海面
ソファーに寝そべり、いかにもだらしのない風体で眠るのは、この家の家主である男だ。
名はダンテ。歳はそろそろ三十後半にさしかかるというところか。髪はくすんだ銀。すっきりと
通った鼻筋は高く、端整な顔立ちだ。
よく引き締まった体躯をソファーに預け、ダンテは一時間ばかりまどろみを楽しんでいる。
窓の外はよく晴れて暑そうだ。
ダンテは暑いのが得意ではない。この時期、冷房は常時付けっ放しであるし、シャワーは水、
飲食するものも基本的に冷たいものばかり選んでいる。もっとも調理には火を使わないわけには
いかぬので、その際は冷房の設定温度を下げるなどして乗り切っているが。
ぎらぎらと照りつける太陽は、軽い憎しみを覚える程度に苦手である。それゆえ、というわけ
ではないのだが、ダンテは夜、仕事をする。便利屋と自称し、まっとうとは言えぬ稼業を始めて
もう長い。その選択は間違いではなかったと、歳を重ねた今でもそう思う。
夏場はとくに、夜行性と言っても過言ではない生活スタイルが重宝される。
ぼんやりしていると、自分のものではない物音がした。ちらと瞼を開け、壁掛け時計を見やる。
午後十二時半。こんなものか、と一人ごち、また瞼を閉じた。
夜更けに、ダンテは事務所を兼ねた自宅を出た。それに付き添う影がひとつ。背格好は
ダンテよりもやや細身。街灯が照らしだす顔立ちは若く、端整と言える。ダンテとよく似た
容姿をした青年で、背に大きな両刃の剣を担いでいるところも同じである。
夜陰にまぎれた二人の姿は、しかし街灯の下を通るたびに銀色の頭がよく目立つ。隠れようとも
していないし、その必要もないのだから彼らはいっこうに気に留めない。彼らの気持ちは
前へ――今夜の仕事に向いている。
「なぁ、」
不意に、年若いほう――二十歳手前ほどか――が声を発した。なんだ、とダンテはそちらを
見ずに応じる。
「今日の、大丈夫なんだろうな?」
仕事内容のことを言っているのか、それとも。
「さぁな……ま、ふたりいりゃ何とかなるだろ」
「また適当なこと言って……あんた、いっつもそれだな」
「そうか?」
「そうだよ。それで毎回、俺が振り回されるんだから」
恨みがましい口振りに、ダンテは肩をすくめながらも口元には笑みがある。ダンテにとって、
この年若い青年の憎まれ口すらかわいいものだと許してしまえるのだから、彼としては何とも
張り合いのないことであろう。
へらへらしているように見えたようで、彼がぎろっとダンテを睨んだ。自分が若いころ、
こんなに真面目だっただろうかと、首をかしげるがすぐにやめた。ダンテと彼とは、同じ名を
持ついわゆる同一人物であるが、歩んできた人生はおそらくまったくの同一ではないはずだ。
「まぁ、まぁ、そう尖るなよ。依頼主がはっきりしなくても、やることやりゃあ金はもらえる。
それに……」
言葉を切ったダンテは、何気ない動作で腰の後ろに手をやった。ポケットから煙草でも取り出す
ような雰囲気で、すらりとした指が引き抜いたのは一挺の銃だ。
おもむろに、発砲。鉛色の弾丸は正しく一直線に飛び出し、銃口の先にあったものを寸分違わず
撃ち抜いた。耳障りな断末魔があがり、ざらざらとアスファルトに砂が散る。
「こういう仕事は、歓迎だ」
視界の端で、彼が肩をすくめたのがわかった。背に負った剣を軽々と抜き、背後から音もなく
近寄ってきたものを、風を薙ぐように一刀両断する。アスファルトにざりざりと砂が落ちた。
「もうちょっと、手応えがありゃ完璧……」
つぶやきはどちらのものだったか。彼らは同時にアスファルトを蹴り、二手に別れた。相手が
手ごわいから、ではない。それぞれがそれぞれの獲物を確保するためだ。
彼らはどちらも“便利屋”を名乗り、そしてどちらもが、悪魔を狩ることを本来の生業として
いる。
銃声の渇いた音が、遠くはないどこかで響いている。それを片耳で聞きながら、ダンテは
ひょいと剣を振り上げた。生々しい手応えとともに、絶叫。ざらざらとアスファルトに落ちた
砂を踏みつけ、もう一太刀、振るう。面白いほど簡単に、悪魔どもはダンテの手にかかり
絶命していく。
それはあまりにも簡単で、単純かつ退屈な単調作業――。
(当たりだが、外れだな)
ため息をつき、左手を肩にやった。そして、銃声。ダンテの左手にはいつの間にか銃があり、
