宵待
十二月三十一日、宵の口――――。
「一年って早いもんだ、とか言い出したら、もう歳だよなぁ」
床に座り込みソファーに凭れて、ダンテは独り言のように呟いた。というには、
やけに大きな声で。
ダンテの背後、ソファーに腰掛けているバージルは、ぴくりと眉を僅かに持ち上げた。
「……それは俺に対する厭味か」
つい今し方、一年とは早いものだ、と何気なく呟いたのはバージルなのだ。
じろ、と後頭部を睨まれるダンテだが、悪びれた様子は一切ない。
「別にぃ? ただの独り言だよ」
「ほう? そのわりに、声が大きかったようだがな」
「被害妄想激しいんじゃねぇ? やだね、年寄りは。歳は取りたくねぇなぁ」
「忘れているようだから教えてやるが、お前と俺は一応双子だ。甚だ不本意なことだが、
歳は同じということになる」
「不本意はこっちの科白だよ。お前と一緒にされたんじゃ、俺まで年寄りになる
じゃねぇか」
「くどい。が……俺はお前と同レベルに扱われるくらいなら、年寄りと言われる方が
ましだ」
「……どういう意味だよ、それ」
「お前のようなガキと一緒にされたのでは、迷惑甚だしいということだ」
「が……ッ、誰がガキだと!?」
「まったく、双子というのが信じられんな」
「おいっ、俺のどこがガキだ、馬鹿バージル!」
「兄に向かって馬鹿とは何だ。お前は気付いていないようだから教えてやるが、
ガキではない男は、人に頭を拭かせるようなことはせん」
「! それは……っ」
「判ったら黙っていろ。まだ喚くようなら、」
「わ、判ったよ! 黙れば良いんだろ、黙れば!」
「よし」
「…………」
どこまでも変化の乏しい、バージルの平坦な声。ダンテからでは表情は見えないが、
どうせそちらも変化などないに決まっている。それが判りきっているからこそ、
ダンテは面白くなかった。むっと唇を尖らせるようにしてむくれるが、バージルには
そんな顔は見せはしない。
いつもいつも、バージルは涼しい顔をしてダンテをやり込めてしまう。ダンテが優位な
立場に立ったことなど、数えるまでもない。生まれてこのかた、一度もないのだから。
バージルはいつでもダンテより優れている。
頭の出来はもちろん、運動神経も何もかも、ダンテはバージルを負かしたことなど
一度たりともない。同じ日に、同じ母から生れ落ちたというのに。
それが悔しいと、意識して思ったことはない――――いや、意識しないように
していたのだ――――が、しかし。
(くそっ……どうにかして……)
バージルをやり込めてやれないものか。
後ろから、節の高い手で思いの他丁寧にダンテの頭を拭くバージル。そのタオルは、
バージルが妙に拘って買ったそれなりに値の張るものだ。ふかふかのそれを、
ダンテの頭を拭くためだけに買ったのだとは、ダンテは知らない。力加減を間違えて
頭皮を傷付けぬようにと、普段から物事に執着しない性質のバージルが、
そこだけはと拘ったのだが。
髪先の雫はもちろん、耳の後ろや髪の生え際まで丁寧に水気を拭い取るバージルに指先が、
今のダンテには忌々しい程に心地好い。体付きにはバージルもダンテもさほどの違いはない。
つまり、各パーツの造りもほぼ同じということだ。しかし、自分で頭を拭いていても
これ程気持ち良いと感じたことはない。それは何故なのか。
(何か腹立つな……)
例えば、ダンテがバージルの頭を拭いてやったとしても、自分と同じような気分には
ならないだろう。これを勝負にするのは無謀でしかなさそうだ。もっとも、それはダンテが
一方的に考えていることで、実際に実行してみればどうなるであろうか。おそらく、
もうするなとは言われるまい。そう、いかにダンテの拭き方が下手であったとしても。
(何とかして……)
考え込むダンテの後ろで、ダンテの知らぬ間に一仕事終えたバージルが、じっと
何を言うでもなくある一点を見詰めている。もちろんダンテは気付いていない。
“それ”は緊張感を漂わせるように、ぴんと力強く立ち上がっている。ダンテの
感情に敏感なそれは、果たして何を意味する反応なのか?
