白兎
膝掛け用の、小さなブランケットを頭にかぶる。
膝は曲げて、抱き締めるように両腕で抱える。
そうして、じっと。
ひたすらに、待つ。
自宅兼事務所の玄関扉を開けると、やけに静かであることにバージルは眉を顰めた。騒々しいのが
良いかといえばそうではないが、誰もいないかのような静寂にはかえって不審を覚えて
しまう。
バージルは昼食を済ませたのち、図書館へ行っていた。今日は仕事もなく、夜は丸々時間がある。
活字中毒者とダンテに言われるバージルは、もれなくその余った時間を読書に費やすつもりで
いた。
読めれば何でもお構いなしのバージルだ。ダンテが活字中毒者と呼ばわるのも仕方がない。
しかしバージルは、自分がそこまで末期の中毒者だとは思っていなかった。無為を厭う。
だから本を読む。ただそれだけだ。
ダンテは本などに興味がなく、バージルが図書館や古書店に行くときはたいてい留守番だ。
どこへ出掛けるとも聞いていないのだが……リビングか自室でうたた寝でもしているのかも
しれない。そうでなければ、この静寂が生まれるわけがないのだ。
バージルは脱いだ外套を外套掛けに引っ掛け、リビングへ向かった。これといった趣味のない
ダンテは、自室にいるよりもリビングでごろごろしていることのほうが多い。締め切ったドアを
開けると、やはりダンテがそこにいた。ただし、雰囲気がいつもと違っているようでは
あるが。
「……何をしている?」
頭にブランケットをかぶり、膝を抱えているダンテに、バージルは眉根を寄せた。眠っている
わけではないことは、何やら恨めしげな上目遣いでこちらを睨んでいる双眸で明らかだ。
膝に埋もるようになったダンテの顎が、もそもそと動く。
「べつに」
棘があるように思うのは、気の所為ではないだろう。しかしダンテに恨まれる覚えのない
バージルは、不審に思わぬわけもなく。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
怒っているというよりも、拗ねているのだろう思う。ダンテの拗ねるさまは可愛いが、理由が
判らないのではバージルもすっきりしない。不貞腐れたように唇を尖らせるダンテのそばに、
バージルは大股に近付いた。
ダンテはいつものように、ソファーを背凭れにして絨毯に直接座り込んでいる。敷物など
要らないとダンテは言ったが、そんな言葉を聞いてやるバージルではない。問答無用で絨毯を
買った。毛足の長いそれはダンテの好みに合わせて、触り心地がとても良い代物だ。
じっと物言いたげな視線を外そうとしないダンテだが、唇は引き結ばれたままだ。察しろ、と
でも言いたいのか。バージルは目を細めてダンテへ腕を伸ばした。
「……、……」
無言で、ダンテが躰ごとバージルの手から逃げる。バージルを不快にして後悔するのは
ダンテのほうだと判っているくせに、何を考えているのか。バージルは小さく鼻を鳴らし、
腰を屈めてダンテの二の腕を掴みにかかった。立っているバージルと座ったままのダンテと
では、どちらが有利かなど決まっている。数秒足らずで、ダンテはバージルの腕の中に
納まった。
「離せよ……」
言葉こそ邪険だが、声音に力はない。バージルはソファーに腰を下ろし、ダンテを横抱きにする
ように膝に抱いた。
「……で、何が言いたい」
再度促せば、ダンテは先刻よりも拗ねているのがはっきりと判る表情でじとりとバージルを睨み、
ぽつり、と。
「……遅ぇ」
「何がだ」
「遅ぇっつったら、遅ぇ」
「…………」
遅い、とそればかり繰り返すダンテ。バージルが眉を顰めると、判れよ、とばかりに唇を
尖らせて
不貞腐れる。まるで駄々っ子だ。可愛いことは確かだが、いつまでもこうされていると、
こちらが苛立ってくる。
またしても、遅いと呟いたダンテの唇を、バージルは囓るように塞いでやった。突然のことに、
ダンテが目をいっぱいに瞠っている。その隙を利用して、ダンテの唇を開かせ舌を差し込んだ。
快楽に弱いダンテに、バージルの口付けを拒むことは出来ない。しかし喜んで受け入れるには、
意地がそれを許さなかったのだろう。
ダンテはバージルの肩を掴み、腕を突っ張って口付けから逃れようと藻掻いた。無論、逃がして
やるバージルではない。
ダンテの後頭部を鷲掴みにするように押さえ、尖った顎をきつく掴んで唇を合わせる角度を
変えた。逃げ惑うダンテの舌を絡め取れば、苦しげな吐息がこぼれ出る。
「んんっ……ふ、くぅん……!」
誘っているようだと、思う。バージルが執着をするのはダンテただ一人で、抱きたいと思うのも
ダンテ一人だ。バージルに熱を持たせる唯一の存在であることを、ダンテが自覚しているか
バージルは知らない。知っていようがいまいが、ダンテがバージルのものであることに変わり
などないのだから、問題にはならない。
下唇をやわく食むと、ダンテがぶるっと背中を震わせた。
「抱くが、構わぬな」
ダンテの了解など、必要にはしない。バージルは返事を待たず、ダンテの首筋に噛み付きながら
シャツの裾から手を差し入れた。冷たかったのか、それとも快感を得た為か、ダンテがぴくっと
身を竦ませる。初心にも取れる反応に、バージルは笑みを浮かべた。
「相変わらず、敏感なことだな」
囁くと、既に潤んでいる双眸がこちらを睨む。バージルは笑みを深くして、首筋の柔らかな膚に
歯を立てた。
いかに拗ねていようと、深い快楽に漬け込んでやれば機嫌も直るだろう、と。思って気兼ねなく
ダンテを我がものにしたバージルだったが、まさかその所為でダンテがいっそう臍を曲げてしまう
などとは、知るよしもない。
早く、
早く帰って来て。
ひとりぼっちは嫌だから。
さみしくてさみしくて、
心が押し潰されてしまうから。
ぎゅうっと抱き締めてほしいだけなのに。
ねぇ、
意地悪しないで?
甘いものを目指してこうゆう…