溺死オボレテ、












まだ、足りない。





バージル、と。強い語調で名を呼ばれ、バージルは読みかけの新聞から目を離すことはせずに 意識だけをそちらにやった。なんだ、と囁くように問う。バージルを呼ばわった人物は、なんだ じゃねぇよ、と唇を尖らせた。

「さっきから何回も呼んでんのに、アンタ全然反応しねぇし……」

そうだっただろうか。バージルは思い返すが、彼が自分の名を何度も呼ばわっていたという記憶は どこにもない。かといって彼が嘘を吐いているとはバージルは思わなかった。彼には嘘を吐かぬ 自分同様、彼はバージルに対し嘘を吐くことがない。

「それは悪かったな」

自分に非があると認識すれば、謝罪もする。不必要に意固地になるほどバージルは馬鹿では ない。
彼は大仰にため息を吐いて見せた。まったく、だとか何とか、口の中で呟いているらしい。
バージルは肩をすくめた。

「それで、何だ」

当初の問いを繰り返せば、彼はなぜか目を瞬かせる。どうやらバージルが何のことを問うている のか判らなかったらしい。

「なにが」

と疑問で返してくる表情に、わざとらしさは全くない。いっそあどけないと表現しても良いかも しれぬ。バージルと彼とは双子のきょうだいで、厳密に言えばバージルが兄となる。わざわざ 特記するに値しないが、歳は同じだ。けれどもバージルには、双子の弟がひどく幼く思える瞬間が 多々ある。今が、そうだ。

かわいい、弟。

「用があって呼んでいたんだろう」

だから、なんだ、と。そう問うたまでなのだが彼はやはりきょとんとして。

「べつに、なんもねぇけど?」

と、ごくごくあっさりのたまった。何もないなら、なぜ名を呼ぶ必要があるのか。無意味を厭う たちであるバージルには、彼の感覚がときに心底不思議でならない。双子とはいえ、自分たちは まるで似ていないのだから理解できぬのも頷けはするが。
バージルは目を細めた。

かわいい弟。さて、どうしてくれようか。

「ダンテ、」

新聞を脇へやり、手招くと彼は何の疑問も抱かずバージルのそばへと近付いてくる。警戒心が ないのではない。バージルの前でのみ、彼は本当に幼い子どものように無防備になる。

「何だよ、バージル?」

バージルの膝に乗るような恰好で、彼が首をかしげる。これが腕利きと呼ばれる便利屋とは、 間違っても見えない。
バージルは頬に薄い笑みをはき、彼の肩と手首を掴んでこちらへ引き寄せた。わっ、と彼が短く 声をあげる。その唇を、バージルは有無を言わせず塞いでやる。何で、などと野暮なことは聞く ものではない。

「っ、んん……!」

苦しげな呻き。きゅっと寄せられた眉。閉じられた瞼の縁は、赤い。

バージルはダンテの顎を掴んで角度を変え、深く唇を合わせた。ぴったりと隙間もないほどに 口付けられ、彼はいっそう息苦しそうに呻いてバージルの肩を掴む。
やめろと言いたいのかもしれない。いや、せめて息継ぎを、と求めているのだろうか。快楽に弱い ダンテは、ともすれば口付けだけで恍惚とした表情になる。そのさまを、バージルは好んで いる。

「ン、ふ」

バージルがわざと隙間を作ったわずかな間に、ダンテが喘ぐようにして息を吸った。その吐息すら も甘やかで、バージルの耳を楽しませる。
ダンテは、追い詰めれば追い詰めるだけ悦い声色になる。それを誰より(無論、本人より)も 知っているバージルは、ダンテを極限まで追い詰めることも少なくない。酷なことをしていると いう自覚を持ちながらも、そうせずにはおれぬのだ。あまりにも――そう、ダンテが愛しく ありすぎて。

(お前のせいだ)

一方的な囁きは喉の奥。

バージルはとろりと蕩けたような表情に変わりつつある弟を、自分の脚を跨ぐ恰好で座らせ腰の 辺りを撫ぜた。ぴくっと揺れる腰に笑みを浮かべ、背中からシャツの中へと手を滑らせる。女性の ようなきめの細かさは無論ないが、バージルはダンテの肌を好む。
バージルがあらゆる慾をもって行為に及ぶ相手は、この世に彼ただ一人なのだ。その相手の すべてを好んでいることは、むしろ当然のことであろう。

脇腹をなぞると、ダンテはびくりと背筋を震わせた。あっ、と反射的なものであろう声をあげて しまったことが恥ずかしいらしく、唇を噛んでバージルを睨み付けてくる。まったく、かわいくて ならない。

