落趣ラクシュ









ざわりと何かが肌を這う感触に、ダンテは眠りの淵にある意識を引き戻された。
朝兼昼食を摂った後、ソファーの肘掛けに凭れてうとうとしていたダンテである。ダンテの 食事の総てを世話してくれる兄バージルは、ダンテが眠り掛けた頃にどこかに出掛けて行った。 どこそこへ行く、と確かに聞いた覚えはあるのだが、さて、どこと言ったのか。 全く思い出せない。

肘掛けに頬を押し付けるようにして躰を捻ったダンテは、未だに感じる何かの感触に不信を 覚えた。それは主に、脚を中心に感じるのだ。

「んん……ぅ……?」

起きたくない、と思いながら、無理矢理瞼をこじあける。目をこすりつつ自分の脚を 見下ろして、ダンテは頭の上に疑問符を乗せた。

「…………?」

服――――バージルに着せられた、例の着物――――の裾が、妙な形になっている。躰に 沿うように巻き付ける形の着物は、中に襦袢を着けているものの、捲ってしまえば脚は 生身のまま。ダンテの印象としては、スカートと変わりがないのである。
その裾の中に、何かがいる。

「…………」

ごそごそと脚に張り付き蠢く“二つ”の何かを、ダンテは着物の上からぺちりと叩いた。 きゅう、とくぐもった声(音?)がして、ダンテは溜息を吐く。

「何やってんだ、アグ、ルド」

心底呆れたダンテの言葉に、器用に裾に侵入した物体A・Bは、しかし外に出て来る気配は ない。

「主よ、ようやく目が覚めたか」

「二度寝をした後の気分はいかがなものだ、主よ」

ごもごもとこもった声が二つ。かさついたそれらに可愛げというものは感じられない。が、 ダンテはこの二つの物体をやけに可愛がっているところがあり、

「もうちょっと寝かせて欲しかったけどな。……で、また新手の悪戯か?」

着物の裾に潜り込まれ、脚にじかに触れられているというのに、子供の悪戯程度にしか 感じないのだ。

「悪戯も良いけどな、お前ら、バージルが帰って来る前にやめろよ?」

などと、苦笑混じりに二体の頭(らしき山)をぽんぽんと撫でてやる。その仕種だけで、 どんなにダンテが二体を可愛がっているかが窺い知れる。それはバージルにとっては、歓迎 出来ない可愛がりようで、はっきり面白くないことこの上ないのだが、ダンテはバージルの 心持ちを半分も理解していない。

ダンテ曰く、二体のすることは総て可愛い悪戯に過ぎないから、だ。

ともすれば脚に這い登って太腿にしがみつき、ベッドに侵入してはバージルに駆除されている 二体の行動は、誰がどう見ても可愛いと言える域を逸脱している。しかしダンテは、この 二体に関して奇妙な程に盲目的だった。

「主よ、肌がすべらかで実に心地が好いぞ」

「想像以上の心地好さぞ、主よ」

「あー、そうかい。ありがとうよ」

「主よ、内股の辺りはさぞや敏感なのだろうな」

「どんな声を上げるか、試してみたいものだ、主よ」

「そうだなぁ、バージルにはいっつも聞かれてるけどなぁ」

こんなに躰が縮んでしまう前は、毎日のように。そこはわざわざ口にするような真似は しないけれど。

「主よ、今から我とまぐわ……」

「否、我としようぞ!」

「否、我とするのだ!」

どうにも会話が不穏かつ不純なものになるのは、いつものことだ。そしてダンテが、 それすらもただのおふざけだとしか認識していないことも。

「あー、はいはい、判ったから、人のキモノん中で暴れるな」

ただでさえ、二体が潜り込んでいる為に裾が乱れているのだ。これ以上動かれては、 バージルに直して貰わねばならなくなる。
折角着付けた着物が崩れてしまうことを、バージルは酷く厭う。この間などは、その所為で 散々な目に遭った。

