芳香
髪に触れる。いつものように、引っ掛かりもなくするりと梳くことの出来る銀糸を、指に
くるくると巻き付けてはほどきを繰り返す。無意味を嫌うバージルのこと、この行動にも
無論意味がある。といって、深い意味合いなどないが。
バージルが戯れのように梳いているのは、双子の弟の髪だ。名はダンテといい、バージルに
とっての世界は自分とこの弟とで閉じていると言って良い。バージルの抱く感情も、思考も、
総てがこの弟に起因する。
ダンテの髪は、とくにバージルの気に入りだ。だから毎晩、手入れを欠かさない。とある骨董屋で
手に入れた櫛で丁寧に梳き、その仕上がりを自らの指と掌とでじっくり味わう。それがバージル
の、抜かすことの出来ぬ愉しみなのだ。
付け加えれば、ダンテの洗髪もバージルが手を焼いている。ダンテは何ごとにも大雑把で、
こと自分自身のことには無頓着ぶりに拍車がかかる為、任せておけばしごく雑にしか髪を
洗わないのである。いかに毎日櫛で梳いていても、洗髪が雑とあってはいつまでも艶を保って
いることなど不可能だ。
きちんと洗え、などとダンテに言い聞かせたところで、ダンテは何故そんな手間をかけねば
ならないのかと首を傾げるばかり。自身の髪のどこにそんな価値があるのかと、不可解そうに
眉を顰めるダンテに痺れを切らし、バージルが己でやるしかないのだと結論付けるのにさしたる
時間は要らなかった。
毎日、バージルはダンテの髪を洗い(もちろん保湿もきちんと行い)、こだわりのタオルで水気を
拭い、そうして櫛を入れる。他者からすれば手間なことをと思われるかもしれないが、バージルに
とっては何ら苦にならない。ダンテの髪の手入れは、ダンテの為ではなくバージル自身の為
なのだ。自分の為に使う時間を惜しむものは、そういないだろう。
くるくると巻き付け、つんと引いてはすぐにほどける艶やかな髪。この手触りを損なわぬ為なら、
バージルはどんな労力も徒労と思わず費やせる自信がある。ダンテの呆れ顔が目に浮かぶが、
バージルはあくまで本気だ。
ふと、ダンテがため息を吐いた。どうした、とバージルが声をやれば、無意識にしたことだった
のか、ダンテは「えっ?」と驚き顔でこちらを見上げた。
「なに?」
「今、ため息を吐いただろう。自覚がなかったのか?」
髪をくるくるとやりながら言えば、ダンテは首を捻る。やはり無意識だったようだ。
自覚もなくため息を吐いたのには、どんな理由があるのだろう。始終無言でバージルの成すが
ままになっていたダンテは、その間、何を考えていたのだろうか。
ソファーに腰掛けるバージルからは、その脚の間にこちらに背を向けて座り込むダンテの表情を
確かめることは出来ない。顎を掴み、無理からこちらを向かせてやらねばならないのだ。
何を考えていたのか、ダンテに問うたところで明確な答えは望めないだろう。それが、歯痒く
感じる。
「ダンテ、」
折り曲げて立てた膝に顔を埋めようとするダンテを呼ばわれば、ダンテは肩越しにこちらを
振り仰ぐ。
「ん?」
「躰ごとこちらを向け」
「? なんで」
「二度、同じことを言わせるな」
すぐに従えと含ませると、ダンテは唇を尖らせながらも腰を捻ってこちらを向いた。
「なんだよ」
睨んでいるつもりなのだろうダンテの、脇に腕を差し込みひょいと引っ張り上げる。へっ? と
間の抜けた声を上げるダンテを、バージルの膝を跨ぐ恰好で乗せ、座りが良いように腰をぐいと
抱き寄せた。ダンテがすっぽりと懐に納まったことに、バージルは満足して笑みを浮かべる。
「これで良い」
ダンテの背中をぽんぽんと叩き、なきに等しい距離に近付いた髪を指に絡めた。もう一方の手は、
ダンテの腰にしっかと絡めている。
「な……何なんだよ」
困惑げにぼやくダンテへ、バージルはさらっと言ってやった。
「明日からは、この恰好で髪を拭いてやろう」
「は? なんで」
「不服か」
「そうじゃねぇけど、なんでこれ?」
「俺がこうしたいからだが、何か文句があるのか?」
するりと愛撫を思わせる仕種で尻を撫ぜてやると、ダンテがびくっと背中を震わせた。
「だ、だから、文句があるとかないとかじゃなくて……」
「ならば、構うまい」
「そ……だけど、」
煮え切らぬ反応に、バージルは次第に苛立ちを覚え始めた。竹を割ったような性格をしている
ダンテに、ぐずぐずとされるとどうにも腹が立ってならない。そもそもバージルは、ダンテが
己に逆らうということが赦せぬたちであるから、余計にだ。
「黙れ。それ以上ぐずるようなら、しばらく仕事の出来ぬ躰にするぞ」
言うや否や、ダンテがひっと喉の奥で悲鳴を上げた。ふりではなく恐怖に引きつる声も表情も、
良い(情慾をそそられる)と感じるのだから、よくよく嵌まっていると思う。もっとも、
バージルにとってダンテはこの世で唯一慾を抱く相手であるのだから、嵌まるも何もないかも
しれないが。
「ば、バージル……」
怯えたダンテを犯すことは、一種の愉しみだ。ダンテに言わせれば悪趣味なのだろうが、そんな
悪態などものともせぬバージルである。バージルを悪趣味に走らせているのはダンテなの
だから。
「大人しくしていろ、ダンテ」
そうすれば、今すぐ力ずくで犯すことはしない。そう耳に囁いてやる。
ダンテはあからさまな程にほっとしたらしく、今前言を撤回して押し倒したならどんな顔をするの
か、少しばかり興味が沸いたがやめておく。バージルは、ダンテにだけは嘘は言わない。余所では
互いの名を呼び合わないのと同じで、これも一種の不文律だとバージルは考える。
生まれ落ちるよりも以前から、ダンテはバージルのものであると決まっているのと、同じだ。
すっかり安堵して体重を凭せかけてくるダンテを、バージルはゆったりと抱き締めた。髪を
撫ぜる動作を再開させると、ダンテがほぅっとため息を吐くのが聞こえた。気持ちが好いの
だろう。この体勢に疑問を持ったようだったが、喉元を過ぎればこんなもの――――実に都合の
良い、現金な性格だ。
バージルは薄く笑みを湛え、ダンテの首筋に唇を押し当てた。この程度なら構うまい。ダンテも
びくっとはしたが、バージルがこれ以上のことをする気はないと察したらしく、すぐに躰の力を
抜いいて、バージルの笑みを誘った。
弾力のある膚を吸い、歯を立てることはバージルの気に入りだ。そうしながら髪に触れていると、
がらにもなく幸福を感じすらするのだから、やめられよう筈がなかった。ダンテも、バージルに
触れられて気持ち好さそうに目を細めるのだから、いっそうやめられない。
まぁ、やめるつもりもないのだけれども。
弟の髪と膚をゆるゆると愛でながら、兄は微笑を浮かべる。
この存在の総てが己のものであることを、毎日こうして、噛み締めるように確かめるのだ。
ベタベタに甘いものを兄視点で…………吐血。