林檎リンゴ











「三十八度二分。――――風邪だな」

赤い顔をしたダンテの口から体温計を引き抜き、数値を読んだバージルはひょいと肩を竦めて 見せた。風邪。ありきたりで無難な診断だ。バージルはぼんやりしているダンテの首に触れた。

「リンパ腺が腫れている。何か飲み込むと、喉が痛むだろう」

うん、とダンテが頷く。

「しかし……」

バージルが呟くのへ、ダンテはことりと首を傾げた。

「馬鹿は風邪を引かぬと言うのに……何故だ」

本当に不思議そうに言うものだから、ダンテはむっとするよりもぽかんとしてしまう。

「……んなもん、俺に訊くなよ」

それが判れば風邪など引く筈はないのだから、ダンテに答えられるわけがなかった。しかし バージルはまだ何をか考えているようで、形の良い眉を顰めている。あまり良い予感はしない ものの、ダンテは双子の兄を見上げて問うてみた。

「まだ何かあるのかよ?」

どこで菌をもらって来たのか、だとか、そんなところなら良いのだけれど。しかしダンテの 期待は、バージルによってあっさり裏切られることになる。

「風邪を治すには、汗をかくと良いと言うな」

ダンテはちょっと眉を顰めた。

「? そうなのか?」

「あぁ」

おもむろに、バージルが毛布の中に手を突っ込んでくる。冷たい手が脇腹を撫で上げ、ダンテは 思わず「ぎゃっ」と声を上げた。

「なっ、何するんだよっ!?」

ダンテが慌てて不埒な手を退けようとすれば、バージルは眉間に皺を寄せてダンテの手を絡め 取ってしまう。

「暴れるな。大人しく寝ていろ」

「アンタが変なことするから……んんっ!?」

バージルが覆いかぶさってきたかと思うと、突然バージルの唇で口を塞がれてダンテは呻いた。 離せ、と喚こうにもバージルの舌がそれを許さず、くぐもった呻きにしかならない。舌の裏側を 舐められて、不覚にもぞくりとする。

「んぅっ……ふ……」

バージルの与える快楽に、ダンテはひどく弱い。たかがキスだけで脚の間のものが熱を持ち、 張り詰めてくるのが判って、ダンテは羞恥に身を捩った。しかしその動きは、バージルに自身の 状態を伝えただけでしかなく。
歯列をぞろりなぞって唇を離したバージルは、くつりと喉の奥で笑って言った。

「これも、俺の所為だと言うつもりか?」

バージルの手がダンテの下肢に伸び、存在を主張しつつあるものを掌で包んで撫でさする。

「あっ! や、め……はな……ぁ……っ」

ふっくらとした下唇を甘噛みされて、ダンテはぴくっと肩を震わせた。噛んだそこをねっとりと 舐める舌にすら感じてしまい、呆れる程快楽に弱い自身の躰を恨んでじわりと涙が滲む。その眦に、 バージルが労るようにキスを落とした。

「そんな顔をするな」

なんて、そんなこと言われても、無理だよ。
自分がどんな顔をしているのかなど判らぬダンテは、唇を尖らせてバージルを睨んだ。拗ねた ような表情が、またバージルの嗜虐心を刺激してしまうのだとは、ダンテは当然ながら知らない。
バージルがダンテにしか判らぬ程度の笑みを湛え、ダンテの下肢をまさぐる手を明確な愛撫の それに変えた。子どもが真新しい玩具を弄ぶような手つきから一変したことに、ダンテは思わず 「あっ」と高い声を上げる。バージルは口端を持ち上げ、意地悪く囁いた。

「もう濡れているな……」

あからさまな言葉に、ダンテはかっとなりながらも抗議をすることは叶わなかった。バージルが ダンテの言葉を奪う為かのように、先端を爪で引っ掻いたのだ。

「ひぁッ!」

やはり思いがけず高い嬌声が漏れてしまって、ダンテは熱の作用とは別に顔を赤くせねば ならなかった。バージルが面白そうに目を細めているものだから、余計にだ。

「っ、るせぇっ」

ダンテが罵ると、バージルはしれっとして言う。

「何も言っていないだろうが」

バージルは悪戯でもするように、ダンテの陰茎を指先でなぞる。布越しでの愛撫はもどかしく、 腰が揺れそうになるのを堪えながら、ダンテはバージルを睨んだ。

「面白がりやがって……」

ぼそぼそとした恨みがましい呟きは、バージルの耳には届かなかったのだろう。訝しげに片眉を 吊り上げるバージルに、ダンテは「べつに」と乱暴に言って外方を向いた。セックスをする際の バージルの意地の悪さは今に始まったことではない。ダンテがやめろと言って聞くような兄なら、 セックスの都度、ダンテが泣かされることはないのだから。

