超所有物待遇
いつでもそばにいる。それは当たり前のことであって、何ら特別なことではない。そう、
バージルは思って疑わないし、事実疑うべくもないことなのだ。
あれは自分の傍らにあって然るべきものであり、離れることなど赦されぬ――赦さぬ――の
だから。
昼、二時半。
遅めの昼食が済み、汚れた食器を洗い終えたバージルは、それを見届けるまで待ってリビングを
出て行くダンテを呼び止めた。足を止め、なに、とこちらを見やるダンテへ、どこに行くのかと
問う。
「どこって、ちょっと、外」
何か明確な目的があってのことではないらしい。何をしに行くとも言わぬダンテを、バージルは
「そうか」と言って解放した。深く追求しないのはいつものことで、ダンテも慣れた様子で
リビングのドアをくぐり抜けていく。どこかしら足取りが軽いように感じるのは、おそらく気の
所為だろう。
ダンテはバージルと違い、ひどく軽い性格をしている。冗談も言い、おどけても見せる。それは
内面の暗い部分を隠す為という理由が大いにあるのだが、バージルには到底真似出来ぬことだ。
無論、真似ようなどとは思ったこともなく、あれはあれだとごく自然に割り切っている。
何故なら彼らは、双子でありながら全く別の人間なのだから。
まるで似ていない双子。それが周囲の人間たちが抱く彼らの印象であり、全く正しいとバージルは
思う。
似ていない。だからこそ、バージルはダンテを求める。
事務所のほうでがたがたと物音がした。ダンテが転びでもしたか、身体能力はずば抜けている
自分たちであるが、間の抜けたところの多分にある弟のこと、あながち見当外れでもない
だろう。
やがてダンテの気配が事務所から消え、ようよう出て行ったのだと知れる。日が暮れる時刻には
帰ってくるだろうと、当たりを付けてバージルもまたリビングをあとにする。買い物へ行こうかと
思うが、それは夕暮れ頃で構わぬだろうと決めて、二階へ向かった。暇を持て余したバージルが
することといえば、ダンテの嫌いな読書しかない。
本は好きだ。活字が並んだものならば童話でも哲学書でも、卑猥な内容のものでも何でも良い。
とにかく文字を目で追うことが大事なのだ。そこに何が記されているかは、また別の問題と
なる。
一冊、読み終えればその本は二度は読まない。一度目を通したものからは、バージルの興味は
すでになくなっているからだ。また別の文字を追い、読み終えればまた別の文字、というように、
次から次へと移っていく。それを繰り返す所為で、バージルの部屋の書棚には本がぎっしりと
詰め込まれていた。捨てることもしばしばだが、いっこうに数が減る傾向にないのは、それだけ
買い足す分が多いということだ。
バージルが稼ぐ金の、一部はこうして趣味に費やされている。あくまで一部でしかないのは、
バージルの読みあさる(という表現が合うだろう)本の大半は、程近い図書館に頼っているからで
ある。
自室に置いた机には、読み掛けの本が一冊鎮座している。あたかもバージルを待っていたかの
ように、こちらを見上げる本の表紙を指先で撫ぜ、椅子に腰掛け無造作にそれを開いた。借り物の
本であれば、それなりに気を遣って扱うバージルだが、自分で金を払って入手したものについては
その限りではない。
バージルには自分のものを丁寧に扱うということをせず、むしろ自分のものだからこそある程度
手荒に扱って当然だと思っている。もちろん、破いたり落書きをしたりなどはしないけれども。
がたりと一階で物音がした。ダンテだろう。時計を見やると午後四時過ぎを指している。存外
早かったなと口の中で呟いて、また本に目を落とした。章の終わりまであと少しだ。
それにしても、何故ダンテが一人いるだけでこうも物音がたつのだろうか。さっきまでは完全な
静寂に満ちて、物音といえばバージルがページを繰るそれのみだったというのに、ダンテ一人が
増えただけでこの違いとは。
下でごそごそと、ダンテが何かしているらしい物音がする。バージルは文字を追いながら、
意識を階下へと向けていた。しばらくして、階段を登ってくる音がする。今し方の物音は、
バージルを探していたものだったのだろうか。
ダンテの足音がバージルの部屋のドアの前で止まる。と同時に、ノックもなしにドアが
開けられた。バージルが本に目を落としたまま眉を顰めたが、ダンテには見えなかったに
違いない。
「なんだ、こっちにいたのかよ」
開口一番そう言ったダンテに、バージルは予想が当たったことを知る。ダンテの声音にはどこか
ほっとしたような響きがあり、バージルは内心で肩を竦めた。今、バージルが買い物に出ていたと
したら、この弟はいったいどうしていたのだろう。寂しくて泣くか。それも見てみたいと思うが、
留守にしていては見られないというジレンマが働く。とにかく、バージルはここにいるのだから、
