不疑ウタガワズ









どうしてだとか、何故だとか、そんなこと、訊くほうが間違いってことが世の中には ごろごろしてるもので。









ごく当たり前になっていることを、ふと疑問に思ってしまったときの違和感は、自分ではなかなか 拭えないものだ。

ダンテは背後のバージルに気付かれないようにため息を吐き、立てた膝に頭を乗せた。 リビングでのダンテの座る位置はいつも床と決まっていて、ソファーを背凭れにする形で テーブルとの間がそうだ。そしてバージルは、床に座るダンテの斜め後ろ、ソファーに腰掛けるのが いつもの形である。しかし日に一度、ダンテはバージルの真ん前に座り込むことがある。それは ダンテがしたくてしているのではなくて、バージルに強いられるからなのだが。
ふかふかとした感触が耳の後ろとうなじにかかる。バージルはひたすら無言でダンテの頭に タオルをあて、髪から水分を丹念に拭き取っている。毎日、これだ。

ダンテは基本的に、何ごとにも無頓着な性格だ。それはバージルもさして変わらないのだが、 バージルの場合は例外がある。それがダンテなのだ。ダンテのことになると、バージルは いちいち口煩く言う。いっそ自分以外の人間はいないも同然なのではないかとダンテは思い、 しかし笑うに笑えなかった。否定できないのだ。
バージルの世界には、実際にダンテ以外の誰もいたためしがない。幼い頃には母がいた。 しかし母は亡くなり、実質ダンテだけが残った。あのとき、母が逝ってしばらく、バージルは ダンテをそれこそ一日中離そうとしなかった。

それはともかく。

バージルはダンテにだけ、妙に神経質になるところがある。髪が最たるもので、ダンテが 洗い晒して放ったらかしにするのが我慢ならないらしい。時にバージルが手ずから洗い、 拘り(らしい)タオルで吹き、ダンテには良さの判らない櫛で梳いて、そうしてようやく満足げに 笑うのだ。自分で整えたダンテの髪を、思う存分手櫛で撫で梳きながら。

これの何が良いんだか。

ダンテは不思議でならない。バージルとて、ダンテとは双子なのだから髪質も同じだろうに、 何故ダンテの髪ばかりに拘るのか。
また、ため息が出た。しかし今度はこっそりするのを失念して、バージルに気付かれて しまった。

「どうした」

若干の気まずさ。ダンテはそろりと顔を上げ、しかしバージルと顔を合わせずに済むこの位置に 少し感謝した。バージルは聡い。目が合うだけで、心を暴かれる気分になるからたちが悪かった。

「べつに、何もねぇよ」

アンタの所為だ、とは言えずに口ごもると、バージルは何故か。

「眠るなら、俺の脚に凭れていろ」

バージルの頭の構造が判らない。判りたくはないが。

「眠いわけじゃねぇけど」

「そうか」

バージルとはたまに会話が成り立たないことがある。よく判らないが、これでもバージルに すればごく普通の会話のつもりなんだとか。……さっぱり理解出来ない。どうしてこれを会話と 呼べようか。

「何だかな……」

呟きはバージルの膝に消える。ダンテは眠るわけではないけれど、バージルの脚に頭を すり寄せた。バージルの低い体温は、ダンテにとって慣れ親しんだものだ。
――――親しむ。バージルはセックスの最中ですら体温が低く、昂ぶることがない。ダンテを 良いように揺さぶっていてもそうなものだから、ダンテが不平を漏らしたくなるのも無理はない。が、 バージルにすれば、それが普通なのだろう。

「俺ばっかり、」

ぶつぶつ言うのはダンテばかり。バージルは気にも留めない。それが“ふつう”だから。

気にしてはいけないのだろう。問いただしてもいけないのだろう。この関係は、おそらく今が もっとも最良である筈だから。何故かと問うのは、間違いなのだ。

もし、ダンテが漠然と抱える不安――――違和感と言うべきかもしれない――――を吐露したとて、 別段彼らの関係に亀裂が入るようなことはないだろう。しかしダンテには、まだ塞がっていない 古傷がある。ちくりとでも痛むことがあれば、ダンテはそれだけでも堪え切れない。だから、 必要以上に臆病になった。
弱気とは違う。むしろダンテは気の強いほうだ。バージルには最終的に諾々と従ってしまうが、 基本的には自分の信じるものは曲げないたちである。

頬から伝わるバージルの低い体温。髪を拭っていたタオルはいつの間にか櫛に変わり、ダンテの 銀糸を慈しむように噛んでいる。
バージルはダンテの髪が妙に好きらしい。淡々としているが、ダンテの髪に対する執着は 見るからに深い。何故か。

「…………」

訊いてはいけない。訊いたところで、どうせよく判らない返答があるだけだ。……訊いては、 いけない。
どうして、自分を抱くのか――――などと。

「なぁ、バージル」

違和感は違和感のまま。不安は消えないけれど、今のこのぬくもりが消えてしまうようなことは、 あってはならない。

「なんだ」

応じる声は素っ気なく。しかし髪を梳く櫛の爪は優しくて。

「どっか、行こうぜ。今からさ」

「どこへだ」

「だから、どっか。どこでも良いからさ、どっか行きたい気分なんだよ。良いだろ?」

「では、一人で行けば良い」

予想していた答えだったが、ダンテはわざと拗ねたように唇を尖らせた。

「アンタと行きてぇんだよ。判んねぇかな」

「判らんな」

「……けち」

背後でため息を吐く気配がした。

「けちとは言わん。それで、どうする」

「え?」

「どこでも良いのか、と訊いている」

具体性のまるでないダンテの望みを、バージルは叶えてやろうと言う。ダンテは頭を起こし、 バージルを振り仰いだ。

「マジ? 良いのか?」

目を輝かせるダンテに、バージルがちょっと苦笑した。

「疑うなら、やめるか?」

「行く、行こう。どこ連れてってくれんの? もしかして、骨董屋とか?」

それはあまり歓迎出来ない。顔に出ていたか、バージルはひょいと肩を竦めた。

「近くまで、散歩だ」

ただのな、と付け加えるバージルに、ダンテは破顔した。バージルに散歩という言葉は 一切似合わないし、こんな遅くに散歩もないだろうに、ダンテはそんなことも気にならない。

「良いよ、早く行こう。バージル、早く」

先に立ち上がってぐいぐいバージルの腕を引っ張った。バージルが犬に散歩をせがまれている ようだと思っているとは、無論思いもしない。

「そう急くな」

ゆるりと立ち上がり、腰に腕を回してくるバージルに、ダンテはにやりとする。

「こういうの、セクハラって言うんだぜ」

「だから何だ」

「開き直りかよ。――――まぁ良いや。散歩だ、散歩」

ぱっとバージルの腕から脱出し、リビングから出ようとするダンテを、兄が待てと 呼び止める。

「なんだよ?」

「……いや、何でもない」

ダンテは首を傾げ、仕切り直しとばかりにリビングのドアをくぐった。その後を、バージルが 急ぐでもなく追って来る。

違和感は違和感のまま。不安は不安のまま、抱えているのが最良だ。どうせならば、 死ぬときまで。いいや、死んでからも、このままで。










どうしてだとか、何故だとか、決して訊いてはいけないことが、この世にはある。



















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