病時
風邪を引いた。自分ではなく、双子の弟がだ。
朝目が覚めた時、隣で眠っているダンテの躰がやけに熱いことに気が付いた。訝しく思い、
母を呼ぼうとベッドから抜け出ようとするバージルを、意識のない筈のダンテが止めた。
くん、と握った手を放すまいと引かれ、バージルは肩を竦める。
「すぐに戻って来る」
だから離せと諭したが、ダンテの耳には届いていないことは明らかだ。
「……ぉ……に、ちゃ……」
か細い声がバージルを呼ばわる。どうした、と掴まれていない方の手で額に触れた。熱い。
しかし、ダンテの唇から零れた言葉は真逆のものだった。
「……にぃ……さむ、い、……」
その一言ではっきりした。
「……風邪、だな」
またか、という響きが込められていたことを、寒さに震えるダンテは知る由もない。
ダンテは躰が弱いわけでは、決してない。むしろバージルよりも元気に溢れていると言って良い
だろう。しかし、風邪を引くのはいつもダンテだ。
ダンテが熱を出して寝込むのは、この半年間でもう二度目。またか、と思ってしまうのも仕方が
ないというものだ。
「じゃあ、行って来ます」
見送る母に「早く帰るから」と言って、苦笑を誘いつつバージルは家を出た。ダンテはなかなか
バージルの手を放したがらなかったが、母が宥めてようやく寝入ったのだ。
そばにいて、と潤んだ瞳でバージルにねだるダンテをたしなめたのは母だった。
意外なところで厳しい――――おそらく当たり前のものだが――――面を持つ母は、バージルに
学校を休むことは許さなかった。ダンテの我儘をたしなめ、名残惜しそうにするバージルには、
笑顔で「いってらっしゃい」ときたものだ。
学校への遠くはない道のりを行くバージルの足取りは、重い。
彼ら双子の通う学校は、子供の少ない地区にある為に各学年にひとクラスずつしかない。
担任教諭にダンテの欠席を伝え、いつものように窓辺の席に鞄を置いた。机はみな二人掛け。
そこに二人ずつ座るのが基本である。
バージルは勿論、いつもダンテを隣に座らせる。ダンテは当たり前のように隣に腰掛けてい、
それがバージルの思惑通りとは露程も思ってない。
ダンテが学校を休む日は、バージルの隣は当然ながら空席だ。
「あれ、」
同級の子供が、何気なくバージルに声をかけた。
「ダンテは?」
バージルはちょっとそちらを見、休みだ、とつっけんどんに言った。
「ふぅん、だからそんなに機嫌悪そーなんだ」
などと、やけに納得しつつバージルの前の席に座る。特定の席を作っていないこのクラスでは、
皆、朝に思い思いの席を選んで座る。それがその日の“自分の机”になるのだ。
しかし、ダンテがいないからと言って、バージルの隣にあえて座ろうとは、誰もしない。
それには理由がある。
以前、ダンテが学校を休んだ日のこと。
バージルの隣の空席に、女の子が一人、座ったのだ。その子は他の誰から見ても明らかに
バージルを好いていることが判る程、何やかやと幼いながらもアプローチを続けていた。
しかしバージルがそれに気付くことはなく、見せつけるように毎日双子の弟ばかりを側に置く
のだ。その弟が休んだことは、彼女にとって絶交の好機であることは間違いない。
そうして、少女はまずバージルの隣の席に陣取ることから始めたわけである。が、しかし。
その日の放課後。少女は泣き暮れて帰宅することになった。
バージルは何をしたわけではない。ただ、何もしなかった、それが拙かったのだ。
少女が話しかけてもまるで無反応。昼食――――持参したものをそれぞれ食べる――――に
誘っても無反応。別の教室へ移動する際は、さっさと教室を出たバージルを少女が慌てて追う。
授業が総て終われば、用は済んだとばかりに鞄を背負い足早に教室を後にする。
結局、挨拶のひとつすらしなかった。
そんな、本人にそのつもりはないとは言え、酷い仕打ちを受ければ誰とて傷付くというものだ。
いや、自覚がないからこそ一層たちが悪い。
次の日から、バージルはクラスの女子児童全員から恐れられ、ついでに男子児童半数の恨みを
買うことになった。その少女に憧れていた男子児童は、意外に多いのだ。しかしバージルが彼らの
恨みを形としてぶつけられることはなく、忌避されるだけに止どまったのはまた別の理由が元に
なっているのだが、今は置く。