これも一つの諦観だ。

泣かされるからといって、バージルとのセックスをやめたいとまでは思わないダンテである。 バージルはこういう兄で、自分はその兄と抱き合うのが好きなのだから、と諦めてしまう よりない。
再び捨てられることを思えば、さすがに限度はあるがたいていのことは我慢が効く。もしまた 独りにされたとしたら――――それを思うだけで、ダンテは涙さえ溢れてくる。

「余所事を考えるとは、大した余裕だな」

皮肉っぽく言われ、ダンテははっとした。バージルはダンテが行為の最中に別のことに思いを 馳せることを、ひどく嫌う。ダンテとて同じ男なのだから判らないではないが、ダンテの思いの 中にいたのは他でもないバージルだ。しかしそれを口にしてしまうには、ダンテの矜持は高く ありすぎる。

「……だったら、何も考えられないようにしてくれよ」

バージルには、それこそがダンテの本音であるとは伝わらないに違いない。それで良いと、 ダンテは熱の所為で霞を帯び始めた思考で思う。
ダンテに対しいつでも横暴な兄は、このときもやはり王のようにダンテを見下ろした。

「お前がそのつもりならば、良いだろう」





ベッドに仰向けに横たわるバージルの、腰の辺りに跨がったダンテは、うわずりそうになる声を 堪えつつ浅い呼吸を繰り返した。ろくな準備もなく貫かれることは少なくないが、こうした体勢で ことに及ぶことはあまりなかったように思う。バージルが椅子に座っていて……というのは何度か あったかと思われるけれど、ダンテにはそれを思い返している余裕などない。

「ぁッ……はぁん……んんっ……ふ、ぅん……ッ」

ゆらゆらと腰を揺らめかせるダンテを、バージルはまるで自分で貫いているのではないとでも 言うような冷めた目で見つめている。その視線に始終さらされているダンテは、唇を噛みしめ ながらも躰が昂ぶるのを止めることが出来ない。出来ればバージルに目を瞑っていて欲しい。 自らの痴態(それも相当な)を舐めるように凝視されて平気でいられる程、ダンテは羞恥を 知らぬ人間ではない。
見られている。そのことがまた自身の昂ぶりを助長させているのだと、自覚してしまっているの だから、なおさらだ。

「ッ……も……見んな、よ……」

不覚にも声が震えた。あまりの恥ずかしさに涙が出そうになって、眉根を寄せる。その表情が バージルを煽ることになるとも知らずに。
自分で動けと、風邪を引き込んでいるダンテにとんでもない命令を下したバージルが、何を 思ってか目を細めた。しかしダンテには、バージルの表情を注視しているゆとりなどなかった。 深々と穿たれたバージルのものが、いつもより質量を増したからだ。

「くぅんっ……!」

無意識に犬が甘えるような声を上げたダンテを、バージルは揶揄するように下から突き上げた。 思いがけぬ責めに、ダンテはびくんと背中を反らせて大きく喘いだ。

「アァッ――――!」

それだけで達してしまいそうな、強すぎる快感にダンテの腰が無意識に揺れる。が、

「っ……?」

バージルはそれきりぴたりと動きを止めてしまうものだから、ダンテは戸惑いを隠せなかった。 その表情を見て、バージルがくつりと笑う。

「どうした?」

わざとだ。ダンテはバージルの意図を悟り、さっと青くなった。躰はもう自分の意思ではどうにも ならぬ程に昂ぶってしまっている。しかし自らで動くなど、出来そうもなく――――かといって バージルにねだれる程、理性を失ってもいない。

(性格悪ぃぞ、この……ッ)

力の入らない手でバージルの腹をぽすんと殴る。それがどうした、とばかりに余裕のある笑みを 返されて、ダンテはかっとなるが、バージルをなじることすら出来ない。口を開けば、漏れるのは 甘い喘ぎばかりだと知れているからだ。
ダンテの葛藤が手に取るように判るのだろう。バージルが面白がるような笑みを浮かべて 「どうした」と繰り返し問うてきた。

「足りぬなら自分で動け。その程度のこと、出来るだろう?」

無理だということを確信した上で、わざと言っている。それが口調で判って、ダンテは唇を 噛んだ。出来ない、と素直に言ってしまえば良いのだろう。しかしダンテの矜持がそれを許さない。 こんな恰好で矜持も何もあったものではないが、少しでも理性が残っているからには無視は 出来ない。バージルが、そんな矜持すら計算に入れていることに、ダンテは気付きながらも 投げ出すことの出来ない自分を、笑えば良いのか恨むべきなのか判らなかった。

「っ……バ……ジ、……」

呼ばわる自分の声が、バージルに先を促すものなのか、それとも恨めしくなじるものなのか、 ダンテ自身にも判然としない。判ることはバージルが、ふっと、優しげでありながらも酷薄な 笑みをはいたこと。

