双姦
戸惑いはいつものこと。それを無視されさらに困惑が深まることも、いつものことで。
行為は唐突に始まる。
食事の最中であったり、風呂上がりであったり、時と場合を選ばずそれは訪れる。すべては兄の、
バージルの采配だ。ダンテの意思はそこに関わりを持たず、ただバージルの成すに任せるだけ。
いや、そうすることしか許されていないと言ったほうが良いかもしれない。
兄はもれなく横暴かつ専制的だ。ダンテを支配し、そうすることに一片の疑問も抱かぬまったくの
独裁者である。そんな兄だから、行為はいつも唐突に始まるのである。おそらく兄からすれば、
唐突に始めているという自覚はなく、むしろきちんとした理由に基づいているのに違いない。
それを、ダンテが理解できぬだけであって。
でも、とダンテは思う。
バージルの思考などダンテには理解することは不可能だ。何を考えているのか、気にはなるが気に
せぬよう努めているくらいなのだから。(どうせ理解などできるわけもなく、そちらのほうをよく
理解しているダンテである。)
ダンテに許されるのは、困惑のみ。待てとかなんでだとか、そんなことをいくつか喚きながら兄を
受け入れる。拒むことは許されない。そもそも兄を拒むこと自体、ダンテにはできぬこと
だった。
「気が散っているな、ダンテ?」
背後から耳に直接囁かれ、ダンテはびくりと肩を震わせた。知らず背中があわ立つ。バージルは
ダンテの腰を抱く手に力を込め、ダンテの肉に穿った杭をより深く埋め込んだ。無論、ダンテは
喉を震わせて喘ぐ。
「ッ、あ、ぁっ!」
途切れ途切れの嬌声は、痛みによるものか快楽によるものか、ダンテ自身にも判らなかった。
そのどちらもであることを知っているのは、他ならぬバージルのみだ。
ダンテは痛みを快楽にすり替える手段を知っている。そしてそれを、無意識のまま成すことに
長けていた。だからダンテには、自分がどの類の感覚によって嬌声を上げているのか、判らなく
なることがよくあるのだ。そんなときはいつも、バージルに激しいというには言葉の足りぬ、
荒っぽいセックスを挑まれているように思う。
今がまさにそうだ。
始まりはいつものように唐突で、待ってと言っている間に後ろから貫かれた。慣らしもせずに
突き込まれることは珍しいことではなく、大腿を赤いものが伝う感触には、悲しいかな慣れて
いる。その痛みを感じるのはごく短時間で、バージルによってすぐに快楽が引き出されていく
のだ。
ダンテが甘い嬌声を上げるのに、かかる時間はいつも短い。それが、少し悔しくもある。
「また、だな」
良い度胸だとバージルが囁く。まずいとダンテは思ったけれど、弁解したところでバージルを
止められるかといえばそんな保証はなく、むしろ無理であるということはダンテが最もよく
知っている。言い訳を並べ立てること自体、矜持の高いダンテは好きではない。かといって何も
弁解せずにいては、バージルの暴挙が際限なく続くということも判っているので。
「な、にも」
考えてはいないと、喘鳴に似た息の下、懸命に伝える。バージルはどんな表情をしているのか。
顔が見えぬのだから確かめようもない。自分の顔は、見られているような気がするというのに。
不公平だ。そう強く――弱く、かもしれないが――思う。
バージルはダンテと公平であろうとしたこともないのだから、不公平であるのは当たり前のこと
なのかもしれない。子どものころから、バージルはそうだった。双子でありながら、ダンテが
いかにも弟らしい思考を持っているのはそのせいだ。
双子であっても彼らはけっして対等ではない。それはバージルによる刷り込みのようなもので、
ふだんの生活においてダンテはほとんどそのことを意識することはない。
「ダンテ、」
呆れたような、どことなく笑みを含んだ声音にダンテはぎくりとした。何ということのない
バージルの声に、不穏なものを感じ取ったのだ。この辺り、ダンテはバージルのことをよく
判っている。双子なのだから当然かもしれなかったが、無論それだけが理由ではない。
「バ、ジ」
兄の名を呼ばわろうとした唇は、半端に開いたまままるで別の言葉を紡いだ。悲鳴であるが、
それを彼に強要したのは無論のことバージルだった。
バージルは床に臥せたダンテの肩を掴み、繋がった腰を支点にぐいと彼の躰を抱き起こしたのだ。
膝立ちの状態で、後ろから貫かれる。ただ立っているだけで下から突き上げられるという恰好に、
ダンテは困惑と羞恥の入り交じった喘ぎをもらした。
