楽師
時雨の宵。銀髪碧眼の男が派手な赤いコートを一枚引っ掛けた恰好で、酒場のスツールに
腰掛けている。コートの前はだらしなくはだけ、膚を惜しげもなくさらし。かちゃかちゃと
スプーンを掻き回しては口に運ぶ。満面の笑みで食らうものは、酒場には全く似つかわしくない
ストロベリー・サンデーだ。
「……満足いったか?」
呆れ顔で問うのは馴染みの情報屋。名はエンツォ。飯の種は専ら仲介屋の仕事という、本職は
何なのかとよく問われる男だ。
銀髪碧眼の男――――ダンテはスプーンを咥え、まだ全然、とにやりと笑う。エンツォは頬を
引きつらせた。
「なぁ、もう本題に入って良いだろ? 飯の種とそれと、どっちが大事か判ってんのか?」
肩を落として訴えるエンツォに、我が道を爆走中のダンテはしれっとして首を傾げた。
「……コレ?」
今度こそエンツォは脱力した。こいつの頭の中は理解不能だ――――相変わらず。
「あのなぁ、ダンテ? ソレ喰うには金が要るだろ? 金稼ぐにゃどうするんだった?」
「んん? そりゃ働くか……」
もしくは、と続けようとするダンテを、エンツォは遮った。どうせろくな言葉は聞けはしない。
「そうだ、働かにゃならねぇ。な? だからちゃっちゃっと俺に仕事の話をさせてくれ!」
早く、とまくしたてれば、ダンテはちょっときょとんとして、スプーンを
ストロベリー・サンデーの器に刺した。やっと話を聞く気になったらしい。ほっとしたエンツォに、
ダンテが何やらにやっとする。……嫌な予感だ。
「エンツォ、お前頭に糖分足りてねぇんじゃねぇ?」
は? と思わずエンツォが口を開けたところへ、ダンテは素早くストロベリーソースの
たっぷりかかったクリームを放り込んだ。もちろん、ダンテが使っていたスプーンで、だ。途端に
口内に広がる、胸焼けを起こしそうな甘ったるい味と匂い。エンツォは口を押さえてぐっと
呻いた。
「な、にしやがる、この餓鬼っ!?」
ダンテは悪戯成功とばかりにけらけら笑い、
「もっとやろうか?」
などと宣って片目を瞑って見せた。可愛い女の子にされれば悪い気はしないが、相手はダンテだ。
しかも下手な女よりも顔立ちは整っていると来ているのだから、やる瀬ないどころではない。
「いらねぇよ! ったく……ちったぁ真面目に聞こうって気にならねぇのか?」
「俺はいつだってマジメだぜ?」
スプーンを咥えておどけるダンテは、まるで道化のようなのだけれども。
「言ってろ。ほら、ちゃっちゃと済ますぞ」
膝に乗せた鞄から少しくにゃりとなった書類を取り出し、カウンターのテーブル置く。
エンツォは必要な箇所のみを指差して説明するだけだ。最も重要な、報酬の話さえ通せばあとは
どうとでもなる。それが便利屋や荒事師だ。しかしその、裏社会と呼ばれる世界に生きる人間の
常識は、このダンテという男には通用しない。むしろ、颯爽と現われて何でもない顔で蹴散らして
行くような男だ。
「報酬は千。うち前金が三百だ。破格だろ?」
普通の便利屋なら、二つ返事で請ける。しかしそうは行かないのがダンテなのだ。
「……この依頼主、」
ほら、来た。
「依頼主が何だ?」
「マフィアか?」
「お前な、ちったぁ憚れよ。ちっ……そうだ」
途端にダンテの表情が曇る。眉間に皺を寄せて唇を歪ませると、拗ねた子供のように見えるの
だが、生憎そんな可愛げのあるものではない。エンツォはダンテにうんと言わせねば、仲介料を
取ることが出来ないのだから。
「依頼主が誰だろうが、金さえ出してくれりゃ一緒だ。第一お前、選り好み出来るような
立場かよ? そのコート、初めて見るが?」
また新しいコートを買ったのか。エンツォがじとりとダンテを睨むと、ダンテはぐっと苦虫を
噛み潰したような表情をした。やはり、新調したコートのようだ。
「仕事を選り好み出来るような立場じゃねぇくせに……」
どうせ金もないのに新調したのだろう。いつもそうだ。気に入れば手持ちがあろうがなかろうが
買う。我慢の利かない餓鬼かと呆れるが、ダンテは懲りるということを知らなかった。エンツォが
知る限りで、ダンテが金に飽いたところなど見たことも聞いたこともない。いつも懐は寒いまま、
しかし飢えたところも見たことはないのは何故なのか。
ダンテは唇を尖らせた。
「だってよ……」
「どうしても欲しかった、か? 聞き飽きたっつうんだよ」
辟易して言えば、ダンテはむすっとして押し黙った。やはり餓鬼だ、とエンツォは肩を竦める。
欲しいものは欲しい。嫌なものは嫌。餓鬼の屁理屈をこんな歳になってもこねるような男が、
よくも一人で生きられるものだ。いや、きっともとは一人ではなかったのだろう、とはエンツォの
勝手な憶測だ。
「で、請けるな?」
