小景ショウケイ









無口なばかりの兄を持つと、弟はお喋りになるしかない。

ダンテはそんなことを片隅で考えながら、反応らしい反応もないバージルに向かい、 延々と下らないことを話し続けた。
今朝のコーヒーは苦すぎただの、洗面台のタオルが見覚えのないものに変わっていただの、 数えあげればきりがない。

よく喋る弟だと、バージルは思っているに違いなく、けれどもダンテは気にもかけず喋り 続けた。

俺がお喋りなのは、アンタの所為なんだぜ? 判ってないんだろうけどな。
ダンテは内心で肩を竦める。

今はそんな、考えるだけ無駄なことなぞ忘れてしまおう。何故なら……。

「……おい、」

眉間に皺を寄せたバージルが、不意にダンテを呼ばわった。

「あー?」

「……零すな、みっともない」

言って、バージルはナプキンでダンテの口許を拭った。もう子供ではない男が、兄 (それも双子の)に口を拭ってもらうなど、かなり恥ずかしい。が、ダンテはやめろとも 言わずバージルの好きにさせ、バージルは当然のようにダンテの口周りを綺麗にし、 何ごともなかったかのようにナプキンを畳んでテーブルに置いた。これが、そう、周囲に 誰もいない二人だけの状況だったなら、五十歩程譲れば許せる範囲のことであったろう。
が、しかし。

「恥ずかしい奴」

くくっと笑うダンテに対し、バージルは訝しげに片眉を上げた。

「何がだ」

やはり、判っていない。

「別にぃ?」

思わせ振りににやりと笑い、ダンテはスプーンを口に銜えた。冷たいアイスとストロベリーの 甘さが口の中に広がるのを楽しみながら、溜息を漏らしているバージルを観察する。

今、彼ら双子は久しぶりに仕事以外での外出中だった。二人揃って、というのも、ダンテの 記憶によればかなり久々のことである。
食料品等の買い物がてら、ダンテは渋るバージルの腕を引っ張ってこのカフェに入った。 店の客は九割が女性。残り一割はダンテとバージルであるというぐらい、女性に人気のある 甘味を揃えた店なのだ。

ダンテは甘いものに目がない。今食べているものは、昔から大の好物であるストロベリー サンデーだ。
他の客も店員も、皆一様に好奇の目を双子に注いでいる。勿論それは双子が明らかに この場に不似合いであることが一番の理由なのだが、新しい理由は今まさにバージルが 作ったと言って良い。
贔屓目に見ても見目の良い男が二人いて、ただでさえ女性の興味を強く刺激するこの状態で、 バージルは何をしたのか。
およそ自然ではないことを、当たり前のようにしでかしてしまったのだ。

(知らねぇって強ぇなー…)

感心するように思い、ダンテはまたスプーンを口に運んだ。
バージルがこの手の店に入りたがらないのは、自分には全く利用価値が見出だせない からだ。
甘いものを好まないバージルにすれば、確かにそうだろう。つまり、その場の雰囲気だとか、 客が自分達以外全員女性であることなどは、バージルの中では大した問題では ないのである。
要は、ダンテに付き合って、という仕方なしの理由があれば、バージルは顔色を変えること なくどんな店にも入るということだ。

(それが一番問題なんだろうけどなぁ)

時折、バージルの目には自分しか映っていないのでは、と思う時がある。
自分と、バージルと。
二人だけで世界が閉じているような、そんな気すらしてくるのだ。
特に今のようなことがあった時などは。

「なぁ、」

バージルの名はあえて口にせず、ダンテは兄に声を掛けた。
窓の外に泳いでいたバージルの視線が、流し目をくれるようにダンテに据えられる。

「何だ」

「アンタも喰う?」

スプーンにひと掻き、ストロベリーソースのかかった生クリームとアイスを乗せ、バージルに 差し出して見せる。予想通り、バージルは思い切り顔をしかめた。

「…………いらん」

知ってるよ。ダンテは口の中で呟き、けれどもスプーンはそのままに。

「なぁ、たまには良いじゃねぇか」

「お前は……、……喰ってやるから、貸せ」

スプーンを持とうとするバージルを、ダンテは拒んだ。

「このまま喰えよ」

早くしないと、溶ける。そう言ってやると、バージルは本当に嫌そうに、しかしダンテの 手にしたスプーンを口に含んだ。羞恥心などというものとは、およそ無縁なのだろう。 躊躇う理由はこれが甘いものだからであって、それ以外はない。
周囲の視線を痛い程感じているのは、もしかしなくともダンテ一人だ。

「やっぱ、恥ずかしい奴」

それを言うならダンテこそ、判っていてバージルにそんなことをさせるのだから、人のことを 言えた義理ではない。こんな場合、自分を棚上げするのが人間というものである。

バージルはほとんど咀嚼することなくアイスを嚥下し、一言呟いた。

「……甘い」

ダンテはぷっと吹き出した。

「そりゃそうだろ。辛かったらどうすんだ」

「そういうことではない。甘過ぎると言っているんだ」

「この甘さが良いのによ。それが判んねぇなんて、可哀相になぁ」

ばくりとスプーンに大盛りした生クリームをかっ喰らう。完全に甘味ものの食べ方では なくなっているが、ダンテは心底仕合わせを感じているのだから、個人の自由とでも 表現しておこう。

