搦手
躰が縮んでからというもの、ダンテは本当に外出をする機会が減ってしまった。自ら家に閉じ
こもっているわけではない。それは当然のことだ。家に引きこもりぐずぐずと腐っているような
趣味はダンテにはない。ならば何故外出をしないのかといえば、理由は単純かつ明快だ。
させてもらえぬから。
誰にか、など訊くほうがどうかしていると思う。バージル。それ以外の誰がこんな意味の判らぬ
ことをするというのか。
知人に姿を見られたら厄介だろうと、バージルは言う。それは確かにそうだと、ダンテも
いちおうの納得はするものの、かと言って誰が、十四、五歳の少年をダンテであると信じる
だろうか。(と言って、バージルの隠し子というのも無理があるが。)頭がおかしいと疑られる
だけだ。銀髪碧眼がいかに珍しくとも。
バージルがするような心配を、ダンテはほとんどしていない。躰が縮んだとはいえ、十四、五と
いえばもう子どもではない筈だとダンテは思う。しかしバージルの考えは全く違うようで、
ダンテを子ども扱いして憚らない。だから、という理由もあるのだろう。バージルがダンテに
外出を許そうとしないのは。
子ども扱いはやめてほしいと思う。躰はこのとおりだが、中身には全く変化はないのだ。
つまりバージルと同齢である。双子なのだから、そんなことはわざわざ言わずとも判るだろうに、
あの兄は。
「ちぇ……」
面白くない。心底詰まらない。
ダンテは現在、例によって留守番中だ。静かなリビングで膝を抱えるのにももう飽きてしまった。
(バージルが出掛けてから、ものの十分も過ぎていないが。)ちぇっともう一度舌打ちして、
ダンテはテーブルの下に脚を投げ出した。ソファーはダンテの背中に鎮座し、背凭れ代わりに
されている。いつものダンテの位置だ。
バージルの外出の理由は、ごくごく平凡な買い物である。近くのスーパーマーケットまで、
食糧を買い求めに行っている。ダンテはその間の留守を任せられたのだが、ダンテが喜んで
引き受けたわけは間違ってもない。バージルに脅された。これもいつものことだ。
まれに、バージルが近場への買い物にダンテを連れて行ってくれることがある。バージルの
視界から離れないというのを条件に、ではあるけれど、ダンテは二つ返事で呑む。それだけで
外の空気を堪能出来るなら安いものであるし、何よりダンテは、言われずともバージルのそばを
離れることはない。ダンテにとってそれは、何ら奇妙なことではないのだ。
(まだかな……)
ただ待つというのは疲れるものだ。何もすることがないのでは、いっそうに。ダンテは首を
のけ反らせてソファーに後頭部を乗せ、瞼を閉じた。暇だ。暇で仕様がない。
ほぅ、と憂いのあるため息を吐く。バージルがいなくて寂しいからではないとか、誰にでもなく
言い訳をする。頬が少し熱い。それも気の所為だということにして、ダンテは頭を起こした。
ふと、思い付く。
バージルを驚かせてやれないか、と。
それは大いに無謀な計画なのだけれども、このときダンテはまだ気付かない。自らの計画を
実行すべく、意気揚揚とリビングをあとにした。
後悔とは、先に立って待っていてくれるものではない。
「むぅ……」
わけがわからない。正直、その一言に尽きた。そもそも身動きが取れなくなるとは、いったい
何がどうしたことか。手首を眼前に持ち上げ、ダンテはしきりに首をかしげた。焦りはない。
心底不思議でならず、焦りを覚えるまでに到っていないのだった。
「バージルの、真似た筈なのになぁ……」
首をかしげながら、俯いて自分のなりをまじまじと見下ろす。襟元は肩があらわになろうかと
いうところまではだけ、裾は大きく割れ、帯はいちおう巻けたものの、袷を押さえているだけに
止どまっている。飾り帯はどうにかこうにか腰の後ろにさしたけれど、他がこれでは見栄えなど
一切望めよう筈もない。