背後で頭を撃ち抜かれた異形の者が断末魔の叫びをあげる。かしゃん、とブローチらしきものが
地面に衝突した。
己の力だけではこちらの世界で姿を保てぬ悪魔は、何かしらを媒体として己を具現化する。
それは砂であったり、人形であったり、場合によって様々に異なる。人間に取り憑く者も
いるのだから、例外はないと言っていいだろう。
何にせよ、今回の仕事でダンテがその本領を発揮できる相手はいないようだ。つまらない。
つまらない。
消化不良を起こしたように、ダンテの眉間に刻まれた皺は深くなるばかりだ。
しかめっ面をしていると、かつて袂を分かった兄と瓜二つであることに、ダンテ自身は気が
ついていない。
一つの銃声を最後に、彼らの仕事は完了した。要した時間はおよそ三十分程度である。
あるビルの裏で、示し合わせたわけでもなく合流したとき、ダンテの眉間にはまだ深々と皺が
寄っていた。が、無意識のことであるため、自覚はまるでない。むしろ、彼が何かに驚いた
ように足を止め、立ちすくんでいることが気になった。
「……? どうした?」
呼びかけるが、彼の肩は強ばったままだ。いつもは猫のようにじゃれついてくるというのに。
おかしなことはそれだけではなく、ダンテが一歩近づくと、彼は逆に一歩後ろへ足を引く。
さらに詰め寄るが、同じだ。言葉にこそしないけれど、近寄ってくるなとその表情が語って
いる。いったい何だというのか。何か、彼の気に食わぬことをしただろうか。
「おい……」
苛立ちが、自分の自覚する以上に募っていく。彼は相変わらず硬い表情を崩さぬし、ダンテと
一定距離を保ったまま近寄ろうとはしない。
舌打ちをした。すると、彼の肩がびくりと跳ねる。
苛々、する。
怯えるうさぎを追い詰める、狩人か肉食獣にでもなった気分だ。ただでさえ今日の獲物は
歯応えがなさすぎて、おおいに不満が残っているというのに。
「何のつもりか知らないが……あんまり俺を困らせてくれるなよ」
またしても、彼の肩が揺れる。しかしダンテの言葉に効果があったのか、ダンテが一歩踏み
出しても、彼はその場から逃げようとはしない。二歩、三歩。やはり逃げない。が、その表情は
硬いまま――ダンテが彼の二の腕を掴むと、彼は唇を噛んで下を向いた。
何から何まで、苛々させてくれる。
「おまえがそういうつもりなら……仕方ねぇ」
逃げるものは追い詰めたくなるものだ。そうして捕らえて、喉元に喰らいつく。
ダンテは彼の両肩を掴み、古いビルの壁に彼の背中を押しつけた。少しの衝撃で崩れそうなほど
脆い、コンクリートの欠片がぱらぱらと彼の肩に降る。
彼は驚いてダンテを見上げてくる。身長はほんの少しの差でダンテに軍配が上がる程度だが、
今は彼が随分小さく見える。歳の違いか、それとも体格の差か。彼の表情は子どものようだ。
「悪いのはおまえだ。しばらく、付き合え」
彼にとっては不吉なことこの上ないであろう言葉を、ダンテはあえて選んで口にした。案の定、
彼は顔を引きつらせる。
「何する気だよ……」
彼の、怯えたようにしか聞こえぬ声が、妙に心地よく脳に響く。ダンテは知らず、笑みを
浮かべた。
「それがわからねぇ歳でもないだろ」
言うが早いか、ダンテは彼のシャツの襟に両手をかけ、無造作に左右へ引いた。繊維が悲鳴を
あげ、シャツはあっけなく裂ける。彼の鎖骨から胸、腹の半ばほどがあらわになったところで、
ダンテは手を止めた。彼の白い首筋に、おもむろに顔を埋める。
「ッ……」
彼が声にならぬ悲鳴をもらした。首のやわらかいところへ噛みつかれたのだから、当然といえば
当然の反応であろう。ダンテはそれに気を良くし、同じ場所を執拗に噛んだ。その都度、彼の
躰はびくびくと震えた。
やめろ、と彼があえいだ。無論ダンテはそれを無視する。抗議のためか、ダンテの腕にかかった
彼の手に力がこもり、爪が皮膚に食い込んだ。かわいいものだと、ダンテは思う。
「やめてほしいなら、早く済むようにじっとしてろ」
やめるつもりなど毛頭ないのだと、暗にほのめかしておいて、ダンテは右手で彼の脇腹を
まさぐった。筋肉はまんべんなくついているが、自分と比べればまだまだ細いと感じる
程度だ。
女とは似ても似つかぬ躰に、なぜ慾情などするようになったのか。自問自答しても答えが出ぬ
