争奪
赤と青の二つの物体が、ちまちまと一列縦隊になって廊下を行く。
その歩みは赤ん坊がようやく立ち歩きをした姿にも似ているが、足取りはそれよりも
しっかりとしたものである。
二つの物体はあるドアの前にやって来ると、きちんと横隊に並んで足を止めた。
そして同時に短い腕を上げ、全く同じ動作でドアを叩く。
コンコン、ではなく、ぺそぺそ、と。
油断すれば聞き取れないその音は、けれども部屋の主の耳には届いたらしい。物体が
ノックをして間もなく、ドアが内側から開けられた。
中から現れた人物は、ドアを開ける前に予想してのだろう。小さな訪問者に驚くこともなく、
中に入るよう促した。慣れた仕種である。
二体はよちよちと部屋に入り、迎え入れてくれた人物の足にしがみついた。彼はそれすら
慣れているようで、驚きもなければ嫌がりもせず、そのままベッドに腰を下ろした。
いつものこと、とでも言うように。
もそもそと彼の足を這い登り、ベッドに乗った。彼の太腿に上半身を乗せ、犬が伏せを
するような体勢で。
見ようによっては、それは可愛らしい光景である。が、それはあくまて見た目だけの
ことであり、実際には……
「主よ、今宵もまた独り寝か」
「ここ数日、連夜だな、主よ」
まるで可愛げのないかさついた声が二つ、二体からそれぞれに発せられた。
主、と呼ばれた人物は、ぴくりと眉を吊り上げる。
「ほっとけ。あんな奴、いてもいなくても変わらねぇ」
「主よ、寂しいのか」
「寂しいのか、主よ」
「煩ぇよ、お前ら。追い出されてぇのか?」
一瞬、二体は同時に口を噤んだ。が、本当に一瞬でしかなく、また二体同時に口を開く。
『主よ、』
じっと見つめてくる四つの目に、彼は肩を竦めた。
「何だよ」
「主よ、眠ろう」
「眠ろう、主よ」
まるで見た目のままの赤ん坊のように、二体は彼の足を枕にして目を閉じた。
「こら、そこで寝るな。って、何度言や覚えるんだ、てめぇらは」
彼は呆れたように言い、寝入ろうとする二体の首根っこを掴んで持ち上げた。左に赤、
右に青。二体はすでに眠ったのか、されるがままにぐったりとしている。
彼はそれらを無造作に枕元に寝かせ、自らも横になった。寝ていれば何の変哲もない
ぬいぐるみ二体に囲まれ、彼もすぐに眠りに落ちたのだった。
翌朝。
夜明け頃に帰路に着いたバージルは、家に戻るなりうんざりせねばならなかった。
ここ連日、バージルは午前様という生活が続いている。日の出とともに家に帰着するのにも、
悲しいかなもう慣れた。が、しかし、だ。
帰宅してすぐ、バージルは刀の手入れをする。それからシャワーを浴び、自室に行く。
ドアを開ければ、誰もいない筈のベッドのシーツが膨らんでいる。双子の弟が、
自分の帰りの遅い日には必ずそうして眠っているのだ。
ここ数日、それが続いている。そして、ドアを開けた瞬間に溜息を漏らすのも、定番に
なってきていた。
「……またか……」
心底嫌そうに呟き、バージルはこめかみを押さえた。
ベッドの上には、確かに弟のダンテがシーツにくるまって気持ち良さげに眠っている。
それは全く問題ではない。問題は、ダンテの周囲にあるのだ。
赤い鬼の姿をしたぬいぐるみは、ダンテの白に近い銀髪に埋まるようにして眠り。
青い鬼の姿をしたもう一体は、横向きに寝るダンテの喉元、胸に張り付くように眠り。
ダンテの腕が、その青鬼を抱き締めるような形で被さっている。
絡まるようにして眠る一人と二匹。
バージルの帰りが夜更け以降になる時、ダンテは必ずバージルのベッドで眠り、加えて
この二体のぬいぐるみのような小鬼を同衾させるのだ。
仕合わせそうに眠るダンテを見るのは嫌いではないし、起きる気配のないダンテを
抱き締めて一眠りするのも嫌いではない。が、この付属物はひたすらに邪魔だ。
バージルは無言でベッドに近寄り、おもむろに小鬼達を掴んだ。それは昨晩、ダンテが
二体を掴んだ時の仕種とまるで同じだったが、勿論バージルが知る由はない。
両手に掴んだ小鬼を、バージルは床に投げ捨てた。べしゃ、と鈍く潰れた音を無視して、
バージルはベッドに横たわる。ぴくりでもないダンテの腹に腕を回し、当然のように
引き寄せて。と、
「……兄者、兄上殿が戻ったようだ」
「……然り。そしついつもの如く、我らを除け者にしたようだ」
「我らが主と同衾する機会など、滅多にないと言うに」
「いかに兄上殿と言えど、我らの楽しみを取り上げるのは如何なものか」
