奇趣
「……なぁ、」
「…………」
「……聞けよ、」
「…………何だ」
「これ、本気で着ろってのか?」
「あぁ」
「………………」
事の始まりは二日前、ダンテがエンツォから嫌々受けた仕事が発端だった。
意思を持つ双子の剣・アグニとルドラを携え赴いた先で、ダンテは悪魔が憑衣した薔薇の
成れの果てと対峙することになり、その戦いの中で不覚にも悪魔の攻撃を腕に食らって
しまったのだ。その攻撃には遅効性の毒が含まれており、ダンテは現在の有様になってしまったと
いうわけだ。
この、十四、五の子供の姿に。
記憶まで無くしたわけではなく、文字通りの退行をしたのではないということは判る。が、
原理も判らなければ当然ながら解毒薬もなく、つまりは放置するしかない、というダンテには
不本意極まりない結論しか残されてはいなかった。
「放って置けば、そのうち戻るだろう」
双子の兄・バージルは無責任極まりない言葉を吐き、件の依頼を受けた原因であるアグニと
ルドラと言えば、小鬼のぬいぐるみのような小さな姿ではしゃぐばかり。
「主よ、実に愛らしいぞ」
「小姓にしたい程愛らしいぞ、主よ」
などと、意味の判らないことを喚き、ちょろちょろとダンテの足許を駆け回っていた。
憂えているのは、もしかしなくともダンテのみ。
バージルにすら相手にされず、ダンテは少しばかり悲しかった。尤も、隙あらばダンテに
くっつきまくるアグニとルドラに嫉妬して、不機嫌になったバージルを見れたのは、ちょっと
嬉しかったりもしたが。
ともあれ、ダンテは未だ、元の姿に戻れてはおらず。
縮んだ、というだけで既に落ち込んでいたダンテに追い討ちを掛けたのは、よりにもよって
バージルだった。
それが、冒頭での会話に繋がるのであるが……バージルは果たして何をしたのか。正確には、
何を着せようとしたのか。答えは順を追って見ていくこととしよう。
昨晩、ダンテはバージルの腕に包まるようにして眠りに就いた。
初めこそ一人で眠ろうとしていたのだが、セミダブルのベッドが何故だか酷く広く感じ、
寒気に似たものを覚えて出来なかったのだ。
眠れない、と恥ずかしさをどうにか噛み殺してバージルの部屋に行くと、バージルは意外にも
揶揄することなくベッドに入れてくれた。そして無意識にバージルの寝着の裾を掴んだダンテを、
朝まで抱き締めて眠ったのだった。
思い返せば恥ずかしいことこの上ないが、縮んでからの二晩、ダンテは毎夜バージルと
同衾しているのだから、今更のことだ。
話を進めよう。
昼前に起きる、というところも変わりはなく、ダンテは今日も陽が中天に差し掛かる頃に
ベッドを抜け出した。無論、朝の早いバージルは既にいない。と思ったが、
そうでもなかった。
ダンテが起きたのをどうやって察するのか、着替えようかとしているところへ、バージルが
やって来た。
「起きたか、ダンテ」
その声音に、僅かにいつもとは違う色を感じたが、気の所為だろうと深くは考えなかった。
「バージル、どうかしたか?」
変声期前の声音になったダンテが問うと、バージルは「着替えは待て」と謎の言葉を告げて
クローゼットを開けた。ダンテからしてみれば、地味なばかりのコートやシャツが
並んでいる。
それらの足許、つまり床に置かれた包みを取り上げ、クローゼットを閉める。
「何だ、それ?」
首を傾げると、バージルは包みを片手にダンテの側に寄り、おもむろに頭に手を乗せて来た。
何、と訝るダンテ。バージルは「ふむ」と一人ごち、
「少し大きいが、何とかなるだろう」
やはり謎でしかないことを言う。
