子守唄ヤサシイウタ









ぱたぱたと、小さなものが家の中を駆けて行く。そんなに走っちゃ転ぶわよ。優しい母の声が 頭の上を通り過ぎ、その小さなものはまだ止まらない。



その家には、美しい母と双子の兄弟が三人で暮らしている。父親はおらず、しかし母子は周囲の 誰から見ても仕合わせそうだった。父親がいないからといって、すなわち不幸だと規定することは 浅はかだ。



ふわふわの銀髪を揺らして走る小さな子供は、二階の子供部屋の前で急ブレーキをかけて 止まった。キッチンから子供部屋まで、走ったところで歩いたのとさほど差は出ないのだ けれども。
両手に抱えたものをどうにか片腕で抱き込み、ドアを明ける。顔を覗かせると、足音で気付いて いたらしい双子の兄と目が合った。

「バージル、これっ」

するりと部屋に滑り込み、きちんとドアを閉めてからバージルの机に駆け寄って腕に抱えた ものをどさりと広げた。包んでいたハンカチから飴やクッキーがこぼれ落ちる。その中に、 分厚いハードカバーの本が一冊混じっていた。

「これは?」

「んと、母さんがバージルにって。読みたいって言ってたからだって」

良かったね。机に腕を乗せて凭れ、にこにことする。バージルには分厚い本を、自分には たくさんのお菓子を母はくれたのだ。
買い物に出かけた母が、双子にお土産と言ってお菓子を与えることは珍しくない。普段、 家に菓子の類を置いていないだけに、母のささやかな土産は彼――――ダンテにとって喜びも ひとしおなのである。
そしてバージルが彼程に菓子を好まないことを、母はしっかり把握しているのだ。

菓子を物色しながら、ダンテは本をぱらぱらとめくってるバージルを上目遣いに見上げた。

「どんなお話?」

本など絵本ですら自分で読むことをしない彼だけれど、見上げるバージルのおもてに笑みが 浮かんでいれば気になるというものだ。兄が喜色を浮かべることはめったにないのだから。
バージルが本から視線を外してこちらを見た。腕に頭を凭せかける彼の髪をくしゃくしゃとして、 寝る時にでも読んでやる、と言う。耳の後ろを掻く指は優しくて、彼は本を読んで貰えること 以上に嬉しくなる。

「うんっ」

花咲くように破顔するダンテに、バージルが笑みを深くした。その変化は彼にしか判らぬもの だとは、彼は知らない。
バージルが机に転がったクッキーを摘み上げ、ダンテの口許に持って来る。何の疑問も躊躇いも なく、彼はぱくりとクッキーにかぶりついた。

「旨いか?」

「ん。あーじうもたえう?」

もごもごと咀嚼しながら、今自分が食べているものと同じクッキーをバージルに差し出した。 バージルは一つ肩を竦め、ダンテの手からクッキーに齧りつく。

「おいしい?」

「うん、旨いな」

ぱぁっと笑顔を咲かせるダンテの額を、バージルが触れてちょっと押すようにする。首をのけ 反らせるようになった彼の口周りに、バージルが何の衒いもなく舌を沿わせた。クッキーのかすを 舐め取るバージルを、ダンテはじっと見つめるだけで抗う素振りもない。
バージルがくすりと笑った。

「こぼすなって、母さんに言われたんじゃないのか?」

「どうして判ったの?」

すごい、と目をきらきらさせるダンテに、バージルがまた笑う。

「いつも言われてることだろう?」

今日だけ言わないなどということは有り得ない。綺麗好きの母には例外などなく、しかし ダンテにはどうもぴんと来ず。

「やっぱりすごいね、バージルは」

自慢の兄を褒めることは、ダンテにとって当たり前のことだ。それが、少し見当外れの 褒めだとしても。
バージルはちょっと笑って、ダンテの頬にキスをしてくれた。キス一つで彼が仕合わせになれる ことを、バージルはきっと知っている。だからこうして、日に何度もキスをしてくれるの だろう。

「バージル、夜まで待たなきゃだめ?」

母がバージルへの土産として買って帰ってきた本に、彼はそうっと指先で触れた。表紙カバーの 固い感触に、慣れない彼はするすると指を滑らせる。そうして窺うように見上げたバージルが、 ふと、口と口とをくっつけてきた。

「……ん……」

「夜まで辛抱できないのか?」

問う兄の声音がいつもと少しだけ違う気がしたが、彼は深く考えることはせず。

「だっておもしろいんでしょ?」

「おれには、な。おまえにはどうか判らないぞ」

髪を耳の後ろに掻き上げてくれる指に、彼は猫がするようにごろごろと頬をすり寄せた。

「……むつかしい?」

「少しな」

でも読んで? 言うと、バージルはまた唇を合わせた。





バージルが読みたかったというその本は、やはり彼には難しすぎて。少しも読んで貰わないうちに 眠ってしまったけれども。

バージルの膝に頭を預け、丸くなって眠るのはとても心地が好くて。

髪に触れる指先の優しさが嬉しくて。











少年は、ゆらゆらと、眠る。



















戻。



久々?の仔双子ものでした。
ごっついハードカバーのお土産って、ママンかなりの太っ腹。
ちなみに何の本かは…皆様のご想像にお任せします。
というか…やっぱり子ダンテ好きだ…