「相変わらず感じやすいな」

触れるところすべて、ダンテはいちいち反応をする。疲れやしないのだろうか。妙なことを案じて いると、ダンテが恨みっぽくぼそぼそとぼやいた。

「アンタがするからだろ……」

つまりはバージルの手によるものだからこそ、いちいち反応してしまうのだ、と。男ならば嬉しく 思うに違いない言葉を、しかしバージルは素直に受け止めるこてができない。果たしてそうかと、 疑っている。自分でなくとも、彼は同じように快感を得るのではないか。
この弟は、あらゆる意味で快楽主義者だ。快楽を与えてくれるものならば喜んで受け入れる。 交合の相手がバージルでなくとも、これは。
バージルは目を眇めた。その双眸の奥には嫌悪と憎悪がある。
ダンテを心から愛しく思うからこそ、バージルは彼を憎むのだ。この、淫らな躰を。たとえこんな 躰に作り上げたのは自分であるといえども、バージルは彼に貞淑を求めずにはおれぬ。

「淫売が……」

ほとんど無意識に呟いていた言葉に、ダンテが目を瞠って絶句する。顔が青くなったようにも 見えるが、バージルの知ったことではない。

(お前は俺のものだ)

幼いころから何度も繰り返した言葉だ。いまさら、言って聞かせる必要などない言葉――その、 はずだ。
バージルはダンテの顎を掴む手に力を込めた。痛いのか、ダンテが眉をしかめる。

「抱くぞ、ダンテ」

告げた言葉は問い掛けではなく、宣言。ダンテは一瞬何を言われたか理解できなかったのか、 ぱちりと瞳を瞬かせ、次いで顔を真っ赤に染めた。嫌だと拒絶する言葉は出ないと断言できる。 ダンテは交合を好む。断ろうものか。
バージルはダンテの答えも聞かず(聞く必要もないと考えている)、彼の腹をさぐっていた手を 下肢へ滑らせる。ぎくっと、ダンテの肩が揺れた。咄嗟に、だろう。バージルの手を押さえようと したダンテの、手首を空いた手で捕らえて二つ一纏めにしてやった。あぅ、と間の抜けた声が 上がる。

「バージル、」

不安の色濃い声音だ。交合など、もう何度目か判らぬ程度に頻繁にしているというのに、何を いまさら不安がることなどあるだろう。しかも芝居には見えないあたりが男の征服慾をあおる。 バージルにすれば、むしろ自分の苛立ちを助長するためとしか受け取ることができないが。
バージルはダンテの下肢をまさぐり、彼の股の間でわずかに存在を大きくしている花芯に指先を かすめた。ダンテがびくりとするのと連動して、花芯もまた震える。が、声は聞こえなかった。 唇を噛み締めたらしく、見れば血がにじみそうなほど強く下唇を噛んでいる。

「ダンテ、」

名を呼び、彼の唇に自分のそれをそっと触れさせる。ただ綿毛のように触れただけの口付けに、 ダンテは驚いたらしく目を瞠った。

「傷を付けるな」

そっと囁く。“それ”は俺のものなのだから、と。曖昧な言いようをしたからか、ダンテは 判らぬような顔つきできょとんと首をかしげた。唇はもう噛んではいない。
バージルはダンテの唇をもう一度啄み、下肢へ伸ばした手の動きを再開させた。花芯は、 バージルの掌に包まれ時折震えながら存在を伝えている。

「っぁ、ん」

指の腹で少しばかり先端を擦っただけで、この反応だ。男の情慾を、ダンテはあおってならない。 ただし、本人に自覚がないことが唯一かつ最大の問題である。
バージルはダンテの花芯を上下にしごいてやりながら、甘さの増しつつある吐息をもらす弟を、 憎々しく思わずにおれない。淫らな弟。快楽を与えてくれる相手ならば、誰にでも尾を振り脚を 開く淫売。首輪をさせ鎖に繋いで、誰の目にも触れさせぬよう監禁すれば、あるいはこんな醜い 感情を彼にぶつけずに済むのだろうか。それとも。
まだ挿入してもいないというのに、快楽にうち震えるダンテが堪らぬような素振りでバージルの 肩に額を擦りつけた。