「は……、ぁ、あ、や……、やぁっ」
拒絶は許されない。バージルはダンテの口から咄嗟にこぼれそうになった言葉を、彼の陰茎を強く
握り込むことで奪った。それだけでは心許ないと思ってか、口内に指を二本、突っ込んでくる。
「、ぐ、ぅ」
長く節の高い指に舌を搦めとられ、ダンテは苦しさに呻いた。苦しいというのに、背筋をぞくりと
あわ立たせるものがあることも確かで、ダンテの眦に涙がにじむ。悔しいからだ。自分は
快楽主義者で、セックスによる快楽はもちろん好きで、バージルが相手であればそれはなおの
ことで、けれども。
バージルはダンテをして淫乱と罵る。それが、ダンテには堪えがたいことなのだ。
そうではないとは言い切れぬからこそ――悔しくてならない。
「懲りないな、おまえは」
また気が散っているように思われたらしい。ため息混じりの、しかし剣呑な声音が耳朶を撫ぜた。
ほぼ同時に、バージルが繋がりを解かぬまま床へあぐらを掻く恰好で尻をつける。当然、ダンテは
バージルの膝に乗るかたちとなり。
「んんぅっ!」
指を咥えていながらも悲鳴を抑えることのできなかったダンテの、少し蒼褪めた頬をバージルが
舌を伸ばしちらと舐めた。珍しいことだが、両手が塞がっているからと考えればそう不自然な
ことではない。バージルが、ということがそもそも不自然ではあるものの。
「まだ余裕があるらしいな、ダンテ。つまりは足りないと、そういうことか」
いつものように、勝手な解釈をしようとするバージルを、止める手段をダンテは持たない。口に
指を突っ込まれ、舌を捕らえられているからではなく、たとえ言葉を自由に紡ぐことができた
としても、バージルを止めることはダンテには不可能なのだ。バージルの意志は、こんなときに
でも曲がることを知らない。厄介この上ない性格、とは嫌というほど知っているのだけれども。
自分勝手な双子の兄は、ダンテの内心など一顧だにせず、膝に乗せたダンテを揺さぶり始めた。
片手では思うさま弟を犯せぬからか、ダンテの口に含ませていた指を無造作に引き抜き、腰を
掴むそれへ変える。あとは、兄の独壇場だ。ダンテは制止を訴えることすら叶わず、バージルの
作り出す律動に合わせて喘ぎ、乱れることしかできない。
「あッ、ぁ、あ! ひぅん……っ!」
びくびくと背筋が震える。最奥を激しく突き上げる、一見単調な動きを作っているバージルである
が、実際にはダンテの弱い箇所を的確に擦り上げては彼を身悶えさせているのだ。
ダンテのすべてを知り尽くしているバージルにとって、彼を絶頂へ導くことなど毎朝のコーヒーを
淹れるよりも簡単なことなのだろう。忌々しいが、事実は事実だ。ダンテはバージルの施す愛撫に
極端に弱い。
セックスというよりも、バージルがダンテを一方的に貪るための行為と言ったほうが良いか。
無論見目の話であり、ダンテもまた苛烈なまでの攻めに花芯を張り詰めさせ、もはや弾けるのに
時は要さぬだろう。
ぐちりと、結合部が卑猥な音をたてた。
「っは、ん!」
前への刺激はないままに、限界を迎えようとしたダンテの腰が揺れた。バージルが、ここという
ところで律動を止めてしまったのだ。なぜかなどダンテには判らない。ただ不意に快楽が消えて
しまったことへのもどかしさゆえに、無意識に腰を揺らめかしている。それはいかにも淫らな
光景だが、ダンテにその自覚はない。
「バージルっ、な、んで……!」
涙をにじませるダンテの顎を、バージルの長い指が痛いくらい強く掴んだ。ぞっとするほどに
美しい微笑を頬にはき、バージルはいっそ優しいとすら思える声音でダンテの耳に囁いた。
「仕置きだ、ダンテ。忘れたか?」
「え……」
「気をよそへやっていただろう」
それだけで、とダンテは思わず声を上げてしまった。バージルがみぢりとダンテの耳朶に犬歯を
突き立てる。鈍い痛みにダンテは呻いた。
「ぅっ……」
バージルは血のにじんだダンテの耳を食んだまま、くつくつと笑う。
「それだけ、か。よく言った、ダンテ」
よくよく思い知らせてやる。
不穏極まりない言葉を皮切りに、仕置きと称した行為が終わるまで、ダンテの喉からは悲愴を
思わせる悲鳴が途切れることはなかった。
「……、あ、れ……」
眠っていたのだろうか。ふと瞼を持ち上げたダンテは、まったく覚えのない場所に自分がいる
ことに戸惑った。と言って、見知らぬ場所という意味ではない。間違いなく知った場所ではあるが、
自分で移動した覚えがないので不思議だと、そういうことだ。
