束ノ間ツカノマ









久方振りの甘美な雨に、酔い痴れるなと戒めるほうがどうかしている。





昂奮した獣が咆えるような、荒々しい息遣いに心地好さなど感じはしない。ダンテは目の前に 躍り出て来た黒い影を、両手に一刀ずつ握った剣でもって両断した。ハッ、と。またしても 獣じみた声がする。ダンテは思い切り眉を顰めた。
切り裂かれた影が断末魔を上げて塵となる。コンクリートにぱらぱらと降り積もったそれを、 ダンテは苛立ちもあらわに踏み付けた。

「煩ぇんだよっ!」

手首を捻り、剣を逆手に握り柄を上にして怒鳴りつけると、柄の先端の、一見すると装飾にも 見える拳程の大きさのものが、不意にかぱりと口を開いた。比喩ではなく、その部分は本当に 口なのだ。となると拳程の大きさのそれは顔ということになり、成程口の上方には二つ、ぽかりと 目が開いている。
朱い剣についたその顔が、ダンテに向かってかさついた声を紡ぎ出した。

「何のことを言うておるのだ、主よ」

続いて碧の剣についた顔が、ぱかりと口を開ける。こちらも同じくひどくかさついた声だ。

「主よ、我らには皆目判らぬのだが」

とぼけているのではないと、それはダンテにも伝わる。剣が喋るなど尋常のことではないのだが、 そちらはもはやいまさらであるし、ダンテは当初から驚きもしなかった。今問題となっているのは、 剣が喋る云々ではなく、むしろ剣が喋りすぎることに関してだ。いや、咆えすぎる、と言った ほうが正確だろうか。本人(人、ではないが)らに自覚はないと言うことだが、そばで聞かされて いるダンテにはそんなことはどうだっていい。
ダンテは剣の柄同士をかつんとぶつけた。

「俺が、煩いっつってんだ。喋るなって何遍言わせる気だ、お前らは」

ぽかりと開いたそれらの目が、瞬いたようにダンテには見えた。無論そんなわけはなく、双剣の 目はまばたきなどしはしない。しかし意外にも感情豊かな彼らのこと、その身をぬいぐるみや人に 変じることが出来るくらいなのだから、本性である剣の姿でまばたきをするくらい簡単なことかも しれなかった。

「我らがいつ喋ったというのだ、主よ」

「主よ、我らは主の言いつけ通りしておるぞ」

人間だったなら、彼らは唇を尖らせているに違いない。しかし、現在彼らは剣だ。固い石で 出来たような装飾に、そこまでの表情は作れない。判ってはいるが、ダンテにはそれがひどく 腹立たしかった。これでは自分が、あたかも言い掛かりをつけているようではないか。

「喋ってねぇって言うなら、なんで悪魔ぶった斬るたびにいちいち咆えるんだよ」

何故かダンテのほうが唇を尖らせ、言った。これでは自分のほうが叱られているみたいでは ないか。否、そんなことは断じてない。

「咆える?」

「我らがか?」

「他に誰がいんだよ」

拗ねたようにダンテが言えば、朱と碧の剣はまるで覚えがないと口々に言う。

「我らは主の言いつけには忠実ぞ」

「然り、我らは咆えてなどおらぬ」

「我らに咆える習慣などありはせぬ」

「然り。……はて、習慣? 習慣とは?」

「習慣とは……」

我慢にも限界というものがある。まだまだ続きそうな、しかも脱線することが目に見えている やりとりを、ダンテは早々にやめさせた。

「喋るな! まったく、何だっていつもこうなんだ……」

ため息を一つ、盛大に吐き出す。と、双剣がじっとダンテを見上げ、ほう、とこちらもため息を 吐いた。

「物憂い表情も佳いものよ」

「然り、色気があるとはこのことぞ」

ダンテのもらしたため息とは、随分意味合いが違っているらしい。が、ダンテはそんなことには 気付かない。彼らがただの剣であるからとか、そういうことではなく、単純に他者からの好意に 鈍いのだ。とくに、この双剣から寄せられる小さくはない感情(純粋に邪な)には。

