手遊
不機嫌なふうに顰められた眉。きゅっと引き結ばれた紅い唇。ほんのりと朱のさした白い頬。
珍しい銀糸の髪を飾る黒の髪留めには、五弁の柔らかな薄紅色の花が小さく鎮座し。薄紫の、
この土地ではめったにお目にかかることのないワンピースにも似た珍らかな衣装を纏い。腰には
濃い桃色をした幅広の帯を巻き。
一見派手であるが、野暮の類とはかけ離れた印象をひとの目に
与えるその少女を、通りすがる者がわざわざ振り向いてまで見つめている。そのせいで時折
起こる混雑を、少女と、彼女が寄り添うようにしている青年は全く気にすることなく過ぎていく。
彼らにすればただ歩いているだけに過ぎぬのだから、それは当然のことであるが。
華やかな少女。その傍らの青年にもまた視線が注がれている。それには少々複雑な色合いのものも
含まれているのだが、女性から向けられる好意のそれがほとんどだ。
青年は、二十歳前後程度の若い見掛けだが落ち着いた雰囲気を持ち。少女とは異なりその服装には
華らしい華のない、ただの開襟シャツと黒の革パンツ姿だ。しかしあまりに整った容貌が、
十二分の華を青年に与えていた。美しい彫像。それが命を持ったかのような完璧な美貌。躰つきは
細身だが華奢という言葉は当てはまらず、服を着てすらその下にある体躯の逞しさが窺える。
秀でた額はあらわに、後ろに撫で付けられた髪は少女と同じ銀糸。目は、碧玉。少女のくりりと
した瞳は、黒にも見える深い藍だ。
絵画のような二人連れを、道行く人々は皆目を留めてはため息を吐く。羨望、嫉妬。様々な感情の
すべてを無視して、よく目立つ(おそらく兄妹、或いは恋人同士――後者は若干無理があるかも
しれぬ)二人組は通りをまっすぐに歩いて行く。
彼らはしかし、大きな思い違いをしていることに気付いてはいない。少女はけして女児ではなく、
実はれっきとした男児なのだ。そして少年の瞳の本当の色は、青年と同じきれいな蒼――空を
切り取ったそれである。
少女に仕立て上げられ、瞳の色すら変えられた少年は、きちんと前に揃えた両手に丸く膨らんだ
巾着袋を提げ、俯き加減に青年のそばに寄り添っている。
黙したままの、ただ自分の半歩後からついてくる少年に、バージルは揶揄するでもなく声を
かけた。
「やけにおとなしいな」
それにむっとしたらしく、少年――ダンテは眉を吊り上げてこちらを睨み上げた。誰のせいだ、
と。そう言いたいのかもしれない。しかし唇は引き結ばれたまま、下がった口の端が彼の
バージルに対する非難が窺える。まぁ、気にするようなバージルではないが。
「言いたいことがあるならはっきりと言え」
とは、バージルは言わない。ダンテが言いたいことなどこの目を見れば判りすぎる程であるし、
それらの言葉を紡ぐ原因は、バージルに他ならないのだ。
内心でひそと笑って、バージルはダンテへ言った。
「黙っているなら、せめてもう少し早く歩け」
冷たい声音に聞こえたのだろうか。ダンテは肩をぎくりとさせて、しかし怯えるのとは別に
バージルをもう一睨みした上で、すすっと駆け足気味に己の狭い歩幅をどうにかやりくりして
兄の歩調に合わせてくる。その小さな努力がいかにもかわいらしく、バージルは我知らず口許に
笑みをはいた。つらいのだろうに。それと知られまいと気を張り、こちらを睨むことで意地を
保とうとするさまはいじらしいばかりだ。
これで満足かと、挑むような強さでダンテがバージルの腕に躰をぶつけてくる。バージルは
笑みの形に口を歪めたまま、ダンテの二の腕をやんわりと掴み、軽く揺さぶった。細い躰が、
ぎくりとする。
「ぁっ……」
細い声はバージル以外の耳には聞こえなかっただろう。唇を噛んで深く俯いたことには、
周囲の者は“少女”がこの人込みに疲れたものと見るか。赤い頬に関しては、慣れぬ恰好だから
云々と、都合の良い理由を適当に繕うに違いない。何にせよ、本当のところを知る者はバージルと
ダンテ、この二人以外にはいないのだ。
ダンテの肩がまだわずかに震えている。バージルはくすりと笑い、ダンテの腕を離してやった。
流れるように、手をダンテの首へ――チョーカーを気取った紅い絹紐を、指でちょいちょいと
引っ掛けて手遊びをする。ダンテはそれだけのことでびくびくと震え、やめろ、と声こそ上げぬが
肩を揺すらせ、図らずもバージルを愉しませてくれる。何ともたちの悪いことだと、喉の奥で
笑いながらもバージルの手遊びは止むことがない。ダンテにしてみれば、まったく迷惑なこと
この上ないのだろう。それが判るからこそ、バージルの悪戯がいっこうに止まぬのだが。
ダンテの細く丸い手が、ぎゅうっと巾着袋の紐を握り締めている。力を込めすぎてより白く
