真綿マワタ









優しい母が買ってくれた、ふわふわの枕を抱き枕のように抱き締めて、眠る。
気持ち良さそうにすやすやと夢の中を漂う弟を、バージルは複雑な面持ちで見つめていた。





母と双子が連れ立って大型デパートに出掛けた際、双子の弟がとある売り場で見つけたものが、 ことの初めだった。
それは動物を模した、ぬいぐるみ型の枕だ。生地はタオルのようで、触ると何とも言えず 心地好い。ダンテがはしゃぐ傍らで、バージルもその心地好さには同感だった。

しかしその日は荷物の関係もあって買うことは出来ず、少し寂しそうにしていたダンテに、 バージルは軽くキスをしつつ慰めてやった。



そんなことがあってから、一週間後……



「バージル、ダンテ、いらっしゃい。良いものをあげる」

買い物に出ていた母が、家に戻るなり双子を呼び寄せた。子供部屋で遊んでいた双子は、 何ごとかと期待いっぱいに部屋を飛び出し、母の許に駆け付けた。

「なぁに、母さん?」

わくわくしているのが誰から見ても判るのはダンテ。

「面白いものでもあった?」

誰に似たのか、どこまでも淡々としているのはバージルだ。

母はそんな対照的な二人を、それこそ分け隔てなく愛している。その証拠に、双子の反応 それぞれににこにこと慈母の笑みでもって受け止めた。

「バージルにはこれ、ダンテはこっちね」

言って、母が手渡したのは、子供の腕には大きい包みだった。しかし、重さは全くなく、 逆に軽い。
ダンテが跳ねるように言った。

「ねぇ、開けて良いっ?」

母がにっこりと笑う。

「えぇ、勿論」

言い切るが早いか、ダンテはいそいそと包み紙を解いていく。バージルもそれを見て、 一応自分の包みに手をかけた。実を言えばバージルには、その中身が何となく判っていた のだ。
がさり、と薄いピンク色の包み紙から現れたのは……

「わぁっ、ありがとう母さん!」

ダンテが喜色満面、それをぎゅうっと抱き締めた。それはそう、一週間前にデパートで 見付けた、ぬいぐるみ型の枕だ。バージルの包みの中身も同じで、しかしそれぞれに動物は 違うらしい。
バージルのものはライオンだと判るが、ダンテのものはアライグマか何かだろうか。よく 判別がつかない。しかしダンテには、それがどんな動物だろうと構わないのだろう。気持ち良さ そうに頬を寄せ、撫でさすっては幸せそうな溜息を漏らしている。

気に入ったのだと誰の目にも明らかなダンテに、母も満足そうだ。バージルはとりあえず ライオンを抱え、母を見上げる。

「ありがとう、母さん」

礼の指すところは、これを貰ったことよりもダンテの笑顔に対するものが大きかったのだが、 勿論それは言わない。おそらく母は気付いているだろうから。

「可愛がってやってね、バージル」

語尾にハートマークでも付きそうな笑顔で言われ、バージルはこくんと頷いた。何を可愛がれ、 と言われなかったのが思わせぶりだ、と思いながら。
母とバージルの微妙なやりとりなど露知らず、純粋に喜ぶダンテは一人、子供らしく ぬいぐるみと戯れるのだった。




そして、三日。

バージルの機嫌は下降の一途を辿っていた。何故かと言えば、理由は一つしかない。 ダンテのことだ。

この三日というもの、ダンテは夜、例のぬいぐるみを抱き締めて眠っていた。いかにも 気持ち良さそうに、すうすうと眠るダンテの寝顔を見ること自体は、バージルも好きなので何も 言わない。機嫌など悪くなりようがないのだが、何が、と言えば、そのぬいぐるみが 原因だった。
ダンテがぬいぐるみと寝るということは、つまりバージルと一緒に眠ることがなくなった、と いうことなのだ。

毎日のように一つのベッドで眠っていたというのに、この三日、別々のベッドでそれぞれ 寝起きしている。それも気に入らないのだが、何より不愉快なのは、ダンテが タヌキ――――バージルにはそう見える――――枕を抱き締めていることだ。
本当なら、そこには自分がいる筈ではないか。ダンテを抱き締めて眠るのは自分で、あの枕 などではない。第一枕は抱き締めてなどくれないではないか。それなのに何故。

