我儘
勝手だ、と思う。
誰がって、そりゃあ、
目が覚めれば独りきり。前の晩にどれだけ躰を繋げていようが関係はない。朝になれば、
ダンテは独りきりだ。どんなにか燃えたセックスの後であっても、そう。目が覚めれば、ダンテは
ただひとり。
毎晩のようにダンテを組み敷き、貫き、揺さぶる男は、ダンテを文字通り可愛がった後は
ひどく冷めていて、朝をともに迎えようという気は一切ないのだろう。確かにダンテは目覚めるのが
遅く、男は逆に早い。数時間も違えば男とてダンテの目覚めなど待ってはおれぬ、というのは
ダンテにも判らないではない。
男はダンテが目覚め、眠い目を擦り擦りリビングに行けば必ず
コーヒーを淹れてくれるし、飯も作ってくれるし、目覚めた後はほぼずっとダンテを視界の範囲内に
置いてくれる。実際、ともに目覚めてどうするのか、と問われてしまうとダンテは言葉に詰まる
だろう。甘ったるい恋人同士の言葉など期待しているわけではないし、むしろ願い下げである。
しかし、だ。それを嬉しく思う反面、欲が出てしまうのも事実だ。
もっと、――――
仕合わせの基準は人によって異なる。小さなことで幸福に浸るものもいれば、その程度では
満足出来ぬものもいる。そして人は一様に、幸福に鈍い。一つ仕合わせが満たされれば、もう一つを
求め始める。もう一つが満たされれば、またもう一つ。満たされれば満たされる程、不満が
生まれる。きりがない。
ダンテの仕合わせは、ほんの小さなことで足る程度のものだった。そばにいてくれれば。
たったそれだけのことで仕合わせで、満足で。失いかけたものが失われずに傍らにいて、言葉を
交わして、どうして不満など感じようものか。
仕合わせだ。そう、これ以上なく仕合わせなのだ。なのに。
ぴ、と耳を引っ張られて、ダンテは不意のことにひゃっとなった。斜め後ろからダンテの耳を
引っ張った男の所為で、ダンテはやたらと敏感な躰になってしまっている。男が敏感って
どうなんだ、と頭を抱えるのは束の間のこと。男に触れられるうちに、そんな疑問はふにゃりと
ふやけて溶けてしまう。
「何を唸っている」
無意識に唸っていた、らしい。ダンテは男――――双子の兄で、名はバージルだ――――を
見やるではなく視線を泳がせた。
「……別に何もねぇけど」
ぼやくように言えば、バージルはそうかと短く言い、くすぐるようにダンテの耳朶を指で
つまんだり擦ったりなどする。性的な意味はなく、あくまで犬か猫の耳に悪戯でもするように。
が、ダンテの方は頭ではそうと判っていても、躰が割り切ってくれなかった。
「バージル……それ、やめろよ」
バージルの指から逃れようと頭を振るが、バージルはダンテの耳を摘んだまま離さず、
むしろいっそう弄ろうとする。ダンテが嫌がってむずがるのを愉んでいるのだ。それが判っている
から、ダンテは躍起になる。そしてバージルはダンテを逃がすまいとしてか、ダンテの耳朶に爪を
立てた。痛みはほとんどない。が、別な意味でダンテはびくりとした。
「ひっ……」
思わず口をついた悲鳴じみた声に、バージルが笑んだのが気配で判る。
「何だ、感じたのか?」
直接的な、バージルには珍しい軽口を叩くような揶揄。愉しいのだろう。それが口調から
ありありと感じ取れて、ダンテは唇を噛んだ。
いつもいつも、ダンテはバージルに振り回されている。翻弄。まさにそれだ。
バージルは子供の頃からそうだった。いつも、いつでもダンテを翻弄して、泣かせては甘やかし、
甘やかしては突き放す。意地悪、とは何か違うたちの悪いバージルに、しかしダンテは逆らうことが
出来なくて。
理不尽な兄の横暴――――まさに言い得て妙だ――――をどうしてか撥ね除けることが出来なくて。
いつも、バージルの言うなりになる。今でこそ嫌なものは嫌と言うし、バージルもある程度の配慮は
してくれるが、子供の頃は酷かった。今になって省みれば、本当に。
ダンテはバージルの指から逃げることを半ばで諦めた。代わりにと言っては可愛いものだが、
バージルの膝に頭を凭せかける。ダンテはソファーを背凭れにして床に、バージルはソファーに
座るといういつもの位置だ。そうするとバージルが今し方まで弄っていた耳は、バージルの膝に
埋まる。
バージルは当然のように、反対側の耳に触れてきた。どうして耳なのか、ダンテに判るわけは