なったその手を、バージルは見下ろし目を細めた。その表情には隠しきることの出来ぬ嗜虐心が
浮かんでいたが、気付くことの出来た者は一人もいなかった。兄の表情を読むことには慣れた
ダンテ(長けた、とはあえて言うまい)は、いまだ顔を伏せたままであるからだ。
それを、バージルが思い付いたのは他でもない、ダンテがバージルの留守中に何やら一人遊びを
していたことに因る。
バージルはダンテを、極力外出させぬようにしている。子どもの頃から、よからぬ者に目を
つけられることの多かったダンテが、十四か十五歳程のそれに躰が縮んでしまったのだ。外出など
させて、また誘拐騒ぎになっては敵わない。ただでさえ、ダンテは好奇心が旺盛でありすぎた。
バージルの苦労など知りもせず、外へ出たいと言って聞かぬダンテを、その日も家に残して
買い物へ出た。ダンテは大いに不服そうだったが、バージルの「鎖に繋ぐか」という独り言に
勝手に怯え、留守番を申し出た。どうも、ダンテはある部分でひどく臆病なようだ。
バージルはダンテの頭を撫で、すぐに戻ると言い残して買い物へ出かけた。近くのスーパー
マーケットへ行くだけのこと、一時間もかからない。
さっさと食糧を買い込み、帰路に着いた。ダンテは独りを嫌う。寂しさのあまり死ぬことは
あるまいが、と。帰ったらよく甘やかしてやろうと思い、事務所兼自宅の建物を目指した。
帰宅したバージルを待っていたのは、バージルの部屋で何かごそごぞとしているらしいダンテで
あった。しかもその恰好ときたら、バージルが好んで着せてやっている浴衣を、無謀にも自分で
着てみようと思ったらしく、酷い有様になっていた。
仕置きと称して(事実、そのとおりだ)ダンテを失敗した浴衣姿のまま犯し、そうしながらこれは
こう襟を合わせるのだとか、帯の締め方だとかを教えてやったのだが、おそらく覚えていないに
違いない。後ろから挿入し、突き上げつつ講釈する間、ダンテはほとんど意識が朦朧としていた
のだから。(バージルが何を言っても、ダンテの返事はいちいち曖昧だった。)
バージルが二度目に精を吐き出した直後に、ダンテはくたりとして動かなくなった。浴衣は
ダンテの放ったものとバージルの精と、汗とで使い物にならぬくらい汚れてしまっていたが、
そんな些事をいちいち気にするバージルではない。
そんなことがあった二日後が、今現在である。
外出が許されたとあって喜ぶダンテを、バージルは崖から突き落とすようにこの姿に仕上げた。
ダンテの異論はない。バージルがそれをさせなかった。
かろん、という涼やかな下駄の音が耳に心地好い。焦茶のそれに結ばれた深紅の鼻緒。膚を
傷めぬようにと履かせた足袋は、真白いそれではなく黒のレースで編まれたものだ。膚の白さが
透けていっそ蒼白くさえ見えて、いやに扇情的である。しかし最もバージルの興を刺激して
ならぬのは、他者には見えぬよう施した“悪戯”だ。
ダンテの白く細い首を飾るチョーカー。紐を三重に回し、首の前で結んである。結び目は花弁の
多い花に似せてあり、白い膚によく栄えて可愛らしい。その紐の、結び目とは逆の端はどこに
あるかと言えば。きっちりとした袷の内側、ダンテの膚にそって胸に絡み、広い袖を通り両の
手首を一つに纏め、再び袖を戻っていつもより幾分緩めに締めた帯の下から彼の下肢、股の間に
絡み付き、腿で螺旋を描いて最終地点は足首のやや上となっている。
ちなみに絹紐は二本。念入りに、緻密に巻き付けられていた。
脚や腕をむやみに動かせば、バージルにより計算しつくされた紐はダンテの最も敏感な部位を
容赦なく刺激する。結び目は三箇所の首のみだ。無論のこと、ダンテの花芯から解けてしまう
ことはない。バージルの悪戯は完璧だった。
ともすれば頬を染め、はぁと熱っぽいため息をもらすダンテを、行き交う者は何を疑うことも
ないようだ。ダンテは気が気ではないようだが、よほどのことがない限り、彼らの(バージルの、
というべきか)遊びが他者に露見する心配はない。そのために、ダンテには巾着袋を持たせたの
だから。
たまに突き刺さるような視線が斜め下方から感じられて、バージルはそれにさえ満足げに
微笑する。
ダンテは声で自分が男であることが露見すると思っているのか、家を出てからこちら、ほとんど
口を開かない。それも良いものだと、バージルは思っている。声ごときで性別が看破されるとは、
露ほども思っていないバージルだ。
時間は、昼の二時半。バージルはダンテの肩を押さえるようにし、その注意を引いた。互いに
