隠滅インメツ









 気が付くと、そこは見慣れた部屋に戻っていた。
 気を失っていたらしく、その間にあの狭いどことも知れぬ部屋から連れ出されたのだろう。 あそこに監禁された時と同じように。

 ダンテは半ば朦朧とした記憶を揺り起こす。しかし覚えていることは僅かでしかなく、 それも酷く曖昧だった。
 ただ一つ、確実に覚えていることと言えば。

「……はぁ……」

 ダンテは溜息を吐き、躰を起こした。途端に全身を襲う気怠い鈍痛に、あれが夢などでは なかったことを痛感させられる。
 夢であれば、とは思わない。それは自分は、という話であって、ことを起こしたダンテの 片割れはどうか判らない。

 後悔、しているのだろうか。

 普段は理性と厳格が服を着て歩いているようなあの男だ、後悔していないとしても、 自己嫌悪に苛まれているという可能性は低くない。

 ダンテはきちんと寝着を纏った自身を見下ろし、肩を竦めた。これを着せたのは、間違いなく 双子の兄――――自分を潰すつもりなのでは、と思う程、酷く犯した男だ。

 あれは、ある意味で多重人格者なのでは、とダンテは思う。優しさと残酷さが同じ身の内に 棲み、更にはきっかけがあれば極端に切り替わる。

 どちらの兄も、ダンテには否定出来ない愛しいものであるのだが。

「変に潔癖だからな、あいつは……」

 三度溜息を吐き、ダンテは寝着の上着を脱いだ。前ボタンのこれは、まず兄のものと見て 間違いない。
 ダンテの着る衣服は被りものが多く、そうでなければジッパーの付いたものがほとんどだ。 寝着にしても、ラフな綿のズボンとシャツで、こんな開襟シャツではない。

 これは、あれだ。
 ダンテは脱いだシャツを目の高さに吊り上げ、思い出した。

「これ、あいつがいつも着てるやつだよな」

 そう、ダンテが今身に着けているものは、普段兄が寝着として使っているものに他ならない。 しかし、何故あえてこれをダンテに着せたのか、その意図までは判らない。
 気が動転して、というわけではないだろう。兄には似合わぬ言葉だ。

 ダンテは一つ伸びをして、何気なく掴んだままのシャツに鼻を寄せた。嗅ぎ馴れた匂い。 確認するまでもない、兄のそれ。
 我知らず笑みを浮かべ、ダンテはシャツに鼻面を埋めたままもう一度ベッドに寝そべった。 右側を下にして、横向きに。

 兄の匂いが側にあると、不思議な程安らかに眠れるのだと、ダンテは知っている。自覚、と 言うべきだろうか。愛しているから、だとか、そんな生温い理由ではなく、もっと深い何か。 それはダンテにも説明することの出来ない、酷く不確実なものだけれども。
 ダンテは兄のシャツに顔を押し付け、本当は、と少しばかりいじけたように思う。

 本当は、こんな残り香の付いただけのシャツなどではなく――――

 口の中でとある名を呟いた時、不意にドアをノックする音が響いてダンテはぎくっとした。 慌ててシャツから顔を離し、身を起こす。が、訪問者はドアの外に立ち尽くしているのか、 何故だか入って来ようとはしない。

「……?」

 ダンテは首を傾げた。ドアの向こうには、確かに人の――――よく知ったあの気配がある。 それなのに、ドアを開けようとすらしないのは――――?
 しばらくの沈黙。ダンテはあちらが口を開くまで、辛抱強く待った。
 ようやく、向こうが静寂を破る気になってくれたようだ。

「……ダンテ、」

 こちらが目覚めていることを確信した呼び掛け。しかしダンテはあえて応えない。

「……ダンテ、済まない」

 それは半ば予想した通りの言葉。

 ダンテはぐっと目を瞑り、そして見開いた瞬間にベッドから飛び下りた。尋常ではない速さで ドアに駆け寄り、まさしく乱暴に開けた。蛇足だが、引き戸なので間違って外にいる人間に 当たることはない。
 廊下に立ち尽くした男は、ダンテの行動を音で察していたらしく、驚いた様子はない。

 ダンテは男の胸倉を掴み、勢いに任せて廊下の壁に押し付けた。だん、と背中をしたたかに 打ち付けた音がするが、構っている余裕はない。
 ダンテはこんな状況でも変わらぬ鉄面皮を睨み、噛み付くように唇を重ねた。当たり前のように 開いた唇の隙間から舌を差し込み、動く気配のない舌を搦めとる。角度を変えて貪るように 仕掛けても、男は応えない。何も。してはくれない。

