天上天下唯我独尊









夜の帳が辺りをすっかり包み込むのを待っていたわけでもないだろうが、銀髪碧眼の双子は 荒事師らの集う酒場に姿を見せた。一方は目にかかる程に伸びた前髪を下ろしたまま、もう一方は おそらく同じ程の長さであろうそれを整髪料か何かで後ろに撫で付けている。今、彼らのどちらが どちらであるか、その判断を下す要素は髪型以外にない。前者が弟、後者が兄だ。しかしこれも、 髪型を逆転させてしまえばまた混乱するわけで。
まったく性格の違うこの兄弟が、各々の髪型取り替えることはまぁない筈である。服装もまた 然りだ。
今日はなぜか、弟のほうも兄と同じような服装であることに、首をかしげている者は少なくない。 そのせいで、髪型以外に二人を見分ける方法がないのである。

「……おまえがそんな、きっちりした恰好してると気味が悪ぃな」

先にカウンター席に陣取っていたエンツォ・フェリーニョは、並びに腰掛けた双子の片割れ、 弟のほうに声を掛けた。兄のほうは弟を挟んだ向こう側。いつもの並びだ。兄のほうには、 出来れば極力話しかけたくはない。単純な話、苦手であるからだ。
開襟シャツのボタンを上一つだけ残してきちんと留めたダンテが、肩を竦めて「うるせぇな」と 悪態を吐いた。どうせバージルに強制的にそうさせられたに違いない。エンツォは妥当な(それ 以外には考えられない)あたりをつけて、ははっと笑った。唇を尖らせてストロベリーサンデーを 注文する横顔を、呆れ半分、薄ら寒さ半分で見つめる。この兄弟は、エンツォから見るにどうにも 異様なのだ。
ダンテが注文するのを待って、バージルがリキュールと短く言う。彼らは一卵性双生児であるが、 性格の違いはもちろん、声音にしても違っている。バージルのほうが、少し低くその分威圧感が あるようだ。
必ずしも、兄弟、双子だからといって似るわけではない。それはエンツォもよく判っている。 しかし、だ。

もそもそと、ダンテが襟元を気にしている。開襟シャツであれば半ばのボタンを一つか二つ留め れば良いほうのダンテにとって、息が詰まって仕方がないのだろう。正装させられた子どもが むずがるような光景に、エンツォは苦笑を浮かべた。が、その笑みが間もなく引きつる。原因は 向こう側にいるバージルだ。

「おい、」 機嫌の悪そうな声音でダンテを呼ばわり、ぎくっとした弟の、襟元に伸びた手を掴んで外させた。 それだけならば何の問題もないのだけれども。

「っわ」

ダンテの短い悲鳴。バージルがダンテの手をぐいと我がほうへ引き寄せ、抱き締めるような 恰好で――ダンテの鎖骨のあたりに顔を埋めた。ダンテが盾になって詳しくは見えなかったが、 それはかえって幸いだった。詳しく見てしまったテーブル席の客の顔を見れば、それがひしひしと 感じられる。
ややあって、バージルが顔を上げた。何ごともなかったかのように、リキュールを一口。 その唇に、微かに赤いものが付着していたように見えたが、気のせいだということにしておく。 深く考えることは自滅を意味するに違いないからだ。
唇を湿らせたバージルが、ちろとダンテを見やって言った。

「見せびらかしたいなら、襟を緩めるなり脱ぐなり好きにしろ」

茫然としていたらしいダンテが、慌てて襟を掻き合わせる。いまさら隠してどうなるものでも なかろうが、大っぴらにさらすことが出来る程太い神経はしていないようだ。肝は鉄で出来て いるともっぱらの噂であるというのに。

「何すんだよ……!」

噛み付くようにダンテが声を押さえてバージルを睨む。遅いだろうとエンツォは思ったが口には しない。この双子の喧嘩はいつものことであるし、結局はバージルの一人勝ちで終わるのが目に 見えている。そもそも、犬も食わぬというやつなのだ。食べれば必ず、食あたりを起こす。 だけならまだしも、下手にバージルに睨まれでもしたらえらいことだ。地獄に落ちてもなお 呪われそうだと真剣に思う。その程度には、バージルは得体が知れない。万事判りやすい ダンテとは、やはり正反対だ。