仮定の話を考えたところで意味はない。
背後で、ダンテはそろそろと足音を忍ばせてこちらへ近付いてくる。足音は消しても気配は
消されていないので、バージルには背後のことが手に取るように判る。ダンテも隠すつもりが
ないに違いなく、やりたいようにさせてやることにした。どうせ、かまってほしいだけなの
だろうから。
ダンテはそうっと、バージルの真後ろから横に移動し、バージルの手許を覗き込むようにしてから
床へべたりと座り込んだ。リビングにいるときもそうだが、ダンテは何故か床に座りたがる。
深い理由はないらしく、何となく、という曖昧な言葉を聞いたことがあった。
バージルはため息を一つと小さな敷物をダンテに与えたのだが、自室に関しては何ら手を打って
いなかった。なのでダンテは、文字どおり床に直接腰を下ろしている。
探していたのだろうに、ダンテはバージルに話しかけてくることもなく、ただじっとこちらを
見上げてくるばかりだ。その視線は弱くはなく、全くそちらを見ていなくとも気付く程度には、
強い。かまってほしいのだろうに、それを口に出来ずにいる子どもというものは、ひどく
いじらしく可愛いものだ。バージルは内心で苦笑した。バージルにとり、ダンテはいつまでも
小さな弟なのである。
切りの良いところまで読み、バージルはこの続きを読むか否か少し迷った。ダンテはバージルが
読み終えるのを待っている。もう少し待たせて、焦らしてやるのも一興。ちらとダンテへ視線を
やると、ダンテはちょっと恥ずかしそうに、しかし期待に満ちた眼差しで見つめ返してくる。
もう本は良いのかと、口程に雄弁な瞳が語っている。
(、まったく……)
バージルは本に栞を挟み、わざと大きな音をたてて閉じた。そうしてダンテに告げる。
「来い、」
目に見えぬ尻尾を振って、ダンテがバージルの大腿に手を乗せ頭を凭せかけた。バージルは
小さく笑い、躰をひねってダンテの脇の下に手を差し込む。そして反動もつけず抱き上げた。
全く同じ体躯をした弟だが、バージルの膂力をもってすればこの程度のことは簡単に出来る。
ダンテもそれには慣れているものの、抱き上げられた理由が判らないらしく、きょとんと
している。バージルはダンテの耳朶を食むように引き寄せ、囁いた。
「あれでは遠い。お前を可愛がってやるには、これが一番だ」
顔だけでなく耳やうなじまでも赤く染めたダンテを、腿を跨ぐ恰好で座らせて、バージルは朱に
色付いたこめかみに唇を落とした。ひく、と。ただそれだけのことで躰を竦ませる弟を、
バージルはどうあっても出放す気にはなれない。もちろん手放す必要などなく、そうする
予定も一切ないが。
かわいいものだと、揶揄う意図はなく呟けば、矜持の高いダンテはむっとしたように眉を寄せ、
なんだよそれ、とこちらを睨んでくる。少しばかり潤んだ碧眼で睨まれたとて、男が受ける
効力といえば雄に関わるそれしかない。慾という慾のすべてがダンテに起因するバージルにとって
は、その効力は絶大なるものであった。ただし、ダンテに自覚がないということが問題といえば
問題だ。
「何とか言えよ」
羞恥を紛らわす為か、ダンテの語調はやや荒い。バージルは間近にあるダンテの少し肉厚の下唇に、
舌を這わせ濡れたそこを唇で食んだ。びくりとダンテの背が震える。
「っ、ん」
鼻に抜けるような吐息が佳いと思う。バージルがとくに好んでいるのは、痛みと快感に
むせび啼く声と表情なのだが、ダンテにはそうと明言したことはない。わざわざ教えてやる
必要など、ないとバージルは思っている。
「ダンテ、」
名を呼ばわれば、腕の中、膝の上の弟は弾かれたようにぱちりと目を開き、慾にけぶった男を
その双眸に映す。慾とは、肉慾ばかりを指してのことではない。
「バージル?」
名を呼んだだけで、何を話すでもないバージルを訝って、ダンテが不審げに眉を吊り上げた。
バージルは彼の頬を親指の腹でなぞるようにし、まだ淡く朱の残ったそこに唇で触れた。なに、
とやはり訝るダンテに、黙っていろと言って口を噤ませる。
言葉で語り合うよりも、バージルは膚を触れ合わせることを望む。邪魔な言葉など何一つ要らない。
ただ、双子の弟の膚を求め、血と肉を望む。獣のような声すらもなく、貪り尽くす。
忌まわしい慾だと罵られることに、何の憤りも感じはしない。これは当然の慾なのだ。この慾が
消えれば、自分はもはや自分ではない何かに成り下がっていることになる。だから、と気負って
などはいないけれども。
「バージル、……」
己を呼ばわる声に誘われるように、バージルはダンテの服を剥ぎ、その肉を蹂躙すべく拓いて
いった。ダンテは、ほんのささやかな程度にしか抗わない。
読みかけの本のことは、既にバージルの頭の片隅にすら存在してはいなかった。
何やらいつもと変わりません。それが超所有物待遇。