狂奏クルイカナデ








月明りに浮かぶは、紅き暗闇。









改造銃をホルスターにしまい、ダンテは一つ息を吐いた。疲れたのではない。ただ、 何となく気が重かった。
背中に負った剣が二本、月の光を弾いて朱と碧のきらめきを放つ。
また、溜息が出た。と、

「主よ、仕事は終わったのではないのか」

「何故動こうとせぬ、主よ」

背中から声がして、ダンテは頭を振った。

「煩ぇよ。喋るなっつっただろうが」

しかし背中の声は止むことなく言葉を紡ぐ。

「主よ、我らは当然のことを訊いたまで」

「我らは不要ならば口を開かぬぞ、主よ」

「当然だとか、要るか要らねぇかとかじゃなく、喋るなっつってんだ」

苛々と銀の髪を掻き毟り、ダンテはアスファルトを蹴りつけた。それでも、 背中の声は止むことを知らず。

「主よ、」

「煩ぇ」

「主よ、」

「黙れ!」

一瞬の静寂。張り詰めた空気を破ったのは、一つの鳴き声。しかしそれは、 違った緊張をダンテらに与えた。

「……狩りはまだ、終わっちゃいねぇってか」

楽しげに唇を歪めるダンテに、背後のものは溜息を吐いたようだった。

「今宵の主は難しい」

「今宵の主は難しい」

重なった二つの声に、黙れ、とでも言うように、ダンテは背中の二刀を引き抜いた。 そして最早、声はなく。ただダンテを取り囲むように、闇の使者達がその身を起こした。
ダンテは右に碧の刀を、左に朱の刀を構え、それらを見据えた。血に飢えた亡者は、 果たして狩る者か狩られる者か。

にぃ、とダンテは三日月のように口端を吊り上げた。朱と碧の一対の刀は、 主の気違いめいた様子にただ沈黙した。






紅い外套は血を啜り、どす黒い緋色に変じていた。














手入れもされず床に放り出されたアグニとルドラの双刀を、バージルは見下ろし 肩を竦めた。
さすがに意思を持つ妖刀であるだけに、刃こぼれや血の曇りは一切ない。が、 その力に惚れ込み主と定めた者に、こうもぞんざいに扱われては、哀れにもなる。

ごろりと転がった双刀の、朱色の刀身をした方が不意に口を聞いた。

「兄上殿」

柄の先に付いた、人の頭のような装飾がかたりと動く。

「主は今宵、誰よりも難しい」

もう一方、碧い刀身の方も、ことりと口を開いた。

「主は血に酔っているのだ、兄上殿」

「然り。主は今宵、血を浴びすぎた」

「然り。主は今宵、悪魔どもを狩りすぎた」

「我らには手が付けられぬ」

「我らには何をすることも出来ぬ」

「故に……さて、どうすれば良いと話していたのか」

「先刻まで話していたことだというのに、忘れてしまった」

「どうすれば」

「判らぬ」

いつまでも続きそうな彼らのやり取りを、バージルは冷ややかに止めた。

「少し黙れ」

お喋りな刀は、しかし口を閉じることはなく。

「主は無事か」

「判らぬ、兄者」

「……」

バージルはこめかみを押さえたいような気分になった。この双刀の会話を聞いていると、 いつもそうだ。

「どうすれば」

そればかりを繰り返す彼らを拾い上げ、壁のラックに寝かせてやる。

「ダンテのことは俺に任せろ。ご苦労だったな、お前達」

一応労い、背を向ける。その背に、やはりと言おうか、アグニとルドラの声が届く。

「主は部屋に」

「主は寝台に」

送り出されるように、ダンテの部屋に向かった。




ものの多い、散らかった部屋。ダンテは片付けるということを知らない。だからと言って、 バージルが部屋を綺麗にしてやることもないものだから、この部屋は散らかったままだ。

足下に窓を取る形に置かれたベッドに、ダンテは何をするでもなく腰掛けていた。

「……バージル、」

両手を広げ、ダンテはバージルを呼んだ。いつもと変わらぬ硝子玉のような瞳は、 しかしいつもとは違う色を宿している。
バージルは肩を竦め、仕方なくダンテの背に腕を回した。

