奇矯キキョウ









ドアの向こうにいる何かが、忙しなく戸を叩く。
ぺそぺそぺそぺそ。開けてくれ、と必死に訴えるそれらに、しかし応える声もなく、 ドアは締め切られたまま。
正しくは、締め出されているのだが。

ぺそぺそぺそぺそ。

飽きずに叩き続けるその生き物は、言わずと知れた双子の剣が姿を変えた、 二体のぬいぐるみ。
何故締め出されたのかは、例によって主であるダンテに絡み、その兄に鉄拳を食らい部屋を 追い出されたのだ。

ぺそぺそと戸を叩く姿だけを見れば、何とも哀れだ。ついでにダンテを求めてぴいぴいと 鳴くさまも、憐れみを誘う。が、

「主が兄上殿の毒牙に掛かってしまう」

「主が兄上殿に調教されてしまう」

「我らが主を救わねば」

「我らが兄上殿を倒さねば」

ぺそぺそぺそぺそ。

かさついた声で必死に、アグニとルドラは全く可愛げのない、むしろバージルが聞けば 瞬殺は免れないことばかりを喚き散らす。

「主よ、」

「主よ、」

ともかく、二体は必死だ。
何故?
それは二体がドアにへばり付き、あるのかないのか判らない耳を押し当てていることから、 何となくで察するに……何か、聞こえるのだろう。
二体には無視出来ない、何かが。





白地の裾と袖に赤い花が描かれ、所々に金糸で細かな刺繍の施された、地味なようでしかし 可愛らしい浴衣。くすんだ黄の帯に萌葱の帯締。凝った結び方の帯を気にして、ソファーに 凭れられずにいるのが愛らしい。まさに夏の風物詩たる浴衣姿の美少女がそこにいる。

ただし、うなじに掛かった髪は黒ではなく銀。そして少女ではなく、少年。ついでに加えれば、 少年ではなく青年なのだが、見た目は完全に少年である為、そこは流して頂いて構わない。

浴衣姿のこの少年、現在機嫌はあまりよろしくない。何故なら、彼は自ら進んで浴衣を着た わけではないからだ。

「…………」

むっつりと口を引き結び、ソファーに腰掛けた姿はある意味で可愛く見える。しかし十人 いれば八人が、「笑っていればもっと……」と惜しむだろう。
それは、少年に浴衣を着付けた男も同じであった。

「まだ怒っているのか?」

溜息混じりに言いながら、バージルはあるものを手にキッチンからリビングに移動する。
少年――――ダンテは答えない。単に怒っているのか、それとも拗ねているのか、判断は 付け難い。

いつもなら、ダンテはソファーには座らず、床に直接腰を下ろし、ソファーに凭れるのが 定位置である。しかし今は結んだ帯が崩れるからと、バージルは渋るダンテを強いてソファーに 座らせたのだ。それも、ダンテの機嫌を損ねる一因になっている。

バージルは肩を竦め、こちらを見ようともしないダンテの前に、キッチンから運んだものを 置いた。

「溶ける前に喰え。好きだろう?」

差し出したものは、ストロベリーアイスとバニラアイスを盛り合わせ、その上にちょこんと ホイップを乗せたデザートだ。言ってやるまでもなく、それをじっと凝視しているダンテを 見れば、今すぐ飛び付きたい程なのだとすぐに判る。ただ、バージルが機嫌取りにそれを 用意したと勘繰って、少しジレンマに陥っているらしい。

こんなものでほだされて堪るか。でも旨そうだ。でもほだされるのは癪だ。……といった 具合に。

手に取るように判るバージルは、苦笑してダンテの隣りに腰掛けた。

「見ているこちらは涼しくて良いが、暑そうだ」

クーラーを効かせていても、ダンテの首筋に滲んだ汗が暑さを物語っている。

「喰えば、少しは楽になる」

機嫌取りではない、と暗に伝えてやる。ダンテはまだ躊躇っていたが、やがてそろそろと スプーンに手を伸ばした。身を乗り出すようにして、無言でアイスを口に運ぶ。上品という 言葉からはかけ離れた、がっつくような食べっぷりだ。

「旨いか?」

買ったアイスを盛り付けただけの、簡単で捻りのないデザートではあるが、ダンテの気に 召したらしい。むぐむぐと口いっぱいにアイスを頬張り、うん、と大きく頷くダンテは、 いつの間にやら仕合わせそうに笑っている。
好物がストロベリーサンデーというだけあって、甘い物には目がないダンテだ。本当に 嬉しいのだろう。

バージルは口端を持ち上げ、ふ、と笑う。
そうこうするうちに、ダンテは早くもアイスを完食してしまった。食べ初めて、ものの五分と 掛かっていない。

「少しは落ち着いて喰え。口の周りがアイスまみれだ」

こうなるだろうと踏み、アイスと一緒に持って来ておいた布巾で、バージルはダンテの口許を 拭ってやる。

「ほら、じっとしていろ」

完全に子供扱いだ。ダンテは思ったが、顎に添えられたバージルの手を拒むことはしない。
バージルがダンテを子供扱いするのは、無意識にしていることだと知っているからだ。それに、 ダンテもバージルとは対等にありたいと思っていながら、バージルに甘やかされるのは嫌いで はない。
お互い様、なのである。