「ん、ふ、くぅ……ッ」

懸命に快楽をやり過ごそうとしているのだろうか。しかし声をかみ殺すことにはかろうじて 成功していても、ゆらゆらと揺れる腰はどうすることもできていない。おそらくは無意識に 快楽を追っているのだ。それを、理性は理解を拒んでいる。
実に無意味かつ淫らがましいさまだ。躰は当人の意思を無視して快楽を求めている。
バージルが舌打ちをすると、びくっと彼の肩が跳ねた。怯えさせたか。そんなことはどうでも良く、 バージルはダンテの二の腕を掴んで腰を上げさせた。そうしておいて、彼の下衣を下着ごと腿の 半ばほどまで引き下ろす。あらわになったダンテの花芯は、先端から先走りの蜜をにじませ、 やっと解放されたとばかりに伸びやかに天を衝いた。
バージルは鼻を慣らし、快楽主義者である弟の花芯を指で弾いた。「あっ」と油断していたに 違いない甲高い声があがる。

「物欲しそうだな、ダンテ?」

彼の頬にばっと朱が上る。違う、などと理性の勝った言葉には聞く耳を持たず、バージルは ダンテの無防備な後ろへ手を伸ばした。びくっとして逃げ腰になる彼から、「おとなしくていろ」 という一言で動きを奪う。
聞き分けの良さはバージル仕込みだ。ダンテは基本的に、バージルの命令には逆らわない。 逆らえぬ躰に、バージルがした。彼の矜持の高さは、ときに不快にも快くもなる。バージルは ダンテに従順を求めるが、命令に従うだけの人形に興味はないからだ。
蕾に触れると、ひゃっ、という声があがり、感電したかのようにダンテの背筋がぴんと伸びた。 きゅっとすぼまった蕾をなぞるようにすると、今度は次第に背中が丸まってくる。打てば響く。 それが彼の躰だ。よほど、男好みにできている。

「指で慣らすか、このまま入れるか。どちらか選べ」

何を挿入するかなど言うまでもない。ダンテは耳までも真っ赤に染め上げた。透けるような白磁の 膚が蒸気するさまは、ひどく卑猥だ。

「早くしろ、ダンテ。俺の気が短いのは、お前もよく知っているだろう」

選ばせてやろうと言うのだ。ダンテにとって悪い話ではない。いつもならば、バージルは自分の したいようにダンテを犯す。慣らさずに熱を穿たれる痛みを、ダンテは身に染みて知っているの だから。

「……、ゆ、び」

かすれた声音が鼓膜を撫でる。さもあらん、とバージルは思ったが、しかし。続くダンテの紡いだ 言葉に、不覚にも驚いてしまう。

「慣らさなくて、いいから。早く」

アンタのをくれ。どこぞに吹っ切れる箇所があったのだろうか。焦れったく言うダンテに バージルは思わず「良いのか」と確認した。痛いと判っていて、あえてそちらを選ぶ彼の 真意とは。

ダンテは自らバージルの前を寛げ、早くと再度ねだってきた。

「選ばせたのはアンタだろ。なぁ……」

再三、ねだる弟。どこか壊れたかと疑いながらも、バージルは自身に触れてくるダンテを 見つめた。

「なら、自分で入れてみせろ」

残酷な要求ではないはずだ。ダンテは自らバージルを求めている。ならば難しいことではない だろう。いつもバージルがしているように、後孔にバージルのものを導けばいいだけのことだ。

「ぅ……」

ためらいがちに、ダンテはバージルのものを数度上下にしごいた。猛ったそれに片手を添え、 バージルの肩を支えに腰を上げる。丁度バージルのものが真下に来るよう膝の位置を変え、 いかにもおそるおそるといったふうに、そぅっと腰を落としていく。そんな慎重にしていて、 慣らしていない蕾は自分を受け入れられるだろうか。無理だと、すぐに結論に至る。 だがダンテには黙っておく。実に悪趣味であるが、バージルはダンテの苦痛に歪む顔を好んで いるのだ。
ぴとりと、蕾に先端が触れる。ダンテは入口を数度、先端が撫でるように腰を揺らし、下へ体重を かけた。

「、つぅ……ッ」

うめく、弟のしかめられた表情。皺の刻まれた眉間。きつく瞑られた瞳。醜さは感じられず、 むしろバージルは自身がいっそう猛るのを感じた。

「っ、ぅ、ぐ」

苦しげにうめきながら腰を沈めていくダンテ。先端の半分も、ダンテの襞に入り込んだ だろうか。

「あぅっ?」

間の抜けた声。当然ながらダンテのもので、傍観者に徹していたバージルが、ダンテの腰を 無造作に掴んだがためにあがったものだ。

「お前に任せていたら、日付が変わる」

焦れったいのだと言い、バージルはダンテの腰をぐいと引いた。ひぐ、とダンテが悲痛な悲鳴を あげる。男を受け入れるようにはできていない器官に、無理にねじ込もうというのだからダンテに かかる負担は想像を絶する。が、慣らすことを拒んだのは彼だ。痛みも苦しみも、甘んじて受け 入れ堪えることを選んだのだから。
ぎゅうぎゅうと、苦痛のためであろう締め付けにバージルは眉をしかめた。彼の躰は痛みをも 快楽へすり替えてしまうが、さすがにまだそれには至っていないようだ。バージルはうめくこと しかできずにいる弟の、萎縮した花芯を掌に包み込んだ。ひくりと、それが震える。