外出中は名を呼び合わぬ彼らは、しかし名を呼ばわらずとも互いの気を引く手立てを知っている。
ダンテがほのかに朱のさした頬をこちらへ向けた。訝るような目をしている。
「好きなものを喰わせてやるぞ」
バージルが顎で指したのは、バージルには縁のない甘味を扱うカフェテリアだった。店の外には
テラス席がある。
ダンテがそちらを見て目を輝かせた。己の現状をすら忘れさせてくれるほどの魅力が、そこには
あるようだ。バージルの読みどおりに。
「入るが、問題ないな?」
あるわけがない。ダンテはバージルの腕に躰をすり寄せ、こくこくと何度も頷いた。バージルは
ダンテの寄り添う反対側の手で、少女のような見目の弟の前髪を掻き上げた。きょとんとしている
彼に微笑を見せて躰を屈め、つるりとした彼の額に唇を落とした。
「…………」
むうっとむくれるダンテの口に、二度もスプーンを運べばその不機嫌さはいつの間にやら、
アイスやホイップクリームとともに消えていた。まったく現金な弟だ。バージルは笑みを湛えて
スプーンを動かしながら、雛鳥のように次を待つダンテの口へそれを運んでやった。
ダンテは、手を動かすことが出来ない。不可能ではないが、動かせば下肢にいらぬ刺激を
与えることは本人が一番よく判っている。だからバージルが、ダンテの注文したストロベリー
サンデー(ここへ来てもやはりそれなのだ)を食べさせてやろうとすると、ダンテは初め、
嫌がって口を開かなかった。それもバージルが少し言葉を呉れてやっただけですぐにやめたが。
もっと、と。黙っていることに堪り兼ねたらしく、ダンテが小声でバージルをせっついた。
最小限の動きで、バージルの腿を爪で引っ掻く。そうするために、ダンテの躰は必要以上に
バージルに密着している。ストロベリーサンデーに意識を寄せるあまり、外部の目があることに
全く気を配れていないのだ。
他者の視線も含め、すべて判った上で黙殺しているバージルもバージルだが。
「ゆっくり喰え。ほら、口の周りが汚れているだろう」
胸ポケットから常備しているハンカチを取り出し、クリームのついたダンテの口を拭ってやる。
むぅ、と不機嫌なそれではなく呻くダンテの頬に一つ口付け、これならハンカチを汚さずに
済んだなと、そうしてから気が付いた。
店内が何やら不自然にざわついたことには、バージルはもちろんダンテもまるで気付かなかった。
(バージルの場合は完全に、自分たちと周囲とを遮断していただけであるが。)
バージルにとっては愉しい、ダンテにとっては過酷な外出は、陽が沈む頃に終了した。夕飯は、
バージルの気紛れから外で摂った。やはりバージルがダンテに食べさせる形での食事となった
ため、時間はかかったがその分腹は程よく膨れた。
ダンテも一応の満足はしたらしく、足取りは行きのそれより随分軽かった。とはいえ、途中で
疲れ切ってしまい、道の半ばからはバージルが横抱きにして連れ帰ってやったが。
帰宅するなりダンテは、疲れているのだろうに早く脱がせろと喚き散らした。これまでの寡黙さを
晴らすように喚くダンテに、バージルは駄目だと言って応じない。それにはもちろん、理由が
ある。
「先にコンタクトレンズを外してやる。長時間目に入れ続けるのは良くないからな」
横抱きにしたまま洗面台へ運び、バージルが作業をする間、ダンテは鏡に映し出された己と
対面することになる。おそらく見たくもないだろう、姿。あまりの衝撃ゆえか、硬直して
しまったダンテをよそに、バージルはさっさと大きな双眸からカラーコンタクトを取り出し
屑入れに放った。使い捨てというのは、ごみは増えるが便利には違いない。
言葉もないダンテの顎を引き上げ上向かせ、見開いた両目に目薬をさす。少し充血しているのは、
慣れぬものを数時間も入れていたせいだろう。
「さぁ、次だ」
にこりとして、ダンテの腰に回った帯へ手をかける。いまだ茫然と立ち尽くしているダンテから、
たわめた帯を剥げば自然と袂が緩み、その下の膚と紅い絹紐が顔を見せる。淫靡な光景だ。
ダンテがそう見せようとしているのではない、それがいっそうこの少年に艶を与えている。
始末に終えない。注意を促したところで、意味を理解出来ねば注意する意味のほうがなくなって
しまうのだから。
中途半端に膚をあらわにしたダンテに、バージルは愉悦を滲ませた笑みを浮かべた。
この弟に、自分は心底慾情している。狂わされている。――そんなものは、まぁ今さらのこと
なのだけれども。
某お方に頂戴した宝物と、頂いたネタをもとにしております。
そして某お方に捧げたものの別バージョンという感じで。
調子に乗ったらすごい中途半端になりました。猛省。
[08/08/28]