ことはわかっている。愛だの恋だのという安易な言葉では説明できないし、性慾の捌け口として
扱っているわけでも断じてない。
必要だから、だ。だから彼の、女のような丸みなど一切ない膚をまさぐっては慾がつのり、
彼の苦しげなあえぎや熱っぽい吐息に下腹が張り詰める。
そして、彼も。
右手を彼の下腹にやれば、彼はぎくっとした。革のパンを苦しげに押し上げる、熱をもった
もの。ダンテはにやりと口角を吊り上げた。包み込むように手のひらで揉みしだいてやれば、
彼はたまりかねて高い声をあげる。
「ッあ――!」
慌てて手の甲で口を覆ったところで、もう遅い。
「どうした? 期待してたんじゃなかったのか?」
「っ! ち、ちが……あっ……」
鼻に抜ける吐息が語尾にかかる。
「良い声だな。……で、何が違うって?」
耳元に囁けば、わかりやすく彼は耳まで真っ赤に染めて言葉をなくした。相変わらず、初心で
かわいいことだ。
ダンテは彼の首筋に唇を押しあて、しかし物足りぬ気がして舌を這わせた。びく、と彼が肩を
跳ねあげる。過敏になっているのではなく、彼はそもそも敏感な躰をしているのだ。男に
とって、それほど好ましい躰はない。
「なぁ、このままか、壁のほう向くか、どっちが好みだ?」
「えっ?」
「抱き合うか、後ろからか、好きなほうを選ばせてやる。どっちだ?」
直截的な言いようは好みではないが、そういうところだけ鈍い彼に合わせようと思えば、
好みうんぬんにこだわってはいられない。
顔を真っ赤にした彼は、そんなもの選ばせるなとダンテを睨みつけてきた。気が強いところも
ダンテ好みなのだとは、彼はきっと知らない。
「あぁ、そうか」
ダンテはにやりとした。
「乱暴にしてくれってことだな」
「は?」
「気は進まねぇが、おまえのためなら努力するぜ。……さっきのこともあるしな」
意味もわからず拒絶された(とダンテは受け取った)こと。彼の怯えたような顔は、しばらく
忘れられぬに違いない。
何のことかと困惑する彼に、ダンテは説明することも弁解の間を与えることもしなかった。
彼の躰を腕の中で反転させ、壁に肩をおしつける。そうすると当然彼の頬をコンクリートが
噛むことになり、痛いと喚く声があがったけれども、ダンテはきれいに無視をした。
思う以上に、気が立っているらしい。
彼の腕を頭上で一まとめにし、先刻破いたシャツをぐるぐると巻き付けきつく結ぶ。そうして、
片手で彼の下衣を腿までずり下ろした。
手足の自由を奪われる格好となった彼は、嫌だやめろと無意味にわめいている。
「静かにしてれば、少しは優しくしてやるんだがな」
ダンテはくつくつ笑い、尻を撫でてやった。びくっと震える彼の尻の割れ目から、彼自身は
見ることのない秘蕾を指先でさぐる。探すまでもなく指が触れ、彼は喉の奥で悲鳴のような声を
もらした。馴らしもせず、きつくすぼまったそこに指を入れられれば当然の反応であろうが。
「っや、だ……やめ……ッ」
ダンテは無言で、彼の後ろをさぐる手とは反対の手を、彼の花芯へ伸ばした。彼は腰をよじって
逃れようとするが、無論、そんなことを許すダンテではない。鎌首をもたげた彼の花芯は、
ダンテの手のひらに包まれひくついている。少し上下にしごいてやれば、嬉しがるように先端を
濡らした。
「ぁっ……」
小さく鳴いた彼の耳朶を軽く噛み、意地悪く囁く。
「嫌、なわりには……なぁ」
追い詰めるように彼の花芯を愛撫すれば、そちらに意識が集中するせいで後孔の締め付けが
ゆるくなる。ダンテはすかさず付け根まで指を差し込んだ。
「ぅあっ……ぁっ、あ……!」
彼の内部は、熱い。粘膜がダンテの指にからみ、食らうように締め付けてくる。
「折るつもりか? もっと悦くしてやるから、力抜けや」
内壁を少し掻いてやれば、彼は嬌声をあげて背を弓なりに反らした。おいおい、とダンテは
呆れてしまう。
「逆だ、逆。食い締めてどうする」
「あっ……はぁ……、……ぅ、るせぇっ……!」
「おまえのそういうところは嫌いじゃねぇが、な。おとなの言うことは素直に聞く
もんだぜ?」
言いながら、彼の内部から指を引き抜いた。あ、とあえぐ彼に目を細めつつ、革パンツの前を
くつろげる。すでに猛っている自身に苦笑が浮かんだ。そして熱をもったそれを、まだ固い
ままの彼の後孔に押しあてる。
「えっ、や、待っ……」
「力、抜いてろ」
