花筐ハナガタミ









その界隈で、便利屋といううさん臭い仕事を生業としている人間は、幾人もいる。元は 暴力を売り物に裏の稼業に勤しんでいたものが、そのほとんどだ。
そんな便利屋達の中で、抜きんでて名の知れた男と問えば、皆が皆、決まって同じ名を 挙げる。

“ダンテだ”、と。

その、誰もが最強にして最高の腕前と認める便利屋・ダンテだが。現在彼は、とある悪魔の 毒によって躰が縮む、という悪夢の真っ直中にいるのだった。






ダンテは何か怪しげな視線を感じ、嫌な予感いっぱいに振り返った。何故嫌な予感程よく 当たるのか。辿った視線の先には、ぬいぐるみのような小鬼が二体……

「……またかよ……」

ダンテは頬を引きつらせ、呟いた。朱と碧のその小鬼達が、ダンテと目が合ったのを契機に こちらに突進して来る。寸分違わず同じ動きのそれらに、ダンテはびくっと肩を撥ね上げた。

「! 今度は何だ!?」

当惑の隠せないダンテ目掛け、二体はスピードを緩めることなく床を蹴って飛び上がった。 目標はおそらく、ダンテの膝の上。
予想に違わず、小鬼達はそれぞれがダンテの左右の太腿にしがみつくように、べたべたっと 胴体で着地した。
ダンテは避ければ良いものを、呆れた顔で小鬼ら――――アグニとルドラという名の、 本来は魂の宿った双剣の姿をしている――――を見下ろすばかりだ。

「……楽しいか、お前ら?」

溜息混じりの言葉に、返る答えは端的だが意味は判らない。

「主よ、楽しいぞ」

「楽しいぞ、主よ」

「主の張りのある腿は心地が好いのだ」

「程よい肉付きとこの細さが快いのだ」

「主よ、気持ちが好いぞ」

「気持ちが好いぞ、主よ」

見た目は可愛くもあるのだが、話す内容はかなり際どい。
ぴいぴいと喚く雛のように、息継ぎなしで一気にまくし立てる二体。ダンテは半分以上 聞いてはおらず、曖昧に相槌を打っておいた。

「あー、そうか、そりゃ好かったなー」

その声も、普段とは違い随分高い。躰が思春期頃のそれに縮んでしまったのと同時に、声も 変声期前のものに戻ってしまっているのだ。躰だけが小さく、声はそのまま、という状態に されるよりはましではあるが。

ダンテの腿に張り付いたアグニとルドラは、何が楽しいのかもそもそと動いている。 位置的には着地した時とほぼ同じなのだが、果たして何がしたいのか。

「……おい、ちょ……くすぐってぇから動くな」

小鬼の短い手足の動きが、少しばかり敏感なダンテは若干気になってしまう。堪えられない ものではないが、くすぐったさがもどかしい。が、二体は揃って嘯いた。

「我らは遊んでいるのだ」

「主の脚で遊んでいるのだ」

「人の脚を玩具にするんじゃねぇ」

叱るダンテだが、その声音はどこか優しい。小鬼達を調子付かせるには、効果は 絶大だった。

「主よ、出来得るならば直に触れたいのだが」

「さぞや滑らかな肌をしているのだろうな、主よ」

かさついた声が、どことなくうっとりとした色を含んでいる。しかしダンテはそんなこと には気付かず、盛大に溜息を吐き出した。

「お前ら……そんなこと言ってると、またバージルに干されるぜ?」

言うが早いか。

「……貴様ら、余程死にたいらしいな」

絶対零度の凍て付いた声が、ダンテすら一瞬凍結させた。うごうごとダンテの脚に 抱き付き蠢いていた小鬼のぬいぐるみが、ダンテと同じように凍り付くかと思いきや。

「兄上殿よ、邪魔立て無用ぞ」

「邪魔立て無用ぞ、兄上殿」

「我らは縮んだ主と戯れているのだ」

「我らは縮んだ主を堪能中なのだ」

離されまいとしがみつく二体の頭を、ダンテはやれやれと言ったふうに撫でた。
ダンテにとってアグニとルドラは大事な武具でもあるが、こうしてぬいぐるみの姿になった 彼らを、ダンテはなかなかに気に入っている。困ったことにバージルとはそりが合わない らしいが、何かと言うと自分に絡み、バージルに突っかかる二匹が、ダンテは可愛いくて 仕方がないのだ。

