綿毛
ふわふわのファーに飾られたフード付きのパーカーを嬉しそうに着込み、走り回るさまはいかにも
無邪気で可愛らしい。
「そんなに走っていたら、転ぶぞ」
母がこの場にいたなら同じことを言っただろう。バージルは肩を竦め、息を弾ませながら隣に
寄り添った弟の頭をくしゃくしゃと掻いた。
ダンテは髪が乱れるのも全く気にせず、バージルのなすがままになっている。そのふっくらと
した頬には、やはり嬉しそうな笑みがある。何がそんなに楽しいのか、バージルにはとんと
判らない。
「どうした?」
歩いているというのに前も見ず、じっとこちらを見つめてくるダンテを見、バージルは首を
傾げた。ダンテはバージルの腕にしがみつくようにしてくっつき、
にこにこと笑っている。
「バージルとお使いに行くのさ、久しぶりなんだよ?」
知ってた? などと。
「……うん、そうだな。久しぶりだ」
「ね? だから、嬉しいんだ」
ちょっとそこまで、のさして特別なこともないお使いを、ダンテがこうも嬉しがる理由は
バージルにあったのだ。バージルは不意に足を止め、「どうかしたか?」と小首を傾げるダンテの
丸い頬に軽く口付けた。いきなりのことにダンテがきょとんとしていると思えば、バージルの
服をくいと掴んで伸び上がるように頬に唇を押しつけて来た。
「お返し」
にっと笑うダンテをめちゃくちゃにしてやりたいと、バージルは全く歳に見合わぬことを考えて、
無垢な弟の唇に自分のそれを押し当てた。
通い慣れたスーパーのかごを二人で提げ、買い物リストを記したメモをダンテに持たせて
店内を歩き回った。母は朝から出かけていて、帰りは夜になるとのことだ。彼らは母の不在を
二人で補うべく、こうして連れ立って“お使い”に来たのだった。
ダンテは従順にバージルの指示に従って、リストを読み上げる。まだ少し舌っ足らずな声が、
バージルは好きだ。しかし最近少しばかり、ダンテの口調に荒っぽいものが混じるように
なり始めているのはどうしたものか。
「なぁ、バージル」
リストから顔を上げたダンテがバージルを呼ばわった。バージルはパスタの袋を一つかごに
放り込み、ダンテを見やる。
「何だ?」
「これ……」
ダンテの差し出したメモに目を落とせば、そこには玉葱の文字がある。
「……ダンテ、」
「な、何だよっ。苦手なんだから仕方ないだろ?」
バージルはわざとらしくため息を吐き、軽くダンテを睨んでやった。
「俺が作るものを、苦手だからと言って残すつもりか?」
そう言ってやれば、ダンテはぎくりとして眉尻を下げた。
「だ、だって……」
バージルの作る料理は残したくない。けれど玉葱は食べたくない。軽いジレンマに陥ったらしい
ダンテの頬を、バージルは無言でむいとつねった。力いっぱい。
「! い、たぁ……ッ!」
ダンテは赤くなった頬を掌でおさえ、涙目になってバージルを睨んだ。
「何すんだよ!」
「……ふん」
バージルはダンテの手からかごとメモを奪うようにして毟り取り、一人すたすたと別の売り場に
向かう。その背後で、ダンテがしばらく立ち尽くしていたようだが、バージルは振り向くことも
しなかった。
食べたくないのなら、食べなければ良い。
拗ねたわけではないのだが、自分の作るものと玉葱を天秤にかけられたのは不愉快だった。
ジレンマに陥るダンテの姿はなかなか見物ではあったけれど、バージルはそれ以上に気分を害して
いた。
いっそ玉葱を生のまま無理矢理口に突っ込んでやろうか。吐き出さないよう喉の奥に詰め込んで、
窒息しそうになるくらいが丁度良い。ダンテはどんな顔をするだろう。やはり泣くのだろうか。
許して、と縋るのだろうか。責め苦を与えている自分に。
ホールトマトの缶詰を一つ手に取り、かごに入れようとしたバージルの視界に、ダンテの姿が
