潔諦ケッテイ









バージル以外の人間には、ダンテは完全な犬に見える。と確信を持つに到ったのは、 嵐のように来たトリッシュが帰った後、仕事を携えてやって来たエンツォの反応を見てからの ことだった。





ドアが吹き飛ぶのでは、と思う程勢いよく開け放ち、エンツォが姿を現わした。相変わらず、 背が低い。

「よう! エンツォ様がメシの種を持って来てやったぞ! ……っと、あん?」

景気良く声を張り上げたは良いが、エンツォは目をぱちぱちとさせて事務所を見渡した。 目当ての男――――もう一人が、いない。

「バージルだけか? ダンテはどうした?」

エンツォの視界には、銀髪の男が一人いるだけで、共にいるべきもう一人がどこにも 見当たらないのだ。
事務所の机に主人然と座るバージルは、エンツォの疑問に淡々としたいつもの調子で 応じた。

「すぐ戻る」

「お? おう、そうか……」

エンツォはダンテとそれなりに付き合いが長い。この事務所を見付けたのもエンツォで、 ダンテが請け負う仕事の半分はエンツォの持ち込んだものだ。ただし、エンツォの本職は 情報屋ということなのたが。
そのエンツォは、どうもダンテ抜きでバージルと話すのが苦手なのだ。感情を表にさらけ出す ダンテと違い、一切感情をあらわにしないバージルは心が読めず、近寄り難い雰囲気がある からだ。

今回持ち込んだ仕事も、ダンテとバージルの二人を指名したものだった。ダンテがおらず とも、とりあえずバージルに話を付ければ良いことなのだが……。

「で、どこに行ってるんだ?」

「…………」

何故か沈黙するバージル。何か言われるのか、とエンツォは少し薄ら寒いものを感じて 身構えたが、よく見れば、バージルはじっとどこかを見つめている。

「…………?」

エンツォがバージルの視線を辿ってそちらを見やると、そこには。

「何だ、バージル……アンタ犬なんか飼ってたのか?」

へぇ、と意外なものを見たとばかりに、エンツォはその犬を穴が開く程凝視する。
バージルはといえば、犬を顎で招く仕種をした。
珍しい銀の毛並みをした犬は、不貞腐れたように一声鳴くと、のろのろとバージルの足許に 寄った。

「珍しい犬だな」

言うと、犬が凄まじい勢いで睨み付けて来た。その迫力たるや、ただの飼い犬とは思われない 野生のそれだ。

「うっ……バージル、そいつちゃんと躾けてるんだろうな?」

見れば、犬は首輪をしていない。そこらに浮浪していた犬を、そのまま家に上げたと 言われても頷ける。
と、バージルが不意に口を開いた。

「気にするな。……それで、何の用だ?」

始めの言葉は犬に、後半はエンツォに向けられたものらしい。

「あ? あぁ……アンタとダンテに仕事だ。内容はVIPの護衛。報酬は二千ドル。それとは 別に前金に千出すってことだ。悪い話じゃねぇだろ?」

どうだ? と身を乗り出し売り込むエンツォ。バージルは「ふむ、」と言ったきりで腕を 組んだまま反応がない。代わりに、とでもいうように、犬が机の上に飛び乗りエンツォを 威嚇した。

「ガァゥッ! グルルル……!」

低い唸り声を上げる犬に、エンツォはざざっと身を引いた。

「ババババージル! この犬噛まねぇだろうな!?」

慌てるエンツォに対し、バージルはどこまでも単調だ。

「さぁな」

「さぁなってオイ! 噛まれたらどうしてくれるんだ!?」

「グルルル……ッ!」

「……静かにしろ」

合図かのように、エンツォと銀の犬が同時に黙った。躾のなっていない犬かと思ったが、 とんでもない。むしろバージルの言うことしか聞かない、というやつらしい。

「……良い性格してやがるぜ……」

この犬もだが、バージルも。
エンツォの呟きを耳聡く聞き付け、犬がまたギロッとエンツォを睨んだ。びくりと身を 竦ませるエンツォを助けようとしてではないのだろうが、バージルがおもむろに犬の尾を掴んだ。 途端、犬がびくっと撥ねる。どうも、尾はこの犬の弱点らしい。……どこかで、そんな設定の ジャパニーズ・アニメを聞いたことがあるような気がするが、それはまぁ良い。

「それで、どうだ、バージル。勿論請けてくれるんだろ?」

犬にいつまでも構ってはおれない。エンツォは気を取り直してバージルに迫った。 相も変わらず、バージルの反応は鈍い。
普通、前金と併せて三千ドルと来れば、悩むまでもなく請ける。ダンテならば、たかだか 護衛なんて詰まらない仕事はお断りだ、と言うに違いない。