「眠らんのか」

問えば、

「眠れねぇんだ。判るだろ?」

意図を持った、誘う声。しなやかな腕が、バージルの頭を抱くように首に回る。

確かにバージルには判っていた。アグニとルドラの会話を聞き、推測されたことは ダンテが常になく血に酔い、昂ぶっているということ。そして鎮めるには、 自分がどうにかしてやるしかないということが。

バージルは溜息を吐いた。ダンテは腕の中で、子供のようにバージルに しがみついている。

「…………」

自分がいなかった時はどうしていたのか。
考えを巡らせようとして、やめた。あまりにも無意味で、不毛だ。
過ぎてしまった時はもう、一秒たりとも元には戻らぬのだ。最も、バージルには時間が戻れば良いなどとは露程も思わないが。

もう一つ溜息を吐き、バージルはダンテをベッドに組み敷いた。嬉しいのか、ダンテは バージルの首に腕をかけたまま笑っている。どこか恍惚とした表情だ。 その双眸が映しているものは、果たしてバージルなのか。けぶった瞳には、 何も映っていないようにすら見える。

バージルは首に絡んだ腕を外させ、片手で一纏めにしてダンテの頭の上方、シーツに やわく縫い止めた。普段なら身を捩って嫌がる体勢に、しかしバージルの予想通り、今日は 僅かばかりの抵抗もない。

ダンテの首筋に歯を立て、紅い痕の付いたそこに舌を這わせる。丁度頸動脈の上。 それから耳の後ろと、鎖骨。おざなりに着、はだけたシャツから覗く胸の突起を、悪戯を するように舌先で弾く。
敏感なダンテは、そのどれもにいちいち反応をし、躰をぴくりと撥ねさせる。

バージルは少し視線を上げ、ダンテの表情を盗み見た。感じるままに喘ぐ、滅多には 見られないダンテのそれに、しかしバージルの心は冷えたままだった。

これは、ダンテの本心か。

考えても仕様のないことが、頭の隅に居座っている。
と、不意にダンテがバージルの脇腹を膝で突いた。

「っ……何、他のこと考えてんだよ……!」

恨みがましく、睨んできた。気付かぬうちに、愛撫をやめてしまっていたらしい。

「あぁ……済まん」

ほとんど反射的に謝ると、ダンテは自ら脚を開き、行為を促した。

「なぁ、早く……」

肩を竦め、ダンテの下肢をあらわにする。革のパンツを下着ごと取り去り、床に落とす。 ダンテの陰茎は既に張り詰め、震えている。
バージルが触れると、先端からは透明の先走りがくぷりと溢れ、ダンテが小さく啼いた。

「っあ……」

嫌がるような色は、やはりない。自ら誘ったのだから、当然と言えば当然だが。

二、三度扱いてやるだけで、ダンテは高い嬌声とともに果てた。早いな、と呟くと、 ダンテの水気を帯びた瞳に睨みを貰った。それはいつも行為の最中に見せるものに似ており、 バージルは我知らずぞくりとした。
これが欲しかったのだ、と新しい発見をしたかのように、思う。

しかし。

「バージル……っ」

先をねだる甘い声に、少しだけ苛立った。

バージルはダンテの躰を反転させて俯せにし、腰をすくうように持ち上げた。 尻だけを突き出すような体勢に、さすがにダンテは戸惑ったような視線を肩越しに向けた。

縋るような、その瞳。

バージルは目を細め、冷たく言い放った。

「顔を伏せていろ。――――挿入れるぞ」

息を飲むようにシーツに顔を押し付けるダンテを、バージルは慣らしもせずに貫いた。 くぐもった悲鳴が耳に響く。痛いということは判っている。痛みを与えるつもりで、前戯もなく 後孔に自身を穿ったのだ。

血が、ダンテの白い腿を伝った。
赤いぬめりを借り、バージルは始めから激しくダンテを揺さぶった。苦痛しかもたらさぬ筈の 挿出に、けれど今のダンテには、痛みすらも快楽となってしまうようだ。
なまじ行為に馴れている所為か、それとも異様に昂ぶった躰がそうさせているのか。
ダンテの口からはひっきりなしに嬌声が漏れる。

