彩事
銃声が響いた。ダンテだ。バージルは刀を鞘に納め、辺りを見回した。
双銃を操るダンテとは違い、バージルは銃火器の類を持たない。代わりに魔力によって両刃の剣を
生み出し、それを飛び道具として使う。双子ではある彼らだが、性格などは正反対で、扱う武器にも
それは如実に現れているのだ。
また銃声がした。バージルがいるのとは別の場所で、ダンテもまた今日の獲物と争っている。
激しく連射しているらしい途切れぬ銃声に、バージルはついと口端を上げた。
戦闘中のダンテをこの目で見てやれないのが残念だ。剣を、銃を操るダンテはそれこそ舞うように
しなやかで良い。もっとも、優美、とまでは言うまいが。
悪魔とそれに繋がるものを屠ることは、ダンテにとって命題に近い。悪魔を屠るダンテは鬼気迫る
ものがあり、楽しそうだとバージルは思う。命のやりとりをすることは、ダンテにとって一種の
ゲームのような感覚なのもしれない。
楽しい、という感覚はバージルにはあまりない。子どもの頃から感性の有りかたが人とは違って
おり、異質なのだろうと自分でも自覚をしていた。ダンテはバージルの持つ異質さに気付くことは
なく、ただ無邪気にバージルに懐いていた。あの頃のダンテは掛け値なしに可愛かったし、
バージルも自分なりにダンテを愛していたと思う。けれども、結局、バージルは異質なまま大人に
なった。
銃声が不意に途切れた。一掃したか、剣に持ち替えたか。バージルは背後から近付く悪魔を
閻魔刀を鞘走らせて薙払い、肩を竦めた。数は多いが、この辺りに巣食う悪魔どもの質は良いとは
言えない。よく言って中の下。はっきり詰まらないばかりだ。
旧い建物には悪魔やそれに近いものが棲みやすい。この城のような屋敷がまさにそうで、長く
放置されていた土地と屋敷を買い取った今回の依頼主は、住むことも取り壊すことも出来ず往生した
結果、便利屋を雇うに到ったというわけだ。
悪魔絡みの“うさん臭い”依頼はほぼ漏れなく彼ら双子に回って来る。仲介をしたのは例によって
エンツォだ。
敷地の広さはどこぞの球場並みかそれ以上。屋敷自体は三階建てで、部屋数はいちいち数えて
いない。二手に別れてさくさく片付けよう。そう言い出したのはダンテだった。共闘して、小言を
食らうのを忌避したのだたろう、とバージルは思ったがため息一つで了解してやった。実際、
この屋敷は広すぎる。
ダンテは窓の一つを破壊して三階から、バージルはごく普通に玄関から。競争だな、と
どこかしらうきうきしたダンテの表情を見てバージルは肩を竦めたものだ。
二階に上がる。階段は傷んで、ぎしぎしと一歩踏むごとに耳障りな悲鳴を上げる。どこもかしこも
旧いのだから、階段だけが新しくてもおかしいが。
ダンテはまだ三階にいるのか、二階には人の気配はない。左手に提げた閻魔刀をひょいと抜き、
天井からぶら下がるように落ちて来た悪魔を真っ二つにした。醜い断末魔。不快な声だ。立て続けに
天井から、人形に取り憑いた悪魔がぼたぼたと落ちて来る。背後から投げ付けられた短刀を半身を
捻ることで避け、手近なものから斬り裂いていく。
一分、かからなかった。しかしランクとしては下の下にあたる悪魔が群れていただけなのだから、