「んなもんどうでもいいんだよ。とにかく無意識だろうが何だろうが、咆えるな。 気が散るんだよ、こっちの!」

頭ごなしに怒鳴りつけるダンテを、双剣はきょとんと見上げるばかり。何を考えているのか 判るわけもない双眸から、ダンテは目を逸らした。じっと見つめ続けていると、よけいに腹が 立ちそうだ。

つんと外方を向いたダンテの耳に、しわがれた声が届く。

「主よ、我らは主の意に従おう」

「我らの意は即ち主の意ぞ、主よ」

そこまでは良かったのだけれども、だが、と続く言葉にダンテは脱力する。何故ならば。

「我らは咆えてなどおらぬぞ、主よ」

「主よ、我らがいつ咆えたというのだ」

堂々巡りだ。当人らにまったく自覚がないわけだから、何度たしなめようと結果は同じに 違いない。ダンテは肩をだらりと落とした。その所為で双剣ががつんと音をたててコンクリートに 激突する。痛みなどないだろうが、唐突なことに驚いてか、それとも扱いの酷さを咎めてか、 双剣がぎぃぎぃと喧しく喚いた。

「煩ぇ……」

かつて恐怖の土台と名を冠した塔の中程で交わされた決まりを、双剣らはきれいに忘れている のだろうか。使ってほしいなら喋るなと、ダンテは確かに言い、そして彼らはその条件を諾と のんだ。あれからまだ、数年も経ったわけではない。むしろ一年程しか経っていない筈だ。

(こいつらに憶えてろって言うほうが間違いなのか?)

そうかもしれない。この双剣、使い勝手の良さはともかくとして、個体としての性格や性質から いって記憶力などないに等しいかもしれなかった。だからいつも、性懲りもなくバージル (ダンテの双子の兄だ)に喧嘩を吹っ掛けては、徹底的に返り討ちに遭っているのやも。
成程。ダンテは理解した。つまりそういうことなのだから、頭ごなしに叱ったところで彼らが 堪えるわけもないわけだ。

空回り。だからこんなにも脱力感に襲われるのか。
ため息をこぼす。と、

「主よ、月が紅い」

「美しいな、主よ」

今の今まで喚いていたというのに、この切替えの早さは何なのだろう。ダンテは諦め半分、 空を見上げた。半ば程欠けた月は確かに紅く染まり、美しくも禍々しい姿で西寄りの空に 浮かんでいる。

「あぁ……ほんとだな……」

ほとんど無意識で、双剣の言葉に同意する。それが嬉しかったのか、双剣の声がにわかに 高くなった。

「そうであろうとも、主よ」

「主よ、あの月がかように美しいわけを知っておるか?」

「わけって、何だよ」

朱の剣についた顔、その操り人形のような口がかたかたと鳴る。笑っているつもりなのか、 続いて紡がれた声音はいやに愉しげなものだった。

「主よ、あれ、あのように輝く月は美しい」

「何故ならば、あの輝きは主の色を湛えておるからぞ、主よ」

「え?」

「紅は主」

「主は紅」

歌うように言葉を紡ぎ、そうして声を揃えて曰く。

「然るに、紅き月は美しい」

どう、言葉を返せば良いのか、ダンテには判らなかった。いつもふざけてばかりの彼らの言葉を、 果たして頭から受け入れて良いものかどうか。いや、それよりも、そんなことよりも。ダンテは 頬が熱くなるのを抑えられなかった。よりにもよって、こんな魔具の言葉に、こうも。

「……頼むから、もう黙っててくれ」

ダンテは空を仰いで呟いた。俯いて、もしか双剣に顔を見られでもしたら言い訳が出来ない。
双剣は少しの間かちかち口を鳴らし、ぴたりと黙り込んだ。ようやくの静寂に、ダンテは肩の力を 抜く。あぁ、疲れた。西に傾きつつある月が目に入って、おかしな程慌てて視線を逸らす。彼らの 言葉など気にしてはいけない。いやいや、気にするわけがないではないか。

(って、……ん?)