制止など聞かず、彼の腰を引き付け貫いた。さすがに、狭い。が、この程度の苦しさは彼の
比ではないに違いない。
「ぐ、ぅうッ!」
歯を食い縛っているのだろう。喉から絞りだすような悲鳴をあげ、全身を強ばらせた彼の
紅潮したうなじに、ダンテは唇で触れた。
「……痛いか?」
訊くまでもないことを、ダンテはあえて訊いた。彼の口から罵りがこぼれるが、それ以上の
言葉はない。怒っているのか、諦めたのか。わからないけれども、やめてやるつもりは微塵も
ない。
どういうわけか、今のダンテには彼に優しくしようという気が起こらないのだ。酷く犯して
やりたい。めちゃくちゃにしてやりたいという衝動が、どこからか込み上げてくる。
「文句は後から聞いてやる」
聞く耳を持つかどうかはさておき。
ダンテは彼の腰をつかみ、強引に彼を突き上げた。痛みでか、驚きでか、彼がくぐもった声を
もらした。結合部に濡れた感触があるのは、無理な挿入で彼の後孔が裂けたのだろう。それも
やはり、かまうものかと捨て置くことにした。
「痛いぐらいが丁度いいだろ……なぁ、坊や」
多少乱暴に扱っても、壊れぬ躰であることはダンテもよく知っている。痛みをも快楽にすげ
替えてしまう躰であることは、最近、知った。天性か、それとも誰かに仕込まれたか。不吉な
予感がするので、後者については考えないようにしているが。
ちがう、とうめく彼を、肉を突くことで黙らせる。
「ッあぁ……!」
「ほら、な。俺の言ったとおりだ」
くつくつ笑い、彼の前へ手を伸ばして花芯を握りこんだ。そこは熱っぽく腫れ、快楽によって
震えている。
彼が我に返ったように身を捩った。
「さわ、んな……!」
「……へぇ? そうか。なら、触らねぇよ」
要望どおり、手をどけてやる。支えるものがなくなっても、それは屹立したまま萎えることが
ない。
え、と戸惑う声が聞こえた。まさか本当に手を離してしまうとは思っていなかったのか。
「たいした自信だな。後ろだけでいけるなんてな」
「な……ッあ……!」
快楽に弱い躰というのは、良くもあり悪くもある。ダンテが腰を使うたび、彼は不本意で
あろうと嬌声をあげるしかないのだ。
「ぁ、っう、う……」
震える腰を掴み、慾望の象徴である楔を何度となく打ちつける。彼の膝はがくがくとして、
ダンテが支えてやらねば立っていることも難しいようだ。一つくくりにした手首の先で、
白い指がコンクリートを噛んでいる。
嫌がり、必死に堪えながら、しかし彼の後孔はダンテをしっかりと咥えこみ、肉襞を絡ませ
快楽をねだる。なんともはや、罪作りな躰であることだ。
「っ……限界、か」
どちらの、とはダンテは言葉にしなかった。どくり、と奔流が溢れるのがわかる。びくりと
背中をしならせ硬直した彼の体内に、放ったすべてを注ぎ込む。
「あっ……はぁ……」
ため息を吐き出すなり、彼の躰ががくりと弛緩した。ダンテが彼の腹に腕を回して支えてやる。
気を失ったらしく、まるで反応がない。無理をさせすぎただろうか。
(いや、元はといえば、こいつが何かおかしかったからで……)
あれは結局何だったのか。確かめようにも、彼の意識はどこぞへ飛んでしまった後だ。
ダンテは彼から自身を抜き、適当に身繕いをして首の後ろを掻いた。しばらくは彼に避けられる
かもしれない。そう考え、おそらくそうなるだろうと思い、苦笑する。もちろん、後悔した
ところで後の祭りであるし、悔やむことなど一つもないのだけれども。
「おまえの言動一つで狂っちまう。らしくねぇ、が……まぁ、惚れた弱みか」
独りごち、意識のない彼を横向きに抱き上げ帰路に就く。後ほど彼から浴びせられるであろう
文句も呪咀も、すべて甘んじて受け入れよう。そうしてまた、彼に触れ、キスをするのだ。
愛してる、などという甘い言葉を吐いたことはないけれど。この感情に名をつけるとすれば、
それ以上の言葉はないのだろう。
ダンテは口端を吊り上げ、彼の額にひとつキスを落とした。その表情や仕草は亡き兄に瓜二つ
なのだが、ダンテはやはり気づくことはない。
歳の差もの、裏。
というリクエストをいただきましたので、4D×3Dをお送りしました。
2V3Dで挫折しましたゆえ、リベンジ…
というわけで、リクくださった方のみ、よろしければお納めくださいませ。
[10/09/19]