赤熱セキネツ









それを見掛けたのは、果たして偶然だったのか、どうか。



雑踏の中に見慣れた姿を見た気がして、バージルはふと足を止めた。
陽に透かせば白と間違う薄い銀の髪を、確かに視界の端に捉えた気がしたのだが、 見間違いだったか。
それに、とバージルは肩を竦めて独りごちた。
バージルが今見た気がしたという双子の弟は、朝から気分が優れぬと言って寝込んでいる。 その弟が、よもやこんな人込みの中にいようものか。

(疲れているな、俺も)

自嘲するように内心で笑った、その時。バージルは見てはならないものを見た。

「…………ッ!」

ダンテ――――いや、違う、あれは。







テメンニグルの巨大な塔の天辺で、ダンテは自身に宿る悪魔の力を覚醒させた。 それは決してダンテの意思ではなく、通常ならば死に到る深手を負わされた躰が、 自らを生かす為に無理矢理力を引きずり起こしたのだ。

何の準備もなく突然強いばかりの力を手にして、よく潰れなかったものだ、とダンテを 覚醒させた本人であるバージルは、思う。
強すぎる力は、制御出来なければその宿主の手に余り、結果アーカムのような末路を歩む。 ダンテがそうならなかっのは、ほとんど奇跡のようなものだろう。

一か八かの命の賭けに、バージルとダンテは勝ったのだ。しかし、その後のことは、 完全にバージルの計算外の出来事だった。







急いで家に戻り、刀の手入れもせずにダンテの部屋に飛び込んだ。自分でもおかしいと 思う程、焦っている。
部屋の中ではダンテが、目を瞬かせてこちらを見ていた。

「ど、どうした、バージル?」

困惑した声と表情に、少しだけほっとする。

「気分は、どうだ」

我ながら、酷く情けない。ダンテの影を見たというだけで、これ程までに取り乱してしまう など。
あれは、そう、きっと単なる見間違いだ。無意識のうちにダンテのことを案じでもして いたのだろう。

ただの幻覚――――それも、少し危うい気はしなくもないが。

ダンテはベッドの上で上半身を起こし、けろりとして言った。

「寝てたら治った。なぁ、今日の仕事、どうだった?」

今日は、本当ならばダンテと二人での仕事だった。しかし無自覚にダンテに甘いバージルは、 行くと言って起きようとしたダンテを、ベッドに押し込んで一人で家を出たのだった。
ダンテはそのことを気にしていたらしい。

バージルはふっと笑みを浮かべ、

「いつもと同じ、詰まらぬ仕事だ」

ダンテの頭をくしゃりと撫でた。が、その笑みが俄かに凍り付いた。

「ダンテ、お前」

ダンテはこちらを見上げ、え?と瞬きする。自覚がない。

「お前、熱があるではないか!」

それも尋常ではなく、熱い。
ダンテはやはり判らないような顔をして、ぼけっとバージルを見上げるばかりだ。

バージルは苛立ちを隠しもせず、ダンテの躰をベッドに押し倒した。無論、 横にならせる為だ。

「何故気付かなかった?」

自問に近い問いを、じっとこちらを見つめ来るダンテに落とす。

「何でって言われてもな……」

ぼそぼそと呟くダンテに、バージルは目を眇めた。

「もう良い。とにかく安静にしていろ」

水とタオルを……思い、踵を返そうとしたバージルを、ダンテが服の裾を 掴むことで止めた。

「……何だ」

苛立ちを隠しもぜずに言えば、ダンテはどこか焦点の合わぬ瞳で、ぽつりと言った。

「行っちゃ嫌だ」

「何?」

我が耳を疑うとは、こういうことを言うのか。そんな場違いなことを考えながら、 バージルは弟を見下ろした。

「ダンテ?」

「ここにいろよ……」

頼むから、と。こんな縋るような声音を、聞いたことがあっただろうか。
不覚にも言葉を喪ったバージルは、ダンテの瞳が自分を見ているのかすら判らぬ程、 空ろになっていることに気付いた。

「行くな、バージル……」

うわ言のように繰り返すダンテを、バージルは茫然と凝視した。





もしかすれは、という悪い予感はあった。
悪魔の力を覚醒させたダンテは、その力を完全に我がものとするより先に、 強力な悪魔との契約をいくつも交わしてしまったのだ。

一人の持てる力には、当然ながら限りがある。己の力すら持て余し、限界に近い状態だった というのに、ダンテのしたことは暴挙としか言えないものであった。

強過ぎる力を制御する為に、ダンテは常にそれ以上の力でもって押さえ込まねばならない。 己の力の限界を知っていれば、まず起こさない間違いを、ダンテはした。それはアーカムにも 同じことが言えたが、あの男は既に死んでいる。ダンテはまだ、救えるのだ。