かかりすぎと言って良い。鈍ったか、と眉をしかめつつ廊下を奥へと進んで行く。
戦闘には慣れもあり経験がもっともものを言うが、日頃の訓練があってこそだ。訓練を怠れば
それだけ命の危険は高くなり、生き残ることは難しくなる。慣れや経験を重ねようと思えば、まずは
生き残らねばならない。
壁をすり抜け、天井をくぐり、鎌を携えた何かがふわふわと泳ぐように漂っている。死神のような
姿のそれが、ふとこちらを見た。白い仮面のような顔と目が合った瞬間、それはけたたましい叫びを
上げて鎌を振り回し、こちらに向かって来た。何やら喜劇のような間だったなと思いながら、それの
黒いローブをばさりと斬りつける。それは一瞬怯み、しかし振り上げた鎌は正確にバージルを
捉え振り下ろされた。
鎌を剣で弾き、それがのけ反るように後ろに躰を引いた。バージルはその隙を見逃さず、
幻影剣でもってそれの顔――――白い仮面を割り砕いた。実体は仮面のみで、それ以外は霊体の
ように斬っても刃がすり抜けるだけだったらしい。厄介だが、それだけだ。所詮バージルの
敵ではない。
現れる悪魔の脈絡のなさに不審を覚え、バージルは眉を顰めた。どれも媒介を得て実体化したもの
ばかりで、その点は共通している。しかし人形の次は仮面と、媒介にするものが違うというのは
何故なのか。考えようとして、バージルは首をゆるく左右にした。
(関係ない。撫斬りにするだけだ)
ここには敵がいて、それを総て狩るのが今回の仕事だ。無駄なことは考えず、ただ単調作業を
繰り返せば良い。
みし、と天井が軋んだ。三階の音だろう。ダンテが真上を歩いたのかもしれない。ただ歩くだけ
でも床板が軋む程に、この屋敷は古い。
ダンテはまだ上の階か、とバージルは少しばかり呆れた。さっさと片付けようぜ、と二手に
別れることを提案したのはダンテだ。そのダンテがいまだ三階にいるとは、あまりにも遅すぎる。
強力な悪魔でもいて予想外にてこずっているのか――――そうでなければ説明の付けようがない。
バージルは手早く二階を制圧し、それでもまだ追いついて来ないダンテに苛立ちながら三階に
向かった。先刻からぱたりと銃声がしなくなっていることに、些かの不審を覚えつつも。
三階は異様な静寂に支配されていた。ダンテがどこかにいるだろうに、物音の一つもしないのだ。
代わりに、などと言えるものではないが、二階までとは比べ物にならぬ重い気配が廊下の奥から
漂ってくる。闇がどっしりと腰を据えているように、バージルには思えた。
バージルがここに来るまでに狩った、雑魚のいる様子はない。先にダンテが全滅させたのだろう
が、格の全く違うものだけは一筋縄にはいかなかったらしい。それにしても戦っている気配すらない
というのは、いったい――――?
(まさか、な)
ダンテが殺されたとはバージルは思わない。有り得ないことだ。ならば無様にも囚われたか――――
動けない状態になっているか。どちらにしろ、面倒なことになっていそうだ。バージルは眉を
しかめ、暗い廊下をつかつかと突っ切った。
皮膚に纏わりつく闇の瘴気は、バージルにとっては馴れたものだ。
(何がいる?)
