独裁ドクサイ









きょろきょろ、している。もちろんバージル自身のことではない。バージルの双子の弟である、 ダンテのことだ。

「少し落ち着け」

隣りから、冷ややかに聞こえるだろう声音で言えば、ダンテは「むぅ」と子どものように呻き、 不承不承といったふうにバージルの傍らに寄り添った。首を巡らせることこそやめたものの、 視線が辺りを泳いでいることは見なくとも判る。これでは、そこらの子どもと何ら変わりがない。 まだダンテのほうが、少しばかり聞き分けが良いという程度のものだ。
ダンテはバージルには逆らわない。そのようにバージルが育てたからだ。双子でありながら “育てた”という言葉はおかしいかもしれないが、ダンテは子どものころからバージルに べったりで、バージルはそんなダンテの面倒をよく見ていた。育てたという表現は、あながち 間違いではない。

「それで、何がほしいんだ?」

ぴたりと寄り添うわけではないが、腕と腕が触れ合うかどうかという近さにいるダンテに、 バージルは問うた。今日の買い物の目的だ。

ダンテはあちこちへやっていた目をバージルへ向け、えへー、などと相好を崩している。 嬉しいのに違いない。それは判るが、それにしても表情に表われすぎだ。まぁ、問題はないの だけれども。
にこにこ、というよりはにへらとして、今度こそこちらの腕に躰をすり寄せてきた弟を、 バージルは鬱陶しいなどとは微塵も思わない。思っていれば、彼らはこうして並んで歩くこと すらないだろう。

ダンテは周囲の視線にもまるで頓着せず(気付いているのかどうかすら定かでない)、バージルの 腕を抱き締めるように腕を絡めさせた。そうしてバージルの肩に顎を乗せ、肩口に鼻面を押し つける。鼻をすぴすぴさせているように思うのは、気のせいではないだろう。バージルが ダンテのにおいを好んでいるように、ダンテもバージルのにおいが好きであるらしいから。
くすぐったさを感じながら、しかしやめろとは言わずダンテの頭をくしゃりと掻いてやる。

「それで、どうなんだ」

人の耳には、バージルの声音は随分冷たいものに聞こえるらしい。しかしダンテはさすがに年季が 違うと言おうか、冷淡とも言えるバージルの声音に一欠片の優しさが含まれていることを機敏に 察している。こういうときには多少わがままを言っても通るのだと、彼は知っているのだ。





それを提案したのは、自分でもよく判らぬふとした思いつきからだった。





ぽかんと口を半開きにして惚けるダンテを、バージルは容赦なく間抜けな顔だと断言した。 ちょちょ待て待て。何か言語障害を起こしたらしいダンテが、慌てて待てを繰り返す。 バージルには、彼の言葉の意味が判らなかった。

「何を待つんだ」

「や、だから、から」

やはり言語障害を起こしている。大丈夫かと問えば、アンタこそ大丈夫かと返してきた。やはり 意味が判らない。

「だから、何がだ。さっきからわけが判らんぞ」

少し苛立ったバージルに、ダンテはまたしても慌てて両手を振った。今度は違う違うと繰り返して いる。本当に、いったい何だというのか。バージルが眉を盛大にしかめると、ダンテがなぜか肩を ぎくりとさせた。弟と話をしていると、こうした反応を見ることが少なくない。

「あ、の……あのさ、ほんとに……」

恐る恐るといったふうに、ダンテがこちらを窺ってくる。顔色を窺うというよりは、先刻の バージルの言葉に対してのものらしい。

「ほんとに良いのか?」

それを訊きたいがための、あの挙動不審と言語障害だったのだろうか。だとしたら、この弟の 育て方を少々見直さねばならない。

「俺が嘘を吐くとでも?」

少なくとも、バージルはダンテに嘘を言ったことはない。ダンテもそれはよく判っており、 即座に首を左右にして見せた。それで良いのだと頷いたバージルに、しかしダンテはまだ疑いを 拭いきれていないらしく。

「でも、なんで急に?」

そこが一番気になるところのようだが、バージルとて理由などよく判っていないのだから答え ようがない。バージルは肩を竦めてダンテの頭をぽんと優しく撫で、

「たまには良いだろう」

と彼を甘やかした。



それが、今朝の会話だ。
善は急げとダンテは今日中の決行を願い出た。それを退ける理由もなかったバージルは、快く 承知した。そして、現在に至る。





場所は様々な店が軒を競う大通り。ダンテの好みそうな甘味の店もある。しかしダンテが 「あそこ、」と言ってそっと指差したのは、いかにもといった雰囲気の靴屋だ。つまりダンテ 好みの、バージルには縁のない類の内装の店。
バージルはふんと鼻を鳴らし、ダンテを腕にぶら下げたままその店へ足を向けた。