あの男は仕事のほとんどをその時の気分で決める。
気に入った仕事なら、子供の小遣い同然の報酬でも二つ返事で請けるというのに、 気に入らないものなら天井まで札束を積んでも首を縦にはしない。そんな、エンツォからすれば 頭がおかしいとしか思えない男なのだ。
代わりに腕の良さは折り紙付きで、お蔭でダンテを指名する依頼人は絶えないのだが。

仕事を運ぶエンツォとしては、選り好みをするダンテは頂けないわけで。
バージルはと言えば、確かに顔はダンテと全く同じで、体格も鏡のようにそのままだ。が、 性格は正反対だ、とエンツォはそう双子を理解している。だから、ダンテと正反対のバージルは 話し辛さはあるものの、ダンテよりも仕事の話は進めやすい。ダンテのような選り好みを、 バージルはあまりしないからだ。
しかし、何が気に入らないのか、バージルはどうも請けたくなさそうな顔をしている。 ぽつり、と訊いた。

「護衛の期間は?」

「二日。ただし昼も夜も付きっきりで、だそうだ」

「そのVIPとやらは、真当な人種ではないな」

「う……だがな、バージル、三千だぞ? 依頼人がどんな人間の屑でも、金さえ貰えりゃ 文句はねぇだろ」

「その依頼人は俺とダンテを指名した、と言ったな?」

「お、おぉ」

「ならば、一万でなければ請けんと伝えろ」

バージルの口からさらりと出た言葉に、エンツォは文字通り開いた口が塞がらなかった。 今この無表情男は何と言った? 一万……?

「ななな何考えてやがるっ!? 三倍以上じゃねぇか!」

「俺達二人をと望むなら、その程度は当たり前だ。そうだろう?」

まるでダンテに話し掛けるように、バージルは机に鎮座した犬に言った。犬は「そうだ」と でも言うように大きく頷く。本当にバージルの言葉はよく聞く犬だ。

「ま、待て待て、バージル! それはあれか、この仕事を蹴るってことか!?」

「報酬がそのままなら、そうなるな」

「ダンテはどうなんだ、ダンテは。これはアンタだけに持って来た仕事じゃねぇんだぜ」

何が気に食わなかったのか、犬がまた唸った。

「うわっ、またか!?」

慌てるエンツォなどお構いなしに、バージルは言った。

「聞く必要はない」

「あぁん? 何でだよ?」

「…………」

これで二度目の、不思議な沈黙。

「? 何だ?」

「……いや、ともかく先方にはそう伝えておけ。どうせ、あわよくば、と思って持ち込んだ のだろう、エンツォ?」

読まれている。エンツォは内心で舌打ちした。

「仕方ねぇな……だが次は絶対に逃がさねぇからな」

にや、と笑うと、やはりバージルではなく犬が吠えた。見た目はなかなかに可愛いのだが、 中身狼のような獰猛さがある。黙っていれば完璧な色男であるダンテによく似た、可愛げのない 犬だ。

「グゥゥ……ッ」

低い唸り声に見送られ、エンツォは小さな躰を縮めるようにして事務所を後にした。

「バージル、その犬、首輪付けた方が良いぞ!」

捨て台詞、などでは全くないが、そう言い捨てて。





エンツォが去った後……

「……やはり、犬らしいな」

「……何で……」

「耳と尾の生えた人間と、どちらがましに見えるだろうな?」

「う、煩ぇ! エンツォの野郎も野郎だ。何が首輪付けとけ、だぁ!? 人を 犬犬言いやがって……俺は犬じゃねぇ!」

「犬だろうが」

「違う! 他の奴等にゃ犬に見えるってだけだ!」

「……充分だと思うがな」

「充分とか言うなぁっ!」

「それで、どうする」

「あぁ? 何が」

「首輪、」

「はぁ? ……! まさか、」

「お前が着けるなら、やはり赤だと思ってな」

「…………!」

「安心しろ。リードは青だ」

「いっ、嫌ぁあああぁああ!!」

……犬には、よく似合う首輪を付けてやらねばなりません。



















戻。



何でまたエンツォ主観…?いや、何となく。
初めてエンツォ使いました。こんな人だっけ、エンツォさん?
まぁ、ともかく。ダンテは犬です。バージルにだけ犬耳と尻尾生えた人間に見えます。
いつもの方に頂いたネタを書こうとしたら、こんな前振りが出来上がってしまい…
仕方ないのでこれはこれで独立させました。すいません…;
ていうか、あれです。ダンテの唸り声、ちょっと楽しかった…(変態)