流灯トモシビ









さらさらと、掬った銀糸が指を滑る。白に近いその糸を、飽きもせずに何度も梳き、 指に絡ませる。そうして感触を堪能する前に、眠りに落ちる。

穏やかな眠りが、訪れる。




ひとしきり雨の降った後の空は、見事に晴れた。所々に雲は散っているが、青く澄み、 そして高い。

夜明けとともに目覚めていたバージルは、昼近くになってようやく起きた弟に、 熱いコーヒーを入れてやった。飯はもう少ししてから、昼食と兼用で構わぬだろう。
とくに朝の挨拶をするでもなく、無言でコーヒーメーカーを仕込むバージルは、 ふとダンテがこちらを見ていることに気が付いた。

「……何だ」

視線を上げると、ダンテの何か物言いたげな瞳とかち合った。
ダンテはしかし、むすっと唇を尖らせ、別に、と不貞腐れたように顔を背けた。 洗面所へ行くつもりだろう、そのまま部屋を出て行こうとする。

バージルは内心で訝しく思ったが、ダンテを引き止めることはせず、 また目を手許に落とした。



数分後、リビングに戻ったダンテにコーヒーを飲ませ、バージルはソファーに腰掛けて、 読み掛けだった本を開いた。ありきたりと言えばありきたりの推理小説だ。

バージルは子供の頃から本をよく読んだ。本の虫、と言われたこともある。が、実の所、 本が好きというわけではないのだと知っているものは、おそらくいない。
ただ、読む。好きも嫌いもなく、どんなジャンルのものでも区別なく読む。 それこそ幼稚なお伽話から、小難しい研究書、果ては旧い史料など、棚に並んだ端から 端まで読み漁る。バージルにとっては、文字が記してあればどんな書物も皆同じなのだ。

反対に、ダンテはほとんどものを読むということをしない。子供の頃から、 童話ですら読んで聞かせねば、自ら本を開こうともしなかった。それは今も変わらず、 つまりは両極端な兄弟なのである。

ぱらぱらと、平均的な人間よりも早いペースでページを繰っていくバージルは、 またダンテの視線を感じて顔を上げた。

「……何だ」

カーペットに足を崩して座り、上目遣いにこちらを見ていたダンテだが、 やはり何も言おうとはせず。

「……何でもねぇよ」

と、そっぽを向く。

バージルは肩を竦め、本を閉じた。

「ダンテ、」

「あ?」

「ここに来い」

顎で示したのは、自分の隣。ソファーの右側。
ダンテは思いきり顔をしかめた。嫌だと言うのかと思いきや、バージルを睨み付けると にじり寄るようにしてソファーに近付いて来た。

「…………」

始終無言で、ソファーには座らず背中を凭せ掛けた。最大限の妥協、とでも 言いたいのだろうか。

バージルは一つ溜息を吐き、斜め前方にあるダンテの頭をくしゃりと撫でた。 ダンテはその手を払うこともしなければ、やめろと嫌がることもしなかった。 何故か。理由はおそらく、――――

「なぁ、バージル」

「何だ」

「アンタ、なんでそんな朝早ぇんだ?」

「お前が遅いだけだ」

「早ぇよ、アンタ」

「そうか」

「……そうだよ」

拗ねて、いるのだろう。これは。



昨夜、雨の音を聴きながら、ダンテはなかなか眠りに落ちようとしなかった。
眠れないのではなく、眠りたくないのだと、バージルには手にとるように判った。 いつもならば、三度ばかり交合すれば、気を失うか疲れ果てるかして意識を飛ばして しまうのだが、昨夜は違った。

まだだ、と噛み付くように叫び、腕を絡ませ、脚を開き。貪るように唇を合わせた。

情緒不安定なのだろうと、バージルはダンテの痛々しいばかりの誘いに乗った。 いや、乗ってやらねばならなかった。



ともすれば壊れてしまいそうな、硝子のような危うさがダンテにはある。そしてそれは、 バージルが意図せずそうなさしめたものなのだ。



責任を取る、などと白々しいことは言わないけれど。少しだけ、ほんの少しだけでも、 償うことは出来るだろうか。

例えば、そう。



「もう少し、眠るか?」

「……もう起きちまった」

「部屋で、ではない。ここで、だ」

「ここで? ……」

「そうだ」

「コーヒー飲ませといて、無理な話だって思わねぇの?」

「そうだったな……だが、眠れるだろう?」

くしゃり、とダンテの髪を掻く。

束の間の静寂の後、ダンテが少し躰をずらした。

「……寝る」

その声は憮然として、しかし既に眠たげだった。
バージルはダンテの髪を撫で付け、形の良い頭に手を乗せたままにする。

「……ゆっくり眠れ」

幼い子供を寝かし付けるように、そっと囁き。
バージルの膝に頭をすり寄せ、脚を抱くようにして足の甲に手を乗せて眠るダンテの髪を、 バージルはいつまでも撫でていた。

「……どこにも行かん。もう、な……」

懺悔はしない。バージルはただ、低く呟き。





するり、と指の間から、銀の糸が零れて落ちた。



















戻。



雨上がりの朝のひと時…甘いですか?
何となくバージル視点にしてみました。
バージルはダンテを甘やかしてなんぼだと思います。