依代ヨリシロ











口にしてはならない言葉が、ある。

世の中には不文律というものが存在し、人々の行動を当たり前のように制限しているものだ。 それと同じか、もしくはまったくべつの性質を持っているのか、彼にその判断は出来ない。 しかし確かにそれは存在して、今も彼の心を戒めている。





はく、と。口を開けたは良いが、紡がれる筈の言葉はいつまで経っても喉に止どまったまま、 口外へ出ようとはしない。少しもせぬうちに、ダンテはもぐりと口を噤んでしまった。紡がれ かかった言葉は、嚥下され跡形もなく消化される。筈、だった。

(まず……)

ダンテは一人苦い表情を浮かべ、髪を掻き毟った。危ういところだったと、思う。もう少しで ある言葉を口走りそうになったことを省みて、ダンテは馬鹿だと自身を罵った。
頭を振ると、不審に思われたのかバージルがこちらを見つめているのと目が合って、ダンテは 知らずぎくりとした。

「どうした」

訊かないでほしいと思うこと程、バージルは執拗に追究してくる。兄の性格が悪いのは今に 始まったことではなく、慣れているといえば慣れているダンテであるが、だからといってそこが 兄の良いところとは間違っても思えない。

じっとこちらを見据えてくる碧眼に、ダンテはどうにも居心地の悪さを感じずにはおれない。

「何もねぇけど、なんで」

ぼそぼそと言えば、バージルはわざとらしく肩を竦める。

「何もないようという顔には見えないがな」

聡いバージルのことだ、ダンテが何をか言いかかり、口を閉ざしたことに気付いているのかも しれない。たとえ、ダンテに背を向けていたとしても、だ。この兄ならば、有り得ぬことでは ない。
ダンテはバージルのベッドに胡座を掻いて座り、バージルは机に向かって分厚い本を広げている。 少しの空間を置いた、こちらとあちらで。双子の兄と弟は睨み合うかのように視線を交えたまま、 しばし見つめ合った。

「どんなカオしてるかなんて、自分じゃ判らねぇよ」

不貞腐れた表情を、ちゃんと浮かべられただろうか。鏡を日に何度も見る趣味はないが、今は、 確かめてみたいと強く思った。

「ダンテ、」

低い声音で、バージルが呼ばわる。ダンテは唇を尖らせるように、何だよ、とぶっきらぼうに 応じた。しかしバージルは、何も言わない。ただじっと、ダンテを見据えているだけだ。
バージルの目は、嫌いではない。自分のそれよりも緑がかっていて、きれいな蒼だといつも思う。 が、同時に苦手でもあるのだ。こうして見つめられると、息苦しさすら感じてしまって、どうにも いけない。
見透かされているような気分に、嫌でもなる。だから、苦手だ。

ダンテは視線を逸すことも出来ず、瞬きばかりが多くなる。

「な、んだよ……」

喘ぐように、言った。握り締めた掌には、じとりと汗をかいている。嫌な汗だ。自覚がないだけ で、背中にも滲んでいるのかもしれなかった。

不意に、バージルが視線を外した。操り人形の糸が切れたかのように、ダンテの肩から力が 抜ける。情けない話だ。自嘲はすれども、矯正は出来ぬと判っていることだけに心底は笑え ない。
こちらに背を向けたバージルが、何やら本を閉じる音が耳に入る。もう読み切ったのか、ダンテが ぼんやり兄の背を眺めていると、その背中が不意に椅子を立ってこちらを向いた。再び目が合い そうになって、ダンテは慌てて床に視線を落とした。その、あからさまな行動に兄がすっと目を 細めたことには、ダンテは気付くことなく。バージルの足が視界に入ったと思うが早いか、 ダンテは一瞬にして天井を見上げる恰好になっていた。

「……へ?」

何故、などと問うのは愚かだ。バージルに決まっている。バージルが、ダンテの肩を乱暴に突き、 シーツに倒したのだ。床だったなら、したたかに後頭部を打ち付けていたことだろう。バージル ならば、何の躊躇もなくやってのけた筈だ。

「な、に」

ベッドに膝を乗り上げ、覆いかぶさるように影を重ねてくるバージルを見上げて、ダンテは 演技ではない戸惑いをあらわにした。この体勢から連想される答えは一つだ。しかしあまりに 脈絡がなさすぎて、頭がその答えを理解出来ずにいるのである。
バージルが、いっそ憐れむような双眸でダンテを見下ろした。

