湧水ユウスイ









蛇口から止めどなく流れ出る水を、ぼんやりと眺める。
意味もなく、目的もなく。
ただ、何となく。

左手には、洗う途中で、まだ泡の付いたナイフ。
水と、刃物と。
交互に見やるでもなく、手許に視線を落として立ち尽くす。

何となく。
そう、意味もなく。

「…………」

ほんの数秒か、それとも数分間そうしていたのか、ダンテには時間の感覚はなかった。
不意に背後から腕が伸びて来て、出しっ放しになっている水を止めた。

「何をしている」

刺のある冷ややかな声。ダンテははっとしたように顔を上げた。

「え?」

何が、と肩越しに声の主を振り返ると、眉間に皺を寄せた見慣れた顔が、ダンテの手許に ちらと視線をやった。

「たかがナイフを洗うだけのこと、何を考えている?」

「あ……悪ぃ、ぼうっとしてた……」

自覚がないわけではないダンテに、見慣れた顔――――バージルはあからさまな溜息を 吐き出した。

「その程度のこともまともに出来んとはな」

呆れる、と馬鹿にしたように呟くバージルに、ダンテはむっとしたが、食ってかかる、 ということはしなかった。

「わ……悪かったよ」

いつにないしおらしい態度を、バージルが不審に思わぬ筈はない。

「どうした?」

強く叱ったつもりはないのだが、という意味も含めて、バージルはダンテのうなじを覆う 髪を掻き上げた。犬か猫かを宥めるような仕種だが、ダンテはバージルに髪に触れられるのが 嫌いではない。
バージルの手に甘えるように、少し首をかしげた。
その無意識に取った仕種が、いよいよバージルの不審を煽る。

「どうした。何かあったか?」

普段はあまり聞けない、バージルの気遣うような声音。ダンテは不覚にも泣きそうになった。 何故かは知らない。

「バージル、」

自分でも驚く程掠れた声が出てしまって、けれどダンテは気付かないふりをした。
今は、この兄に妙に甘えたい気分で。他の誰かでは、駄目なのだ。

「バージル、なぁ、バージル」

「何度も呼ばずとも、ここにいる」

そんなことは当然判っているけれど、何度でも名を呼んで、確認したいのだ。

―――― アンタが、確かにここにいるってことを。

それを、言葉として、口に出しては言わないけれども。
時に酷く情緒不安定になることを、ダンテは自身でも判ってはいない。ただ、そうなった時は 必ずバージルに甘える。他の人間に甘えるということを、ダンテは一切知らない。

子供の頃から、そうだった。

ダンテはナイフを持ったまま、バージルに凭れるように踵に体重を乗せた。背後で バージルが溜息を吐いたのが判ったが、それが拒絶の意味を含んだものではないことを、 ダンテは知っている。
バージルは冷徹なところがふんだんに見受けられる男だが、甘えるダンテに呆れこそすれ、 本気で咎めたことは一度もない。
冷ややかな言葉をいくら吐かれたとて、ダンテがバージルの側を離れようとせぬのは、 バージルが自分には甘いということを、肌で感じているからだ。そしてそれが、酷く 心地好いということも含めて。

寄り掛かるダンテの腰を、バージルの引き締まった腕がやわく抱く。自分より少し低い 体温が、この蒸し暑い季節にも快く感じるから不思議だ。普通なら、暑苦しさと不快感しか もたらさぬであろうに。

諦めか慣れか、じっと動かぬバージルに、ダンテはぽつりと話を振った。

「なぁ、もし……、もしも俺らが双子じゃなかったら、どうなってたんだろうな」

バージルの低い声が、耳元に囁く。

「わけの判らんことを」

「だって、気にならねぇか? 赤の他人だったら……って、よ。俺はさ、」

意味のない問い掛けだ。しかしダンテが時折思い耽る問い。

もしも俺とアンタが、何の繋がりもない、赤の他人同士だったなら――――

「双子じゃなけりゃ、今こんなことしてねぇんだろうなって、思うんだよ」

同じ血を分かち合っているということが、自分の中で酷く大きな要因となっている部分が あることに、気が付いたのはいつのことだったか。
ただの兄弟でも駄目なのだ。双子でなければ、ダンテはバージルに甘えたいとも思わぬ だろうし、共に暮らしたいとも思わぬだろう。

双子だからこそ、自分から離れることが出来ず、引き離されるなど以ての外なのだ。
突っ掛かりもすれば喧嘩もし、煩いと思うことも少なくないが、それでも離れようとしたことは なかった。それはこれからもそうだろう。

自分は、それで良い。

バージルがどう思っているのか。普段は全く気にならぬことだというのに、今は何が なんでも訊きたい気分だった。
何ごとにも冷めた兄は、やはり自分のこともどうでも良いに思っているのか。 ――――そうではないと、腰に回された腕の暖かさに自惚れて良いのだと、思いたい。

