再来サイライ









「眠ぃ」

ぼそ、とした、どことなく恨めしげな呟きに、バージルはしかしそちらを見やることもしない。 隣に並んで座る双子の弟が眠気を訴えることは、始めから予想していたからだ。
現在、午前八時を十分程回ったところだ。普段通りのダンテにすれば完全に夢の中、よだれでも 垂らして眠っている真っ最中である。それが何故、今日は愚痴を言いながらも起きているのかと 言えば。

「眠いなら、ここで寝てくれて構わないよ?」

ぽん、と自分の膝を叩いたのは、バージルらの正面に座った男だ。印象は優男。しかし バージルは、見た目と裏腹にこの男が油断ならぬ人間であることを知っている。

男は、いちおう客だ。
いちおう、と微妙な表現をするのにはバージルの心情が現われているから、という理由もあるが、 男は今日、ほとんど押しかけ状態で彼ら双子の事務所に詰め掛けたのだ。

――――明日、そちらにお邪魔するよ。

是も否もあったものではない。電話を取ったのはバージルで、しかも――――やはりと言おうか―――― ダンテは起きてはいたがほとんど意識の飛んだ状態だった。為に、ダンテは男から電話があった ことを全く記憶していない。耳に吹き込むように、男が明日来ることを告げはしたが、理解して いないだろうとは想像に難くなかった。そしてその通り、ダンテは電話のことはおろか、バージルの 言葉も何一つ覚えてはいなかった。

ちら、とダンテがこちらに視線を向けてくる。男の膝はともかく、眠いなら寝て構わない、 という言葉に惹かれたことは間違いないだろう。伺いを立てるような目をしていることは、そちらを 見なくとも判る。
バージルは少しの苛立ちを覚えた。

「起きていろ」

告げたとたんにダンテの顔が歪む。えぇ、と不服そうな声を上げる口を塞いで、息をも食らって やりたい衝動を覚えるが、抑えこんだ。男に付け入る隙を与えたくはない。こちらのやりとりに、 今にも声を上げて笑い出しそうなこの男には。

「それで、わざわざ足を運んでまで何を依頼しようと?」

バージルが冷ややかに問うと、男はにこやかな表情を崩すことなく言った。

「うん、それなんだけどね。ちょっと厄介なことになってしまって」

「厄介って?」

眠いと言いながらも、ダンテが問い返した。黙っていてはよけいに睡魔に襲われるからだろうか。 それにしても眠そうな声に、バージルはダンテの腿をやわく叩いた。その仕種に男が笑みを 深めるのが知れて、気分は下降するばかりだが。

「仕事相手のほうに少しばかり支障が出てしまって、何とかしたいのだけれど、一筋縄の相手では なくて困っているんだ」

具体性のない内容だ。つまり何をどうしたいのか、勿体つける話し口調は相変わらずのようだ。

「その支障とやらを取り除け、ということか」

ダンテの腿を一つ叩き、バージルは男に問うた。面倒な性格の、バージルとは全く合わぬ性質の 不愉快極まりない男だが、金払いは良い。ダンテに執拗に絡みさえしなければバージルにも文句は ないのだが、男はバージルの不快感を察していて、わざとダンテを構っているところがあるから たちが悪いのだ。バージルが必要以上に邪険になるのも、仕様のないことだった。
男は内心の読めぬ笑みを絶やさない。それがまた、気に食わない。

「そう、その支障をね。相手方にはいちおう勧告しているんだが、どうにも取り合おうという 気配がないんだよ」

困ったものだ、と肩を竦める男はしかし、さして困っているふうもない。おそらくこの男は、 どんな場面でどんなにか窮地に立たされたとしても、この調子を崩さないのだろう。ある意味で 強みと言える性格だ。

「報酬はきみの言い値で構わないよ。あぁ、ダンテにはシルバーのアクセサリーなど買って やってはどうかな? きっと似合う」

目を細めて、睡魔と戦っているダンテを見やる男に、バージルはこめかみが引きつるのを感じた。 仕事の話だからと、ダンテを起こしたのはやはり間違いだった。部屋にでも放り込んでおけば、 昼まで起きて来ることはなかっただろうに。