「ん……」

丁寧に口周りを拭うバージル。ダンテはちょっと上向き加減に顎を上げ、じぃ、とバージルを 見つめた。無意識に。
バージルはちらと目を上げ、ダンテと視線を絡めた。そこで、ダンテはバージルを見つめて いたことに気付いたようだ。

「……ぁ……」

気恥ずかしさに、ダンテの頬に赤味がさす。バージルはまた笑みを浮かべた。

「どうした?」

「べ、別に……何でもねぇ」

「そうか」

「うん。―――そういえばさ、」

言いさしたダンテを、不意にバージルが遮った。
バージルはダンテの痩身を押し包むように、抱き締めたのだ。

「な、何だよ?」

当惑するダンテの背中をソファーの肘掛けに押し倒し、ほっそりとした腰を抱いて胸の辺りに 耳を押し付ける。

「バージル?」

バージル自身ですら唐突すぎる、と突っ込むような行動に、ダンテがついて行ける筈がない。 しかしバージルは、ダンテに自分の行動を説明してやる気にはなれなかった。判らないからだ。 自分でも。

「バージル、」

自分を呼ぶ、少し高いけれど変わらぬ響きのダンテの声。安心する。妙にそう感じた。

「少し、このままでいてくれ」

帯が崩れるだとか、そんなことはどうでも良かった。ただ、ダンテは気になるらしい。

「バ、ジル……帯が……」

苦しい、というのもあるのだろう。訴えるダンテに、バージルは手を腰から尻の方へ移動させ つつ、呟いた。

「帯なら、後で直してやる。今だけだ」

性的な意味合いはなく、しかしバージルの手が微妙にダンテを竦ませる。

「んっ……それなら、帯、取ってく、れよ……」

「待て、……これならどうだ?」

躰を浮かせ、幅の広い帯を取り去り帯締だけを巻いてやる。とりあえず、これなら袷が 全開になることはない。

「きつくないか?」

「っ、ふ……大丈夫、でも、……ん……も、ちょっとだけ……」

力加減がいまいち上手く行かなかったらしい。バージルは少し帯締を緩め、訊いた。

「どうだ?」

ダンテは少し考えるように自分の腹を見下ろし。

「うん……それぐらい、かな……」

曖昧な言い方だが、きつくはないのだろう。バージルは帯締を締め、またダンテを抱き竦めた。 普段とは違い、筋肉の少ないダンテの躰は酷く柔らかい。

心地好い。バージルが溜息を吐こうとした時。

「何か、気持ち好い、かも……」

ダンテがそう呟いた。
眠そうな、どこか恍惚とした声音に、バージルは微笑を浮かべた。

「――――……俺もだ」

触れているのは、心地が好い。規則的に脈打つ、心臓の音も。

「……寝るか、バージル?」

眠そうに見えたのか、それとも自分が眠りたいのか、ダンテが訊いて来た。バージルは息を 吸い込み、いや、と短く答えた。そっか、とダンテが呟く。
……と。

「…………なぁ、」

「……何だ」

「さっきからさ、何か聞こえるんだけど」

口を噤めば、確かに何か聞こえてくる。それは締め切ったドアの向こうから……。

ぺそぺそ、ぺそぺそ。

バージルには聞くまでもなくその音源が判る。ダンテも聞き慣れた音らしく、あいつら、と 声には出さず呟いたのがバージルには判った。まぁ、ダンテはそれらの音源をバージルが 締め出しすところを見ていたのだから、判るも何も知っているのだが。

「バージル、」

「駄目だ」

「ま、まだ何も言ってねぇだろっ?」

「聞かずとも判る。入れてやれ、と言いたいのだろう」

「……そうだけど、」

「却下だ。さっき奴等に何をされたか、もう忘れたのか?」

「忘れてねぇよ。けど、あれはいつもの悪戯だろ? そんな目くじら立てること……」

「ダンテ、」

「な、何」

「それ以上言うなら、黙らせるぞ」

何を、どうやって、とは、あえて言わない。が、効果は絶大だったようだ。

未だ、ぺそぺそとドアを叩く音は消えないが、意識から消してしまえば問題はない。
バージルはダンテの呼吸と鼓動の音を聞きながら、満足げに目を閉じた。





アグニとルドラの双子はダンテに何をしたのか。それはまた、別の話……。



















戻。



…消化不良を感じられた方、挙手でお願いします。ハイッ!
すいません…私が1番感じてます…。
兄はたまに物凄い突然かつ意味の分からない行動をすれば良い。
とか後付けに言ってみたり…;
ダンテとアグルドを絡ませてない分、変に気持ち悪いです。
いや、聞き耳はさせたかったので、達成出来て良かったんですけどね。