「アンタはどうなんだ?そんなこと、考えたこともねぇか?」

詰まらぬこと、と呆れているのか、バージルの返答は溜息に代えて返された。ダンテは 自分でも不思議な程に落胆して、拗ねるように俯いた。が、

「考えたことはない。が、考えぬようにしている」

ぼそりとした呟きに、ダンテは目を瞬かせた。

「え?」

「考えるだけ、不毛だ。俺達は双子で、それ以上でも以下でもない。もしも、などと 考えることは、無意味だ」

「んなもん判ってるよ。けど……」

「双子でなければ、と今まで何度思ったか知れん」

きっぱりと言われ、ダンテは一瞬息を詰めた。しかし、と続いたバージルの言葉に、 じっと耳を傾ける。

「それは赤の他人であろうと、お前が傍らにいるということを前提にしてのことだ。 お前はどうしようもない馬鹿で、迷惑なことこの上ないが、だからこそ、俺でなければ ならんのだろう」

「何か、それ、微妙に腹立つな……」

「独り言だと思え。……お前が双子ということに拘るのは、判らんでもない。だが、 仮定の事象に己の思考が囚われるのは、無意味で、不毛だ」

たとえ何が起ころうと、俺とお前は双子以外の何ものにもならぬのだから。

いつもと変わらぬ、平坦な感情の籠らぬ声音。しかしダンテには、これ以上の 言葉はなかった。
ダンテはバージルの首筋に後頭部を擦り付けるようにして、くっと首をのけ反らせた。 バージルはやはり、溜息一つでダンテの好きにさせている。

「バージル、」

「何だ」

「アンタなんか大っ嫌いだ。けどな、」

にいっと笑って、ダンテは言った。

「俺にはアンタが必要なんだと思うよ」

アンタの言葉一つで、鬱々としていた筈の心がすっかり晴れちまった。

そこまで言ってしまうのは癪だから、声にしなかった言葉は胸の中にしまっておこう。

「さぁて、ナイフ洗ったら景気付けに酒でも呑むか」

明るく言ったダンテの背中で、バージルが思い切り顔をしかめた。

「お前の飲み方は好かん」

限度を超えて呑む時が、ダンテには多々ある。それをよく知っているバージルが嫌な顔を するのは、至極最もなことだ。しかしダンテはあっけらかんとして言ってやる。

「潰れたら、アンタが介抱してくれるんだろ?」

挑発的な視線に、思わせぶりな声音をおまけして。
バージルの、今日何度目か判らぬ溜息が耳に吹き掛けられる。

「……良い度胸だ。希望通りに介抱してやるから、安心して酔い潰れるが良い」

「いっ……」

まずい、と思ったが、今更後には退けない。

「そ、りゃ、有り難いな。アンタがどうやって介抱してくれるのか、楽しみだぜ」

ぴくぴくと頬が引きつっているのはさらりと流して、ダンテはバージルの腕から逃れた。 意外にも、バージルはすんなりダンテを離した。が、

「待て」

という囁きと共に、咄嗟にぴくりと動きを止めたダンテのうなじに、何かが触れる 感触が……

「ば、バージ……っ!?」

思いがけず歯をたてられ、ダンテはびくりと首を竦ませた。見事なまでの不意打ちに、 情けない声が出てしまう。

「ぁ……っ」

その声に、バージルがにやりと笑ったのが嫌でも判った。
ダンテは肘で思い切りバージルの腹を殴ってやろうとしたが、難なく躱されて空振りに 終わる。

「避けてんじゃねぇよ、馬鹿バージル!」

ダンテの攻撃の当たらぬ間合いを取って、バージルはしれっとして言った。

「介抱代だ。――――まぁ、一部だがな」

「はぁ!? 何だよそれ!」

「ナイフを持ったまま動くな。早く洗え」

「話逸らすなよ!」

「喚くなら、ここで代金の総てを貰っても良いのだがな?」

「ッ……! 判ったよ! 洗えば良いんだろうが、洗えばっ!」

自棄になって、ダンテはざばざばと不必要なまでに大量の水でナイフを洗う。 その、背後で。

「…………」

バージルが何ごとかを呟いた。

「あぁ? 何か言ったか、バージル?」

聞けば、バージルは「いや、」と短く言い。

「? まぁ、良いけど」

ダンテは片眉を上げ、濡れたナイフを布で拭いた。
銀に光るナイフの細い刀身に、ダンテのはにかむような、けれど嬉しそうな笑顔が映る。

――――戻ったな。

安堵したようなバージルの優しい呟きが、いつまでも耳に残っていた。



















戻。



…出だしの文句を書き始めた時、ヤバい、暗くなる。と思ってちょいと方向転換…
したのが間違いだった…!おおう…なんだこの無意味で誰か分からない人たちは…!
ダンテ?バージル?ナニソレ?食べられるの?(ある意味ダンテは…/殴)
すいませんでした…甘えるダンテが好きです…甘やかす兄も好きです…
反省。いつものことですけど、反省。サルでも出来るから私は断崖絶壁で土下座反省。