昨晩――――男の電話を切った後、熱の覚め遣らぬバージルは今腰掛けているソファーでダンテを 抱いた。すでに意識の朦朧としていたダンテが、虚ろな瞳でバージルを見上げ、無意識に首に しがみついて来るのが可愛くて、行為はついつい夜明け近くにまで及んだ。それでも離しがたく、 繋がったままソファーで眠ったのが夜明けのこと。
いつものように六時には目覚めたバージルが、ダンテの躰をタオルで清めてから僅か一時間後に、 男はやって来た。

見ていたように、とは男からの電話があるたびにバージルが感じる印象だ。

事務所に椅子を運んでも良かったのだが、男は何だかんだと言って居住スペースに入り、 リビングのソファーに陣取ってしまった。無論、それを許したのはバージルで、半ば諦めが あったことは確かだ。
まだ惰眠を貪っていたダンテを起こし、何やら意味ありげに含み笑いをしている男に苛立ちながら コーヒーを淹れた。「あれ?」などとダンテの寝ぼけた声が聞こえたが、あえて放っておいた。

うつらうつらし始めたダンテの膝をもう一つ叩き、バージルは自分のカップをテーブルに 置いた。

「金の使い道など、我々の勝手だ。報酬は五千。前金で二千、別に貰う」

破格、と言って良いだろう。しかし男は事も無げに頷いた。

「妥当なところだね。よろしく頼むよ」

「やり方は我々に任せて貰う。期日は、」

「出来れば早めが良いが……そうだな、今週末、あちら側と食事をすることになっているんだ。 そのときにでも」

また、正装して同席しろ、などと言い出しかねない。バージルは思ったが、藪蛇になる気がして 口には出さずにおいた。

「……判った、」

応えに間があったのを、男は気付いただろう。が、何も言わない。そういうところがバージルの 気に食わないのだと、判っていると知れるからまた面白くないのだ。ダンテが妙にこの男に懐いて いる――――バージルにはそう見える――――ことも加えて。
ダンテの肩がバージルの腕に寄り掛かってきた。睡魔との戦いに敗れかかっているらしく、 顔を見ればほとんど眠っているのと同じだ。バージルが眉を顰めると、向かいで男がくすりと 笑った。

「無理矢理起こしてしまって悪かったね。さて、――――そろそろお暇しようかな。週末の詳細は また電話なりで連絡するよ」

早く帰れ、とはバージルは言わなかった。ずるずると重力に引きずられて傾いでいくダンテを 抱き寄せ、腰を上げた男をちらと見上げた。

「次はない」

不親切極まりない、意図の読み難いバージルの言葉は、しかし男には伝わったようだ。

「何のことかな?」

ちょっと首を傾げ、わざとらしく問い返してくる男を、バージルはやはり気に食わないと 再認識する。

見送りもせず男が出て行ったドアを睨み、バージルはダンテを膝の上に抱き抱えた。子供を 抱っこするような形だが、ほとんど眠っているダンテは嫌がりもしない。
少し意識の浮上したらしいダンテが、もぞりと肩口に額をすり付けてくる。バージルはダンテの ふやりとした髪を撫で梳いた。

「眠れ」

「ん……話、は?」

「もう終わった。後で話してやるから、今は眠っていろ」

うん、と応える声は吐息のようだった。そのまま引き込まれるように眠ったダンテを抱え直し、 バージルは背凭れに背を預けた。肩口にかかるダンテの規則的な寝息。バージルは自身も瞼を 閉じながら、深々とため息を吐いた。
迷惑極まりない依頼主には、まだしばらく付き合わされそうだ。それを思うと、自然、気分が 塞ぐ。



















戻。



久しぶりに某依頼主登場。
果たして覚えて下さってた方はいらっしゃるのでしょうか…。