それが、まさかバージルの機嫌を激しく損ねていようとは、欠片も思わずに。

「…………ダンテ、」

先刻よりも低められた声音に、ダンテはぎくっとなった。

「な、何……?」

上目遣いに見上げた先の、バージルの目は。

「バ、バージル……頼むから、落ち着け。な?」

なるべく穏便に、と言葉を選ぶが、効果は見られない。

「邪魔だ」

バージルは短く言うなり、ダンテの脚にへばり付いたぬいぐるみをはぎ取り、

「主よ、次は我の膝を貸してやろうぞ」

「いや、我の膝を選ぶが良いぞ、主よ」

などと喚く二体を壁に叩き付けた。が、床に落ちていかない。首の両側と脇の下に、 それぞれナイフのような細い刃物が刺さっている。それによって壁に縫い付けられている らしい。
一瞬の早業――――人間業ではないそれに、ダンテは唖然としてしまった。どこに計八本 ものナイフを隠し持っていたのか。と、突っ込むポイントを少々外しながら、ぽかんとして いるダンテを、二体を処理し終えたバージルが軽々と抱き上げた。

「あれとは遊ぶなと言った筈だが」

バージルの腕を椅子のようにして抱えられたダンテは、ちょっと唇を尖らせた。

「俺は何もしてねぇよ。あいつらが勝手に人の膝に飛び乗って来たんだ」

ぴくりとバージルが片眉を吊り上げる。

「ほう、避けようと思えば避けられたのに、か?」

「それは……その、えーっと……」

可愛いから、とは言いにくく、言葉を探しているいると、バージルが追い詰めるように ダンテの目を覗き込んだ。

「それは……、何だ?」

う、とダンテは言葉に詰まった。バージルは無意識らしいが、少し動けば唇が触れる程に、 顔が近い。今更恥ずかしいも何もないが、何となく躰を引いてしまう。それがまた、 バージルの気に障ったようだ。

「何故逃げる」

「逃げてねぇ。ちょっと近すぎると思っただけで……」

「何を言うかと思えば……今更だろう」

「いや、そうなんだけどさ……」

何となく、と呟くのと、バージルが足を止めるのとはほぼ同時だった。着いたのは、 バージルの部屋だ。
ダンテはここまで無抵抗に運ばれて来たものの、バージルの意図を悟ってのことではない。 恐る恐る、訊いた。

「バージル、部屋で何するつもりだ?」

寝るにしては、まだ早い。すっかり陽は落ち、夕飯も終わってはいるが、いかんせん、 日付が変わるまであと三時間はある。

「…………」

バージルは無言で、無機質としか表現出来ないもののない部屋に入り、ベッドに腰掛けた。 ダンテはバージルの腕から下ろされ、その隣りに座らされる。人一人分の空間を空けて。

「??」

何がしたいのか。頭の上に疑問符を浮かべるダンテだが、その答えはすぐに判った。かなり、 予想外というおまけ付きで。

「バージル?」

思いがけないことに、ダンテは驚くよりも呆気に取られた。バージルが、ダンテの膝に頭を 乗せて横になったのだ。
言ってみれば、膝枕である。

バージルの意外過ぎる行動に、ダンテは困惑するばかりだ。

「……何か、何だろうな、アンタ……」

何気なく、バージルの青味がかった銀髪を摘んだ。その手を、バージルに掴まえられる。

「? 何だよ、」

「……いや、」

躊躇ったような、バージルの声。
ダンテは何となく、バージルの意を悟った気がして少し笑ってしまった。

「笑うな」

むっとしたらしいバージルが、ダンテを咎める。しかしダンテは笑みを浮かべたまま、 バージルの髪を細い指に巻き付けた。

「ま、たまには良いんじゃねぇ? こういうのも、さ」

言うと、バージルは小さく息を吐いた。ダンテからは見えないが、バージルが目を閉じた らしいことが何となく判った。
眠るわけでもなく、しかしバージルはダンテのほっそりとした腿に頭を預けたまま、 動こうとはしない。ダンテもまた、バージルの髪を指先で弄びながら、 珍しく何を喋るでもなく座っていた。

次は自分が膝枕をして貰おう。そんなことを、ぼんやりと考えながら。





リビングの壁に張り付けにされた二体のぬいぐるみは、次はどうバージルの目を掻い潜って ダンテと触れ合うかを、ああでもないこうでもないと白熱した議論を繰り広げていた……。



















戻。



困った時にはアグルド。そして子ダンテ。なんて馬鹿な字書き…
でもアグルドと兄の喧嘩(?)が個人的に好きなんです。ダンテと戯れるアグルドも…
ていうかこれ、子ダンテで書く意味が全くありませんね。ははは。
そうそう、『花筐』というのは、花籠という意味です。
だから?という優しいツッコミはなしの方向でお願いします☆(ウザ)