「これは兄者、我らへの布告ではあるまいか」
「然り。主がいつも言っていることぞ」
「然り」
延々と喋り続けた小鬼達の結論とは……
「売られた喧嘩は、」
「倍値で買え!」
呆れてものが言えなくなる状況というものは、確かに存在する。が、バージルはそんな
ベタな反応をするような、普通の男ではなく。
ばひょっと素晴らしい跳躍でベッドに飛び乗った二体が、べちべちとバージルを叩く。
脚や背中をぬいぐるみにしか見えぬものに叩かれたとて、痛みなど僅かもないのだが。
バージルは激しい攻撃を繰り広げる小鬼に、すっと瞼を上げて言った。
「折られたいか、貴様ら」
絶対零度の凍えた声音。そして冗談ではない脅し。
小鬼達はぎくっと見事に凍り付いた。バージルの恐ろしさは、ある意味でダンテよりも
よく知っている二体なのだ。
しん、と静かになった小鬼に満足してか、バージルは再び瞼を閉じた。
取り残された小鬼は互いの顔を見合わせる。赤い方は憮然として、
青い方は口を尖らせて。
二体は決して生きたぬいぐるみではない。見た目通りの小鬼でもなく、本当は魂を持つ
一対の剣だ。色々あって今はダンテを主とし、従っている。
名はアグニとルドラ。炎と風を、それぞれ身に宿している。
アグニとルドラは、主として以上にダンテを慕っているのだ。剣の姿ではダンテと共闘は
出来るが、生活を共にすることは出来ない。ならば、とない頭を振り絞って考え出したのが、
このぬいぐるみのような小鬼の姿だったという訳だ。
よちよちとダンテの後を追うアグニとルドラの双子の小鬼は、予想以上にダンテのお気に
召したらしい。二体が試しにダンテの肩に這い登っても、くすぐったそうに笑うだけで、
嫌がりもしなければ怒りもしなかった。
アグニとルドラは仕合わせだった。ベッドに潜り込んでも、ダンテはやはり嫌がる素振りも
なかった。それが、バージルの不在の時に限った仕合わせであるということだけが、
アグニとルドラには不満なのだ。
バージルはダンテの兄であり、アグニとルドラには無視出来ぬ存在ではある。が、
それ以上に、バージルがいると、ダンテは気持ちのほとんどをバージルの上に置いてしまう
ものだから、アグニとルドラはバージルを無視することなど不可能に近かった。
ダンテのあれは無意識だと、ひとの心には半端なく鈍い彼らにもありありと判る。
判るからこそ、面白くないのだ。
「主は我らの主」
ぼそりとルドラが呟いた。
「兄上殿は、狡い」
割合的なことを言えば、ルドラの方がダンテを強く好いている。アグニは全身を傾ける
ように頷いた。
「我らを追い出すならば、朝帰りなどせねば良いのだ」
「夜更けまで待っている主も主ぞ。我らではゆかぬと言うのか……」
自分の言葉ですっかり消沈してしまったルドラの肩に、アグニはぺそっと手を乗せた。
「嘆くまいぞ。主は我らを見捨てはせぬ」
「しかし、」
「我らは主に寄り添い、共に戦う刃ぞ。嘆きは、主に仇成す愚かな者どもを八つ裂きにして
晴らすのだ」
さらりと不穏なことを口走るアグニだが、ほぼ同じ思考回路を持つルドラには、
当たり前だが突っ込むという選択肢はない。
「然り! 主は我らが守る!」
趣旨が変わったことに気付かず、やはり突っ込む能を持たないアグニが、うにっ、と
短い手を振り上げた。
そして。
「……なぁ、バージル」
いつもの如く昼前に起きたダンテは、窓辺にあるものを見て、ちょっと眉根を寄せた。
バージルは新聞を読みながら、平坦な声でダンテに応じる。
「何だ」
「何で、アグとルドがあんなことになってんだ?」
「少し汚れたのでな、洗ってやっただけだ」
「にしちゃ、ちょっと……」
可哀相、という言葉は何となく口にせず、ダンテはそれを見つめて内心で憐れんだ。
何があったかは知らないが、バージルを怒らせるとは命知らずな。
自分が原因だとは露知らず、ダンテは溜息など吐きつつ窓辺のそれを眺めやる。
赤と青の二匹の小鬼が、まるで照る照る坊主のように首に回された紐で吊るされ、
ぐったりと窓辺で揺れている。
外は嫌味なくらいに晴れていた……。
アグニとルドラが好きです。
ダンテにアグとルドと呼ばせているのは、単に可愛いから。…個人的に。
ちまこいぬいぐるみの恰好にさせたのも、趣味です。
最近可愛いものに目がなくて…こう、ぎゅっとしたら絶対可愛いとか思いながら…
で、ダンテがほとんど喋ってません。まぁ、たまには良いか、と;
何だか中途半端な文になってしまいました…って、いつもですか…