「っあ……!」

ベッドの上で、ダンテがびくりと躰を撥ねさせた。バージルの手が、潰れるのではと思う程に きつく握り締められる。けれどもその痛みを感じている余裕は、バージルにはなかった。
ダンテは今、己の体内で暴れる力を、必死に抑えようとしている。

「ダンテ、真正面から力に抗しようとするな」

バージルは、ダンテの耳に吹き込むように囁いた。

「どんな力も、その種類によって形状が異なる。それを見極め、自らの一部にしろ」

ぎ、とまたダンテの手に力がこめられる。熱は引くことを知らず、 更に上がったようでもある。

「ぅ、あ、あ゛……ッ!」

苦しげな呻き。代わってやることの出来ぬもどかしさが、バージルを襲う。
苦悶に歪むダンテの端正な面立ち。この躰に剣を突き立てた時ですら、見せなかった表情。
愚かだと思いながらも、心に暗い澱みのような染みが広がるのを止められない。

これは、嫉妬か。

自分の知らぬ表情、声。

総てを知っている筈のダンテの、把握出来ぬものを目の前に突き付けられて。
バージルは確かに、嫉妬していた。

「バージルぅ……!」

不意に名を呼ばれ、バージルははっとした。

「っ……ダンテ?」

呼び掛けるが、反応はない。

「ダンテ、」

何かがおかしいと、すぐに判った。

さっとベッドの脇に置かれた時計に視線を走らせる。秒針が止まり、長針がそれの代わりを 務めるかのように動いている。時計がおかしいのではない。時間が狂っているのだ。 おそらくはこの、ダンテの周囲だけが。

暴走。

過ぎたる力が、主人の意思に逆らい暴れ出す。
それでも、これはまだ微弱だ。本当に力が制御出来ないとなれば、時を操る 妖馬ゲリュオンが、ダンテの躰を内から破りこの世に再び姿を現わすだろう。ゲリュオンだけ ではない。
ダンテが死ねば、契約を交わした悪魔が総て解き放たれる。

「くそっ……そんなことは、させん……!」

悪魔が現世に開放されることは、どうでも良い。だが、ダンテは。

「これは、俺のものだ」

血を吐くように呻き、バージルはダンテの両手をシーツに縫い止めて顔を寄せた。
ゲリュオンの及ぼす時間の影響が、歪む。時計は逆回りに緩く戻り始めた。

「聞け、貴様らにこれはやらん。これを主と認めたならば、鎮まれ」

殺させはしない。そんなことをされるぐらいならば、この手で――――。

「……ば……じる……、」

掠れた、ダンテの声。見れば、空ろだった瞳に、僅かだが本来の色が戻っている。

「ダンテ、」

必死な顔でもしているのだろう。ダンテはバージルを見上げ、苦しげに、しかし面白そうに 笑った。

「っは、は……アン、タでも、……んな、……オ……できる……」

バージルはダンテの額を掌で覆い、舌打ちした。

「そんなことを言っている場合か。まだ熱が下がらん……お前は何故そう勝手なこと ばかりする!?」

愚かな弟。愚弟のくせに強力な悪魔どもと契約を交わすなど、愚かでしかない。

「ダンテ、」

そう、だ。お前のどこに、それ程の力があった?
確かに今こうして暴走しようとしてはいるが、何故こんなにも多種の悪魔との契約が 可能だったのだ。

自分でも、十中八九無理であろう数の悪魔との契約。そんな力が、この弟には あったのか。

「ダンテ、お前は」

愚かな、弟。お前は俺を止める為だけに、暴走を覚悟で契約を交わしたのか――――?
そうするだけの力が、お前にはあったのか――――?