「ふろ……?」
あたたかい湯に、ダンテは肩までたっぷりと浸かっている。髪は濡れているようで、こめかみを
雫が伝う。ぼんやりと水面を見つめていると、背後から、
「目が覚めたか」
意外そうな声があり、ダンテはのろのろと首を巡らせた。確かめるまでもなく、声の主は
バージルだ。こちらも髪は濡れていて、後ろへざっと掻き上げてある。風呂に入っていながらも、
兄の白皙には朱がさす気配もない。
「……ばぁじる……」
「まだ寝ているのか?」
からかうような声音が耳を撫で、ダンテはとろんと瞼を閉じた。湯の心地好さとバージルの体温
(後ろから抱き締められる恰好でバスタブに浸かっているのだと、今気付いた)とが、ダンテの思考を
とろりと蕩けさせる。
「んん、ん……」
起きているとの意思表示をしたつもりだったのだが、バージルはまったく逆の解釈をしたようだ。
眠いなら寝ていろと、囁かれてダンテは首を横にはしなかった。こくっと頷き、兄に体重を預けた
まま再び眠りへ――就こうとしたとき、ダンテは不意に瞼をこじ開けた。何か、おかしいことに
気付いたのだ。
それはダンテの腰、よりも少しばかり下方に、嫌な違和感。
「どうした」
しれっとしたバージルの白皙を、ダンテはこれでもかと睨んだ。
「っ、んのつもりだよ、アンタ!」
「何のつもりとは、何がだ」
「何って! これ……っ」
バージルがにやりと笑う。ダンテは真っ赤になって絶句しバージルを睨む。このとんでもない兄は、
ダンテの内部に己のものを穿った状態で湯に浸かっているのだ。だからダンテのほうが、不自然に
バージルよりも視線が高い。ダンテがそのことをなじっていると、判っていてこのとぼけようだ。
しかも、
「あんっ!」
バージルがわざとらしく腰を揺らしたせいで、思いがけず女のような声をあげてしまったダンテは
全身を朱に染め上げた。バージルはいつになく、好色そうににやりとしている。
「どうした、のぼせたか?」
ダンテが躰中を赤くしていることに対しての揶揄であろう。確かにある意味すぐにものぼせそう
ではあるが、ダンテは「違う」とかすれた声で叫んだ。アンタのせいだ、とも。
「聞き捨てならんが……まぁ、良い」
くつりと、バージルが喉の奥で笑った。嫌な予感がダンテを襲うが、遅かった。第一この状態では、
逃げることもできないのだから。
「百歩譲って、俺のせいにしてやろう。覚悟はできているだろうな?」
言うが早いか、バージルはダンテの返答など待つ素振りもなく、ダンテの膝裏に手を差し込み彼の
躰を軽々上下させた。
「えっ、あ、あぁっ!」
戸惑いの声は初めばかり。バージルによりバスタブに波が立ち、ダンテは身も世もなく啼いた。
ぱしゃぱしゃと水面が泡立ち、双子の白い膚がぶつかりあう一点からは、消しようも
ないぐちゅぐちゅという卑猥な音が響いている。
「あぁっ、ぁ……はぁ、ん、ん……んん……ッ」
「悦いようだな、ダンテ」
くすくす、バージルが笑う。ダンテは快楽を追うあまり、自分で自分の花芯を握り込み、一心に
そこを扱いているのだ。バージルの膝の上でゆらゆらと腰を揺らめかせながら、それだけでは
足らず自慰に励むさまはいかにも淫らだ。バージルが笑みを深くするのは仕様のないこと
だろう。
ぐちりと、バージルがダンテの内壁を掻き回すように腰を使った。意図的に前立腺を擦られて、
ダンテは堪らず躰を強張らせた。
「っ! はぁっ、は……ぁ……ぁっ、あっ!」
湯の中での射精を、気持ちが悪いとはダンテは思わなかった。ぶるっと躰が震え、バージルの
杭をぎゅうと締め付けてしまう。耳許に、めったに聞くことのないバージルの呻きが聞こえたかと
思うと、粘膜へ勢いよく精が叩き付けられた。どくりと、バージルが脈打つ。
「あぁぁっ」
陰茎に残っていた精液が、とぷっと弾けて透明の湯に混じる。バージルもまたダンテの内へ残滓を
すべて注ぎ――その生々しい感覚と射精の余韻に震えながら、彼の意識は再び黒に染まろうと
し始める。
「眠れ。ゆっくりと、な」
脳髄に響く低い声。身勝手だと怒りを覚える反面、何よりも心地好い子守歌とも聞こえるという、
どうしようもない矛盾を持て余しながら。
「、にぃ……ちゃ、の……ばか……」
ダンテは兄の肩口に後頭部を乗せ、ゆるゆると眠りに落ちた。
当然のことだが、意識を失う間際に口走った言葉なぞ、まったく覚えていない。
このごろ本番を書くことが少なかったように思っての暴挙。
兄はやはり鬼畜生。
[08/10/09]