「だから、何なんだよ、バージル?」
「これをな、」
言いながら、バージルが包みを開けて中から取り出したものは。
「……………何だ、それ」
一枚の、しかし袖らしいものがある、薄手の布。にしか、ダンテには見えなかった。
バージルは両手でその布を広げ、聞き慣れない単語を口にする。
「着物、だ」
「き……キモ、……?」
「着物。日本人が着る服だ」
「服? これが? こんなもん着てたら、裾が邪魔で仕方ねぇじゃねぇか」
「厳密にはこれは浴衣と言って、普段着のようなものだと聞いた」
「なぁ、人の話聞いてるか?」
「前を交差するように合わせて、腰の部分を帯で締めれば良いらしい」
「バージル?」
不意に嫌な予感がして、ダンテは一歩後退した。が、バージルに腕を掴まれ阻まれる。
「おい、バージル、俺は……」
「着ろ」
「…………」
やっぱり。ダンテは床に手を付いてうなだれたくなった。
そしてたっぷり十分後、ダンテはどうにか立ち直りを見せ、冒頭の会話に到る。
「俺、昨日の服で良い。っていうかむしろ昨日の服が良い」
「却下だ。ぶかぶかだったのを忘れたか?」
「ぐっ……で、でもこれだってそうだろ? どう見てもでかいぜ」
何とか着ずに済むように、と言い募るが、バージルは取り合わない。どころか、
「裾を上げて、帯で締めれば問題ない」
どうあっても、ダンテに浴衣を着せたいらしい。
ダンテは細い肩を落とし、盛大な溜息を吐いた。
「なぁ、バージル?」
「何だ」
「何でそれを俺に着せたいんだ? というか、いろいろ混乱して聞きそびれてたけど、
そんな……き……キモノ? だっけ? どこで手に入れたんだよ」
「以前、お前の代わりに受けた仕事の依頼人に、報酬の一部にと言って押し付けられた。
クローゼットに放り込んだまま存在すら忘れていたが、今朝方ふと思い出してな」
「で、俺に? 何で。アンタが着れば良いだろ」
「俺が着けるには、小さいんだ。何せ……」
「? 途中でやめんなよ。何」
「いや、とにかくだ、俺では着れん。だからお前が着ろ」
「結局そこに戻るのかよ……」
げんなりとするダンテをよそに、バージルはどこまでも自分のペースを保ったままだ。
「ダンテ、両手を広げろ」
唐突に言われ、ダンテは訝しげに眉根を寄せた。が、兄と浴衣とを交互に見やり、とりあえず
「嫌だ」と拒絶した。どうも、バージルの持った着物が、ダンテは気になって仕方がない。
忌避する方の気になる、という意味で。
しかし残念ながら、ダンテにはそれを拒むことは許されない。
「ダンテ、」
滅多に笑顔など見せぬバージルが。
「ひ……っ!」
喉の奥で押し殺した悲鳴をあげ、ダンテは硬直した。反射的に、両手を
ホールドアップして。
バージルは固まったダンテの手首を掴み、
「よし。だが、腕は真横に広げろ」
十字架に掛けられるような恰好にされる。
ダンテは最早、声もない。
「派手好きなお前には物足りんかもしれんが、きっと似合う」
ダンテが戦慄した表情は収め、いつもの淡々としたそれに戻ったバージル。しかしその秀麗な
おもてには、ごくごく微かだが楽しげな色が滲んでいた。
さて、仕上がりはいったいいかなるものか……?
いつもの方に頂いたネタです!子ダンテに着物!ザ☆禁じ手!
正直、素で楽しいです、これ…。しかし続くとは思わなかった…
まだ頂いたネタの半分も消化できていません。ので、続いちゃいました☆(キモい)
ちなみに、ここの兄は半分私です(言っちゃった…!)
普通なら面白がって着そうなダンテですが、嫌がってるのは、兄が何か愉しそうだから。
ということにしておいて下さい。