「っあ、あ……あぁっ……!」

亀頭のぎりぎりまで引き抜き、突き入れる。ぐちっと結合部が卑猥な音をたてた。 一度達したのみで触りもしていないダンテの陰茎は、萎えるどころか腹に付きそうな程 反り返り、歓喜に涙を流している。

「ひぁ、あぁあっ!」

びく、とダンテの躰が撥ね、一際大きな嬌声をあげた。前立腺の、特にダンテの官能を 刺激する箇所を掠めたのだ。
バージルは無論、そこを責めればダンテがすぐにも達してしまうことを知っている。 ダンテの躰の隅々まで知り尽くしているのだから、当然そこを掠めたのも意図したことである。 しかし、バージルはダンテの官能を引き出してやることは、あえてしなかった。

「っ……締めるな、……こちらはどうだ?」

嘯き、僅かに外れた内壁をぐっと突く。

「ああっ! あ、っ……や……」

バージルは口端を持ち上げ、昏く嗤った。

「嫌、か?」

はっとしたように、ダンテがシーツに額を擦り付けて首を左右にした。

「ちが……あっ……!」

「何が違う?」

もう一度、突く。快感を感じはすれど、それが最上のものではないと知っているダンテの 躰は、より強い快楽を求めてかたかたと震えている。

「ひっう……バ、……ジルぅ……っ」

きつく、ダンテの手がシーツを掴む。バージルは腰を使いながら、力の入り過ぎて 白くなっていりダンテの手を見つめていた。

「バージルっ……そこ、や……っあああ!」

言葉を奪うように、バージルはダンテの内部を激しく犯した。息を吐く暇すら与えず、 バージルはダンテのともすれば崩れ落ちそうな腰を荒く掴み、熱塊を突き込む。

「あぅっ、ふぁ、あっ! あ、あっ、あ……ッ」

最早言葉はなく、ダンテの喘ぎと荒い息遣いと、そして肉を穿つ淫靡な音だけが 部屋に満ちる。

バージルの秀麗な面には、一切の表情はなく。

弟という名の男を、ただ機械的に犯す男がそこにいた。

「ぁあああッ……――――!」

組み敷いたものが精を弾けさせた。穿ったものを締め付けられ、男もまた内壁に奔流を 叩き付ける。しかし、行為はまだ終わりを知らず。
うわ言のように「もっと」とせがむ声に、けれど応じるでもなく行為を再開した。




互いを貪るような、果てなく続く獣じみた交合――――。















バージルは一睡もすることなく一夜を明かした。
腕の中で、ダンテはつい今し方眠りに落ちたところだった。

ダンテの頬に残った涙の跡を指でなぞる。

何度ダンテの中で精を吐き出したか、覚えていない。もちろんダンテが何度達したかなど、 記憶の片隅にすらなかった。

気が狂う程、躰を繋げた。いや、狂いでもせねば、ダンテは自身の精神を保てないのだと 判っていた。

硝子細工のような、脆い心。
芯が強いように見えるのは、半分は虚栄、もう半分は……

「……ぅん……」

ダンテが身動ぎし、バージルの胸にすり寄ってきた。無意識のその仕種が、 幼い頃を思わせる。
バージルはダンテの肩をシーツで包んでやり、ゆるく瞼を閉じた。汗と体液、乾いた血の 臭気に混じり、鼻先をくすぐるダンテの髪の匂いが心地好い。

目が覚めれば、ダンテはいつものダンテに戻っているだろう。主を案じていた双子の刀も、 安堵するに違いない。そして、自分も。

「……いつものお前でいろ」

昨夜のようなことは、また度々起こると判っている。その都度、バージルはダンテを 朝まで犯すのだ。
それでダンテが常を保っていられるなら。
意味のない交わりも、意味あるものに変わるのだから。



ダンテの髪に顔を埋め、バージルもまた、浅い眠りに落ちていった。























戻。