愕然とするバージルは、背筋が泡立つような感覚を覚え、反射的に背後を振り返った。

「……お前は、――――」

ダンテとまるきり同じ姿形をした“影”が、じっとバージルを見つめている。
これも、ダンテの意思を無視して動いているのだろう。街中で見掛けたものは、やはり 見間違いなどではなかったのだ。

バージルは自分が肩で息をしていることに気付かず、ダンテの影を睨み付けた。

「貴様も、自由を望むか」

影は言葉を解さない。死人のような双眸が、自分を透かしてダンテを見つめているのだと、 バージルは気付いた。

「ちっ……どこまで……!」

ぎり、と奥歯を噛み締めた。
影に背を向け、ベッドに膝を乗り上げてダンテの頬を両手で荒々しく包み込む。

「お前は俺のものだ! 俺の知らぬお前など、俺は認めんぞ……ッ!」

噛み付くように唇を重ねた。舌で口腔をまさぐると、びくんとダンテの躰が撥ねる。まだ、 熱は上がったままだ。
知らない時間を埋めるかのように、バージルは角度を変えて何度もダンテの唇を吸った。

「っん、ふぅ、ん……っ」

零れ出る吐息すら貪るように、激しく口腔を犯す。それは自らの力をダンテの内に注ぎ込む ように。
己の力だけでは悪魔どもを制御出来ないと言うのなら、二人掛かりで抑え込んでやれば良い。 ダンテの苦しみは、自分が与えているも同然なのだから。

「は……ダンテ……」

僅かに唇を離して、名を呼ばわる。息の触れる距離。注ぐ力が薄れる気がして、 それ以上離れることが出来なかった。
躰を重ねる時のようにじわりとけぶったダンテの瞳が、バージルを映す。

「はぁ、っ……バ……ジ、ル……」

荒い息。これも、いつも情事の際に聞くものと同じだ。

「ダンテ、」

一つ名を囁き、また唇を重ねる。今度は触れるだけで離れた。
ダンテは、は、と息を吐き、どこか気まずげに目を逸らした。

「……悪ぃ、バージル……」

掌に感じるダンテの体温は、ほとんど平熱に近いそれに戻っている。

「……いや、」

激していた自分を思い返し、バージルは何となく気恥ずかしくなった。それを感じ取ったのか、 ダンテがくすっと笑う。

「心配、したか?」

バージルは眉間に皺を寄せた。

「……、……心配などせん。ただ、」

許せなかっただけのこと。

ダンテは疲労が激しいのだろう、眠たげに瞳を瞬かせた。

「何でも、良いや……。でも、嬉し……かも……」

バージルはダンテの額に張り付いた髪を掻き上げ、撫で付けてやる。

「眠れ。疲れただろう」

「ん……、」

くたりとした腕が気怠そうに持ち上がり、バージルの手に重ねられた。

「どうした」

「……ありがと……兄ちゃ……」

すう、と吸い込まれるように眠りに落ちたダンテの手を握ってやると、無意識に 握り返してくる。
我知らず笑みの浮かぶバージルは、背後で微かに空気が動くのを感じ、肩越しに視線だけを 向けた。ダンテの姿を形取った影が、音もなくそこに立ち尽くしている。
バージルは無言でそれを見つめ、ダンテの手を包むそれとは反対の手を、すっと影に 差し出した。そしてただ一言。

「―――― 来い」

促されるまま、意思なき影はバージルの手を取った。光に紛れるように、 影が淡く霞んでいく。向こうが透けて見え始めた時、影は倒れ込むように躰を屈め、 ダンテの中に溶け込んだ。

ふっ、とバージルは息を吐き、額から流れ落ちる汗に気が付いた。いつの間にか、 ダンテだけでなく自分も汗を滲ませていたらしい。
どんなに躰を動かしたとしても、バージルは汗一つかくことはない。それが。

「お前にかかれば、俺は俺でなくなるようだ」

それも良いか。
以前ならば決してそうは思わなかっただろうが、今は違う。

「お前の為ならば、」

一度は殺そうとしたことを、後悔はしない。だから、総てを賭してダンテを守ろう。

「ともかく、まずは力の制御だな」

こんなことが、この一度だけで済むとは思えない。そうなった時は、最早取り乱すまい。 もっと楽に、時間を掛けず元に戻してやれる筈だ。

こうなってしまったことを、今更後悔は出来ない。後悔はしない。だから、自らが招いた 事態の、その責を負うのだ。
必要とあれば、総ての力をダンテにやろう。勿論、それは最終手段ではあるが。

もう、これ以上自分が知らぬ時間を作るのは願い下げだ。

「……離しはせん」

ぎゅっと握ってくる暖かな手をしっかりと握り、バージルはダンテの頬を掌で包み込む ように撫でた。
眠るダンテの体温は、酷く暖かく、そして心地好かった。



















戻。



また頂いたネタで失礼致します…!
バージルに嫉妬させてみたい、という呟きに、こんなのはどうかとネタを下さったのです!
いつもお世話になります!ありがとうございます!
こんな微妙な仕上がりになってしまいまして、申し訳ありません…!
バージルのキャラがまたしても変わった気がします…どうしよう…;