ダンテが遅れを取るような、強力な悪魔は数える程もいない。そんなものが人間界にいると
あっては、こんな屋敷一つの問題で済むわけはない。
正体の判らぬものに挑むことは無謀に違いないが、出直している暇はない。
それは一番奥の部屋でバージルを待ち構えているらしい。罠か、ただの余裕か。どちらにしろ
望むところだ。
ドアは呆気ない程するりと開いた。室内は暗い。むっとする程の鉄錆の臭いが満ちているが、
呻き声はしない。
部屋の奥にぼんやりと光があるのを認めて、バージルは目を眇めた。電灯の明るさとは違う。
照らされたものの影が揺らめいて見えるそれは、蝋燭の灯だ。
頼りない明かりの向こうで何かが動いた。天蓋付きの寝台から身を起こしたそれは、軽く首を
回してこちらを見る。いかにも待ちくたびれたと言いたげに。
「やっと来たか」
悪魔の巣にあって、ダンテ以外の人間の言葉を聞こうとは。上級の悪魔は不自由なく人語を
操るものだが、こんなところで出くわすことがそもそも有り得ないと思っていた。
バージルが押し黙っていると、それはひたりと床に足をつけて立ち上がった。膚の浅黒い、
長身の男だ。完全な人型に身を変じている。わざわざ人型になる必要性がどこにあるかと言えば、
元の大きさが屋敷に見合わないから、であろう。
この悪魔が何者で、何の目的があってこの屋敷に棲みついているのか、それはバージルには
どうでも良いことだ。第一の問題は、ダンテがどこにいるのかということ。
人型をした悪魔が何やら笑ったらしい。空気が揺れたのにバージルは眉を顰めた。逆光になって、
表情は見えない。
「貴様の片割れなら、此処にいるぞ」
悪魔が顎で示したのは、寝台の上だ。血の臭いの中心――――誰の血か、バージルは即座に察した。
「此方へ来るが良い。片割れの姿を確かめたいのだろう?」
くっくと不快な笑いをもらす悪魔を睨み、バージルは剣の柄を握った。
「貴様を消すほうが先だ」
吐き捨てるように言えば、悪魔はさも愉しげに肩を揺らした。
「……そう来なくては、面白くない」
悪魔が言い終えるのを待たず、バージルは剣を抜き床を蹴った。一駆けで繰り出す斬撃は十を
超える。避けられるものでも、受け切れるものでもない初撃を、悪魔は両の腕で総て受け止めた。
血が吹き出し、悪魔の腕が赤く染まる。しかし悪魔の顔から笑みを消すことはなかった。
「軽い、な」
腕を落とすまでいかなかったことへの揶揄か。悪魔は右の拳でバージルのみぞおちを狙った。
バージルはそれを鍔で防いだ。みしりと剣が軋む。バージルは魔力による幻視の剣を幾重にも
展開させ、悪魔へ放った。
総て、突き立った。
悪魔の屈強な体躯に、バージルの幻影剣が間違いなく――――しかし。
「はっ……この程度か」
何ら変わらぬ口調で詰まらなさそうにぼやき、悪魔は左手でバージルの胸をとんと突いた。
軽く、だったのだろう。しかしバージルの躰は部屋の端まで吹き飛ばされ、壁に背中から
激突した。
「っく……!」
半瞬、息が止まった。それでも手放さなかった剣を構え直す先で、悪魔が長くはない髪を掻き
上げる。ばさっと不自然な音が響き、悪魔の背中には全く不釣り合いとしか言いようのない、
純白に輝く翼が現れた。
バージルは目を瞠った。
「貴様……」
悪魔は言う。
「飽いた。次はもう少し愉しませろ。――――片割れにもそう伝えておけ」
くたびれたように肩を竦め、踵を返して窓に近寄ると、翼を一つはためかせる。たったそれだけで
窓は枠といわず周囲の壁ごと砕け、悪魔が悠々通れるだけの口を開ける。
「ではな」
待て、と叫んだバージルに肩越しに視線をやり、しかし悪魔は床を蹴った。ばさり。白い翼が
大きくはためき、遠ざかって行く。
バージルは半ば茫然と、剣をだらりと提げたまま立ち尽くした。本気は出さなかった。出す間を
与えられなかった、言うべきかもしれない。あの悪魔にほとんど小手先であしらわれた。傷は
