呼気
なぁ、バージル、
バージル、
なぁって、……
「煩い」
一言で両断して、バージルは黙々と本を読み続ける。先刻からこちらの名を呼ばわり続けている
のは双子の弟で、ダンテと言う。
ダンテはバージルから見てどうにも精神的に幼く、今だに甘え癖が抜けない。
こうしてバージルの名を呼ぶのは日課かとすら思える程、飽きもせず、懲りもせずに続けている。
呼ばわることに意味などなく、また用もないのだとバージルは知っている。だから「煩い」の
一言で黙らせるのだ。もっとも、それでダンテが黙るのはほんの数分で、しばらくすればまた
壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返す。これも、いつものことだ。
ダンテはバージルと違い、どういうわけかお喋りだ。口から先に生まれたのだろうと言って
やれば、じゃあアンタは手からだな、と返された。実際そうかもしれない。妙に納得して頷くと、
ダンテは呆れたように冗談だと笑った。バージルの方は冗談を言ったつもりはなく、本気でダンテは
口から先に生まれて来たと思っているのだけれども。
ともかくも、ダンテはよく喋る。内容はいつも他愛のないものばかりだ。バージルは聞き上手な
人間ではなく、むしろ逆だと自覚もある。が、ダンテは気にしたふうはない。喋りたいから好きに
喋るのだとでも言うように、バージルの反応などお構いなしに喋る。そうして、バージルの名を
呼ばわる。
「バージル、」
こんなふうに。
「……何だ」
応じてやれば、ダンテは表情には変化こそないが、嬉しいのだとバージルは知っている。ダンテに
犬の尾でも生えていれば、確実にぱたぱたと千切れんばかりに尾を振っていることだろう。
バージルの対応一つで喜怒哀楽が激しく入れ替わるのは、昔から変わっていない。子供の頃は
今よりも顕著だったものだが、歳を食う程にふてぶてしくなったとでも言おうか。素直な可愛さは
なくなってきた。だからと言って今が可愛くないというわけはないが。
ソファーに腰掛けたバージルの膝に、ダンテがちょんと顎を乗せる。ダンテはソファーを背凭れに
して床に座っており、少し躰を倒せばバージルの脚に凭れる形になる。
バージルは本越しにこちらを上目遣いに見上げてくるダンテを見やり、何だ、ともう一度問うた。
どうせ何もないことは判っているのだが。
ダンテはバージルの膝に頬をすり寄せるようにして、しかし視線は外さぬまま。
「バージル、……」
呼ばわる声に甘えが含まれる。甘やかされたいと思っている時のダンテは随分と判りやすい。
そしてバージルが甘やかしてやれば、やはりダンテは目に見えぬ尾をしきりに振って喜び、
いっそう甘えてくる。
バージルは腕を伸ばしてダンテの耳の後ろを掻いた。まるきり犬か猫でも扱うような仕種だが、
ダンテは文句も言わなければ嫌がる素振りもない。むしろ気持ち良さそうに目を細め、ごろごろと
喉を鳴らしている。
可愛いものだ。判りきっていることだが。
「ソファーに乗れ」
脇に手を差し入れぐいと引くと、ダンテはちょっと「面倒臭い」と言いたげな表情をした。
「構って欲しいのだろう」
さっさと来い。有無を言わせずダンテをソファーに引き上げる。正確には、バージルの
膝の上に。
読み掛けの本は栞を挟んでソファーの肘掛けと自分の間に落としてある。今まで本のあった場所に
ダンテを横抱きにするように乗せ、背中に腕を回して支えてやる。胸にぽふりと凭れてくるダンテの
髪に口付けを落とした。
滑らかな膚を吸うのも良いが、バージルはダンテの髪に口付けるのが不思議な程気に入りだ。
気が付けばダンテの髪に触れ、引き寄せて口付けている。痛いとダンテが喚く程きつく引っ張る
こともあるが、バージルにとってはそれもある種、愛情表現である。
艶やかな髪の感触を愉しんでいると、もぞりとダンテがバージルの膝の上で身動いだ。
「バージル、あのさぁ……?」
声音に含まれた色に、バージルは内心で笑んだ。しかし表面上は一切変わらず、ダンテ曰く
鉄面皮のままだ。
きゅ、とダンテがバージルの袖を握った。子供が親とはぐれぬ為の行動に似ていて、どうにも
愛らしくバージルの目に映る。
「何だ」
バージルの声音はあくまで冷たいまま。ダンテは一瞬びくりとした。バージルの袖を掴む手に
力がこもる。
「意地悪ぃぞ、アンタ」
「ふ……ん。そんなこと、とうに知っていると思っていたが?」
ぐっ、と言葉を詰まらせるダンテの首を、背に回した手でついとなぞる。途端にぞくりと身を
震わせ、ダンテは恨みっぽくバージルを睨んだ。
「意地が悪ぃんじゃなくて、アンタは性格が悪ぃんだよな」
「それも、今更だろう」
ダンテの罵倒など痒くもない。平然と言い、バージルはダンテの膝裏をくすぐった。
「っん……」
「脚を閉じるな。誘ったからには、俺を満足させてみろ」
ダンテからすれば唐突に臨戦態勢に入ったように見えたのだろう。怯えたように、しかしダンテは
強いてバージルを睨む。
「誘ってねぇだろ」
「あれでか?」
「どれだよ。俺は誘ってなんか……」
「黙っていろ」
語尾はバージルの口の中。深く重ねた唇の奥、舌を吸って言葉を溶かす。
「ん、ふぅ……ん……っ」
甘やかな吐息が漏れ、バージルの耳を愉しませる。赤く上気した頬、震えて伏せられた睫毛は
バージルの目を飽きさせることがない。
いつしかダンテは自ら口付けを求めてバージルの首に腕を絡め。バージルが笑んでいることには
気付かず、躰をすり寄せてくる。
「んっ……ぅん……」
吐息でねだるさまはどこまでも可愛らしい。バージルはダンテの髪を指で掻き乱し、鷲掴みに
して引き倒した。肘掛けに背を乗せて仰向けになったダンテに、いっそう貪るように舌を絡める。
愛玩動物は時にどこまでも慈しみ、そして時にはどこまでも残酷に。
自分の下で喘ぎ、甘く鳴くダンテを、バージルは時間をかけて何度も味わった。
ダンテ、――――
双子の弟を蹂躙し、征服することに、バージルは何の疑問も持たない。
書きたいように書き殴った記憶しかありません。
って、いつものことかも…?(殴)