「っ……んで……」

 堪え切れずに口を離し、ダンテは言うまいとしていた言葉を紡いでしまった。一度声に してしまえば、もう決壊した堤の如く言葉が濁流のように溢れ出た。

「何でだよっ!? 何で、こんな……アンタ一体何のつもりだ!?」

 喚くダンテに、バージルは何を思ったか。

「済まない」

 と、ただそれだけ。

 ダンテでなくとも、納得など出来よう筈がない。
 ダンテは拳を握り、男の胸を殴った。

「謝んな! 謝られたら……俺が哀れみたいじゃねぇか……っ!」

「違う」

「どう違うってんだ!? 俺に判るように言えよ全部!」

「……済まん」

「そればっかで、何を判れって言うんだ! ……」

 叫んで、ダンテははたとした。

「まさか、またどっか消えようとしてんじゃねぇだろうな」

 それこそが、ダンテが最も恐れること。

 膝が震え、立っていられなくなりそうになるが、男に縋り付くことで何とか堪えた。
 男はやはり、何も言わない。答えない。

 ダンテは堪らなくなった。

「何でだよ!? 何で……アンタ、俺に言ったこと忘れたのか? 勝手をするなって、自分の 知らないところで勝手なことをするなって、そう言ったじゃねぇか! なのに……っ」

 なのに、分が悪くなったら逃げるのか。

オマエアンタオレのものだって言った…… あれは全部嘘だったのかよ……!」

 正直に言ってしまえば、嬉しかった。勝手をするなと言ってあんな行動に出たことも、 潰すような手酷いセックスも。
 底が見えず恐怖を覚えはしたが、しかし、根底では喜びを感じていたのだ。

 あぁ、こいつはもう、俺を棄てることはない。

 そう、思えたから。なのに。
 ダンテの見開いた瞳から、ほと、と涙が一筋零れて落ちた。

「ぃや、だ……もう……ひとりは、嫌だよ……」

 その言葉を待っていたかのように、男がダンテをいきなり抱き締めた。

「ダンテ、」

 耳に吹き込まれる声は、熱い。
 ダンテはいやいやをするように男の腕から逃れようとするが、強い力で抱き竦められ、 叶わなかった。ならば顔を見ず、声も聞くまいと耳を塞ぐ。しかし、

「ダンテ、俺は」

 どんな音も拒めても、男の声だけは意思に反して躰が受け入れてしまう。目をきつく瞑っても、 瞼の裏には男の姿。

 それが酷く疎ましく、同時に酷く愛おしい。

 矛盾した想いを、男の低い声が断ち切った。

「俺は、お前が望むなら、お前から離れることもしようと思っていた」

 ダンテは目を瞠り、自分と同じ造形をした男を凝視した。
 男はダンテの視線を真っ直ぐに受け止め、言葉を繋ぐ。

「しかし、それは出来ないと思い知った。考えが甘かった、とな」

 自嘲するように、男が苦しげに笑う。

「俺はどうあっても、お前を棄てることは出来ん」

「なら、」

 紡ごうとした言葉は、しかし男によって妨げられた。背中に回っていた腕が緩み、片手で 首を締められたのだ。掌で喉を、親指と中指で頸動脈を圧迫され、息が出来ない。

「っぁ……」

 目を見開いた先には、死神の微笑。

「安心しろ。殺しはせん。少し眠って貰うだけだ」

 子供を寝かし付けるかのような、優しい声音。ダンテは暗く沈んでいく視界に男を 見据えたまま、目を逸らそうとはしなかった。

(あぁ……)

 不思議な程の安堵が、ダンテを包む。
 これで、男はもう、自分を置いて行くことはない。

 ふっと微笑を浮かべたダンテは、凄絶なまでに美しく。

 そして、
 意識は黒に溶けた。

(――――バージル……)

 兄の名を愛しげに想いながら。




















何でこのオチ…?しかもオチてない…?
いえ、これで完結です。はい。
…消化不良を感じた方は…どうしましょう?(死んでキミ)

双子が完全に別人になって終わりました。
クレームは受け付けますが、一方的な非難はお断り。言ったじゃないですか。
自己責任って。←やっぱり最低。


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