蒼空ソウクウ









雨が続いたここ数日、ダンテの気分はもれなく最悪だった。これ程に毎日鬱々とするのは、 雨の多いこの時期に限定されることだろう。
しかし今日は、久しぶり、と思えるようなすっきりとした晴れ空が広がっている。 雲はまばらに散らばるばかりで、青い空を遮るものは何もない。



ダンテは窓から射し込む眩しい光で目を覚ました。陰鬱な澱みのない、明るい陽射に、 いつもならば早くても昼前にしか起きないというのに、今はまだ九時前だ。
全く違う朝が来たのだと、ダンテは柄にもなく喜びを感じた。




リビングに行くと、どんな時でも朝の早いバージルが、当たり前のようにキッチンにいる。 ダンテが起きたのを気配で察し、コーヒーを淹れ始めるのもいつものことだ。
ダンテは顔を洗いに行くことも忘れ、淡々と食器棚からカップを取り出すバージルに 言った。

「なぁ、バージル、どっか出掛けようぜ」

バージルはちらと視線を上げる。

「何故だ」

まどろっこしいな。
ダンテはしかし、苛つきは覚えなかった。今日は久々に気分が良いのだ。

「何ででも良いじゃねぇか。こんな晴れてんだからさ、家に閉じこもってるだけなんて 勿体ねぇよ」

今日は仕事もなかっただろ?そう言ってやると、バージルはやれやれと言いたげに 肩を竦めた。見慣れた仕種だ。こういう時は、我儘を言っても大抵通る。

「……判った」

ほらな。にんまりとして、ダンテは頷いた。何だかんだと言って、バージルは自分に 甘いのだと、ダンテはよく知っている。

「じゃあ決まりな」

今すぐにでも家を飛び出す勢いのダンテを、しかしバージルが止めた。

「待て」

「あ? 何だよ」

「顔を洗って来い。急かずとも、今日は一日中晴れだ」

まるで親子か何かの会話だな、とダンテは思う。幼い頃から、バージルはダンテの 保護者のようなものの言い方をする。おそらく、実際に保護者だと思っているに違いない。

変な奴だ。
それを自然に受け入れている、自分も。

内心で笑いながら、ダンテはバージルの言い付けに従い洗面所に向かった。




ダンテとバージルとは、一卵性双生児にあたる。つまりは遺伝子レベルで全く同じ 生き物ということになるが、自分達程似ていない兄弟はないとダンテは思う。それは バージルも同じ意見だろう。

性格など、根本から全く違うし、考え方もまるで異なる。今さっきのように、バージルは ダンテを子供のように扱うことが常で、ダンテはそれを承知の上でバージルに甘えるが、 逆は有り得ない。

別人なのだ。全くの。

しかし、似ている処がまるきりないということでは、決してない。
例えば、ふとした仕種。

今し方、食器棚からカップを取り出したバージルは、親指の腹でカップの縁を何気なく 拭った。ダンテも同じことをする。小首を傾げるようにしてする処も、全く同じだ。
そして剣の扱い方も、細かい癖を除けばほぼ同じだった。ただ、得手とするものが違うという ことで、同じと言っても基本的な太刀筋が似ているという程度に過ぎないが。
両刃の剣を専ら扱うダンテと、片刃の刀を操るバージルとでは、さすがに全く同じとは 行かぬ。

細かく突き詰めれば、彼ら双子はよく似ている。しかし、双子のどちらもが意識していない 処で一致しているものだから、自覚というものがまるでないのだ。




冷たい水で顔を洗い、ふかふかのタオルで水滴を拭った。髪は手櫛でざっと梳くだけで、 整えるということはしない。それでも、ダンテの髪はいつも艶やかだ。毎晩のように、洗い 晒した髪をバージルに拭って貰っているからかもしれない。

バージルは神経質な質ではないが、ダンテのこととなると別なようで、特に髪については 煩い程なのだ。最近など、シャワーを浴びた後は何も言わずバージルのもとに行くのが日課の ようになっている。バージルも黙ってダンテの差し出したタオルを受け取り、髪を拭く。 認めたくはないが、バージルにそうして貰うのは気持ちが好かった。




リビングに戻ると、ソファーにバージルが腰掛けてコーヒーを啜っていた。右手にカップ、 左手には新聞という、いつもの見慣れた光景だ。
テーブルには、茶の液体が満ちた、ダンテの愛用するカップがある。飲め、と無言で 示されたそれを、ダンテは立ったまま取り上げた。何となく、座るのが面倒だった。

