鈍色ニビイロ









銀色の雨が降る。

ぱらりぱらりと天より落ち来る銀色の粒。

次第に強くなるそれを、傘をさすことで避ける者、駆けることで逃れようとする者、諦めて濡れる ことを選ぶ者、反応は様々だ。

男は、傘をさしていない。が、その手にはしっかりと傘を携えているのだから奇妙なことだ。 傘がなくとも気にならぬ程度の小雨、ではすでになくなっている。しかし男は雨の中を傘も ささずに進んでいく。その足取りに、迷いや躊躇は感じられない。







鉛色の雨が降る。

ぽつりぽつりとこぼれ始めた鉛色の粒は、徐々にその量を増していく。

傘を持っている者はそれを広げ、脱兎のごとく駆け出す者、いっそ濡れることを選ぶ者、人々の 反応はそれぞれだ。

彼は、ただ天を仰ぐ。時折鉛色のものが目を打つが、彼はその場から離れようともしない。 鉛色の雨は容赦なく彼に降り注ぐ。根比べ、ではまさかにないだろう。そう疑うほどに、 それは奇妙な光景であった。









「何をしている」

バージルは道の真ん中で立ち尽くしている弟を、他者の耳には冷淡としか受け取れぬ声音で 呼ばわった。名は、出さない。それは双子の間にいつからか生まれていた不文律である。
弟はゆっくりと、バージルのほうへ顔を向ける。ひどい顔色だ。もとより蒼白い肌が、いっそう 蒼褪めている。バージルは内心でため息を吐き、傘を広げて弟にかざした。

「風邪を引く」

苦言を舌に乗せれば、弟はバージルのほうは見ぬまま、アンタこそ、とぽつりとこぼして 寄越した。確かに、バージルも今の今まで傘をさしていなかったのだ。頭から足許まで濡れて いることに、弟との違いは見出だすことができない。

「なんで、傘ささなかったんだよ」

責めるような言いように、バージルは肩をすくめた。

「これはお前の傘だ」

雨の予報があったというのに、傘も持たずふらりとどこぞへ出かけた弟を、バージルは追って 来たのだ。傘を持って。正解だったとは思うが、もう少し早く追いついていればとも思う。

彼は、雨を厭う。

理由は知っているが、あえて触れぬ。自分に責があると自覚していれば良いと、バージルはそう 断じている。弟のことは、自分が目を離さなければ良いのだ。今は、そうできるのだから。

「べつに、傘なんか……」

要らねぇ、と。投げやりに言い捨てようとする彼の唇を、バージルは素早く塞ぐことで言葉を 奪った。目の前には弟の驚いた顔。傘を深くさしているとはいえ、往来の真ん中で唇を重ねて くるとは思っていなかったに違いない。

「っ……に、する」

舌足らずに、頬をちょっと赤く染めて言う彼を、目茶苦茶にしてやりたいと思う。壊して しまいたいとも思うけれども、それはまだ、駄目なのだ。

「帰ったら、風呂に入るか」

口付けのことには触れず、バージルは言った。彼の瞳がぱちぱちと瞬く。自分が全身ずぶ濡れに なっていることを、すっかり忘れてしまったとでもいうように。少なくとも、寒さは感じて いないのだろう。
良いことか悪いことか、バージルにはどちらとも断言はできないが。

「帰るぞ。こんなところにいても意味がない」

ふらりとどこぞへ出かけた弟。行き先はおそらく、どこでもなかった。ただ目的もなく外へ 出たかったのだろう。その途中で雨に降られ、こうして立ち尽くしていたのに違いない。
雨に、あるいは自分自身が流れてしまえば良いと思っていたのか。
バージルに彼の真意は判らない。だから、連れ帰る。雨に濡れることのない場所へ引きこもり、 そして世界を閉ざす。

「行くぞ」

促せば、弟は小さく頷きバージルとともに歩き出した。バージルは彼にも判らぬ程度の薄い笑みを 浮かべ、もう少しこちらに寄れと言ってやる。衆目が気になるのか、少々ためらいながらも彼は こちらへくっついてきた。腕が触れる。濡れた感触。

「冷てぇ」

笑う弟につられ、バージルもまたくすりと笑った。

「後でしっかり暖めてやる」








身を寄せ合い、双子は一つの傘で雨を凌ぐ。

雨は銀色。雨は鉛色。
鈍色の空から舞い落ちるそれ、を。

ある者は傘をさして避け、ある者は目的地まで駆け、ある者は打たれるに任せ。

銀色の双子は一つの傘の下、晴れた空の青色の双眸に互いの片割れを映す。



そうすることで雨を見ずに済むのなら。
そうすることで雨を聞かずに済むのなら。

流されようとするものを、腕の中に取り留めておくことができるなら。

降りしきる雨の中、どこへ行ったかも判らぬ弟を捜すことくらい、簡単なこと。








やがては降り止む雨を仰ぎ、祈る。

存在など信じてもいない、どこかの神へ。



















戻。



雨だったので、短いのを書いてみました。
短すぎた。けどそのまま載っける。