枕辺マクラベ









双子、というのは別段珍しいものではない。
確かに生まれる確率は低いかもしれないが、少なくはない。




ダンテには兄がいる。
双子の、それも一卵性双生児だ。つまり顔は全く同じ、 声も一緒で……しかしダンテにすれば、自分と兄は似ても似つかぬ別の人間なのだ。

おそらく、それは兄も同じ意見なのだとダンテは思う。口に出して言ったことは お互いないが、自分がそう思っているのだから、兄もそうに違いない。

妙なところで、同調する。

それが双子ゆえになのかは、ダンテは知らない。
要は、自分と兄とが似ていないという、ただはそれだけのこと。







朝――――と言っても、ダンテが起きる時間は昼に近い。
どうせ今日は仕事もないし、ともう少し眠ろうとシーツを手繰り寄せ、 抱き込むように顔を埋める。

二度寝は言い表せぬ気持ち良さがあって、ダンテはついついその誘惑に乗せられてしまう。 いつもそうだ。明るい陽の射す部屋の中、ベッドの上、うとうとと惰眠を貪る心地好さが、 何とも言えず好きなのだ。

昨日洗ったばかりなのか、シーツは太陽の匂いがした。それは昨夜のことで、 今は少し違った匂いに紛れてよく判らない。違った匂いとは、バージルのものだ。

いつも同じベッドで寝ているわけでは、決してない。部屋は別々だし、勿論ベッドも それぞれにある。が、週の半分は、一つのシーツに包まれて眠っている。別々に眠る時は、 大抵どちらかの帰りが遅いか、明くる日になってから帰宅する場合だった。そんな日は、 ダンテはバージルのベッドで眠ることが多いのだが。

昨夜はそう、バージルはやけに帰りが遅かった。ダンテはダンテで別の仕事が入って いたため、バージルの動向は知る由もない。
仕事を済ませて帰宅したダンテを迎えたのは、静寂だった。

バージルは何かに手間取っているのか、それとも何か不慮の事柄があったのか、 それは判らない。
ダンテはバージルを心配するなどということもなく、風呂に入り、食事もそこそこにして ベッドに潜り込んだ。時刻は既に、深夜零時を過ぎていた。

それにしても、とダンテはまどろみの中で思う。

昨夜は確か、自分のベッドに入った筈だ。玄関からは最も遠いドア――――自室のそれを 開けた覚えはあるが、その向かい、バージルの部屋のドアを開けた覚えは全くない。 なのに、シーツからはバージルの匂い。これはいったいどういうことなのだろう。

ダンテは重い瞼を片方だけ持ち上げ、ちらと部屋を見回した。ベッドの上からでも判る、 ものが散乱した部屋……これはどう見ても自分の部屋に間違いない。
バージルの部屋は、同じ造りとは思えぬ程整頓されている。というより、ものが極端に 少ないのだ。あって、本。それも本棚に整然と並べられており、およそ散らかるという言葉は 当て嵌まらない。

ものをしまう、ということをしないダンテには、これでもまだ片付いている方なのだが、 いかんせん、散らかっているということに変わりはない。それで、よくバージルに 叱られるのだから。

それで、だ。ここは確実にダンテの部屋で、しかし昨日洗ったところのシーツからは バージルの匂いが確かにして。
これは、果たして何を意味するのか。
考えられることは、一つ。

バージルが、昨夜――――明け方かもしれない――――ここで眠ったということだ。

何故。

ダンテが、バージルのいない夜にバージルのベッドに潜り込むことはあっても、その逆は なかった筈だ。あったとしても、匂いですぐに判る。常人よりも優れた身体能力を 持っていることを差し引いても、バージルの匂いだけは何故か判ってしまうのだ。

だから、今日は不思議で仕方がない。

バージルが、意味のない行動をすることはなく。しかしダンテのベッドで眠ることに 意味があるとは思えず。しかも、本当に眠るだけのために。

双子ではあるが、彼らは肉の関係を持っている。週に数度、躰を繋げるのは当たり前になって しまっているのだ。そしてそのほとんどが、バージルに押し切られる形で始まるのである。