バージルが何か言うかな。そう思いつつカップに口をつける。と、

「座れ」

新聞から視線を上げることもせず、バージルが有無を言わせぬ口調で命じた。いや、 本人には、ダンテに対して命令したつもりはないのだろう。

癖、なのだとダンテは思っている。

だから、ダンテはバージルの命令口調に腹を立てたことはない。最も、頭ごなしに 命令された日には、さすがに腹も立てるが。

今日は気分も良いしな。

ダンテはちょっと肩を竦め、ソファーに凭れるように床に腰を下ろした。左隣りには バージルの足。いつもの定位置だ。
ソファーに並んで座るよりも、こちらの方をダンテは好んで選ぶ。理由はない。時折、 バージルの脚に凭れたりもするが、バージルはやめろとも何だとも言わない。それも、 好きだな、と思う。

「バージル、」

まだか? と早くも空になったカップをテーブルに置き、ダンテは首をのけ反らせて バージルを仰ぎ見た。

「もう少しだ」

おざなりに言う、新聞に釘付けになったままのバージルの視線。
ダンテは何故だか妙に苛立ち、ソファーによじ登った。躰を伸ばし、バージルと新聞の間に 割り込むようにして、ぐっとバージルに顔を寄せる。

「バージル……なぁって」

自分は今、子供のような顔をしているのだろう。自覚はあるが、バージルを相手にすると こういうことが多々ある。バージルが自分を子供扱いするのも、正直頷ける。
バージルは眉間に皺を刻んだ。薄く緑の混じった碧い瞳に自分が映るのを見て、ダンテは 不思議な程満足する。

俺も大概、頭おかしいな。

ダンテは内心で自らを笑い、間近にあったバージルの唇を、自分のそれで意味もなく塞いだ。 閉じられる気配のない、驚きの色もないバージルと見つめ合ったまま、 触れただけで唇を離す。

「……何だ」

バージルの低い声が問うた。ダンテはバージルの肩に手を乗せ、別に、と嘯く。

「何でもねぇ。それより、なぁ、早く行こうぜ」

「仕様のない奴だ……」

溜息を吐き、バージルはダンテを膝に乗せたままカップをテーブルに置き、新聞を畳んだ。

「降りろ。立てん」

「ん、」

少しばかり浮かれて、ダンテはバージルに先んじて立ち上がった。次いでバージルが、 ダンテの腰を抱くように腕を回してソファーから立ち上がる。

ダンテとバージルはよくお互いの躰に触れる。性的な意味のある時とない時とはまちまちだが、 お互い、相手がどちらの意図を持っているか、触れる前に判るのだ。

今のこれは、単なるいつものスキンシップ。さっきのキスも、そうだ。
子犬がじゃれるように、触れる。そんな遊びのようなスキンシップが、ダンテは好きだと 改めて思う。

「どこ行くかなぁ……。なぁ、バージル?」

「お前の好きにしろ。……そのつもりだったのだろうが」

「んー、まぁな。それじゃあ、とりあえず大通りにでも行って、歩きながら ソフトクリーム喰うか」

冷たいけれど甘く、じわりと幸せを感じる舌触りを思い出し、ダンテは知らず笑みを 浮かべる。それはまるで、この片割れのようだと思ったから。

バージルが目を細めたのが、視界の端に映る。

「……何だよ?」

「いや、」

「ふぅん? まぁ良いけど。今日はアンタも何か喰えよな」

「何故」

バージルは甘いものが好きではない。ダンテがケーキやアイスクリームなどを食べている のを、眉間に皺を寄せて眺めるのが常だった。ダンテも判っているので無理に 勧めたことはないのだが、今日は。

「いいじゃねぇか。今日ぐらい。たまには一緒に食べながら歩こうぜ?」

にっと笑い、返事も聞かずにバージルの腕からすり抜けた。

「なぁ、バージル」

振り向かずに呼び掛ける。何だ、と間髪入れず声が返る。

「今日は良い日だな」

意味のない言葉。けれど。
背後でバージルが笑う気配がした。

「……そうだな」

どんなに短くとも、たとえ素っ気ないものであっても、応じる言葉があるだけで、 ダンテは仕合わせになれる。

「ほんと、良い日だな」







何でもない、晴れた休日。



















戻。



双子に出掛けさせようとしたのに、何でこんなことに…!
リベンジ…出来たらします。←ヘタレ。
ダンテの機嫌はその日の気候に大きく左右されてそう。とか思ったり。
とりあえず、我が家のダンテさんは雨大っ嫌いですから。
兄は常に平行。たまには嫉妬なぞさせてみたい。