紅痕キズ









首筋を咬む。所有の証を刻むという目的ではなく、膚に容赦なく犬歯を突き立てる。ぶつ、と 鈍い音がして皮膚が破れ、口内に鉄錆の味が広がっていく。

甘い。と、思う。いつも。

これの血は、何故こんなにも甘いのだろう。不思議には思うが、舌に快いなら理由などどうでも 良い。髪の一本、爪の先まで俺の好むままにしつらえられた躰なのだから、この血の甘さも 当然か。
口許に笑みをはき、もう一つ、膚に穴を開ける。麻薬よりもたちが悪いと呆れるのは、 いつものことだ。






「なぁ、バージル。なんか痛ぇんだけど……」

朝、というよりも昼近くになって起きたダンテが、リビングに姿を現わすなり言った。無論、 バージルには何のことか判らない。何がだ、と問うと、首らへん、と肩を押さえて首を捻って いる。どこが痛むのかと問うたわけではなかったのだが、まぁ、良い。
どうせ、寝違えでもしたのだろう。意外な程寝相の悪くないダンテだが、それでも寝違えることは ある。シーツの皺の型が、くっきりと顔に残っていることもあるのだから。
バージルがそれを指摘すると、ダンテはぴんと来ないのか眉を寄せた。

「そういう痛さじゃねぇっていうか……」

ひりひりする、ような気がする。

などと至極曖昧なことを言うダンテに、今度はバージルの眉間に皺が刻まれる。

「見せてみろ」

特別に薄くしてやったエスプレッソを注いだカップを、ダンテに持たせる。ダンテは 「サンキュ」と呟いて左手で首筋を撫でた。

「このへん……」

ダンテの首筋にかかる髪を掻き上げ、覗き込むようにしてそこを注視する。白い、蒼く透ける ようですらあるきめのこまやかな膚に、ぷちぷちと紅い斑点のような痕がいくつもある。ただの 情痕ならば、痛みなどない。が、それはただ膚を吸って付けられた痕ではなく、咬み痕なの だから痛みがあるのも当然かもしれない。無論、痕を付けた犯人はバージルしかいない。

「なぁ、何か出来てるとか?」

自分のことだというのに、ダンテはこの噛まれたことを覚えていないらしい。確かに、バージルが ダンテの膚に犬歯を突き立てたとき、ダンテはほとんど意識を失っていたようだったが。

「ふむ……」

ダンテの訴える痛みの原因であるバージルは、ダンテに詫びる素振りもなく赤くなったそこに 唇で触れた。思ってもみない行動だったのか、ダンテがひゃっと甲高い悲鳴を上げて肩を撥ね 上げた。何故そんな反応をダンテがするのか、判らぬバージルはじわりと眉をしかめる。

「……何を驚く?」

「アンタこそ、いきなり何すんだよ!?」

喚くダンテを煩いと思いながら、バージルは仕方なく答えてやる。

「痛いと言うからだ」

一瞬、ダンテがきょとんとする。そういう表情はひどく子どもっぽくて愛らしいのだが、本人が 自覚していないことは間違いない。言葉の意味をまるで理解出来ていないらしいダンテに、 バージルは肩を竦めて見せた。

「薬を付けるまでもあるまい」

むしろまだ痕が残っていたことすら、ある意味で驚いたのだ。普通ならば、跡形もなく消えている 筈の小さな傷なのだから。
自分たちの自己治癒力の高さはダンテも自覚していることで、わざわざ薬を求めるようなことは しない。しかし、うん、とダンテが頷く仕種には何か納得がいっていないような、拗ねたような ものがあって、バージルは片眉を吊り上げた。

「何だ」

「……って、何が」

とぼけるダンテの後頭部の髪を、バージルは鷲掴みにして視線を合わせた。ダンテの表情が痛みに 歪む。ぶちりと髪が数本抜けたようだ。ダンテの髪はバージルの気に入りだが、こうして手荒に 扱うことには躊躇いを感じない。ダンテのものは髪の一本まで余さず己のものだと思っている バージルである。己のものをどう扱おうが、バージルの勝手だ。

「っ……ジル、痛ぇって……離せよっ」

「己のことは棚上げとは……良い度胸だな」

ダンテがぎくっとなるのへ、バージルは酷薄な笑みを湛えた。やはり何をか隠しているのか、 それともバージルの“仕置き”を恐れての反応か。

「ば、バージル」

まだ何も仕掛けていないというのに、既に逃げを打とうとしているダンテの腰を、バージルは 抱き寄せることで逃げ場を奪う。本気で逃げられるとは思っていなかっただろうに、ダンテが 絶望的な表情をするものだから、バージルには不思議でならない。もっとも、