エンツォはばし、とテーブルの書類を叩き、不貞腐れているダンテを覗き込む。ダンテはちらと
書類を見、次いでエンツォを見やり。
「…………」
渋々、頷いた。
ダンテと言う名の美形の男がこのスラム街に流れて来たと初めに聞いたのは、半年程前のことだ。
そのダンテが便利屋を名乗り、荒事師や仲介屋の集まる酒場に顔を出したのはそれから間もなくの
こと。
さらさらの銀髪に真っ青な瞳、まだ少年と言って良いような顔立ち、どこか危うげな雰囲気の
肢体。その場にいた全員がダンテに一瞬目を奪われたのを、エンツォはカウンター席から
眺めていた。
まだ坊やじゃねえか。誰かが言った。確かにダンテはひどく幼い印象すらあって、その場の皆が
同じことを思ったのは表情を見れば判った。
ここは坊やの来るところじゃない。揶揄いと嘲りを口にした男は、この界隈では一番の
稼ぎ頭の荒事師だった。男はダンテの、鍛えてはあるようだが細い印象の肩を抱き、にやにやと
下卑た言葉を吐いた。
「それとも客を探してンのか?」
男が無造作にはだけたダンテの胸元を覗き込み、顔を上げる。ダンテは何食わぬ顔で男を
見つめ返して、ふわりと笑った。男にはどう考えても似合わない表現だが、本当にそうだったの
だから仕様がない。
「仲介屋ってのは、どいつだ?」
あんたは違うよな、と。確信を持った声音はどことなく小気味良い。
「こっちだ」
エンツォはカウンターから声を上げ、ダンテを手招いた。こちらに顔を向けたダンテは男を
無視してカウンターへと近付こうとする。そこを、無視された男が引き止めた。
「待てよ、まだ……」
言いさした言葉が途切れる。それは一瞬の出来事で、気が付けば男は床を舐めていた。ダンテは
何ごともなかったかのようにカウンターへと来、長い足をわざとらしいまでに見せつけてスツールに
腰掛けた。
「あんたが仲介屋か」
「本業は情報屋だがね、仲介屋は副業。で、お前さんは新顔か?」
「まぁな。誰もやらねぇような仕事があれば回して欲しいんだ。報酬はいくらでも構わねぇ」
頼むよ、と笑って見せるダンテは悪戯好きな餓鬼を思わせて、エンツォは無条件にダンテを
気に入った。妙な要求に何の意味があるのかなど、深くは考えなかった。
「兄さん、何か飲むかい?」
酒場の親爺がとりあえずといったふうにダンテに聞いた。その時のダンテの注文を、エンツォは
一生忘れることはないだろう。
「そうだなぁ……ストロベリー・サンデーって、ある?」
ぽかんとした親爺の表情を見たのは、それが初めで最後だ。
ひよっこの便利屋は、類を見ない程の腕の持ち主だった。汚れ仕事を嫌悪し、独自の感覚で
詰まらないと判断したものやマフィア絡みのものをやたら選り好みしなければ、確実に稼ぎ頭に
なっただろう。しかしたったひと月あまりでダンテを指名する依頼主が現われる程度には、評判は
悪いものではなかった。
ダンテは――――結局互いに名乗りあったのは初見の日ではなかった――――、エンツォから
見て掴み所があるようでない、猫のような男に思えた。誰に縛られることもなく、誰を
束縛することもなく。ただ女運は悪い、ふわりふわりと漂う野良猫。仕事相手としてはかなり扱い
にくいが、時に可愛いと思うこともあり、憎めない。そんな、妙な餓鬼。
「エンツォ、」
「あぁ?」
「店を構えたいんだけどさ、良いとこ見つけてくれよ?」
ダンテが出し抜けなのはいつものことだが、何を言い出すかと思えば。エンツォは鞄に書類を
しまい込みながら首を傾げた。
「店、ねぇ……俺は何でも屋じゃねぇって、何度言えば判ってくれるんだろうなぁ、
そのオツムはよ」
エンツォの嫌味など、ダンテには蚊に刺された程にも感じないらしい。
「良いだろ、店ぐらい。な?」
ダンテと知り合って半年。エンツォはダンテに何かと雑務を押しつけられることが多い。
というのも、エンツォが仕方なしとは言え、ダンテの頼みを聞きすぎているからだ。
「……どんな場所が良いんだよ?」
肩を竦めて言ってやれば、ダンテはにんまり笑う。
「出来るだけ物騒なところが良い。日当たりなんざどうだって良いからさ、とにかく物騒なとこを
頼む」
「何だ、そりゃあ? 自分からそんなとこ選ぶなんざ、頭がイカれてとしか思えないぜ」
「良いから、早めにな」
「はいはい、……って、ダンテ、店は判ったから、仕事サボるんじゃねぇぞ?」
びしりと釘をさした先のダンテは、叱られた悪戯小僧のように頬を膨らませ。
「……判ってる」
ぼやくような声が存外に可愛い……などと、何を言っているのかとエンツォは内心で自身を
笑った。
完全な捏造です。ので、あしからず。
バージルがいない間の話ということで。
ダンテとエンツォはこんな感じだったら良い。
コミックのも別にキライじゃないんですが…まぁ、まぁ。