「んっ……」

先端の割れ目をいじられることをダンテは好む。花芯はすぐに天を衝き、先走りをにじませた。 感じていることは喘ぐ声音で判る。

「もう濡れてきたな」

囁けば、ダンテの頬が赤くなる。困惑したように視線をきょろきょろとどこぞへ泳がせる彼の、 締め付けの弱まったそこを軽く突いてやる。

「ひぁッ!」

油断していたのだろう。甲高い悲鳴は思いのほか可愛らしく聞こえ、バージルは頬に笑みを乗せて 立て続けに腰を使った。

「あッ、あぅっ、ちょ……ま、っ……ひ……ッ!」

待って、などどの口がのたまうのか。襞は熱っぽくバージルの楔に絡み付き、粘膜は蕩けるように 熱い。

「待つのは良いが、辛抱できなくなるのはお前だろう」

淫乱が。冷たく罵る。違うと否定するダンテの、今にも泣き出しそうな表情は良いのだ けれども。
バージルは目を眇め、鼻を鳴らした。気丈にもこちらを睨んでくるダンテの腰に両手を添え、 上下に揺さぶる。途端にダンテの喉をついたのは、甘いばかりの嬌声だ。

「あぁ……っ! あっ、あっ!」

ひっきりなしにこぼれる喘ぎ声も吐息も、すべて我がものにできるならば、おそらくはこの どす黒いものも少しは薄れるのだろうけれども。

(足りない)

バージルはほとんど無意識に、彼の粘膜を止み間なく突き上げた。堪らないのは当然ながら ダンテである。嬌声はほぼ悲鳴と区別がつかぬほどに変わり果て、制止を求める声すらあるが バージルは聞く耳を持たなかった。足りない。ただそれだけがバージルの脳裏を占めている。

「ひっ、ぃあっ、あ、あっ! あぁあ……ッ!」

ぴしゃりと、白いシャツに白濁が飛ぶ。ダンテが辛抱堪らず射精したのだ。しかしバージルは 動きを止めなかった。ダンテに射精の余韻を楽しむ間を与えず、ひくつく粘膜、その最奥を 突き上げ肉を貪ることに熱中した。

「あっ……ぁじる、も……、や、ぁ……!」

嫌だと喚くダンテに舌打ちをし、バージルは彼をソファーに組み敷くかたちに体勢を入れ替えた。 なおも喚こうとする口を、掌で塞ぐ。

「煩い。お前は黙って犯されていろ」

俺の気の済むまで、と言ってしまえば終わりなどまるで見えないのだけれども。絶句したダンテの 首筋に犬歯を押しつけ、律動を再開させた。

「んんッ! ん、んぅ……!」

ぐぐもった悲鳴すらも愛しく思えるほどに、バージルはこの弟に嵌まっている。いくら貪っても 貪り足りない。これは麻薬と同じ――いや、薬の類には免疫のある自分を中毒者にさせてしまう のだ、麻薬よりもたちが悪い。バージルをこうも嵌まらせるのは、彼以外にいようものか。

「んッ、んっ……」

快楽に溺れ焦点の合わなくなった彼の、蕩けた双眸に映るのは当然バージルで。しかしこれも、 今は、というだけにすぎなくて。

「嗚呼、」

ため息が出る。感情的になるなど、バージルには似合わぬことだというのに。

(まだだ。まだ、足りない)

いっそ壊してしまいたい。腹を裂いて血を啜り、心臓を食らえば。この弟は、自分だけのものに なるに違いないから。

殺したいという慾望は常にバージルの中にあり。けれども、一度殺してしまったなら、彼はもう 二度と自分の名を呼ぶことはなくて。

殺意を実行に移すことは容易く、しかし衝動を抑え、誘惑を退けることのなんと困難である ことか。

「ダンテ、」

せめて、彼の名を呼ぼう。彼の名を呼び、彼の内へ種を蒔こう。何度も、何度でも。

「あ、ぁ……バージル……っ!」

そうして万に一つも種が芽吹いたならば、それはどんなにか幸福なことであろう。

ぐったりと弛緩したダンテを抱き締め、バージルは彼の絹糸のごとく艶やかな髪を撫ぜた。



















戻。


今日がホワイトデーだということに今気付く。…。
これはとてもホワイトデーの代わりにはならないなぁ;;

[09/03/14]