映り込む。見れば、憔悴したような目と視線が絡んだ。
「…………」
ダンテの唇がバージルを呼ばわる。掠れた声は喉に詰まって音にならないでいるようだ。
この弟は、少し突き放してやっただけでこれである。バージルはわざとダンテに背を向けた。
ダンテがはっと息を飲んだのが手に取るように判る。
「っ……!」
やだ、と。ダンテはこちらに駆け寄り、しかしバージルのすぐそばで足を止めた。しがみついて
来ると思ったのだが、予想が外れた。
「あ、ぅ……、っ……」
戸惑いと躊躇いの見える声。バージルはすぐに合点がいった。これもある種のジレンマなのだ。
ダンテはおそらく、ここでしがみつけばいっそうバージルの機嫌を損なうと思ったのだろう。
物ごとをあまり深く考えぬたちの弟だが、そこにバージルが関われば途端に一変する。
バージルを中心にしてしか、物ごとを考えられぬようになるのだ。
可愛い弟だ。いつもそう思う。
バージルは床に買い物かごを置き、ゆっくり振り向いて言った。
「おいで」
ダンテがまた息を飲み、そしてバージルにがばりと抱き付いた。堪えていたのだろう涙を
ぼろぼろとこぼし、しがみついた躰を抱き締めて震える背を撫でさすってやる。
「ッ……め……な、っぃ……ごめんなさい……っ」
バージルの肩に顔を押しつけて謝罪の言葉を繰り返すダンテのうなじに、バージルは噛み
付きたい衝動を抑えて唇を押し当てた。ちゅ、と強く吸って痕を付け、それを幾度か繰り返す。
通り掛かった買い物客が異様なものを見るように息を殺して通り過ぎて行ったが、バージルには
どうでも良いことだ。今、ダンテの世界は自分だけで占められている。それを邪魔さえしなければ、
他人など無関係以上の何ものにもなり得ない。
「っぅ……ひっく……ふ……」
しゃくり上げるダンテを抱き締め、愛しいと思う。それが総てであり、他がどうであろうと
関係ない。
バージルはダンテの涙と洟水でくしゃくしゃになった顔を上げさせ、濡れた頬を舐めた。
塩辛い。しかしものともせず、丹念に水気を舐め取ってやる。はぁ、と熱っぽいため息がダンテの
口から漏れた。
「ぉに……ちゃ、……もっと……」
ここがどこで、自分たちは何をしに来ているのか。ダンテはバージルの口付けにすっかり夢中に
なって、忘れてしまっているようだ。いや、むしろダンテには周りなど見えていないに
違いない。バージルと、ダンテと。二人だけで世界が閉じているのだ、今のダンテは。
バージルは内心で笑い、しかしダンテの顔を一通りきれいにしてしまうまではダンテを離す
つもりもない。
「気持ち好いか、ダンテ?」
外では名前を呼ばないようにしているのだが、囁く程度ならば構うまい。
ダンテはうっとりと瞳を潤ませ、バージルの背に回した手をきゅっと握った。
「うん……気持ちいい……」
呟くダンテの唇をぺろりと舐め、
「買い物の続きだ。……おいで」
ダンテの手を握り、反対の手でかごを持ったバージルに、ダンテは手を引かれるままふらふらと
従って歩く。ぼんやりとした表情がどうにも可愛いくてか、すれ違う客が皆ちらちらとダンテを
盗み見ている。
バージルは無性に腹が立ち、
「早く帰るぞ」
とダンテの手を強く引いた。
その日の、少し早めの夕食で。
氷水で冷やしたオニオンスライスが、硝子製のボールに山のように盛られているのを見るなり、
ダンテは立ち尽くしてしくしくと泣き出した。
その悲愴な表情を、バージルは忘れることはないだろう。
仕事帰り、ふさふさファーのパーカーを着てる5歳くらいのお子様を見まして。
後姿がやたら可愛かったんです。で、これ。…何故こうなる?
個人的にポインツはいくつかあるんですが、あえて言わないどきます。
あ、ダンテが玉葱嫌いなのはものそい個人的なマイ設定です。はい。