中毒オボレル











風が出始めた。

かたりと鳴く窓枠を、男は何かしらの感慨を抱くでもなくちらと見やった。外には薄闇が広がって いる。あと三十分もせぬうちに、辺りはすっかり闇に包まれることだろう。それを見守るという わけでもないが、男の視線は窓の外に据えられたまま逸らされようとしない。何を考えている のか、まるで察せられぬ冷徹な表情である。
冷徹。男はまさにそう評されるに相応しい人格を有している。慈悲であるとか、思いやりである とか、そういった言葉の似合う要素が男には一切ないのだ。そして男自身も、それらの生ぬるい 言葉や行為などを嫌悪している節が多分にある。
他者と馴れ合うことを好まぬどころか、あからさまに厭ってすらいる男だ。愛嬌など、どこにも 見出すことが出来ぬのは当たり前と言っても過言ではない。

他者との繋がりを一切持とうとせぬ男だが、かと言ってここに独りで暮らしているわけでは なかった。この男と友好な関係を結べる人間がいるのかと驚きすら覚えるものは多いだろうが、 事実なのだから仕様がない。

男は瞼を閉じることで自らの視界を塞いだ。風の音とは別に、床を踏む音がドアの外から聞こえて、 意識だけをそちらに向ける。間を置かず、ドアが開いた。

「バージル?」

疑問符のついた口調になっているのは、部屋に明かりが灯されていないからだ。リビングに 姿がないので、こちら(自室だ)を覗きに来たのだろう。しかしドアを開けてみると真っ暗で、 不審に思ったのに違いなかった。もっとも、男――――バージルが室内にいるということは 判っていた筈だ。たとえ故意に気配を消していても、彼らは互いの存在だけは見失うことが ない。

「電気、付けるぜ?」

伺いをたてるように言って、ダンテがドア脇のスイッチに触れた。かちりと作りものめいた音が して、電灯の明かりが煌煌と降り注ぐ。

「真っ暗なとこで何してたんだよ」

拗ねたように、ダンテが言う。バージルがリビングにいないので、不安にでも感じたのだろう。 ダンテがリビングのソファーで居眠りをしている間に、バージルはあえてダンテを起こすことを せずに二階の自室に引き上げたのだ。目覚めたとき、ダンテが不安を覚えるだろうことは、予想の 範疇内だった。

無言でベッドに視線をやる。察したダンテが首を捻りながらもベッドに近寄り、腰を 下ろした。そこから、バージルを見上げてくる。恨めしげな双眸、そのままで。
バージルは腕を伸ばしてダンテの顎に手をかけた。より首がのけ反るよう上向かせると、 透けるように白い喉があらわになる。その蒼白くすらあるそれに誘われて、バージルは腰を 屈めてダンテの喉笛に唇を押し当てた。びく、とダンテの肩が跳ねる。それをもう一方の手で 押さえ付けて、バージルは意図的に鋭くした犬歯をやわい皮膚に突き立てた。

「ッつ……!」

苦痛に顔をしかめているのだろう。それを見ることが出来ぬのは実に惜しいが、この姿勢では 仕様がないと諦めるよりない。今はこれの皮膚を破り、そこから溢れるもので喉を潤すことの ほうが優先される。

ぢゅ、と音をたてて啜れば、ダンテが痛いと呻いてバージルの手首を掴み、爪を立ててきた。 その程度の痛みなど、いっそ心地好くすら感じるバージルだ。この弟を支配しているのだと、 爪を立てる以上の抵抗がないことで強く実感出来る。笑みも自然とこぼれようというものだが、 内心とは反対にバージルの頬は笑みのかたちを作って見せなかった。
ただ、ダンテの血を舐めることに夢中になっている自身を、バージルは嘲笑わずにはおれない。 なんと幼稚なことか、と。乳に夢中になる赤ん坊と、何程の違いが今の自分にあるだろう。あえて 挙げようとするならば、赤ん坊はこんなどす黒い感情など腹に抱えてはおらぬということくらいか。 純真でいるには、バージルはいかにも賢しくありすぎた。子どもの頃から、そうだ。

