閉塞
かりかりと、何かを引っ掻く小さな音。それから押し殺した微かな泣き声。鼻を啜る音。
さして大きくないそれに耳を当て、バージルはうっそりと微笑んだ。
十一の子供には似つかわしくない、愛慾すら秘めた笑み。
それを言い出したのは、まだまだ遊び盛りのダンテだった。
バージルとダンテは双子で、当然ながら歳は同じだ。しかし精神的な成長には少し差がある
らしく、バージルは周囲の子供の中でも際立って大人びた子供に育っていた。
子供の社会において、違うということは即ち異質とされ、しばしば排除されることがある。
しかしバージルは初めから周囲とは馴れ合おうというつもりが一切ない為、たとえ除け者に
されたとしても気付かないだろう。むしろそうした標的にされやすいのはダンテの方だった。
バージルは近寄り難い。しかしダンテは与し易い、と。
それには双子があまりに正反対の性格をしすぎているということもあるのだが、そんな
自分たちの立場を正しく理解しているのは、バージルだけだった。
その、良く言えば優しい、悪く言えば自我の足りぬダンテの遊び相手は、大抵バージルしか
いなかった。
「ね、バージル、遊ぼう?」
ことりと首を傾けてお伺いをたてるダンテに、バージルは仕方なく「何をするんだ?」と
言ってやる。するとダンテはぱっと破顔し、
「かくれんぼ!」
だそうだ。
オニはバージル。隠れるのはダンテひとり。
何が楽しいのかと疑われそうな、二人きりの隠れんぼ。しかしダンテのはしゃぐ姿を見れば、
バージルはそれだけで満足出来るのだ。
可愛いと当たり前のように思い、独り占めしていることに喜びすら覚え、自覚しているのだから、
およそ子供らしさからはかけ離れている。
「二十数えるから、その間に隠れろ」
言ってバージルが目を閉じるなり、ダンテはぱたぱたとどこかへ駆けて行った。軽い足音が
ふつりと消えるのを確認してから、バージルは一つ、二つ、と数え始める。
二十数え上げるまでに、時間にすればおおよそ一分強。その間にダンテが一所懸命に隠れる
場所を考えている。それを想像しながら、数えるのだ。
大抵、バージルは自らオニに志願する。ダンテがオニをすると、最悪バージルを見つけられずに
泣き出して、そこで遊びが終わってしまうことがある。バージルはそれを判っていて、わざと
見つかり易い場所に隠れたりもするのだが、逆に、わざと絶対に見つからない場所に隠れ、
ダンテが泣き出すのを待っていることもある。それはそれで、バージルの愉しみではあるのだ。
バージルがオニをしたがる理由はいくつかある。一つは数を数える間の想像。残りは、
やはり子供らしい無邪気さのない、意図を持った陰湿な“遊び”。
「……二十」
ぱかり、と目を開ける。まず周囲を見渡し、それからダンテを捜しにかかる。開始地点は玄関だ。
バージルはゆっくりと、リビングとキッチンから見て回った。
前回は、キッチンに隠れていた。
流し台の下、鍋やフライパンを綺麗に整頓してちんまりと納まっていたダンテに、バージルは
思わず言葉をなくしたものだ。
膝を抱え、調理器具と並んで小さくなっているダンテがあまりに可愛くて、咄嗟に隠れんぼを
していたことも忘れてしまった。
ダンテが流し台の下から出て来るのを許さず、その恰好のままキスをしたのをよく
覚えている。
あれは本当に可愛かった。
バージルは懐かしむように頷きながら、廊下に出た。さすがに今回はキッチンには隠れていない
らしい。リビングにも、いなかった。
さて、どこにいるのか。
急ぐでもなく、焦るでもなく。
バスルームも見てみるか。そう思い、廊下を歩いていてふと足を止めた。階段の下にある
物置空間が、不意に気になった。
「…………」
観音開きの戸を開けると、物置と言えど中は綺麗に整理されていた。ざっと見渡すが、ダンテは
いない。しかし。
手の届くところに掃除機があり、その反対側、隅の暗い場所には空き箱らしい段ボール箱が
いくつか積み上がっている。その中に、一つ大きな箱があった。近寄って見れば、掃除機が
納まっていた段ボール箱らしい。
「ふぅん……?」
にやりと、笑う。
音を立てずに、バージルは物置を物色した。
きっとあれがある筈。……あった。
それを手に、今度はわざと足音を立てて箱の側に近寄った。無造作に、箱を開ける。