ダンテが兄を驚かせるべく思い付いた計画は、ものの見事に頓挫した。そもそもダンテに、
一人で着物を着るなどということが出来るわけもなく、端から無理であったのだ。しかし兄に
しょっちゅう着付けられているということがあり、見よう見まねで大丈夫だと思ってしまったのが
間違いだった。と、いまさら思ってももう遅い。
こうなってしまったからには、バージルが帰宅するまでに何ごともなかったかのようにして
おかねば。そう決めて、いざキモノを脱ごうとしたダンテの前に立ちはだかったのが、絡み付いて
取れない紐である。
藍色のそれは腰に結ぶ為のものであろうに、どうしたわけかダンテの手首を一纏めにしただけで
なく、躰(キモノの上から、ではなく)や首に絡まってしまっている。何故そうなったのかと、
ダンテこそが訊きたいときているから話にならなかった。
痛くはない。もちろん無理に引っ張れば紐が皮膚に食い込んで痛みをもたらすが、動かさなければ
良いだけのこと。しかしこの恰好のまま放置するわけには、やはりいかない。とにかくバージルが
帰るまでには、どうにか。
「でも、どうすりゃ……」
中途半端に言葉が消えた。紡げなかったのではない。本当に消えてなくなってしまったのだ。
ダンテはぴしりと固まり、その視線は部屋の出入り口にある。そこには、いつからいたのか
双子の兄が腕組みをして立っていた。
「……面白いことをしているな、ダンテ」
楽しいかと問われ、ダンテは頬を引きつらせて「お蔭様で」などと少々どもりつつ答えた。
心臓が有り得ない程早く打っている。が、逃げ出すことも出来ず床にぺたんと尻をつけた恰好の
まま、バージルを見上げるよりない。もっとも、逃げようにも出入り口をバージルが押さえて
いるのでは、ダンテに逃げ場などないに等しい。
バージルはふんと鼻を鳴らし、腕を解いてこちらへゆっくり近付いてくる。ダンテはやはり、
茫然と見つめるばかりだ。
叱られるに違いない。ダンテの真っ白になった頭に、それだけが浮かんで蒼白になる。キモノを
勝手に引っ張り出したこと、そしてそのキモノを上手く着れぬどころか裾をくしゃくしゃにして
しまったこと。ついでにキモノを引っ張り出すとき、クロゼットの中身が一部道連れになって
しまい、いかにも荒らしたというふうに汚くなっている。何ごとにもきっちりしていなければ
気の済まぬバージルが、それを見咎めないわけがなかった。
竦んだまま動けないダンテのすぐそばに、バージルが片膝をつく。あぅ、と意味のない喘ぎを
もらしたダンテの、一纏めになった手をバージルがすくい上げるように取った。ふむ、と何やら
思案げに呟き。
「痛くはなさそうだな」
確かに言うとおりだが、それが何だというのか。ダンテの疑問を読み取ったのか、バージルが
細い手首を指先でなぞりながら言う。
「もうしばらく、このままでも構うまい」
「へ?」
間抜けな声を上げたダンテのあらわになった首筋を、バージルの節の高い指が撫ぜる。
いやらしい撫で方をされて、いかに鈍いダンテにもバージルの意図が嫌でも判ってしまう。
しかし最後の足掻きとばかりに、まさか、とバージルを縋るように見つめた。バージルは
にこりと微笑する。
「誘ったのはお前だ。俺はそれに応えてやるだけのこと」
俺の所為かよ、とはダンテは叫ばせてもらえなかった。タイミング良く、バージルが塞いで
しまったから。
(なんでこんなことになるんだよ!)
心の叫びを聞くものは、ダンテ自身より他にいない。
子ダンテ着物変。…まぁお約束の誤字ですが。
こちらは【饅頭COMPANY】
のぷよこ様に捧げさせていただいたブツでした。
自分のところにアップするのがずいぶん遅くなりましたが。
ちなみにこれ、先日地下に掲載した子ダンテ着物ものの前の話になってます。
別々でも普通に読めます。どちらも宝物の子ダンテに興奮した結果の代物でした。