「俺がお前を逃がしてやるとでも思ったか……?」

絶望に彩られたダンテの表情もまた、良いものだとバージルは思う。
バージル、と弱々しくダンテが呼ばわった。離して欲しいという嘆願なのか、どうか。何にせよ、 バージルがダンテを解放してやる理由にはならない。

バージルはまだ赤みの引かないダンテの首筋の痕に唇を寄せた。それだけのことでダンテが びくっと躰を強張らせる。いつものことではあるが、ダンテはひどく敏感だ。触れれば期待 以上の反応が返る。それを厭わしく思う男はこの世に存在しないだろう。

「っ……バージル……」

吐息を漏らすように名を呼ばれて、その気にならぬ男は男をやめるべきだ。バージルが昨夜の 名残に舌を這わせると、染みるのか、ダンテがふるっと肩を震わせて息を飲んだ。無意識に したのだろう反応が、バージルの雄を刺激しようとは思ってもいないに違いない。

「ふん……」

バージルは小さく鼻を鳴らし、ダンテの躰を反動もつけずひょいと持ち上げた。足が床から 離れたことに瞠目するダンテの、腿をすくい上げるようにして横抱きにする。ダンテが マグカップを持っていることは承知の上だ。

「え、……は?」

当惑しきったダンテが、ぽかんとしてバージルを見上げてくる。マグカップを両手で守るように しっかりと包み込んでいるのは、無意識だろうか。

バージルはダンテをソファーへ運び、柔らかなクッションの上に組み敷いた。ダンテの手から カップを取り上げ、テーブルに置く。呆気に取られたような表情のダンテを、バージルは 見下ろして内心でため息を吐いた。
押し倒されているというのに、何をされるのか判っていないらしいこの弟の鈍さを、兄として どうしたものか。やはり、きちんと教育してやるのが兄の務めというものだろう。
今から躾けるには少々歳がいっているが、構うまい。

バージルがダンテの首筋に再び顔を埋め、膚を吸って所有の証を刻むと、ようやく何をされるか 判ったらしく、ダンテが慌てたようにバージルの肩を押し返そうと腕を突っ張った。

「ちょ……何するんだよ、バージルっ」

「何、とは、随分野暮なことを訊くものだな、ダンテ?」

処女でもあるまいに、とバージルがしれっと言ってやれば、ダンテの顔が見事に真っ赤に 染まった。

「しょ……!」

まったく、何故こうもダンテが初心に育ったなのか、バージルには判らない。まぁ、だから こその愉しみも確かにあるのだけれども。

「ま、まだ昼だろ! 何考えて……」

悪足掻きが効果を発揮したことなど皆無だというのに、せずにはおれぬダンテはいかにも往生際が 悪い。そんなダンテを、これでもかとばかりに苛めてやりたくなるのがバージルだ。

「昼だろうが夜だろうが、やることは同じだろう」

「でも、」

まだ喚こうとするダンテの口を、バージルは掌で塞ぎ耳朶に歯を立てた。柔い皮膚は少し力を 込めただけで破れる。

「っ……!」

皮膚が僅かに破れた程度の痛みなどどうということもないだろうに、ダンテは激痛を 感じたかのように肩を撥ね上げた。バージルの肩を強く掴み、腹癒せのつもりかぎりりと 爪を立ててくる。
そんなささやかな痛みごときで、バージルが行為を思い止どまるとでも思っているのだろうか。 バージルは笑みを浮かべ、ダンテの耳に囁いた。

「まだ抵抗するなら縛り上げて犯すが、どうする」

口を解放してやると、ダンテはやめろとも嫌だとも言わず、絶句している。バージルは満足げに 微笑し、ダンテの耳に舌を差し入れゆるく舐った。

「んぅっ……」

小さな喘ぎを漏らすダンテの前髪を掻き上げてやる。

「良い子だ」

別段、揶揄したつもりなどなかったのだけれど、ダンテにはそう聞こえたらしい。

「馬鹿兄貴っ」

などと。子どものような悪態を吐く弟は、たっぷりと躾けてやらねばなるまい。

バージルは人の悪い笑みを湛えてダンテの下衣を剥ぎ、明るいリビングで弟を我がものに した。





ダンテの首筋には咬み痕が増え。

気の済むまでダンテを躾けたバージルはと言えば。

「バージルの馬鹿……サド……」

掠れきった声で紡がれるダンテの精一杯の非難を、いかにもすっきりしたとばかりの涼しげな顔で 聞き流すのだった。



















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うちの兄は軽く(?)血フェチらしい。もちろん弟限定ですが。むしろ弟フェチ?