向日葵ヒマワリ









思い出すことと言えば、不敵で不遜で、――――子どもっぽく拗ねた表情。





ボビーの穴蔵には、いつものように柄もたちも軒並み悪い荒事師どもが大勢たむろしている。
店を一人で切り盛りするボビーは、そんな荒くれども相手に一歩も引かず譲らぬ性格であり、 彼らのあしらいには長けていた。そんな主が守る店だからか、それとも荒くれどもが集まる店が ここしかないからか、ボビーの穴蔵には頻繁に仲介屋が現われる。その為、荒事師らはいっそう この店に集まるのだ。

「景気はどうだい、グルー?」

安ホップのビール(不味いと評判だ)をちびちびやっていたグルーに、不意に声を掛けたものが あった。そちらを見やれば、馴染みの仲介屋がにやりと笑っている。グルーは肩を竦めた。

「良くも悪くもぼちぼちだ」

ビールをくいと煽る。不味いビールばかり頼む理由など、金がないからに決まっている。 もっとも、懐に金がないのは、グルーの稼ぎが少ないからではない。金の使い道が、グルーと 他の荒事師らでは全く違うのだ。

グルーの冷ややかな目を受けて、男は「あぁ」と察したらしい。訳知り顔で隣のスツールに 腰を下ろし、こちらを覗き込んで来る。

「あんたに合いそうな良い仕事があるんだが、請けねぇか?」

内緒話でもするように声を潜める男に、グルーは逆に不審なものを感じて眉根を寄せた。

「もう他の依頼は割り振ったのか?」

仲介屋は、その名の通り荒事師らと顧客(依頼主)らの間を仲介することを生業としている。 顧客の要求を満たすだけの腕を持った荒事師を依頼に当たらせることで、その見返りに顧客から 金を受け取る。客との信頼関係が大事なのだと、胸を張っていた仲介屋がいたことをふと思い 出して、グルーは内心で嘆息した。

「まぁ、今日の分はな。それで、どうする?」

全く内容を訊かぬまま、グルーが請けるとでも思っているのだろうか。決まった日にしか顔を 見せないこの仲介屋との付き合いは長くも短くもないが……

「エンツォ、まず内容を話せ。請けるかどうかを決めるのは、それからだ」

「おっと、そうだったな。悪い悪い」

全く悪びれず、仲介屋――――本人は情報屋だと言い張るエンツォは、グルーに言われて 思い出したとばかりに頭を掻く。もちろん、そんなわけはないのだが。

「報酬は前金と合わせて、千。丸一日缶詰になってもらわにゃならんが、それだけだ。 良い話だろ?」

「お前の“良い話”とやらには、たいてい面倒が付いて来るがな」

ため息混じりに皮肉るが、エンツォは気にしたふうもない。仲介屋という生業もまた、それなりに 肝の据わった人間でなければ務まらないのだろう。

「金、要るんだろうが?」

そう言われてしまえば、グルーは弱い。出来れば人死にに関わる仕事はしたくないし、エンツォも グルーの事情は詳しくないけれども知っており、そういった仕事は回して来ない。だが、結局背に 腹は変えられないのだ。金がなければ、人間は生きていけない。表社会から弾き出された荒事師は 皆、金の為ならば子どもでも殺す輩ばかり――――自分は違うとは、グルーは言えなかった。

金は、要る。

「……判った。一つ貸しだ、エンツォ」

「世の中持ちつ持たれつ、だろ?」

茶目っ気をこめて片目を瞑って見せたエンツォに、グルーは辟易して追い払う仕種をした。 良い歳をした男がウインクなどしても、気味が悪いだけだ。

「気持ち悪いことするんじゃねぇ」

エンツォは笑いながら、グルーの肩をばしばし叩いてカウンターから離れた。迷惑だが、 腕っぷしがない代わりにエンツォはよく頭が働くので、様々な面で役に立つ男だ。付き合って いて、厄介な仕事を押し付けられることを除けば、損はない。
グルーは眉をしかめて、ぬるくなり始めたビールの残りを一気に飲み干した。





彼が仲介屋を求めてボビーの穴蔵へ顔を出したとき、グルーはいつもの如く、一人安ホップの ビールを飲んでいた。

印象は、餓鬼。それも筋金入りの悪餓鬼だ。

柔らかそうな銀髪と、ほの暗い明かりの下ですら光を失わない碧眼のお蔭で、ひどく目立つ。 グルーだけでなく、店にいた誰もが彼を注視した。大半は、彼を舐めてかかっていたに違いない。 それくらい、彼の容姿は店にも客にも馴染まなかった。
それなりに稼ぎのある荒事師が、早々に彼に絡んだ。グルーはただ、じっと彼を見つめていた。 彼が背に負った長く大きな剣と、彼の堅気とは明らかに違っている双眸が気になった。清廉な ようでいて、どこか底を見せない碧眼――――人を食ったような表情から、グルーは目を離す ことが出来なかった。