負わせたが、悪魔はものともしなかった。
(あれは、……いや、しかし何故だ)
記憶が確かなら、あれは一度、バージルが死の淵に追いやった悪魔だ。父への復讐の為だけに
生きていた、醜い悪魔。思い違いではない筈だ。が、あれはああも強かっただろうかと問えば、
否とバージルは答える。だから奇妙でならないのだ。
「……っ……」
はっとした。そんなことを考えている場合ではない。バージルは珍しく慌てて寝台に駆け
寄った。
「ダンテ! 無事、……」
寝台には確かにダンテが仰向けに倒れている。しかし無事かは、即断しかねた。
両手は顔よりも少し高い位置に挙げられ、左右それぞれの掌に深々と短刀が突き立てられている。
薄手の外套は獣の爪でやられたようにずたずたで、裂かれた布から覗く膚すら肉が見える程に
無惨な有様だ。
何より酷いのは、これもまたぼろ布のようにされた革パンツで、あらわになった股には朱と白が
混じったものがまだ乾かずこびりついている。無理矢理犯されたのだと、一目で判る暴行の痕跡を
まざまざと見せつけられ、バージルは今し方とは違う意味で立ち尽くした。
「……ダンテ、」
濃い血の匂いに脳が溶けそうだ。バージルは首を左右にし、ダンテの手首を押さえた。短刀を
抜いてやる為だ。
「少し痛むが、耐えろ」
意識のないダンテにそう告げ、短刀を一息に抜き去った。ダンテの躰がびくんと跳ねる。
「っあ゛ぁ……!」
ダンテの意識がはっきりと戻らぬ間に、バージルは反対の短刀も一気に抜いた。はっ、と苦しげな
息を吐き、ダンテが目を見開いた。
「ぁ……! は……、バ、ジル……?」
取り乱すかと思ったが、それより早く目の前にいる男が誰であるか認識したらしく、ダンテは
ほっとしたように表情を緩めた。バージルはそんなダンテの額をするりと撫で、張り付いた髪を
掻き上げてやる。すぐに立ち上がるのは無理だろう。どうせ屋敷には何もいないのだから、
しばらくこのままでも困ることはない。
「バージル、あいつは……?」
見上げてくるダンテの、まだ安堵しきれていない瞳。
「ここには俺しかいない。大丈夫だ」
「……そ、か。――――なぁ、」
「何だ」
「ぁ……、……ごめん、」
長い睫毛が瞳を覆う。バージルは目を伏せるダンテの頬を指の背で撫ぜた。
「余計なことは考えるな」
「……うん」
黙るのかと思いきや、ダンテは一度は閉じた口をまたしても開いた。
「あいつ、何でこんなことしたんだろう」
それは、何故この屋敷に棲みついていたのか、なのか、それとも何故ダンテを凌辱したのか、
なのか。判り兼ねたバージルは、さぁな、と明言を避けた。
ダンテの下肢は血と体液にまみれたままだ。そのことを自覚していないのか、暴行されたさまは
苛つく程に艶がある。
「何であんな、強かったんだろう。俺……」
心身が疲れていると、思考までもが後ろ向きになりやすい。バージルはダンテの頬を軽く
叩いた。
「考えるな、と言っただろう」
次は遅れは取らない。バージルは言葉にはせず、誓った。ダンテを汚したものをバージルは
赦さない。
ダンテはすでに傷の塞がりかけている手を持ち上げ、バージルの頬に触れた。
「そんなカオすんなよ。似合わねぇんだからさ」
笑ってぺちりと頬を叩かれ、バージルは片眉を上げた。
「お前に言われたくはない。――――そろそろ、起きられるか?」
「ん……」
ダンテが腕を首に回して来たので、バージルはため息を吐いてダンテを抱き起こしてやった。
躰を起こしても、ダンテは何故か離れようとしない。このまま連れて帰れということなのか――――
バージルが再びため息をもらしかけた時、ダンテが不意に腕に力をこめた。
「ダンテ?」
応えはない。ただ、肩口の辺りがひやりとする。
バージルはダンテが落ち着くまで、ゆるく背中を撫でてやることしか出来なかった。
最近のちょっとしたマイブーム…ベオダン。
名前を出していないのは私の癖です。
続きそうな感じで、どうしたものか…