「熱が上がったのではないか?」

頬にあてられた掌は、バージルらしくひやりとしている。セックスの最中だというのに、 バージルの体温はほとんど変化らしい変化を見せない。ただダンテの中を穿つそれだけが、火の ように熱く――――あるいは自身の熱かもしれないのが――――、その落差の激しさに ダンテは身も世もなく乱されるのだ。
ダンテはバージルの手を掴み、何ごとか訴えるように揺すった。ぐずった子どもが親に我儘を 言うようだ、などとバージルが思っていようとは、ダンテには知るよしもない。

「……っジル……なぁ、って……」

知らず涙目になっているダンテに、バージルはあくまでしれっとして見せる。

「言いたいことがあるなら、はっきり言わねば判らぬな」

判っているくせに、そんなことを宣うのだ。バージルの意地の悪さは堂に入っており、 ダンテではまるで太刀打ち出来ない。ダンテはひくっと喉を引きつらせた。
バージルのものを咥えているだけでは、むろん足りない。羞恥を捨てて先をねだるしか、 ダンテには残されてはいないのだが……このまま放っておかれるのとどちらがましか、ダンテは 考えようとして出来なかった。バージルに風邪だと断言された当初の熱が、ダンテのなけなしの 思考力を奪っていく。

熱に浮かされたダンテの唇は、知らぬ間にバージルの名を呼ばわっていた。

「バージル、して……っ」

早く、などと。嫌になる程甘い声でねだりなどしている自身が信じられない。しかし声は ダンテのものに違いなく、馬鹿馬鹿しいけれどもそれが自身の望みであることも自覚してしまっている ダンテは、羞恥よりも情けなさを覚えて眉を寄せた。

(畜生)

全部、バージルの所為だ。

なすり付けては八つ当たりをし、ダンテはバージルの手をぎゅうっと握り締めた。しかし それも、さしたる力は入ってはおらず。

「ふん……」

鼻を鳴らしたバージルが、不意に上体を起こした。貫くものの位置が僅かに変わって、ダンテは びくりとする。
バージルはダンテの赤い頬に空いた手を添わせ、低く囁いた。

「まだまだだが……まぁ、良いだろう」

横柄な言葉は、まるで睦事のようにダンテの耳に吹き込まれる。酔ったような濡れた瞳で バージルを見つめると、その半瞬後にはダンテの躰はシーツに組み敷かれており、目の前には バージルの猛禽めいた鋭い双眸があった。
ダンテがぎくっとするより早く、バージルはダンテの腰を掴み内部を深く抉った。

「ひ、ぐ、ぅあ……っ!」

あまり艶っぽいとはいえぬ悲鳴を上げるダンテを、バージルは貪るように何度も突き上げる。 肉がぶつかる音と、ぬめりを帯びた卑猥な水音とが部屋に満ち、しかしダンテは羞恥に身を 苛まれるよりも、ひたすらにバージルの与える快楽を追うことに夢中になった。

「あっ、はぁっ……あ……ぁあッ!」

翻弄されるままだったダンテだが、次第にバージルの作り出す律動に合わせて自ら腰を揺らめ かせ始めた。バージルが腰を引けばきゅうっとバージルを締め付け、突き上げられるときには力を 緩めて招き入れる。それを無意識にしているのだから、組み敷くものにすればこの上ない愉悦で あろう。

「相変わらず淫乱なことだな、ダンテ。熱が出ているというのに、これか」

ひどい言葉だ。ダンテは生理的な涙を流しながらバージルを睨んだ。効き目などないことは 自分でも判っているのだけれども……

バージルはくつくつと笑い、ダンテの引き締まった脚を肩に担ぐようにした。

「良い目だ。褒美にお前が落ちるまで、続けてやろう」

「やめ……ぁア……ッ――!」

ぐぷん、と粘質の音が響く。ダンテは背をしなやかに反らし、バージルの激しい責めに喘ぐ しかない。
気を失うまで――――熱のある身でどこまで堪えられるかダンテにも判らないが、この責め苦が まだまだ終わらぬことを嘆く間は、残念ながらダンテに与えられることはなく――――ただ、 せめてとばかりにバージルの背に、じくりと強く爪を立てた。






翌日。ダンテの熱はバージルの思惑通り下がったものの、激しい交わりを繰り返された所為でか、 ダンテは一日ベッドから出ることは叶わなかった。
けれどもダンテの口からバージルへの文句が吐き出されなかったのは、ダンテが床を上げるまで、 バージルが常に傍らにいてくれたから――――そのことは、バージルにはもちろん秘密に しておく。



















戻。


ベタですいません。

[07/11/30]