白い緩衝剤。バージルは布のような緩衝剤をめくることはせず、また蓋を閉めた。そして。
ビッとそれを伸ばし、箱に貼り付けていく。
ぎくりと箱が動いた気がした。当然だ、とバージルは思う。ダンテは確実にこの箱の中に
隠れている。それなのに、バージルは箱の蓋にガムテープで封をしてしまったのだ。中に閉じ
込められたダンテは焦って当然。バージルはこれが見たかったのだ。
がさがさ、とんとん、
緩衝剤の擦れる音。蓋を叩く音。くぐもって聞こえる息は荒い。
「バージルっ……」
出して、出してよう……
懇願する声は、悲愴。
とんとん、とんとん、
音は止まない。声は次第に小さくなり、終いには啜り泣きに変わって行く。
「ひっく……ば、じ……たすけ……っう……」
真っ暗で狭い箱の中、ダンテはしくしく泣き出した。バージルはそれでも、箱を開けてやろうとは
しない。
愉しい、のだ。純粋に。
閉じ込められたダンテが、閉じ込めた張本人である自分に縋り、泣いていることが。ダンテの
頭には今、自分のことしかないのだということが。
ばぁじる……たすけて……
およそ子供らしい子供ではないバージルは、時に、ダンテを思い切り泣かせてやりたくなる。
それは衝動に似た、しかしバージルの根底に常に燻っている暗い感情。
バージルは床に座り、箱に凭れて目を閉じた。
かりかりと、内側でダンテが箱を引っ掻いている。啜り泣く声と息遣いが心地好くて、
このまま眠ってしまいそうだ。
「……ぁ……じぅ……」
苦しそうな声。箱に入っていた緩衝剤やら発泡スチロールやらに埋まっているのだから、
息苦しいのは当然だ。しかも箱はほぼ密封状態である。既に酸欠になっているかもしれない。
けれど、死ぬことはないとバージルは無意識下で判っているのだ。
自分たちはどんなことがあろうと、簡単に死ぬことはない。それを身を以て確認したわけでは
ないが、本能的に識っているのだ。言うなれば、遺伝子に刻まれた知識だろうか。
死ぬことはない。だからと言って死にかけるような真似を自らしようとは思わない。ただ、
無性に見てみたい。
閉じ込められ、極限まで追い詰められたダンテが、次に箱を開けてやった時どうなるのか。
怒るか、泣くか、それとも。
かりかりと内側を引っ掻いていた音が、消えた。声ももう微かにすら聞こえてこない。
バージルは凭せかけていた頭を起こし、箱を叩いた。小さく、とん、と一つだけ。しかし反応は
ない。――――いや、
「…………」
僅かに、声がした。バージルと、確かに名を呼んだ。
バージルは声を立てずに笑い、立ち上がって丁寧にガムテープを剥がした。べりべりと
段ボール箱の表面が削れていく。総て剥ぎ、蓋を開けた。邪魔な緩衝剤を取り払ってしまうと、
それは小さくなってそこにいた。
くたりと力なく垂れた頭がぴくりとして、ふらふらとダンテが顔を上げる。涙と鼻水で
ぐしゃぐしゃになった顔がこちらを見上げ、虚ろになった瞳がバージルを映す。そして、
乾いた唇が音もなく紡いだのは、バージルの名前だった。
「ダンテ、おいで」
バージルが言えば、ダンテは力のない腕を懸命に伸ばし、躰を屈めたバージルの首に抱き付く
ように腕を絡める。バージルはダンテの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。良い子だ。そう囁き、
背中を叩いてやると、不意に肩口に冷たいものを感じた。ダンテの背中が震えている。
バージル、ばぁじる、
泣きじゃくるダンテを段ボール箱から出してやり、バージルはひょいとダンテを抱っこした。
ぎゅう、と全身でしがみついてくるダンテを、バージルは宥めながら部屋まで運んだ。
可哀想なダンテ。
可哀想で、けれど可愛いダンテ。
「ごめんな、ダンテ」
ぐしゃぐしゃになった顔にいくつも口付け、舐めてやりながら。
すんすん鼻を啜るダンテを抱き締めて。
満足する。
世界が閉じていく音に耳を傾けながら。
取り残された可哀想なこどもに、手を差し延べる。
あにぃ…。こんな子供嫌ですね。でもあにぃだから良いか。
ちなみにコレ、頂いたネタです。
私の勝手な判断でハコの種類を変えてみたのですが、どうでしょう…?
子ダンテを泣かせるのが楽しくて仕方ないです、すみません;