化膿
ちゃり、
銀の鎖が擦れて鳴いた。ダンテはおやと胸元に手をやるが、それはするりと逃げるように腹を
滑り、こつんと床に落ちてしまった。
「ちっ……」
舌打ちして躰をかがめ、きらりと赤く光るそれをすくい上げる。アミュレット。母の形見だ。
「また切れやがった」
切れた鎖を目の前高さに持ち上げて、ダンテははぁと肩を竦めた。
(鎖ごと替えるしかねぇか……)
無理矢理繋げても、また切れるだけだ。それならいっそ、鎖を新しくしてしまった方が良い
だろう。派手なアクションを好むダンテのこと、また大立ち回りを演じて鎖を破損させる可能性は
かなり高いが。
一度、無理矢理繋げた部分は、鎖の輪が幾つかひしゃげて潰れている。何ごとも大雑把な
ダンテは、コートやブーツのデザインには煩いわりに、細かいことにはほとんど無頓着だ。
アミュレットの鎖がひしゃげていようと、首から落ちなければそれで良いのである。が、今度
ばかりは新調してやらねばならないようだ。
ダンテは肩を竦め、アミュレットを鎖ごと手の中に納めた。腹が減った。とりあえず先に何か
食べておこう。と言っても、自分で何か作るわけではない。適当な店か、定番はデリバリーの
ピザだ。栄養がどうだとか、そんなことをどうこう考えるダンテではない。旨いか、不味いか。
そして腹が満たされるか。それだけだ。
骨董品のような古い黒電話でデリバリーを頼み、届くまでの間にシャワーでも浴びようと
バスルームに足を運んだ。
頭から湯気を立ち上ぼらせながらバスルームを出るのと、事務所兼自宅の玄関が叩かれるのとは
ほぼ同時だった。ダンテは頭を掻きながら事務所へ入り、黒檀の机の引き出しを探りつつ、ピザを
宅配して来た人間に入って来るよう声をかけた。
「鍵は掛かってねぇから、入って来いよ」
じゃあ遠慮なく、とぎぃとドアを開けたのは若い青年だった。ダンテと同じか少し上か。わりに
引き締まった躰つきをしている。前にデリバリーを頼んだ時も、この青年だったように
ダンテは思う。ただ、人の顔を覚えるのがあまり得意ではないダンテのことだ。確かどうかは、
かなりあやふやだ。
「毎度どうも」
「あぁ……ちょっと待ってくれ、確かこのへんに……」
金が、とぶつぶつ言いながら引き出しを探るダンテに、青年は軽く笑った。
「ゆっくり探して良いぜ。ツケは困るけど」
「おぅ……こっちだったか?」
聞いているのかいないのか判らないダンテを、青年は笑いながら眺める。その目が不躾では
ないものの、ダンテの何も着ていない上半身に注がれていることに、ダンテは気付かない。
よく鍛えられた筋肉が無駄なく躰を包み、締まった腰のラインは妙な色気を纏って
いる。躰つきや顔立ちに女性的な部分はどこもないが、しかしダンテが整った面立ちをしている
ことは間違いない。
「お、」
青年が何やら妄想をしかかった時、ダンテはようやく金を見つけて声を上げた。
「あった、これで足りるだろ?」
ぱっと破顔して青年を見たダンテは、青年がぼけっとしていることに首を傾げた。
「? ほら、金」
青年に近寄り、ピザの箱を取り上げて代わりに紙幣を手に乗せてやる。釣りは良いや、などと
軽く言ってさっそく箱を開けたダンテの肩を、青年ががしりと掴む。
「あ? 何だよ?」
好物にかぶりつくのを邪魔されたと思ったダンテは、じろりと青年を睨んだ。計らず、視線が
絡む。青年の目は、何故か妙に真剣で、そして不穏だった。
「おい、――――」
青年の手から、ダンテが散々探して見つけた紙幣がひらりと落ちる。しかしダンテはそれを、
目で追うことは出来なかった。
「……ッ……」
唇を塞がれた。何に、などと野暮なことは訊かないものだ。間近の青年の目は閉じられては
おらず。ダンテもまた目を見開いたまま。
「んっ、……!」
ぬるりと入り込もうとする舌の感触に、ダンテははっとした。瞬間、手が出ていた。
「……ぐっ……!」
呻き、青年が腹をおさえてダンテから離れた。ダンテが思い切り――手加減はしたが――殴った
からだ。
「……何しやがる、てめぇ」
ぎろりと睨み付け、恫喝する。青年は気まずそうに目を逸らし、なお痛むのだろう腹をおさえて
噎せこんでいる。
「わ、悪かったよ。けど、」
「言い訳なんざ聞きたくもねぇ。さっさと帰れよ」
腹が減って機嫌のよろしくないダンテは、それでも銃を突き付けることは思い止どまった。
しっしっと犬を追い払うように手をひらひらさせ、青年に背を向ける。名残惜しんでか、青年は
少し躊躇して、しかし間もなく出て行った。悪い、ともう一度小さく詫びて。
ダンテは黒檀の机にどかりと尻を乗せ、深々とため息を吐いた。指に何か固いものが触れる。
鎖の切れたアミュレットだ。
「ちっ……」
今日はどうにも良いことがない。
苛々として冷めかけたピザを一欠片、指でつまんで口に運ぶ。旨いのか不味いのかもよく
判らなくて、ダンテは忌々しげに脂っぽいピザを飲み込んだ。
赤いアミュレットが、どこか寂しげにきらりと光る。今はない半身に、遠く想いを馳せる
ように。
バージルがいない間の話、ということで。
アミュレットの鎖が切れる、というのはコミック版のアレですね。
正直捏造万歳ですが。すいません。(とりあえず謝る)