「何、とは、随分と間の抜けたことを問うものだな」

冷ややかに揶揄されて、ダンテは頬が紅潮するのを感じた。その赤くなった頬を、バージルの 長い指がするりと撫ぜる。節の高い指に触れられることを、ダンテは思いの外好いている。 ほう、と息がこぼれそうになるのを、ダンテはかろうじて飲み込んだ。バージルの機嫌がそれに よって下降するかもしれぬという可能性を、判っていながらもそうするよりなかったのだ。
ダンテには高い矜持がある。加えて、意地もある。毎度毎度、ただ撫でられたからといって喉を 鳴らすような真似はしたくないと、時折自身に言い聞かせてやらねばならなかった。
案の定、バージルは機嫌を損なったらしい。

「っあ……!」

両腕を頭上で一纏めにされ、一瞬にして手首を何か革ベルトらしきもので縛り上げられる。同時に 下肢――――股を無遠慮に掴まれて、ダンテは痛みに呻いた。悲鳴や抗議の声を上げられなかった のは、バージルの唇に総て飲み込まれてしまったから。

「んんッ! ん、ッ、ふぅ……!」

痛いくらいに舌を吸われ、眉をしかめる。バージルを押し退けようと一纏めにされた腕を振り 上げかかるが、察したバージルに片肘を押さえられてあえなく失敗に終わった。内心で舌を 打ったダンテの双眸を、バージルの冷たい瞳が覗き込んでくる。先刻に続いての抵抗に、兄の 機嫌がさらに下降の一途を辿ったことは間違いなかった。
なおも深く舌を絡めながら、バージルは氷のような冷気を湛えた双眸でダンテを咎める。抵抗など するだけ無駄なことだと、支配者たる王の両眼が語っている。

「は、ぅん……ん……」

歯列をなぞられ、ダンテは知らずぞくりとした。ダンテの弱みを知り尽くしたバージルに かかれば、キス一つでダンテを翻弄することなど容易いのだろう。現に今、ダンテはバージルの 良いように快楽に流されようとしている。閉じかかる視界の狭間からバージルのしたり顔が 見えて、悔しさに拳を握り締めた。

「っ、ふ……んん……ッぁ……」

舌の付け根をなぞられると、弱い。腰が跳ねそうになるのを、どうにか耐えた。底意地の悪い バージルは、執拗にダンテの舌を吸う。股を掴んでいた手が、いつの間にかダンテのものを 愛撫するそれへ変わっている。革パンツ越しにダンテの輪郭を指でなぞり――――そう出来る程、 それははっきりと張り詰めているのだ。

キスだけで、この有様か。

合わされたままのバージルの双眸が、ダンテを蔑むように声もなく語る。唇を噛み締めたいが、 バージルの“嫌がらせ”が終わらねば出来ぬことである。気を抜けば、溺れる。ダンテは とうとう、瞼を閉じた。しかし現実は目を閉ざしたからといって消えるものではない。
バージルの舌は、いつになく執拗だ。合わせて、ダンテの下肢を辿る指もしつこいくらいで、 じわじわとダンテを追い詰めようとする意図が浮き彫りになっている。

(く、そ)

悪態は喉に絡んで音にはならない。快楽に溺れぬよう必死になる余り、ダンテは己の呼吸が おろそかになっていることに気付いていない。
頭がぼうっとする。酸素不足によるそれを、ダンテは快楽の所為だと勘違いした。それはそうで、 バージルの舌と指は性急でこそないが、容赦なくダンテを責めたて快感を引き出そうとしている のだ。

「、……、ん……」

吐息すら緩慢なものになり始めたとき、不意にバージルがダンテの肘を解放した。かと思えば、 空いた指が首に絡み付いて来たものだから、ぎくっとなる。

「っぐ、ぅ……!?」

ぎしりと音がする程喉を圧迫されて、息が止まりそうになる。驚きと苦しさに目を見開くと、 それを待っていたかのようにバージルの手が緩められた。

「手間をかけさせるな」

苛立ちを隠そうともしない(隠す必要がないと思っているのだろう)バージルの、刺すような 言葉にダンテは涙が滲むのを抑えられなかった。酸素が欠乏している所為で、頭が朦朧と 霞がかったようになっているからだろう。涙の浮かんだ瞳で、兄を睨みつけた。効果があるか ないかなど、どうでも良かった。