「黙れ。早く喰え」

端的な命令(としか聞こえない)に、ダンテはぐっと声を詰まらせた。おいおいそれで黙るの かよ、とは思っても口には出さないエンツォである。カウンターの向こうで始終を見ていた であろう親爺も、無言を貫いている。これが最も賢明な判断なのだ。
逆らう気はないのか、それとも甘味の誘惑に負けたのか、ダンテはスプーンを手に ストロベリーサンデーをつつき始めた。精一杯不機嫌そうな顔をしているが、その目は好物を 目の前にして輝いている。現金だが、可愛いところがこの弟にはある。だから、気安いのかも しれない。
食べ方のあまりよろしくないダンテの、汚れた口周りをバージルが布巾で拭ってやる光景は、 悲しいかなもう見慣れた。先刻のあれはともかく、この程度ならば皆騒ぎ立てることもない。 それぞれ、気を取り直して飲んで騒いでを再開させている。すべてはいつもどおりだ。部分的に 不本意なところがあるものの。

しばらくは何ごともなく、いつもの喧騒の中で時間が過ぎていった。エンツォとしては仕事の話を したかったのだが、ストロベリーサンデーに夢中になっているダンテは、人の話など聞きも しないということは知っているので、辛抱強く食べ終わるのを待っている次第だ。我ながら人が 良いと思う。ダンテを抜かしてバージルと話を付けるという選択肢もあるのだが、やはり苦手 意識が先行して出来ないでいる。ダンテがいなければ、仕方なしに選びはするものの。
バージルはダンテと違い、仕事を選り好みすることがない。報酬額に小言をつけることは あっても、それだけなのだからダンテと比べれば仕事のし易さは格段に良い。しかしバージルは、 何を考えているか判らない部分が多すぎて、エンツォにはどうにもダンテより扱いにくく思えて しまうのだ。他の仲介屋らもそうらしく、バージルへあえて近付く者はほぼ皆無だった。この男の 近くにいられるのは、誇張ではなくダンテしかいない。
さすがは双子、と言って良いものかどうか、エンツォにはよく判らないが。

かつかつと音(何故そんな音がするのか判らないが)をさせてストロベリーサンデーを貪る ダンテの、その向こう側で。バージルが何やらダンテの横顔を見つめて思案げにしている。 リキュールが半分程残ったグラスをおもむろに持ち上げ、口へ運ぶのかと思いきや。

「っ!?」

ぎょっと、した。ばしゃ、と小気味良い勢いで、バージルはリキュールをダンテの頭へ ぶちまけたのだ。もちろんダンテの髪はしとどに濡れ、ひどく酒臭い。思わぬことにダンテは、 スプーンを止めて茫然としている。当然の反応だ。しんと静まり返った酒場、その中で平生と 変わらぬのはバージルただ一人。この異様な空気を作り上げた張本人だけだ。

「……何しやがんだよ、」

じとりとダンテがバージルを睨む。バージルはしれっとして取り合わず、ダンテの額に張り付いた 前髪を掻き上げた。自分の髪と同じように、後ろへ撫で付ける。その動作を何度か繰り返し、 ダンテの髪がほぼバージルのそれと同じ形になったところで、これで良い、と満足げに頷いた。 エンツォはまだ、ぽかんとしている。

「これで良いって……まさかアンタ、このために酒ぶっかけたのか!?」

そう、まさか、だ。エンツォも同じ疑問を持った。しかしバージルは、こともなげに「そうだ」と 言う。訝しげな表情すら浮かべ、

「他に何の意味があると?」

再びダンテが絶句。エンツォも同じく、だ。何という男だろうという思いを、きっとダンテも 抱いているに違いない。
何という、横暴。しかも本人にその自覚はなさそうだから救われない。誰が、とはあえて明言は 避ける。

バージルはダンテの濡れた額をなぞるように指で拭った。これ程、周囲の空気を無視出来る人間も 珍しいと、エンツォは半ば感心するように思う。ダンテにすれば、感心など出来るわけもない だろうが。

