終え、バージルはダンテの顎から手を離した。

「ん、サンキュ」

双子の間ではごく当たり前のやり取りなのだが、当然ながら周囲はそうではない。まぁ、 周りは周りで好き放題に飲んで騒いでしているので、双子の動向をいちいち見ているものなど いないのだが。

注がれたばかりのジン・トニックに口を付け、ダンテが一息入れたところへ、

「よう、相変わらずしけた面してやがるな、てめぇら!」

調子の良い男が双子の肩を叩いた。エンツォ・フェリーニョ。この界隈のみならず、広い 情報網を誇る情報屋兼仲介屋だ。背の低い、ぱっとしない男である。
他の仲介屋が既に仕事をばらまき終えた時刻に顔を見せるとは、何の気紛れか。エンツォの 不審な来店に、しかしダンテは疑問など持つことはない。

「何の仕事だ、エンツォ?」

嫌そうに訊くダンテに、エンツォはにやりとした。

「話が早くて助かるぜ。なんと報酬十万の仕事だ。勿論請けるだろ?」

「確かに十万ってのには惹かれるけどな、決めるのは内容を聞いてからだ」

エンツォの持ち込む仕事には、中にはとんでもなく危険なものが混じっている。それはダンテが 歓迎しない類いの危険であり、そう予測される場合、ダンテは絶対に請けることはしない。
エンツォもそれは知っているが、認識の仕方がまだまだ甘いところがあるのが問題だ。

「なぁに、ちょっと行って、やくざ者を黙らせてやりゃ良いだけだ。簡単なもんだろうが」

ダンテは深々と溜息を吐き、一言。

「詰まらねぇ」

切って捨てた。エンツォは勿論食い下がる。

「何言ってやがる、十万だぞ、十万! 先方は絶対にお前をって、たっての願いなんだ。な?  悪いこたぁ言わねぇ。俺の顔を立てると思ってだなぁ……」

「てめぇは……結局そこが一番なんじゃねぇか」

「それもある、って話をしてるだけだろうが。なぁ、ダンテよ、俺達長い付き合い だよなぁ?」

「泣き落としはよせよ。気色悪ぃ」

「やめさせたきゃ、うんと言え! 言いやがれ!」

「どういう説得だ、てめぇ! 嫌だっつったら嫌なんだよ! 何で俺がんなクソ仕事しなきゃ ならねぇんだ!」

徐々にヒートアップし始めたダンテとエンツォのやり取りを、周囲の男達は「またか」と 言いたげに遠巻きに眺めるだけだ。カウンターの奥にいる親爺も、店に被害が出なければ何でも 良いらしく、すっかり無視を決めけんでいる。

……ゆらりと立ち上がったのは、ただ一人。

「…………お?」

ダンテの頭上を通り過ぎ、エンツォが目を上げてダンテの背後を見やった。ダンテもつられて 後ろを振り返ろうとして――――しかしそれは叶わなかった。

「……っう……!?」

ひゅ、と気管が鳴いた。背後から、バージルが片手でダンテの首を絞めたのだ。

「煩い」

と、ただ一言呟いて。
絞めると言っても、指先で頸動脈を圧迫し、掌で喉仏を潰すように押し込んだだけのこと。 勿論、それだけで、普通は限界まで苦しみもがく。ダンテはどうか。

「っ……かは……」

思った以上に呆気なく、ダンテの意識は飛んでしまったらしい。くた、と力なく崩れ落ちそうに なるダンテの躰を、バージルは顔色一つ変えず支え、カウンターテーブルに凭せ掛けた。
バージルは固まってしまっているエンツォを一瞥し、低く告げた。

「煩いのは好かん。暫く事務所には近寄るな。―――― 貴様らもだ」

完全に観客になっていた仲介屋たちをぐるりと見渡し、バージルは彼らの心臓を縮こまらせた。 バージルが視線をダンテに戻したのを見、皆一様に床にへたりこむ。ダンテが怒った時以上の 恐怖を、彼らは味わったのだ。
 バージルはぴくりでもないダンテを睥睨するように見下ろし、

「先に戻る。―――― 意識が戻ったら、伝えておけ」

後半の言葉はエンツォに向けて言い放たれたものだ。
エンツォは反射的に頷いた。はっきり言って、今のバージルに逆らえば命はない。それは、 この場にいた全員が瞬時に悟ったことだった。

「金は置いておく」

店の親爺は、しかし平然としてバージルに言った。

「釣りはどうする?」

「これの迷惑料だ」

「済まんね。有り難く頂いとくよ」

にっと笑いすらした親爺を、皆が震え上がりながら凝視していたことは、言うまでもない。





ダンテが気が付いた時、傍らには疲労感たっぷりのエンツォが、ぐったりとスツールに 座っていた。辺りには、もうまばらにしか客はおらず。バージルの姿もまた、なかった。

またか、とダンテは肩を竦め、「お代は貰ってるからな」と言う親爺に一言侘びて店を出た。 飲み直したい気がしなくもなかったが、それよりも早くバージルの後を追いたかった。
もうすっかり、家に着いて本でも読んでいるか、寝るなりしているだろうけれど。

「あー……何か疲れたな……」

暗い路地で伸びをして、ダンテは一つ、溜息を吐いた。



















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頂いたネタです。はい。「落とされるダンテ」。
シチュエーションも頂いたネタに沿って書きました。エンツォが可哀想ですね。
落ちたダンテを肩に担いでお持ち帰り、でも良かったんですけど、
たまには置いてきぼりも書いてみたいと思いまして…;
でも雰囲気、ダンテはよくこの手で置き去りにされてるらしい。相手は兄貴だもん(何が)