ほしいものがあれば買ってやる。

その言葉を発端として、今日の買い物は始まった。ダンテがやけに浮かれているのはそのせいだ。 バージルは別段倹約家ではなく、けちでもないが、ダンテのように金もないのにほしいものを 買うような馬鹿はしない。なので二人の稼ぎはバージルがきっちり管理をし、ダンテには無駄金を 一切使わせないようにしている。要らぬ外套コート長靴ブーツ、アクセサリー類などなくても死にはしない。そういうわけで、 バージルが突発的に発した提案はダンテを大いに困惑させた。まさに青天の霹靂だったわけだ。

銀髪碧眼のよく似た二人組が腕を組んで店に入ってくれば、店員はもちろん目を白黒させる。 バージルの期待を裏切ることのなかった店員の一人は、しかし予想以上に早く我に返ったようで、 いらっしゃいませとにこやかに(多少頬を引きつらせながら)二人を出迎えた。

「どれでも好きなものを選んでこい」

店員を無視してダンテに言うが、ダンテは店に入ったというのにバージルから離れようとしない。 さして広くもない店のこと、ダンテがどこにいようとバージルは見失うことはないというのに。
外では互いの名は呼び合わない。その暗黙の了解を破ることなく、バージルはダンテを呼ばわった。 どうかしたのかという意図も込めて。
ダンテはちらとこちらを見、バージルの袖の端をちょいちょいと引いた。一緒に、という 意味なのだろうか。しかしどこの幼児かという突っ込みは浮かびもせず、バージルはダンテの頭を くしゃりとして言った。

「どれが良いんだ?」

そこへ連れて行けと言うと、ダンテはひどく判りやすく破顔して。

「えっと、……あ、あれっ」

はしゃぐつもりはもしかすればないのかもしれないが、確実に声が弾んでいる。本当に子どもの ようだと思いながら、バージルはダンテの指差した靴を見やった。長靴、といっても脛の半ば ほどの丈だろうか。革製のようだが金属の留め具がいくつもあり、どのようにして履いたものか 一目では判らない。

バージルは肩越しに店員に目配せした。彼らの数歩後ろに、存在を無視されながらもついて来て いた店員は、バージルが自分の存在に気付いていたとは思わなかったらしく、裏返った声で 「はいっ」と背筋を伸ばした。ダンテが気に入った長靴を手に、サイズはいくつかと訊いてくる。 それに応じるダンテの横顔はにこやかだ。少し恥ずかしそうにしているのは、あまりにも兄に べったりでありすぎることを、今更ながら自覚したからかもしれない。

店員が棚から下ろした長靴のサイズを確認したところ、丁度ダンテのサイズと一致したらしい。 嬉々として試し履きしようとするダンテから、バージルは長靴を奪い取った。

「っ、んだよ」

戸惑い半分、ダンテがバージルを睨む。バージルはダンテの手を引き、店にいくつか据えられた 椅子へ座るよう顎でそれを示す。

「う? うん……」

立ったままでは履きにくいことは間違いない。すとんと椅子に腰を下ろしたダンテの足許に、 バージルは躊躇せず膝をついた。ダンテの足から軍仕様を思わせる靴を脱がせておき、奪った 長靴の、留め具をいくつか外していく。ぽかんとしているダンテはまったくの無視で。

「右からだ」

「へっ?」

「履かせてやる。右足を上げろ」

さらりと言った言葉をダンテはすぐに理解できなかったようだ。え、え、などと困惑するダンテに 苛立ち、バージルはダンテの右足首を掴んで無理矢理長靴へ突っ込ませた。

「手間取らせるな」

素早く留め具を締め、続いて左足も同じようにする。多少強引ではあれど、ごちゃごちゃと手間を かけていられるほどバージルの気は長くない。

「きついか?」

緩い筈はない。きつく締めたつもりもないが、それは本人でなければ判らぬことだ。

「や……べつに、丁度ぐらい」

その答えにそうかと頷き、バージルは立ち上がってダンテへ手を差し出した。

「立って、少し歩いてみろ」

似合う似合わぬは口にしなかった。ごつごつとしたそれはいかにもダンテ好みであり、ダンテの ためにしつらえたかのようにしっくりとして見える。
手に暖かな感触。ダンテの体温はバージルのそれよりも高い。ぎゅっと握り、引き起こした。 勢いが付きすぎたか、こちらへ倒れ込みかかった躰をふわりと抱き留めてやる。弟の腰に手が 回ったのは、まぁ条件反射だ。