「バージルが帰って来る前に出ねぇと、お前らも拙いだろうが」

二体が自分に絡むことを、バージルが快く思っていないことは、ダンテも知っている。 その度に制裁を加えられる場面に何度も居合わせていれば、知らない筈はないというもの。 ただし、そこまでしなくても、と呑気に思い、つい二体を庇い立てしてしまうことが、余計に バージルの機嫌を損ねているとは知らずにいる。

ダンテの場合、総てが”知らぬが仏”なのである。

もそもそと脚にへばり付き手足を蠢かせているそれらは、しかしダンテに素直に従うことは なく。

「この楽園のような心地好い場所から離れるなど、出来ようものか」

「然り。いかに兄上殿の怒りを買おうが、一分一秒でも長く止どまっていたいのだ」

ぴぃぴぃと喚く二つの声を、ダンテはやはり本気で叱ることはしない。

「仕方ねぇな……」

苦笑し、どうなっても知らねぇからな、と出て来る気のない二体を軽く叩いた。優しさの 詰まったその仕種に、二体が密かに感涙していようとは、知る由もない。

溜息を吐いて再び肘掛けに上体をもたせ掛け、眠るでもなくぼうっとする。と、不意に何かが 背を駈け登るような感覚に、ダンテは思わずぞくりとした。

「っ……」

原因と言おうか、犯人は探すまでもなく判っている。

「ん……こら、変なとこ触るなよ」

半ば寝そべったまま、ダンテは嗜めた。利くとは、端から思ってもいないが。

「主よ、やはり内股は敏感だな」

「特に敏感なのだな、主よ」

どこぞのセクハラ親父よろしく調子に乗る二体。ここにバージルがいれば、果たしてシメる だけで済むかどうか。

「ぁっ……ちょ……マジでやめろ、って……」

完全に悪戯の域を超えて触れられて、さすがにダンテも拒絶の色を濃くし始める。遅い、と いう突っ込みをする人間は、生憎この場にはいない。

「主よ、気持ち好いか?」

「もっと好くしてやろうぞ、主よ」

もごもごもそもそ、不埒な動きは徐々にエスカレートして行き――――ダンテは堪え切れずに 躰を起こし、着物の裾をがばりと捲った。

「いい加減にしろッ!」

怒鳴りつけた瞬間、まさに最悪のタイミングでがちゃりとリビングのドアが開いた。

「ダンテ、何を叫んで……」

ぴしり、と一瞬にして空気が凍り付いた。

裾を大きく割り、ほっそりとした脚を惜しげもなく晒すその腿に張り付く、朱と碧の ぬいぐるみのような二つの物体。あろうことか頭をダンテの股に突っ込むようなとんでもない 恰好をしているものだから、はっきり言って笑えない。冗談になど見える筈もない。

ぱきり、と何かが折れる音が、ダンテの耳にはっきりと聞こえた。

そこから先は、無音の地獄。

「そこまでしなくても……」

とは、この時ばかりはダンテも口に出来なかった。
怒鳴るわけでもなく、ただただ無言で二体のぬいぐるみを“シメる”バージルの姿は、 何も知らぬ人間が見れば滑稽に見えたかもしれない。しかし静かな怒りは、ダンテに確かな 恐怖心を植え付けた……。




リビングからぬいぐるみたちが投げ捨てられた後、ダンテは乱れた着物をバージルに (やはり無言で)直された。

「……ごめん」

何に対してか判らぬ呟きに、答える声はなく。

「バージル、」

ダンテはまたお仕置きを受けるのだろうな、と半ば諦めて言った。

「おかえり」

言いそびれていた、言葉を。



















戻。



いつもの方に頂いたアグルド悪戯ネタを、ようやく出して来ました!
頂いたものより、ちょっとばかり悪戯が悪戯になってない感がしますが、気にしない!(殴)
どうやったらソファーに座ってるダンテの着物に忍び込めるのか?
それは執念ということでご理解頂けたら幸いです(無理)。
ちなみに、私は怒鳴る兄も素敵だと思いますが、むしろ無言の方が怖いという観念から、
兄、ほとんど喋らせてません。
…コレ、バジダン?タブン、バジダン…orz