孤独
昨日。一昨日。その前は?
覚えていない。覚えていたく、ない。
ダンテがいつものようにコーヒーを飲む傍ら、バージルはソファーに腰掛け読書に耽る。いつも
のことだ。バージルには何の疑問も違和感もないのに違いない。ダンテとて、別段疑問があるわけ
でもないし、何かしら違和感を覚えているわけでもない。が、落ち着かなかった。床に座り込んだ
尻がむず痒いような、そんな得も言われぬ感覚がある。
いつもの朝。いつもと変わりないコーヒーの苦さ。が、何かがダンテを不安にさせる。その何か
は、むろん判らない。
ふと、バージルの手がダンテの頭に乗せられる。ちょっと首を傾げるようにして斜め後ろを
見やると、バージルは相変わらず視線は本に落としたままだ。右手のみ、ダンテの頭に伸びて
髪を指に巻き付けなどしている。
バージルはダンテの髪に触れるのが好きらしい。気がつけばこうして指で遊ぶようにしているし、
風呂上がりのダンテの髪を手ずから拭い乾かし、ダンテには価値の判らぬ櫛で梳いては満足げに
微笑むのだ。よし、とダンテにしか判らぬ嬉しそうな呟きを、自分だけが聞いていると思えば気分は
悪くないけれども。
何ものにも心を動かすことのないバージルだが、自分が関われば多少は鋼のような心を動かして
くれるのだと、ダンテは知っている。だから、ダンテは大人しくバージルの指が触れるに
任せる。
言葉に出来ぬ不安を、少しでも誤魔化す為に。
「なぁ、バージル」
「何だ」
本に没頭していても、おざなりにとはいえ返答をしてくれることが、ダンテにとってささやかな
仕合わせなのだと、バージルはきっと知らない。――――知らなくて、いい。
「べつに、呼んでみただけ」
バージルは苛立つこともせず、そうか、と囁くように呟くのみだ。ダンテは「うん」と息だけで
返し、目を閉じた。
得も言われぬ不安も、わけもない違和感も総て、バージルは知らなくて良いことだ。知ってしまえ
ば何かが壊れる。ほんのささやかな仕合わせが、もしかすれば得られなくなるかもしれない。
それだけは嫌だから。
(だから、)
ダンテはお喋りな口を閉ざし、喉許につっかえた言葉をごくりと飲み込む。溜まった言葉は
どこに行くのか、知るわけもないけれども――――そうしなくてはならないから。
今を保つ為にすべきことへ、ダンテは惜しみなく力を尽くす。
(バージル、)
女々しいと自覚はある。けれどどうしようもない不安に、いつか潰されてしまいそうだから。
髪をくるくると巻き付けては、つんと優しく引っ張られる。痛みはない。じんわりと拡がる
心地好さに、ダンテは我知らず微笑する。
この束の間の安堵感に、いつまでも浸っていられたら――――詮ないことを考える自分自身を、
ダンテは心底嫌悪する。
過去は立ち消え、現在は流れ去り、
彼はひとり、途方に暮れる。
私の書くダンテは内面が弱い子です。