彼はトニーと名乗った。聞き覚えのない名だ。新人か。最近この辺りに越したのだと、何でも ないことのように言うトニーに、グルーは何の言葉も掛けず「そうか」と応じただけだった。
他人の事情に口出しする程、グルーは野暮ではない。荒事師などになろうという者に、事情が ないわけがないのだ。それを根掘り葉掘り訊いて、得になることなど一つもない。自ら語ることに 関しては、また別だが。

「殺しはやらない」

トニーはそう言い切り、エンツォにも殺しの依頼は一切請けない(持って来るな)と宣言した。 酒場がしんと静まり返り、次いで笑いが巻き起こった。人を殺すのが怖いのかと、赤ん坊でも 殺すたちの悪い荒事師がトニーに詰め寄り揶揄ったが、トニーは笑みすら浮かべて男を あしらった。

「色男なら、信条の一つや二つ、持ってて当然――――だろ?」

片眉を器用に上げて見せたトニーに、グルーは純粋に見とれてしまったものだ。



トニーはひどく腕が立つ。自らを荒事師とは一線を引く“便利屋”と称し、殺しはやらないと いう信条の下、確実に稼ぎを伸ばしていった。
そんなトニーに羨望と侮蔑の視線が集まれるのは当然ではあったが、トニーは周囲をまるで気に する様子もなく。“自分らしく”、トニーは思うままに生きている。唯一の難は、依頼をやたらと 選り好みしすぎること――――これだけは、誰が諭しても治ることはないらしい。



「なぁ、グルー」

好物だと言うだけあって、喜色満面でストロベリーサンデーをばくばくと貪っているトニーが、 ふとグルーを呼ばわった。グルーはやはり、いつものように安ホップのビールを傍らに置いて いる。

「……まだ余ってるぞ?」

底の底まで舐めるようにしてきれいに食べきるまで、余所ごとには我関せずというトニーだ。 器にはまだ半分程アイスクリームやホイップやらが残っているというのに、何故顔を上げたのか、 グルーには判らなかった。
トニーはスプーンでそれらを掻き混ぜながら、何か思案するように視線を巡らせる。くるくると 表情を変えるトニーだが、これはあまり見たことのない表情だ。

「どうした?」

思わず訊いたグルーに、トニーはちょっと首を傾げて見せる。

「んー……、」

「何だ、似合わねぇ顔して」

「……それ、どういう意味だよ」

「さあな?」

むぅっとトニーがむくれる。そうすると、途端に餓鬼っぽくなるのだと、トニーは自覚して いないのだろう。グルーは苦笑し、トニーの口許に手をやった。

「? なに、」

目を瞬かせるトニー。グルーの指には、ピンクがかったホイップが少々。酒場でビールの泡で 髭を作るなら判るが、ホイップの髭を作るのはトニーより他にいないのに違いない。しかし グルーはトニーを揶揄うでもなく、ホイップのついた指を口に咥え――――眉を顰める。

「……こんな甘いもん、よく喰えるな……」

「甘いのがイイんじゃねぇか。判ってねぇな、グルー」

「判りたくねぇがな」

トニーは悪戯っぽく笑い、アイスクリームをすくったスプーンをグルーの口許に差し 出して来る。「ほら、あーん」などと。グルーは辟易して、スプーンには口を付けずに顔を 背けた。

「よせって、いつも言ってるだろうが」

そう、いつも、だ。
トニーと酒場で顔を合わせることは多く、どちらが先に来ていようと、席は決まって隣り 合わせだ。そしてトニーはお子様仕様のサンデーを頬張り、毎度、グルーが飲むビールの 不味さを揶揄いついでに自分の甘味を勧めて来るのだ。

(どうにも、懐かれたもんだ)

内心で一人ごち、グルーは肩を竦める。トニーは手首を返してスプーンを口に運び、 旨いのになぁ、とぶつぶつとくさしている。グルーが甘味を食べないのは旨い不味いの 問題ではないのだと、この餓鬼はそこが判らないらしい。

トニーは一種、変わった青年だ。真っ当に生きている人間からすれば、グルーとて奇人の類に 入れられてしまうと自覚した上で言うのである。トニーは少し、妙だ、と。
何がどう、とまではわからない。荒事師としての直感、とでも言おうか。トニーと 自分――――その他大勢の荒事師ども、それからトニーを真似て便利屋を名乗りたがる 連中――――とは、どこか大きな違いがあるとグルーは確信している。もちろんそれを、 トニーに言いはしない。それなりに歳を重ねているグルーは、思ったことをすぐに口に出して しまう程迂闊ではない。面の皮も、随分厚くなった。表社会から弾き出された人間が生き 延びる為には、人よりもしたたかにならねばやってはいけぬのだから。