ない。そんな気分なのだろう、と内心でため息など吐きながら、黙ってバージルの膝に頭を
預けていると、
――――それで良い。
何とも横柄な声が聞こえた気がした。
(何でこう、王様気取りなんだか)
心の中でぼやき、ダンテはバージルの膝に頬をすり付けた。こうやって、兄の横暴を許している
から、兄はダンテに対して王のような態度を取るのだろうか。もしかして、知らぬ間に調子に
乗らせているのだろうか。
でも、とダンテは思う。バージルの爪がつと耳の裏を掻いた。まるで犬か猫でもあやすように。
実際のところ、バージルはダンテを犬猫のように思っているふしがなくもない。それはダンテの
一方的な印象であり、バージルが本当は何のつもりなのかは判らないが。
「……バージル、」
「何だ」
黙っていろ、とは言われなかった。何故だかほっとして、ダンテはちょっと躰を捻りバージルの
膝を枕に頭を仰向けにした。体勢的に無理があるが、構うまい。視線だけを呉れて見やると、
こちらを見ていたらしいバージルと目が合った。
「……何だ」
「……べつに?」
へら、と笑い、けれど視線を外すことは出来ず。笑みの欠片もないバージルの氷のような
おもてを、じっと見つめる。
やおら、バージルがダンテの額にかかる髪を掻きあげた。半端に伸びた前髪がさらさらと
バージルの手からこぼれて顔の脇に落ちる。あらわになった額は白く、できものの類は一つもない。
つるりと秀でた額を、バージルは見たかったというわけではないのだろう。ダンテの髪に触れるのが
気に入りらしいバージルは、気がつけばダンテの髪を梳いたり指先で弄ったりしている。これも
その一貫か。
ダンテは額の生え際に触れるバージルの掌の感触に、ふっと目を閉じた。暖かい。バージルの
体温はダンテのそれよりも低いが、それでも触れたそこから得も言われぬ暖かさが広がって、
ダンテは自然と笑みを浮かべていた。
「眠いのか?」
「んー……そうでもねぇけど」
「けど、何だ」
「アンタが寝るなら、寝る」
くす、と笑う気配がした。
「ならば、眠れ」
「……うん……」
理不尽なことばかり言う王は、時折こうして、嫌になるくらい甘やかしてくれる。それでダンテが
今以上にバージルから離れられなくなるのだと、確信しているようでたちが悪い。事実、ダンテは
もうバージルのいない生活など考えられない程、バージルに依存してしまっている。
バージルの掌が僅かに浮き、ダンテの瞼をそっと押さえた。
「眠れ」
低い声は短い子守歌。子供の頃、バージルに絵本を読んで貰ううち、知らぬ間に寝入ってしまった
夜は数知れない。バージルの声が好きで、触れてくれる掌が指が好きで、名を呼んでキスをして
くれる唇が、大好きだった。それは今でも変わらず、むしろ強くなる一方かもしれない。
「ん……」
ダンテは鼻に抜ける吐息をもらした。唇だけを動かしてバージルの名を呼べば、バージルがまた、
笑った。
「ダンテ、」
ふ、と唇に触れる、何か。ダンテはその何かが離れてしまう前に、ちょっと首をのけ反らすように
して「もっと」とねだった。バージルの笑みが深くなる。
「そう急くな」
焦らすつもりはない、と。横柄な声はやはり王のそれ。ダンテはふふっと笑い、頬を
くすぐるバージルの髪――――前髪だろう――――をゆるく掴んだ。
横柄で、横暴で、理不尽で、傲慢で。どこの王様気取りなのかと問いたくなる。けれど自分勝手な
バージルの、指が、掌が、唇が、触れてくれる総てが好きで。ダンテはひとたまりもない。
(――――勝手だ)
何をするにしても、勝手すぎるバージルを、けれどもダンテは嫌いになったことはもちろん、
憎んだこともなくて。だからこそ、
(――――勝手、だ)
と思う。
こんなにもひとを振り回しておいて、知らん振りをするなんて、なんという勝手な男だろう。
そして、そんな男から離れられない自分は、まるで恋に狂う娼婦のようだ。
哀れみを買うことすら、出来ない。
「眠れ」
低い声は子守歌。
「……おやすみ」
ひとたまりもなく、ダンテは眠りに落ちる。
おやすみ。横暴で身勝手な、俺の王様。
どうもうちのダンテは弱いですね。
別に意志薄弱というわけではないんですが。
むしろ兄ぃが横暴すぎ?うーん…精進あるのみですか…