心因ココロニ









どうか、――――





目を覚ませば、まだ熟睡中のダンテが隣にいる。見慣れたいつもの光景に、バージルは切れ長の 目をふっと細めた。バージルが目覚めたことに気配で感じたのか、ダンテの長い睫毛が微かに 震えた。が、覚醒するふうはない。ぐずるように眉を寄せ、バージルの懐にすり寄ってくるさまは まるで猫だ。
ダンテは性格的に言えば猫に相違ない。気紛れで、気儘で、掴まえたかと思えばするりと逃げて しまう。しかしバージルにとっては、実に可愛らしい猫(犬のようなところもあるが)である。

ぴくりともしなくなったダンテの睫毛を、バージルは爪で弾くようにした。見目は全く同じなの だと知ってはいるが、自分もこんなにも睫毛が長いのだろうかと、不思議に思ってしまう。むしろ 違うと即座に否定する。自分はどちらかといえば父親似で、ダンテは母親に似ている。だから 一卵性双生児とは言え、まるきり同じとも言えぬのだ。
そもそもバージルは、自分とダンテが似ているなどと一度も思ったことはない。

ふと息を吐き、起き上がろうと脇に肘をつく。が、ダンテがバージルの胸に頭を乗せ、へばり付く ように眠っている為に、起きようと思うとまずこれをどかさなくてはならない。どうしたものか 一瞬考えたバージルは、ダンテの躰をぐいと引き寄せて上半身がほとんど自分に乗るまで引っ張り 上げた。そうして左腕でダンテの腰を抱き、固定した上で躰を起こす。熟睡するダンテはまるで 気付いたふうもない。
バージルはダンテを横抱きにしてベッドを下り、寝着のまま部屋を出た。ダンテと違っていつも きっちり着替えるバージルにしては、かなり珍しい光景である。着替えをどうするかと考えることも しなかったのだから、奇跡に近いと言っても過言ではない。

リビングに着くと、バージルはダンテをとりあえずソファーに下ろし、キッチンでコーヒーを 淹れた。事務所兼自宅の玄関先に出て新聞を取り、リビングに戻るとダンテがソファーの上で 寝返りを打ったらしく、今にも落ちそうになっている。
バージルは肩を竦め、ソファーに近寄りダンテをすくい上げるようにして抱き抱えた。そうして おいて、ソファーに腰掛ける。ダンテは膝の上、横向きに座った形でバージルの肩口に頭を預ける 恰好になる。
左腕でダンテを支え、いつものように新聞を広げた。膝に重さは感じない――――とまでは言わぬ ものの、重いと感じないことは確かだ。

記事は相も変わらず詰まらない。日課というだけで機械的に目を通しているバージルを、ダンテは いつも不思議がっている。文字を読むことのないダンテにすれば、バージルのことは到底理解 出来ないに違いない。逆に、文字を一切好まないダンテをこそ、バージルは理解出来ないのだが。
バージルの膝の上で、ダンテがもぞりと尻を動かした。ずり落ちそうになる躰を支えてやる。

ダンテはまだ目覚めない。それはそうで、まだまだダンテの起床時刻には遠い。――――現在、 七時半だ。

ジリリ……

事務所の電話が鳴き出した。骨董品に近い古い電話の呼び出し音は、時に腹が立つ程喧しく 感じる。
バージルは眉をしかめ、ダンテとリビングのドアとを見比べた。電話はまだ鳴きやまない。 ため息を吐き、バージルは重い腰を上げた。ちなみにダンテを抱いたままだ。



「遅いわよ」

受話器を取るなりそう言われ、バージルは額をおさえた。電話線の向こう側、いかにも気の 強そうな声の主はトリッシュである。

「ちょっとバージル、聞いてるの?」

返事くらいしなさい、とバージルに上からものが言えるのはこの女くらいのものだろう。ダンテが レディと呼ぶ女も勝ち気な性格をしているが、トリッシュ程ではない。

「……何の用だ」

軽い頭痛を感じながら応じると、トリッシュがため息を吐いたらしいことが判った。

「随分なご挨拶ね。まぁ良いわ。暇でしょう? ちょっと付き合ってくれないかしら」

暇だと決め付けるな、と言いたいところだが、忙しいとは間違っても言えないのだから否定の 仕様もない。今度はバージルがため息を吐いた。

「また買い物か」

「察しが良いわね、弟とは大違いだわ」

さらりと辛辣な言葉を吐き、ダンテをこき下ろしたトリッシュにバージルは呆れずにはおれない。 トリッシュは顔立ちこそ彼ら双子の母と瓜二つだが、あくまで似ているのは顔立ちだけだ。

「それで、お昼前には出られるかしら?」

「昼前か。……」

耳許で話しているというのにいっこうに目覚めないダンテを見やり、バージルは少し考える。 昼前と言うとダンテが起きる時刻だ。自分が出かけてしまうと、料理の一切出来ないこの弟は どうするのか。デリバリーを頼ませない為には、バージルが何か作り置きをしておかなくては ならないだろう。もしくは、ダンテを起こして一緒に連れて行くか、だ。
奇妙な間をトリッシュはどう思ったのか。