「前髪が鬱陶しそうだったのでな」

目を覆う程に伸びた前髪は、確かに鬱陶しいに違いなく、ものを食べているときはよけいに 邪魔だっただろう。それは判る。判るのだが、しかし。

「だからって、なんで酒で!? 意味判らねぇよ!」

喚くダンテにバージルはひそと眉を寄せる。ダンテが喚く理由がまるで理解出来ないのだと、 エンツォは判りたくもないが判ってしまった。同時に、ダンテを憐れと思う。何とも通じ合わぬ 双子だ。これではダンテのストレスも溜まるだろう。ストレスとは無縁という印象しかないが、 この男との生活でストレスが溜まらないとはとても思えない。

「煩い」

バージルのにべもない答えに、ダンテはむっとしたらしい。まぁ当たり前だ。しかし、

「これ以上喚くなら、無理矢理黙らせるぞ」

びくっと、ダンテが見事に肩を跳ね上げた。きゅうっと、肩を小さくして口を噤む。犬ならば 尻尾を股の間に挟んでいたかもしれない。そこまで強い脅しにはエンツォには聞こえなかったが、 どうもダンテにとっては違うようだ。無理矢理黙らせる、というのをされたことがあるのだろう。 どんなことをされるのか、興味がないと言えば嘘になるが、知らぬほうが身のためであると エンツォは判断した。こういう勘には自信がある。

尻尾を巻いてしまったダンテに、バージルは「それで良い」と頷いて見せた。やはり横暴だ。 ダンテはこれで良いのだろうか。エンツォから見るに、これは兄弟というよりも……

「エンツォ、」

完全に不意をつかれて、エンツォは飛び上がりそうになった。堪えた自身を大いに褒めつつ、 自分を呼ばわった男を見やる。

「依頼の内容は」

単調な声音に、エンツォはどもらぬよう全精力を傾けて応じる。エンツォがカウンター席に残り 続けている理由を、バージルは正しく捉えていたようだ。
エンツォが彼ら双子への依頼内容を説明している間、バージルと同じ髪型にされたダンテは、 残りのストロベリーサンデーをもたもたと食べていた。丸まった背中が哀愁を匂わせて、グラスを 拭きつつダンテを見やる親爺の目は、いつになく優しげだった。今に頭でも撫でそうな程に。

「妥当なところだな」

話を終えるのに五分もかからず、バージルはあっさり依頼を請けると言った。ダンテの意見は 全く聞かない。言いたいことはないのか、ダンテといえばまだストロベリーサンデーと格闘して いる。いったい何を手間取っているのやら。
話の間中ダンテの存在など無視しているかのようなバージルであったが、ダンテがようよう食べ 終えるのを見るなりカウンターに金を置き、「行くぞ」と席を立った。ダンテとしては、 いつものようにジントニックを飲みたかったに違いない。しかし「……ん、」と多少の 名残惜しさを滲ませながらも、ごちそうさまと行儀よく呟いて兄に続いた。
本当に、兄弟がこれで良いのだろうかと、エンツォは心配になってしまう。 いらぬ世話だと、判っていながらも。

「まったく、なぁ……」

独り言のつもりだったのだが、声が大きすぎたらしい。

「放っておくことだな」

親爺がグラスを戸棚に片付けながら、言った。詮索をしないことで、この親爺程徹底してそれを 貫く人間はいない。エンツォもそうありたいのだが、いかんせんあの双子は強烈でありすぎる。

「判ってるけどよ、なんだかなぁ、ありゃあ……」

まるで、兄弟ではなく王とその下僕のようで、どうにもいたたまれない気になって仕方がない のだ。双子とは、どんなきょうだいよりも対等であるべき存在だろうに。
親爺がため息を吐くように呟いた。

「あれで、案外バランスが取れてるのかもしれねぇよ」

そうだろうかと、エンツォは思う。しかしエンツォも親爺もたかが他人だ。きょうだいのことに 口を出せる立場ではなく、それこそ大きなお世話になってしまう。それがいやにやる瀬なさを 感じて堪らないのだが、結局自分は何も出来はしないのだから。

「なんだかな……」

もう一度呟いたエンツォを、親爺は一瞥したが何も言いはしなかった。あるいはこの傍観者を 決め込んだ、しかしダンテにはことのほか甘い親爺が、最も賢明なのかもしれない。

(どこの君主気取りだ)

本人へ直接言うことは絶対に出来ない罵りを、内心でしか言えぬ自身の小心に嫌けがさした。



















お題へ。
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エンツォ視点でお送りしました。なんだか不憫。
兄ぃは横暴です。いつも。