幼い頃は、どうやってダンテを自身だけのものにするか、そればかりを考えていたように思う。 ダンテが、生まれ落ちるより以前からバージルのものであることは、違いない。しかし人間とは 常に忘却とともにあるものだ。弟との繋がりをより深いものへする為に、子ども時分のバージルは 随分な努力をしたものだった。今にして思えば、それらの努力が成した行為はどれも、陰湿な ものばかりだったような気がするが、まぁたいしたことではない。

ダンテの血の甘さが喉を滑らかに潤し、バージルを満たしていく。強張ったダンテの喉が、 時折震えるのが何とも愉しい。我ながら昏い愉悦に浸っているものだと、内心で嗤った。 そうさせているのは他でもないダンテなのだから、自粛も自省も、バージルには無縁のもの であるが。
牙というに相応しい、尖った犬歯を一度引き抜けば、ぷつりと開いた穴はすぐにも塞がろうと し始める。高い治癒力はこういったときにはひどく煩わしいとバージルは思う。
半ば塞がったそこへ、バージルはもう一度牙を突き立てた。

「ぅあっ……!」

呻きに、バージルは昏い悦びを覚える。ダンテがそのことを知っているかどうかは、バージルには どうでも良いことだった。ただこの甘く甘い血を、躰を、支配し尽くすことだけを望む。

「ッ……ジル……い、加減……っ」

やめろという言葉は、紡がせぬ。そもそもダンテが拒みたがるのは、こうして血を啜られることで 小さくはない快楽に溺れるからだ。そんな我が身に羞恥を抱かずにはおれないのだということを、 バージルはよく知っている。が、だからといって易々とダンテを解放してやるなど、バージルが するわけがない。
横暴、とダンテは言う。さもあらんとバージルはしれっとして取り合ったことがない。バージルの 性格が形成された根本には、他ならぬダンテの存在があるのだ。ダンテが自覚していないだけの こと、と説明してやったことは一度もないが。

「大人しく、喰われていろ。いつものようにな」

無理にこじあけた穴から滲んだ血を、舌先で転がすように舐めとりながら言えば、バージルの 手首を握る手に力がこもった。抗議でもしたいのだろうか。しかし、何と? バージルはダンテの 顎を掴んでいた手を外し、さらさらの銀糸を掻き分けて後頭部に添えた。髪を鷲掴みにするように してやり、抗うな、と低く告げる。ただそれだけの恫喝に、ダンテの躰がひくっと痙攣した。
無意識、だったのだろう。これまでの経験が、ダンテ自身の意志とは別に躰を動かしたに違い なかった。教育というものはこういったことなのだろうと、バージルは酷薄にも思う。子など 作るつもりもないし考えたことすらないバージルであるが、ダンテに自分を刻み込むことはある 意味で子どもを躾けているような感覚だった。こう見えて面倒を厭うきらいのあるバージルだが、 ダンテに費やした時間は無駄とは思っていない。たとえそれが、人生の大半を占めていても、 だ。

「んん……」

喉に舌を這わせ、吸いそこねた血を舐めとれば、ダンテは吐息をもらしてふるっと震えた。 どこもかしこも甘く出来ているダンテは、声も当然ながらに甘い。まるで交合の最中のようだと、 バージルはもう一つ舌を這わせながら思った。そうして男を誘うのか。一種、嫌悪に似た感情が 首をもたげる。
双子の弟に男との交合を教え、快楽を仕込んだのはバージルに他ならない。ダンテがバージルの 施す快楽にしか反応しないとは、まさか思ってもいないのだけれども、しかし、奇妙な潔癖さを 持ち合わせているバージルには、そのあたりの妥協が出来ないのだ。

(お前は俺のものだ。血も肉も、命も、総て)

こんなことは、言って聞かせるまでもないことだとバージルは思っている。ダンテの意志など 関係ない。この世がどうなろうと、バージルがダンテを抱き続けることに変わりはない。

バージルの唾液が相乗効果でももたらしているのか、ダンテの喉に開けた穴は既に跡形もなく 塞がってしまっている。それがまるで支配を拒んでいるかのように映り、バージルは不快感を 覚えて片目を眇めた。苛立ちのままに、ダンテの喉に三度みたび 噛み付く。