「昼前が駄目なら、もう少し後でも良いわよ」

トリッシュにしては珍しい譲歩だ。バージルが不審そうに眉を顰めたのが手に取るように判る のか、トリッシュがくすくすと笑う。

「ダンテ坊やは手が掛かって困るわね」

揶揄われている。肩を竦めてため息を一つ。

「そうでもない」

「あら、そう?」

物好きね、と笑いながら嘯く声音がどことなく母を思わせて、バージルは首をゆるく左右に した。

「じゃあ、坊やが起きてからで良いわ。お昼、一緒に食べましょう」

「それは、……ダンテもか」

「そうよ。嫌なの?」

突然トリッシュの声音が低くなった。ダンテならば即座に竦み上がっているだろう、恐怖の 前兆だ。もっともバージルは、ダンテ程トリッシュを恐れてはいない。

「いや、そういうことではない」

「そう? それじゃ、決まりね。ダンテが起きるくらいにそっちに寄るから、仕度しておいて」

にこり、としたのだろう。トリッシュはそれだけを言い終えると、バージルの確認を取らずに さっさと電話を切ってしまった。相変わらずの調子に、バージルは肩を竦めながら受話器を 置いた。
もぞもぞと、その段になってダンテが身動ぎした。

「んん……」

肩口に額を擦りつけてくるダンテに、バージルは知らず笑みを浮かべる。

「ダンテ、」

呼び掛けに応じる声はない。あるのは夢うつつの生返事だけだ。今、トリッシュとの電話の内容を 話したところで、ダンテは理解出来ないだろう。ダンテが起きる頃に来ると言っていた、 トリッシュを待ってから告げても問題はなさそうだ。
完全に置いていかれているダンテは、何も知らず、いつものように昼までぐっすり眠る ばかりだ。





「で?」

腰に手をあて、仁王立ちでこちらを見下ろす絶世の美女に、バージルはひょいと肩を竦めて 見せた。

「見ての通り、まだこれが起きぬのでな」

腕の中ですやすやと眠るダンテを示し、バージルは頬に触れるダンテの髪の感触に笑みを 浮かべる。

「あ、そう。そんなことはどうでも良いのよ」

「何だ」

「……当てつけのつもり?」

「何がだ」

淡々と応じるバージルに、トリッシュが「もう良いわ」と呆れたようにため息を吐いた。

「ダンテはまだ起きないの? あなた、昨晩無理させたんじゃない?」

「いつもと同じだったが、それが何だ」

「……ダンテが起きてないと面白くないわ。叩き起こして良いかしら?」

「必要ない。すぐに起きる」

きっぱりと断言するバージルに、トリッシュが眉をひそめる。どうして、と問おうとしてか綺麗に 口紅の塗られた唇が開きかけ――――ダンテがもそりと顔を上げた。

「ん……あれ、バージル……?」

いつも、ダンテが起床する時にバージルはともにはいない。だからだろう。不思議そうに首を 傾げる寝ぼけ眼のダンテの背を、バージルはぽんぽんと叩いた。まだ半分眠っているのだろう ダンテは、あまり疑問にも思わずバージルに抱きつきあくびをする。また眠りそうな勢いの ダンテにバージルが苦笑をもらしたところへ、

「おはよう、ダンテ。よく眠れたみたいね」

「ふぇっ!?」

妙な声を上げ、ダンテがぎくりとした。首を巡らせトリッシュを見つけ、ぴしりと固まる。

「今更何恥じらってるのよ。気持ち悪いわね。起きたのなら、早く仕度してちょうだい」

腰に当てていた手を腕組みに変え、トリッシュが上からものを言う。寝起きのダンテは半分も 理解出来なかったのか、トリッシュとバージルとを交互に見やっておろおろしている。

「ダンテ、とりあえず顔を洗って来い」

バージルが耳に吹き込むように言えば、ダンテは戸惑いながらも頷き、警戒するように トリッシュから目を離さずにリビングを出て行った。ダンテが廊下に出るのを見送って、 トリッシュは大仰にため息を吐く。

「何なのかしら、あの子は。バージルの言うことは聞いて、私は駄目なんて」

「そういうわけではなかろう。畳み掛けるからだ」

「苛々させられた代わりに、今日は思いっきり買うから、覚悟なさい」

にっこりと笑う迫力美人に、バージルは今日一日の苦難を悟って今から辟易してしまう。 ダンテがいるからまだましだ、とでも思わなければ、やっていられない。
そのダンテはと言えば、リビングのドアから少しだけ顔を覗かせ、こちらの様子を窺っている。 それに気付いたトリッシュにひとしきり辛辣な言葉を浴びせられ、しおしおとそばに寄って来た ダンテの頭を、バージルはくしゃくしゃとしてやった。甘やかすんじゃないの、というトリッシュの 言葉には、肩を一つ竦めておいた。





甘やかしたいのではなくて、自分のそばから離したくないだけ。

ずっと、すぐに抱き締められるところにいて欲しいから。



どうかずっと、

ここにいて欲しい。



















戻。



何も言えん…なんだこれ。
うちのトリッシュ姐さん=一番強いひと。