「いちいち癇に障る……」

独り言、なのだろう。バージルは呟き、すいと躰を引いた。何のつもりか、ダンテが問うよりも 先に、バージルの手には見慣れたものが握られており。バージルの意志によっていつなりと姿を 現す細身の剣が、すらりと刀身を見せるのを、ダンテはどこか余所事のように見つめていた。

「躾の悪い犬には、正しい調教を施してやらねばなるまい」

さらりと宣い、バージルは手首を捻って剣を舞わせ――――焼き鏝を押し当てられる痛みという のは、こういうものだろうかと、思った。悲鳴が迸ったのは、それからだった。

「あ゛ぁぁッ――!!」

肩の付け根に突き立てられた刀身は蒼を宿した銀。柄を握ったバージルが、ダンテの悲鳴を聞き 足らぬとばかりに手首を動かした。傷口が抉れ、広がり、ダンテはくぐもった悲鳴を上げるしか なかった。

「っぐ、ぅ、あ゛ぁっ! や、め……」

痛みに弱いわけでは、けっしてない。頭を銃で打ち抜かれたとて、死ぬことのない躰だ。傷は すぐに塞がるし、苦痛に関しても常人よりも格段に鈍いと言えるだろう。しかし、バージルが 相手となれば話は全く異なってくる。
躰の構造から血の一滴に至るまで、バージルとダンテとは同一のいきものなのだ。どうすれば 痛みを増長させ得るのか、バージルが判らぬわけはない。もっとも、逆はどうかといえば、 ダンテは首を傾げるしかないのだけれども。

「ぐぅ……、ぁ、じ……も……い、や、だ……」

バージルにとって、確実に気に入らないであろう言葉を、ダンテはあえて口にした。

「ふん……」

鼻を鳴らし、バージルが剣をより深くダンテの肩に埋め込んだ。切っ先はマットレスをも貫いた のに違いない。ダンテの視界に映る刀身は、半分程の長さでしかない。

「ッあ……!」

短い悲鳴を上げるのと同時に、バージルがダンテの下肢を剥いた。痛みによって萎えた陰茎が あらわになる。雑に片脚を肩に担がれ、その動きにまた傷口が広がる。

「ぐ、ぅ!」

ダンテの苦しげな悲鳴に、バージルは昏い笑みを浮かべ。そして馴らしもしていない後孔を、 猛ったもので貫いた。激痛に、ダンテは喉を震わせた。

「ひぐぅっ!」

行為には慣れている。が、ダンテは男だ。いかに慣れていても、女のように自ら濡れることは ない。乾いたままのそこに押し入られて、痛みを感じぬわけがなかった。
バージルは、酷薄な笑みを湛えてダンテの蒼褪めた頬を撫ぜた。

「くっく……良い顔だ」

苦しさに喘ぐさまを、バージルは愉しんでいる。そのことがありありと判り、ダンテはきつく 目を瞑った。血が、じわじわとシーツを染めていくのが見なくても判る。
間もなく、バージルはダンテの具合など気にもかけず、自らの好きなように腰を使い始めた。 ぐちりと濡れた音がするのは、無理な結合に襞が裂けて血が絡んでいるからだろう。

「ッふ、ぅ、う……っ」

容赦のない挿出が繰り返されるうち、ダンテの双眸からは涙がこぼれこめかみを濡らした。 バージルの作り出す律動に合わせて溢れ、流れ落ちるさまはいかにも淫靡だが、ダンテがそれを 自覚することはない。

体内に兄の精を叩き付けられたのは、それからどれ程が経っていたのか。そのときダンテは確かに 快楽を得ており、萎えていた筈の陰茎からは隠しようもない快楽の証が滲んでいた。

「鳴け、ダンテ。悦いのだろう? 濡れているぞ」

揶揄する声は、ひどく冷たい。認めてしまうのはどうしても嫌で――――けれど、当然だとも、 思って。

「は、ぁっ、ぁあっ……あ……」

兄の首にしがみつけないことがどうにも悲しくて、ダンテの双眸から涙が止まることは、 なかった。





どんなに酷いことをされても、心の中であの言葉を叫ぶことはやめないだろう。

どんなに酷い扱いをされても、この心だけはけっして変わることはないから。



涙を――――血を、流しながら、叫ぶ。

それは誰にも聞こえない、切々とした愛の言葉。



















戻。


前にも似たような書き出しのがあったような…

[08/5/13]