「っ! や……また……」

言葉を奪うように、もう一つ、さらに二つ、ぶつりと喉許の皮膚を喰い破る。びくびくと、牙を 立てるつど大袈裟に震える躰が、バージルの昏い感情をいっそう煽るのだとは思ってもいないに 違いない。

「んッ……バージル、バージ……ぅあっ?」

妙な悲鳴だ。バージルがいきなりダンテをシーツに組み敷いたが故に上がった声なのだが。
ベッドに乗り上げ顔を真上から見下ろせば、ダンテはまだ驚いたような表情(随分間抜けだ)を して、こちらを見上げている。

「なんだ、その顔は」

眉を顰めて言えば、ダンテはちょっと顔を赤くした。

「あ……アンタがいきなり押し倒すからだろ」

ふんだんに恥ずかしさの混じった目で睨んだところで、迫力の欠片もあろう筈がない。これは 自覚しているのだろうか。頬を赤くして強がるさまが、ひどく愛らしく相手の目に映るという ことを。

「ふん……では座ったまま犯されたい、と?」

「は?」

ぽかんとするダンテの下肢に、バージルは己の下肢を押しつけた。これでも察せられぬならば、 バージルはこの弟を一から躾け直さなければならない。が、それはさすがに杞憂で済んだ。 ダンテはバージルの顔と下肢とを交互に見やり、まさか、という顔をしている。信じられないと ばかりの表情に、バージルは呆れてしまった。

「いまさら、何を驚く?」

「うっ……」

言葉に詰まるダンテ。この意味もなく初心なところは、直りようがないのだろうか。
バージルは内心でため息を吐き、しかしいまだ幼い心を持ち合わせた弟を気遣うようなことは せず、その白い首筋に顔を埋めた。所有の証を刻むのも良いが、今は彼の血に飢えを覚えている バージルである。無遠慮に(遠慮をする必要も理由もない)牙を突き立て、思うさま、啜る。 甘い。

「んっ……はぁ……」

艶を帯びた吐息を肴にして、美酒を味わうような感覚だ。実に贅沢だと、臆面もなく思う。

「バージル……」

吐息混じりに名を呼ばれて、猛らぬ男は不能かよほどの鈍感か。そのどちらでもないバージルは、 自身の猛りを自覚して薄い笑みを作る。先刻は意図的にすら浮かべることの出来なかった笑み だが、ダンテの血によって昂奮している所為だろうと自己分析をする。
バージルにとって、ダンテの血は麻薬よりもなおたちが悪いものだ。一度舐めれば常用性が生じ、 摂取を絶てばたちまち禁断症状に陥る。始末に終えぬとは、こういうことを指して言うの だろう。
くつりと笑えば、ダンテが不審に思ったのかバージルを呼ばわった。

「ん……バージル……?」

顔を上げたそこには、寝起きのようなとろんとした双眸。バージルは笑みを深くした。
バージルはダンテの血を啜ることに。ダンテはバージルに血を啜られることに。互いに、嵌まって いる。
互いが互いに唯一であることがこの双眸に刻み込まれているようで、バージルは奇妙な充足を 感じた。

「バージル、」

己を呼ばわる声は何かを促しているようでもあり。見上げてくる碧眼は何をか訴えているようにも 見える。
しかしダンテの無言の要求を、そのまま叶えてやる程バージルは優しくはない。意地が悪いと、 拗ねたダンテがよく言っているくらいだ。

「言いたいことがあるなら、言葉にせねば伝わらぬぞ」

しれっとして言い、バージルはまたダンテの首筋に唇を押し当てた。ダンテはびくりとして、 バージルの肩に爪を立てる。

「っの、サディスト……!」

絞り出すような悪態に、バージルは片方の眉を器用に吊り上げた。どうやらダンテは仕置を望んで いるらしい。自ら進んでのことだ、手加減などしてやる必要はないだろう。
バージルは内心で独りごちて、やれやれとばかりに一つダンテの耳の後ろに舌を這わせた。 敏感に背中を震わせる弟に、どう仕置を施してやろうか。考えるだけで、バージルの頬には 笑みが込み上げた。



















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続きそうな終わり方ですが、続きません。
ダンテを虐げる(?)のは楽しいです。…。

[08/06/03]