「転ぶなよ」

転ばせるようなことはしないが。
ダンテはちょっと頬を赤くして、転ぶかよ、と憎まれ口を叩いた。バージルから少し離れ、脚を 動かしている。

「どうだ」

「ん、良い感じ」

一インチもないだろう靴底が、重たげな音を奏でる。それも気に入ったらしいことは、訊かなく とも判った。

「それで良いのか」

とは、バージルは言わぬ。ダンテの嬉しそうな顔を見つめたまま、棒立ちになっている店員へ声を 投げた。

「幾らだ」

「へっ? あ、えっと、その、」

妙に口ごもる店員。バージルはそちらへ流し目を呉れた。その視線になぜか顔を赤らめ、やはり 言葉を濁らせる店員。バージルは当然ながら苛立った。

「安易に客を侮って後悔したいのか? 幾らだ」

店員は彼らを、そう金を持っているようには見なかったのに違いない。そしてダンテが気に入った 長靴は、値が張る品なのだ。確かに彼らは歳もそこそこでしかなく、学生に見えても仕方のない 外見である。しかし客を侮るような真似は店の品格を疑われても文句は言えない。それに、だ。

「は……あの、千ドルと、五十三セントですが」

その程度かと、値段を聞いたバージルは小馬鹿にするでもなく鼻を鳴らした。値が張るだろう ことは靴に触れて判っていたが、もう少しするかと考えていたのだ。バージルのあっさりとした 反応に、驚いたのは店員だけである。ダンテはこちらの会話はまるで聞こえていないのか、 バージルにつかず離れずのところで足踏みなどしている。よほど、気に入ったようである。
パンツの後ろポケットから長財布を取り出し(鞄の類は持たない主義だ)、千百ドルを無造作に 店員へ渡す。釣りは不要だと伝え、うろうろしているダンテへ顎をしゃくった。

「あのまま履いて行くが、構わんな? あぁ、それは捨てておいてくれ」

ダンテがここまで履いて来ていた靴を視線で示せば、店員は金を押し抱くようにして首を縦に した。承知しましたと、どもりながら答える。頷いたバージルの傍らから、ダンテが不意に顔を 覗かせて「ちょっと」と焦ったように声を荒げた。

「待てよ、まだ履けるじゃねぇか」

バージルが捨てるよう店員に指示した靴のことだ。あれもダンテの気に入りであることは、 バージルとて知っている。だからこそ、捨てるのだ。あの靴はダンテがバージルの許可を得ずに、 勝手に購入して来たものなのだから。

「俺が買ってやったものだけでは、不満か」

「え、そ、そうじゃねぇけど……」

「けど、何だ。不満だと顔に書いてあるぞ」

不満であることは判りきっている。気に入っているものを簡単に捨てられるわけはない。しかし バージルはあえて、ダンテの主張を退けた。

「口答えをするな」

我ながら冷たい声だ。ダンテがびくっとし、唇を噛んでうつむいた。わかった、と納得しきれては いないことがありありと判る声で小さく呟く。
言質を取ったバージルは店員に靴の処理を任せ、ダンテを伴い店を出た。あああありがとう ございましたと盛大にどもった見送りを背中に受けながら。

心なしか、ダンテの足取りが重い。ごつごつという足音にも、軽快さに欠いている。理由は 明白で、バージルは大いに不愉快だった。だが、

「なぁ……」

名は、呼ばない。それはいつからか成立していた彼らだけの決まりだ。

「何だ」

声音に棘があるのは仕様のないことだと、バージルは開き直っている。

「あの、あのさ……」

明らかに怯えたふうに、ダンテが口ごもる。早く言えと促す声にすらびくっとしたようだ。 ダンテはバージルの半歩後ろからついて来ているので、詳細は判らないが。

「その……ありがと……」

靴。

ぽとりと落とされた言葉を、バージルの耳はしっかりと拾い上げた。そうして下降していた機嫌も、 少しだけだが上向きに変わる。

「安いものだ」

言って、肩越しにダンテを手招く。頭に疑問符を乗せつつ歩調を合わせたダンテの、腰に腕を 回して手前に引き寄せ、毎日手入れを欠かさぬ髪に唇で触れた。柔らかい。
ダンテは目を丸くし、なに、と惑ったように声を上げる。彼だけでなく、通りすがりの人々が 皆驚愕に目を見開いているのだが、それらは無論無視だ。

「いや、何となく、な」

触れたかったのだと言えば、ダンテは顔を赤くして「なんだよそれ」とぶつぶつ言い、でも、と 何やら続けた。

「アンタらしくねぇけど、たまには良い、かも」

などと。もっとしてほしいとばかりに躰をすり寄せてくる。何ともはや。随分とまぁ可愛いことを してくれるものだ。

バージルは弟にしか見分けることのできぬ程度の笑みを浮かべ、彼の白いこめかみに一つ 口付けた。



















戻。



甘い双子を書こうとして、結局兄はこういうことに…