逆目
本の角。で殴られた。何で? って意味が判んねぇぐらい痛くて、目の前に星が飛んだ。ベタだ。
でも痛いものは痛い。こりゃ瘤になるだろうなぁ。べけ、なんて音初めて聞いたけどさ、
これ頭蓋骨陥没しなかったのが奇跡なんじゃねぇ?
「痛ぇ……」
恨めしげに呟くけれど、バージルはどこ吹く風といったふうに本に目を落としたままだ。
分厚いハードカバー。あれで殴られたのだ。理由など、……ちょっと読書の邪魔をしたかな? と
いう可愛いものでしかなかったというのに。
いや、断じて邪魔をしたかったわけではない。バージルが昨日図書館で借りた本を
馬鹿みたいに(なんて言ったらまた本の角で殴られそうだけれど)齧り付いて読み耽っている
ものだから、少しだけ面白くなかったのだ。読書中のバージルが本しか頭になくなることは
知っているし、ある意味慣れてもいる。けれど、面白くないと思ってしまった。
盛大に腫れた瘤をさすりさすり、ダンテはこちらを見もしないバージルをじとりと睨んだ。
「痛い」
再度、呟く。やはりバージルはこちらを見ることもせず、しかし。
「……煩い」
「アンタが殴ったんだろ!?」
「お前が殴られるようなことをするからだ」
う、と言葉に詰まったダンテに、バージルがため息を吐く。
「静かにしていろ。瘤を増やしたくはあるまい」
「アンタが本の角なんかで殴らなきゃ良いんだろ……」
「何か言ったか」
冷たいばかりの声に、ダンテはむぅとむくれて押し黙った。ここで黙ってはバージルの勝ちを
認めてしまうことになるが、バージルを怒らせることを思えばまだましだ。キレたバージルは
それこそ手に負えない。本の角で殴られるのは嫌だが、そちらのほうが良いと思える程度に、
キレたバージルは最悪だった。
瘤をおさえ、ダンテは唇を尖らせた。ぷくりと腫れた瘤の大きいことに、また腹が立つ。
バージルが怒りっぽいことは百も承知だ。生まれたときから一緒にいるのだから
(一時離れていたものの)、バージルの性格はよく判っている。それを言えばバージルのほう
だって、こちらの性格くらい判っている筈ではないか。なのにバージルは、まずこちらを
黙らせる。
自分だけが正しいのだと言わんばかりの、たちの悪い独裁者。
(自分が法律、とか言い出しそうだよな)
笑おうとして出来なかった。正直、笑えない。バージルなら言いかねず、そして実行しかねない
からだ。
暴君は他者の諫言など聞かぬものである。ダンテが何を言ったところで、バージルを止めることは
不可能だろう。
(たち悪ぃ……)
しかしそれがバージルだ、と思ってしまってちょっと笑った。本の角で殴られたことに腹を
立てていた筈が、いつの間にかこれがバージルなのだからというわけの判らない理由で納得しようと
している。それに憤慨するよりも笑えてしまうのだから、また救いようがなかった。
(痛……)
思い出したように痛みがぶり返してきて、目を瞑った。そこへ不意に、バージルの声がかかる。
「おい、」
目を開けず、うなだれて膝に頭を乗せたまま応じる。ちょっとばかり、不機嫌そうに。
「……何」
「こちらに来い」
「? ……なんで」
良いから来い、とはバージルは言わない。ただ本のページを繰りながら、こちらからそばに
寄るのを待っているだけだ。疑問もなく。それが当たり前だと思っていることは想像に難くない。
「……やだって言ったら?」
そろっと言ってみる。バージルのページを繰ろうとしていた手がちょっと止まり、しかしすぐに
元通りになって、紙をぱらりとめくった。
「来いと言っている」
(せめて、こっち見て言えよな)
恨みをこめた言葉は喉の奥。躰は勝手に、バージルのそばににじり寄っている。
床に尻をつけたまま、バージルの座る椅子の傍らに寄り、唇を尖らせてバージルの大腿に頭を
乗せた。こうなれば、もうやけだ。
「これで良いのかよ?」
ぞんざいに言えば、無言でバージルの手が頭に乗せられた。丁度瘤のあるところに触れて、
思わずぎくりとする。
「って……!」
バージルは無遠慮に瘤を撫で、痛いか、などと判りきったことを宣った。
「当たり前だろ!? 思いっきり殴りやがって……っ」
呻くように喚けば、バージルは謝るわけでもなく、そうか、と呟いて頭を撫ぜるばかりだ。
「痛ぇんだからな……」
恨みの声は呟きになり、どんどん小さくなっていく。バージルの「そうか」という囁きも、
ほとんど息のようだ。
「痛ぇ……」
目を閉じてバージルの膝に額をすりつける。バージルの手が髪を梳くように頭を撫でるのが、
奇妙な程に心地好かった。それがちょっと癪な気はするけれど、やめろと言う気にもなれずに
なすがままになる。
(あーあ……)
相変わらず、バージルは黙々と読書に耽っている。
ちょっと構われただけで、すぐに機嫌を直してしまうのはやめなきゃなと思うんだけど、
結局、俺はだめなままだ。
気怠い双子が好きですいません。