同じベッドに、一枚のシーツに身を包んでおきながら、何もしないというのは 妙ではないか。

そう考えだすと、最早寝られる状況ではなくなってきた。頭は混乱しつつも 冴えてしまっている。

ダンテはシーツを撥ね除け、がばりと躰を起こした。

「っあぁあ――!」

わけの判らない叫びを上げ、伸びをする。そして着替えもせぬまま、 裸足で部屋を飛び出した。

「バージル!」

ダンテは勢い良くリビングのドアを開け放った。
いつも、ダンテが起きて来るとバージルは決まってキッチンにいる。気配で判るのか、 ダンテが顔を見せるより早くコーヒーを用意し始めるのだ。
リビングとキッチンの間には間仕切りもなく、一つの長細い部屋になっている。 キッチンにいるだろうバージルに、ダンテの声が聞こえていない筈はない。なのに、

「あ……?」

バージルの反応は皆無。それは当然のことで、バージルの姿はリビングにもキッチンにも ないのだ。

「バージル?」

何だ、といつもならばある筈の平坦な声が、ない。
バージルの朝は、いかに就寝時間が遅かろうが、早い。ほとんど寝ていないのでは、 と思う時も少なくない。
おそらく今日も、何時に帰宅したかは知らないが、良くても四時間程しか眠って いないだろう。そんな状態で、どこかに出掛けたのだろうか。

「どこに、」

声に出して自問する。今日はバージルの方も仕事はなかった筈だ。とすれば、散歩か。

「いや、それはねぇだろ……」

天気が良いから散歩、など、しているところを見たことがない。何より、 何となく似合わない。

では、どこだ。

「買い物……?」

声にしてすぐ、違う、と否定した。直感、とでも言うのだろうか。とにかく、 バージルは外に出たのではないと確信した。

踵を返してリビングを出、もと来た廊下を戻った。迷いなく、自室の向かいの ドアを開ける。

「……やっぱり」

ベッドの上、盛り上がったシーツを見て、ダンテは肩を竦めた。
こちらに背を向け、ぴくりでもなく眠っている男は、まさしくバージルその人に間違いない。 ダンテが入って来たというのに、気付いたふうは全くない。野生の獣並みに感覚の優れた バージルが、珍しいにも程がある。

ダンテは足音を忍ばせるでもなくベッドに近寄り、バージルの寝顔を覗き込んだ。 そういえば、バージルの寝姿など目にするのは、いつ振りだろうか。

バージルはダンテよりも就寝が遅く、そしてダンテよりも早く起床する。つまるところ、 ダンテがバージルの寝顔を見ることなど、まずないのである。それが、今日は どうしたことか。

見世物でも観るように、ダンテはまじまじとバージルの寝顔に魅入った。
自分と同じだという兄の顔は、悔しいが自分より年嵩に見える。昔からそうだった。 双子でも、すぐにバージルが兄だと知れ、間違えられたことなど一度もなかった。
似ていないのだ。ダンテは改めて思う。そして、似ていてたまるか、とも思った。

ダンテとバージルは、同じ血が通っているというだけで、全く別な人間なのだから。

「ほんと、似てねぇよな……」

意味もなく呟き、ダンテは溜息を吐いた。バージルはまだ起きる気配もない。
昨夜――――いや、今朝か――――、バージルは本当にダンテのベッドにいたのだろうか。 いたとして、一度起きて、また自分のベッドに戻って寝直したのか。判らない。
ダンテにはバージルのことなど判らないし、判ろうとも思わない。

ただ、――――ダンテは目を瞬かせた。

「……眠ぃ……」

寝息もたてずに眠るバージルを見つめているうち、自分も眠気を誘われたらしい。

ダンテは何を考えることもなく、バージルの着ているシーツをそっとめくった。
ベッドに膝を乗せると、ぎしりとスプリングが軋む。シーツに文字通り潜り込み、 バージルと背中合わせに寝転んで、ダンテはふわりと微笑した。

ほのかに、鼻先をかすめるバージルの匂い。

安心して、とはダンテは認めないけれど、ほっとしたように瞼が落ちた。






背中を合わせて眠る双子の、その寝顔は。

そう、疑いようもなく、瓜二つ。



















戻。



眠る兄。を書きたかったわけではありません。
何でこんな展開になったかは、仕事帰りの私の脳のみが知っている…

これの兄視点なんて、書いてもおもしろくないですかね…