バージルは今日も今日とて、早々とベッドに潜り込んでしまったダンテと、その腕に抱かれた 枕とを、じとりと横目で睨むのだった。



限界を感じたのは、それから更に二日後のこと。

今日は珍しく、ダンテがまだ起き続けていた。今はもう夜の十一時。いつも十時には 眠るダンテにしては、随分粘っている。何故かなど、バージルは知らない。が、その視線が 自分に向けられていることは判る。

じっとバージルを見、目が合うと、慌ててどこかに目を逸らしてしまう。しかしバージルが 手許の本に目を落とすと、またこちらを見つめてくるのだ。
何をしたいのか。バージルはそんなことは知らないが、しかしバージルには、ダンテが何を 考えているのかは何となく判る。

バージルはしかし、それを自分から聞いてやることはしない。だからダンテは、眠いだろうに こんな時間まで起きていなければならなくなってしまった。

自業自得。バージルは子供らしからぬ冷淡さで薄く笑う。
自分に与えられた心的な傷を、ダンテも少しは感じれば良い。そして泣いて縋るなら、 手を差し延べ、優しく抱き締めてやろう。

何も言わず、動きもしないバージルに、さすがにダンテは焦りを感じたのだろう。

「あの、さ……バージル?」

顔色を窺うように、ダンテがバージルの側に寄って来た。その表情は、見るまでもなく不安で いっぱいなのだと判る。
いつもなら、バージルはすぐにダンテを助ける。それが今日に限って全く、むしろ意図的に 無視すらされている。しかしそれが何故なのか、ダンテはおそらく判っているのだ。だから、 恐る恐るバージルの名を呼ぶ。

「バージル、あのね……」

今にも泣きそうな、声。それがバージルに昏い喜びを与えた。

わざと答えないでいると、ダンテは本当に涙を滲ませたらしい。

「ばぁじる……っ、ごめ、ん、なさい……」

僅かにしゃくり上げながらダンテが謝った。ごめんなさい、と何度も謝り、

「一緒に……寝よ、うよ……」

懇願に似た言葉に、しかしバージルはまだ首を縦にはしなかった。

「あれは、」

どうする、と視線でダンテの枕を指す。ダンテはそちらを見ることもせず、やだ、と首を 激しく振った。

「ばぁじるが良い。バージルじゃなきゃやだぁっ」

今度こそ、ダンテは本気で泣き出した。本当はさっきから、ずっと涙を堪えていたのかも しれない。バージルは「やりすぎたか」と内心で反省し、泣き震えるダンテを抱き寄せた。

「ごめん、ダンテ。今日からまた一緒に寝よう。な?」

ことさら優しく耳元に囁き、さらさらの髪を撫でる。ダンテはまだ震えていたが、やがて それも治まってくるのがバージルにも判った。
もう一押し、とバージルは少しだけ躰を離し、ダンテの頬や額、こめかみに愛おしげに キスを降らせる。

「寝よう、ダンテ。朝までこうしててやるから」

瞼にキスをすると、ダンテはうっとりしたように睫毛を震わせた。

「ほんと?」

「おれは嘘なんかつかない。そうだろう?」

それがダンテに対してのみのことだとは、あえて言わないけれど。
ダンテはバージルの背に腕を回し、寝着の裾をきゅっと握り締めてにっこりと破顔する。

「うん、」

自分を疑うことを知らぬ、可愛いダンテ。

バージルはくすりと笑い、ダンテを抱き締めたままベッドに誘った。当然だが、ダンテは 抗うことなどしない。シーツに押し倒しても、信じきった瞳で見上げてくるばかりだ。

このまま、日増しに大きくなる名も知らぬ感情をぶつけてしまおうか。そうしたら、 この純粋なばかりの弟はどんな顔をするだろう。

見てみたい。そう思ったが、バージルは堪えた。

「おやすみ、バージル」

心底安心して微笑むダンテを見てしまえば、そんな醜いというのだろう感情などどうして さらけ出せようか。

並んで寝転び、すり寄って来る暖かな躰に笑みを浮かべ、ダンテの頭の下に腕を回した。肘を 曲げて、形の良い頭を抱くようにする。もう一方の腕でダンテの腰を抱き寄せる。

「おやすみ、ダンテ」

瞼を閉じたダンテの額にキスをして。

五日ぶりに、バージルは本当に眠った気がした。



















戻。



寝る時に思い付いて…。誕生日に貰った枕を元ネタにしました。
タヌキだかアライグマだか分からないんですよ。本当に。
ちなみにライオン型のは友達が持ってます。柔らかくてほんと良いです、これ。
今回のコンセプトは、気に入ってそればっかりになるダンテにイラっとする兄。
子供なのは、何となく。というか、大人の男でこれはなかろうと;