「…………」
バージルはバージルで何ごとか考えているとは知る由もなく、ダンテは悩みに悩み抜いて
ようやくあることを思い付いた。
(これなら……)
どうだろうか。
常に自信家体質のダンテだが、相手がバージルとあっては慎重にならざるを得ない。
けれど、きっと……。ダンテは意を決してその方法を試みてみることにした。
「なぁ、バージル?」
思案中、不意に名を呼ばれたからといって驚くことなどないバージルである。
「何だ」
淡々と応じるバージルを振り仰ぎ、ダンテはにぃっと口角を上げて見せた。
出来る限り、挑発的に。
「な、しようぜ」
常に仏頂面を崩さないバージルが、ほんの僅か眉を顰めたように見えた。
「……、ほう?」
よし、とダンテは内心で笑う。
「良いだろ?」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「したいもんは仕方ねぇだろ。嫌とは言わねぇよな、バージル?」
ダンテはバージルの膝に乗り上げるようにして厚い胸板に手を添え、挑発的な瞳で
男の双眸を覗き込んだ。
シャワーを浴びてからまだ十数分程度、ダンテはジーンズを一枚穿いているだけ
という薄着だ。引き締まった躰を惜しげもなく晒したダンテが、意図してバージルを
誘っているのだ。乗らぬならばバージルではない。――――そう、ダンテは思って
この行動に出たわけなのだが。
「……ダンテ、」
一つため息をつき、バージルは額に流れ落ちた髪をかき上げて、流し目をくれるように
ダンテを見遣る。
「――――来い」
ガラス球のように透き通ったバージルの瞳に射抜かれ、ダンテは我知らずぞくりと
背筋を震わせた。が、ここで引き下がるわけには行かぬのだ。
ダンテはバージルには気付かれないよう息を飲み込み、腰を上げてバージルの唇に
自身のそれを重ねた。バージルは何を思ってか、ただダンテの口付けを受け止めるだけだ。
訝しく思いながらも、ダンテは自らバージルの舌を探り、絡め取る。
角度を変えて深く貪るうち、ダンテの息が上がってくる。
「っ……ぅん……」
ぴく、とダンテの肩が跳ねる。バージルが、いたずらをするようにダンテの腰を指先で
なぞったからだ。弟のキスを受け止めながら、兄の指はつうっと滑り落ちてダンテの尻の
少し上、ふさふさとした尾に触れた。途端、ダンテは先刻よりも大きく躰を震わせる。
「ぁっ……!」
驚いて唇を離そうとしたダンテだが、バージルの手がダンテの行動を呼んだように後頭部を
押さえたために、思う通りにはいかなかった。
バージルはそれまでの沈黙を破り、ダンテの口腔を熱く犯す。
「んんっ、ん……!」
自分から仕掛けたことではあるが、不意を衝かれたダンテは焦りの方が勝ってしまって
いる。
先日、唐突に生えた迷惑極まりない耳と尾、これが異常な程に敏感だということに
気付いたのは、やはりこうしてバージルに遊び半分で尾に触られた時だった。
バージルはいつになく愉しげに口端を持ち上げ、ダンテの頭を押さえる手を緩めた。
それがバージルの思惑と気付けぬダンテは、反射的に顔を逸らし大きく喘ぐ。
「はぁっ……はぁ……ぁ……」
基本的に何事にも淡白で拘ることのないバージルだが、ダンテを相手にしている時は
人が変わったようになる。ダンテは執拗に尾を弄ばれ、息を付く間も与えられず
バージルの肩に縋り付く。
「バージル……ッ!」
どこか掠れた声で名を呼べば、意図せずとも男を煽るものだとはダンテは気付かない。
立てた爪の食い込む痛みすら、バージルには甘く感じるとも。
バージルは珍しくにやりと笑い、
「誘ったのはお前だ。……やめて欲しいか?」
意地悪くそんなことを耳元に囁く。挑発しているのだと判っていても、
ダンテには乗るしか選択肢はなかった。
「……っ、くそっ」
ダンテは言葉汚く悪態をつき、バージルの肩口に思い切り噛み付いた。
その痛みを痛いとも思わず、バージルはダンテの耳に息を吹きかけるように
囁いて曰く。
「俺をやり込めようなどと、十年早い」
ダンテは目を瞠ってがばりと顔を上げた。
「なっ、なんで……!」
「お前の考えることなど、手に取るように判る」
「……っ! 性格悪ぃぞ、てめぇ!」
「それで、どうする」
突然話が変わり、中途半端に怒りを躱されたダンテは、一瞬何のことかと目を瞬かせた。
が、すぐにバージルの言葉の意味を悟り、柄にもなく頬に朱をのぼらせる。
「そんなもんっ……、……」
「何だ」
「……す、好きにすりゃ良いだろ!」
自棄になって乱暴に言い捨てれば、しかしバージルはどこまでも淡々としていて。
「判った。不本意ではあるが、お前の意思に従ってやろう」
「あ?」
「眠る間は与えん。朝まで堪えろ」
「はぁ!?」
「何を驚く? 誘ったのはお前だ」
「だ、だからって何で……ッ」
「黙れ」
「黙ってられるか! 離しやがれ、この馬鹿バージルっ!」
「暴れるな。……なるほど、縛られたいのか」
言うが早いが、バージルはダンテをソファーの上に押し倒し、その腕を易々と一纏めに
してしまった。
異常なまでの早業に、ダンテには抵抗という言葉すら思い浮かばなかった。
気が付けばバージルに組み敷かれ、両腕を戒められているのだから、
焦るのは当然のことである。
「何でそうなる!? ちょっ……退けよ、オイ!」
必死にもがくが、どんな力をしているのか、バージルはびくともしない。だけでなく、
とんでもないことを宣った。
「タオルかベルト、好きな方を選べ」
「どんな二択だよ!? どっちも嫌に決まってんだろ!」
そんな趣味はない、などと少しばかりずれた突っ込みをするダンテ。一方のバージルも、
やはりどこかずれているのだが。
「安心しろ、俺がこんな真似をするのはお前にだけだ」
……どう、何を言って返せば良いのか。
ダンテはしかし、そこは長年バージルという兄と付き合ってきた経験がある。
半瞬呆気に取られたものの、すぐさま我に返って言い返した。
「それが一番厄介なんだろうが、この馬鹿! 一回死ぬか!?」
「お前と殺り合うのは良いが、今は断る。死んではお前を抱いてやれんだろう」
「……!」
「もう、遊びは終わりだ。抱くぞ、ダンテ」
平然と恥ずかしい言葉を連発し、やはり涼しい顔で胸に埋めてくる兄の、青みを帯びた
銀髪が肌をくすぐる。ダンテはすっかり脱力してしまい、
「………………好きにしてくれ……」
力なく、そうぼやくしかなかった。
何をする時もバージルから、という前提の話です(?)
ダンテは受け身。もちろん主導権保持者は常に兄。
積極的な受はあんまり好きじゃないもので。
こんな上下関係の双子ですが、気に入ってくだされば幸いです…(自信ゼロ)