結果として、バージルはクラスのほぼ九割の児童から距離を置かれることになった。
ごく普通に話しかけて来る児童にしても、バージルの隣に座ろうという子供はいない。
バージルは、そんな周囲の変化をまるで知らずにいる。
バージルにとってここでの生活上大事なことは、周囲の子供とダンテの距離、それだけだ。
ダンテのいない退屈な一日がようやく終わり、バージルは担任への挨拶もそこそこに学校を
出た。誰かと一緒に帰るなどということは、考えも及ばない。
朝来る時とは違い、帰り道の足取りは軽く速い。しかし遠くはない筈の距離がやけに長く
感じて、バージルは苛立った。
早く帰って、思い切りダンテを甘やかしてやりたい。髪を梳いて頬を撫でて手を握って、
飽きる程に口付けを。それから。
やっと家に帰り着き、バージルは真っ直ぐに部屋へ急いだ。といって、ばたばたと落ち着きの
ない足音をたてたりはしないが。
「ダンテ、」
ドアを開けると、まずバージルを母の柔らかい笑みが迎えてくれた。おかえりなさい、と
微笑む母への挨拶もそこそこに、バージルはベッドに近寄った。ダンテは眠っているらしい。
「さっき眠ったところよ」
あとお願いね、と言って部屋を出る母を見送り、バージルはベッドに腰を下ろした。ダンテが
眠っているのは、バージルのベッドだ。朝から移動していないのだろう。
バージルはダンテの額に乗せられたタオルにそっと触れ、眠るダンテの頬に口付けた。まだ
少し熱が引いていないらしい。しかしそれでも、朝よりは随分ましになったか。
額のタオルを取り、水を張った洗面器に浸す。冷たくなったタオルをまた額に乗せてやると、
ダンテの長い睫毛が不意に震えた。
「……、ん……」
うっすらと開いた瞳が何をか探すように揺れる。バージルはベッドに座り直し、ダンテの顔を
覗き込むように枕許に手をついた。
「おれならここにいる」
ダンテの揺れる瞳がバージルを映し、心底安堵したように笑みを浮かべる。
「……ばーじる……」
掠れた声。熱で潤んだ瞳。ぐずぐずいう鼻を啜る仕種。バージルは目を細め、ダンテの頬を
ゆるく撫でた。
「ただいま」
寂しくなかったか?
問えば、ダンテはくしゃりと顔を歪め、バージルの手をぎゅっと握り締める。
「ばーじるっ……」
その声と表情で、ダンテがどれ程の寂しさを感じていたか、聞くまでもなく判る。バージルは
ダンテの手を握り返してやった。
「ごめん。もうどこにも行かないから」
「……ほんと……?」
熱の所為ではなく瞳を潤ませるダンテが、この上なく愛おしい。バージルは「本当だ」と頷いて
やり、重そうに伸ばされた腕に応じるようにダンテを抱き締めた。
バージル。
熱っぽい声。暖かいからだ。首に絡む細い腕。
バージルは堪らなくなったかのように、ダンテの首筋に唇を押し付けた。しかしそれだけでは
足りず、口付けたそこを舌でなぞり、歯を立てる。びく、とダンテが反応して、小さく声を
漏らした。悪戯をするように耳朶を食んでみると、またダンテはぴくりと反応する。
気持ちが良いのだろうことは、確かめるまでもなく判る。
少し躰を起こし、ダンテの顔を見た。とろんとしたダンテの瞳と視線が絡む。
「……ば……じる、……」
もっと、とねだるぽってりとした唇を、衝動のまま自らのそれで塞いだ。隙間からもれる
ダンテの息は、バージルの幼い性を揺さぶり、煽る。しかしバージルはまだ、唇への口付け
以上のことは知らなかった。ダンテなどは論外である。
ただ、そこを触るのだろう、ということは、バージルは何となく知っていて。しかし唇を
重ねるだけで自身を満足させる。
慾の走るままに任せてしまえば、ダンテを怯えさせるだけだと本能的に知っているから。今は
まだ、口付けるだけで。
「……ダンテ、」
少しずつ。少しずつ。
かく、とダンテの頭が枕に沈んだ。また眠ってしまったらしい。
バージルは自分もベッドに潜り込み、ダンテの首筋に顔を埋めて目を瞑った。今はこれで良い。
そう、焦らずとも時間はあるのだから。
風邪がうつるかもしれぬということは念頭にはなく、バージルはダンテの匂いに
引き込まれるように、すう、と眠ってしまった。
こ…仔双子入ります…
何やらテンパってる感じが伝わりますかね…?
自分が風邪引いてる時にこんなネタ書くのはまずい、と思い知りました。
面白くなくてすいません…orz