ボビーの穴蔵に初めて顔を出した日から、トニーは誰とつるむでもなく、日々好きにやっている ようにグルーには見受けられた。愛想は良い。気前も悪くない。人好きをする柄だと言える。
選り好みが激しいわりに稼ぎはあるが、気に入ったものを後先考えずに買う癖はどうしたもの だろうか。
様々な要因があって、気に食わないとトニーに突っ掛かって打ちのめされた馬鹿もいる。
トニーはいつも、飄々として――――掴み所がない。そしていつも、ひとりで好きなように 生きている。

グルーとは、縁もなければ繋がりなどあるわけもなかった。それが今ではこれだ。人生は何が あるか判らない。
好き勝手に生きる野良猫に、気紛れで頬を舐められたような気分だ。

グルーはトニーの、整った横顔に視線をやった。

「で、何だったんだ?」

「んぁ? なにが」

時折、トニーは鳥頭なのではないかと思う。

「何か言いかけてただろうが。今さっきのことだ、もう忘れたのか?」

トニーが軽く、スプーンで器の縁を叩いた。行儀が悪いと思って眉をしかめてしまうのは、 グルーが子を持つ父親だからだろうか。

「あー……あぁ、あれな。うん、……」

らしくもなく、トニーは言い淀んでいる。何か、叱られるのが怖くて悪戯をしたことを言い 出せずにもじもじしている子どものようだ。グルーには男の子どもはいないが、いればこんな ふうなのだろうかと、トニーと話していると思うことがある。無論、トニーは若いがグルーと 親子程歳が離れているわけではない。
子ども扱いをすると怒るトニーだが、本気で嫌がっているのではいないと、グルーには判る。 構われたくて、しかし恥ずかしさが先に立って素直になれず、差し延べられる手を突っ撥ねて しまうのだろう。
だからグルーは、トニーが可愛くて仕方がない。

「何だ、そんな言いにくいことなのか?」

「っていうか……」

やはり、言いにくいことのようだ。グルーは苦笑した。こういう子どもから、本当に欲しいものを 聞き出すことはなかなかに難しい。

「……次のシゴト、さ」

ぼそぼそとトニーがこぼす言葉を、グルーは一つも残さず拾い集める。

「また……、あんたと一緒かな」

伏せられた視線。頬がちょっと赤いのは、気の所為ではない。
グルーは目を細めた。

「そいつは……俺と共闘したくないって意味か?」

そうではないと、確信していながらグルーは意地悪く問うた。トニーがぎょっとしたように目を 見開いてこちらを見る。

「違っ……! 違ぇよ、そんな意味じゃ……ッ」

もげるのではないかという程首を激しく振るトニーに、グルーは片眉を上げて顎を撫ぜた。 意地悪も、過ぎればトニーは本気で臍を曲げてしまうと知っているグルーは、躰ばかり大きく なった子どもを優しく促した。

「なら、何だ? うん?」

「だから、その……、……俺……あんたと一緒にシゴトすんの、嫌いじゃねぇから」

ぼそぼそ、トニーは恥ずかしそうに小声で呟く。次のシゴトも一緒なら良いのに、と。

「あんたは嫌かもしんねぇけど」

有り得ぬことを言って、トニーがちらりとグルーの顔を窺うように上目遣いに見やる。

あぁ、なんて。

「お前って奴は……」

なんて、狡い餓鬼。

「? 俺は何?」

グルーはトニーの髪を掌で掻き回した。

「餓鬼のくせに、一丁前に気なんか遣いやがって」

「ガキじゃねぇっ!」

やめろ、と喚くトニーの、くしゃくしゃになった髪をグルーは指で梳いてやる。 柔らかい髪だ。こんなふうに触れられるようになろうとは、思いもしなかった。

「なぁ、トニー」

「なに、」

「……一回くらい、二つ返事で仕事請けてみな」

途端にトニーが渋面を浮かべる。

「それ、何か得することでもあんのかよ」

グルーはしれっと言ってやった。

「エンツォが喜ぶ」

「だけかよ! 俺は全然嬉しくねぇ」

「お前の仕事が増えりゃ、俺にお呼びが掛かることも多くなるかもしれんなぁ」

その言葉に、トニーがぴくっと反応した。僅かな反応ではあったが、グルーは見逃しはしない。 トニーのことは、誰よりもよく見ているつもりだ。

トニーがちょっと唇を噛み、

「……考えとく」

拗ねたように呟いた。





すり寄って来た野良猫に、指を軽く甘噛みされる。痛みなどない。あるのはただ、ひたすらの 愛おしさ――――



















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グルトニです。ギルバ登場前ということで。