「あー、旨ぇ」

至福、と言わんばかりのダンテに、バージルはひょいと肩を竦めた。付き合い切れない、 とでも思ったのだろう。

「なぁ、」

追加注文をしようかどうか考えながら、ダンテはふとバージルに訊いた。

「アンタさ、何で甘いもの嫌いなんだ?」

今更だ、とすげなく返されるのオチだろうな。そう思っていると、バージルがおもむろに 腕を伸ばした。何をするのか……じっとバージルの双眸を見つめる。

バージルの指がダンテの頬――――唇の端に触れ、何かをすくい取って離れて行く。何かは、 ほんのりとピンクの咲いた生クリーム。
今し方、がつがつと食べた時に付いたのだろう。
布で拭おうが指でだろうが、ダンテには大した違いではない。が、問題はその先に 待ち受けていた。

クリームの付いた自分の指を、バージルはあろうことか舌で舐めたのだ。そうして一言。

「……嫌いではない」

なんて。
ダンテは不覚にも唖然としてしまった。人目を気にしないというのにも、限度がある。

「バ……アンタな……」

空になった器をテーブルの真ん中に押しやり、ダンテはがくりとうなだれた。自覚の欠片も ないバージルは、周囲がざわざわとどよめいていることも、好奇の視線に混じっていた疑惑が 確信に変わっていることにも、まるきり気付かない。

いたたまれないのは、当然ダンテだ。

盛大な溜息を吐き出し、けれどダンテは慌てて店を出るということはしなかった。周囲の 視線は激しく居心地の悪いものだが、何ごともないように平然としているバージルを 見ていると、自身が少しずつ落ち着きを取り戻していることに気が付いた。
何だか、馬鹿馬鹿しく思えて来たのだ。
バージルはこの通りだし、何より判れという方が間違いなのだから。

「あー……何かもうどうでも良いよ……」

自分がもし女だったなら、今のバージルの行動は自然だったのだろう。生憎と、ダンテは 女ではなく、また性転換する気など更々ない。
ダンテは一つ肩を竦め、

「行こうぜ」

腰を上げてバージルを促した。
バージルはダンテをちらと見、王侯貴族のような優雅な動作で立ち上がった。ダンテは バージルの周囲に醸し出された場違いな空気には、もうすっかり馴れている。
何の変哲もない会計を済ませようとする姿すら、他の客らには一種絵画を見ているような 錯覚を起こさせたのだが、それは当事者である双子のどちらもが気付いてはいなかった。





店を出ると、雨季特有の湿気がダンテを襲う。肩越しにバージルを見やれば、うだる暑さなど とは無縁の、常と変わらぬ澄ました顔がそこにあった。

「アンタは良いな、いつも涼しそうで」

思わずそう言ってしまったダンテに、バージルは少し眉根を寄せる。

「暑いものは暑いのだがな」

「嘘吐けよ。全然暑そうには見えねぇぞ」

「顔に出ないだけだ。お前と違ってな」

「何だそりゃ? 暑い時は毛穴っていう毛穴から汗吹き出すのが普通だろ」

歩きながら、額に浮かぶ玉の汗を手の甲で拭う。バージルはやはり、汗の一滴もない。 この暑さの中で汗をかかずに済むというのは、どんな躰の構造になっているのか。

「暑い暑い暑いあっちぃぞ畜生!」

「喚くな」

喧しく叫ぶダンテと冷ややかに叱るバージルを、道行く人々が苦笑いをしながら通り 過ぎて行く。中には暑さが増すと思ってか、あからさまに嫌そうに顔をしかめるものも いるが。
ダンテはそれらをちらちらと視界の端に捉えつつ、しかし口を閉じようとはしなかった。

「あーつーいー…今がこれじゃあ、今夜も熱帯夜決定だよなぁ。あぁ、うぜぇ」

一人で喋るダンテの左側で、バージルはやはり口数少ない。

「なぁ、アイス買って帰って良いだろ?風呂上がりに喰うからさ。な?」

「腹を壊さん程度ならな」

「んなガキじゃねぇよ。アイスの十個や二十個、一気喰いしたって腹なんか壊さねぇ」

「それもそうだな」

「って、いや、そこは突っ込めよ。天然かつボケ殺しか、意図的な嫌がらせかどっちだ」

「あぁ、」

噛み合わない、会話をしているようで会話になっていない言葉のやり取り。喋るのは専ら ダンテの仕事で、しかしバージルは良い聞き手では決してなく。それでもダンテが口を閉ざさ ないのは、こんな無意味なやり取りを、少なからず楽しいと思ってしまっているから。

「あ゛ー、なんか余計暑くなった気がする……」

頬に流れた汗を拭い、ダンテは力なく溜息を吐いた。



















戻。



…で、デート…(黙れ)
見事な挫折感漂うヘタレ文を読んで下さり、まことにありがとうございます。
我が家の兄は甘いもの苦手です。が、嫌いではありません。
甘すぎない程度なら、食べます。ダンテは甘ければ何でも来い。
こんな意味もなく甘いのかどうなのか分からない文を書くのは好きです。
が、読む方には申し訳なく…趣味ですいません…ベタですいません…