ふと、何かが引っ掛かった。双剣は静かなまま。ダンテは視線をぐるりと巡らせ、

「あっ!」

不意に声を上げた。何ごとかと、訝る声が手首の辺りから這い上ってくる。

「忘れてた! バージルが帰って来ちまう!」

慌てに慌てたダンテの言葉に、双剣らもすぐに思い出したらしい。

「おぉ、そういえばそうであったな」

「兄上殿に黙って出て来たのであったな」

「事が露見すれば兄上殿のこと、何をしでかすか……」

「主を兄上殿の餌食には断じてさせぬ!」

「然り! ならば我らが成すべきは……さて、何であろう?」

「はて、我らに何が出来たであろうか?」

不毛で答えの導き出せそうにないやり取りを、黙って最後まで聞いてやる程ダンテは悠長にして いられないのだ。全力で走りながら、叫ぶように言う。

「黙ってろ! とりあえず、ちっこくなってくれりゃ有り難いんだけどなぁ!」

いつもそうしているように、双剣を背負って走っているのだが、いかんせん脚に絡まりそうで 走りにくい。これが平素の場合なら気にもならなかっただろうが、現在ダンテの背丈は、通常時 よりもはるかに低い。バージルと並べば頭一つ分はゆうゆう低いときているのだ。
双剣を操るだけの腕力と握力はあるものの、躰の小ささはいかようにも出来ぬ。
不意に背中が軽くなった。ぎゅっと何かが服を引っ掴んでいる感触がある。双剣が、在宅時に そうしているように、ぬいぐるみじみた小鬼の姿に身を転じたのだ。短い手足で、振り落とされ まいと必死にダンテの背にしがみついているらしい。

「しっかりくっついてろよ!」

背中に向けて叫ぶなり、ダンテはビルからビルへと跳躍した。ダンテの背中で、朱と碧の ぬいぐるみがぴぃぴぃと何ごとか喚くが、気にしている暇はない。彼らが小鬼の姿になると、 とたんに彼らに優しくなるダンテであるが、今は状況が状況だ。背中の二体も判っているようで、 ダンテに制止は求めてこない。

ダンテは一心不乱に自宅を目指した。バージルが悪い、などと、本人が聞けばお仕置は確実だろう 罵倒を口走りながら。





バージルはダンテが外出することを嫌っている。元からではない。ダンテの躰が縮んでしまって からだ。

近くのスーパーマーケットへの買い物すら、ダンテはほとんど連れて行ってもらえない。仕事など もっての外と言って、九割九分をバージルが一人で片付けてしまうのだ。鬱憤が溜まるのは、 当然のことだとダンテは思う。だから。
エンツォからの電話が入ったとき、バージルは買い物に出ていていなかった。ダンテが受話器を 取ると、エンツォは何やらダンテの僅かに高い声に訝りながらも、「例の胡散臭い仕事だ」と 言った。しめた、とダンテは思った。

バージルが仕事で家を空ける日。それこそがダンテの狙い目だった。

大人しく待っていろと告げるバージルを、いつものように見送りダンテは笑みを噛み殺した。 バージルが戻る前に、久々の仕事を満喫せねばならない。意気揚々、ダンテは剣と銃を手に 事務所を出た。
朱と碧の双剣を共に連れねばならなかったのは、一種の口封じも込めたバージル対策だった のだが。





策を弄した結果、ダンテは確かに鬱憤を晴らすことは出来たのだけれども。
自宅兼事務所に辿り着いた後どうなったかは、銀髪碧眼の双子と朱と碧の双剣のみが知ること である。



















戻。



久しぶりにアグルド書いた気がします。
奴らがいると、会話が増えるので良い。