悪戯
これは何の冗談かと、問うたらそいつはにやりとして、冗談なんかじゃねぇよ、と
言って笑った。
羽毛の詰まった布団を引っ張り、ごそりと寝返りを打つ。うっすらとした覚醒。もう一眠り
しようと意識を手放しかけた時、おい、と遠くで誰かが自分を呼ばわっているのが聞こえた。
煩い。まだ眠い。
眉間に皺を寄せて、呼ばわり続ける声を無視して無理矢理眠ろうとした。しかし、
「おい、聞こえてんだろ?」
返事しろよ、と。苛立ったように横向きになった肩をぐいと引かれる。
あぁ、鬱陶しい。
肩を揺すられ、声は止まない。
仕方なく、目を開けた。こう煩くては、眠りたくとも眠れない。
「……あぁ……?」
起こされたことへの不機嫌さを隠しもせず、そうさせた男をじとりと睨む。男は、ダンテによく
似た顔立ちを何故か不愉快そうに歪めている。こちらに何か文句を言いたげな表情に、ダンテの
機嫌も下降する。文句を言いたいのは、こちらの方だ。
「……何だ」
目付きが鋭すぎて怖い、と同業者にすら言われる目で、睨む。しかし彼らのようには男には
効かないことを、学ぶまでもなく知っている。
男は餓鬼のようにむすっとして、目を開けただけのダンテの腕をぐいと引いた。力の強さは
ダンテとほぼ同等。むしろ若い分、ダンテよりも強いだろう。
起こされた勢いそのままに抱き締められ、眉間の皺が少し薄くなる。が、機嫌が直ったというわけ
ではない。
餓鬼。口の中で呟くと、聞こえたのか、首筋に噛み付かれた。
「……ッつ……」
「嘘言うなよ。痛みなんかほとんど感じねぇくせに」
それは確かにそうだ。年々、痛覚が薄れていることは言われるまでもなく自覚している。
犬歯を突き立てられた程度では、口に出す程の痛みは感じない。
「煩い。突き飛ばされたいか?」
ぐにぐにと首に噛み付いていた男が、不意に動きを止める。
「それは、勘弁」
ぼそりと呟き、ぎゅうと抱き締める腕に力がこめられる。その背中をぽんと叩き、痛い、離せ、と
わざと冷たく言う。腕は緩むどころか、一層強くなった。
「あんた、本当は俺のこと嫌いだろ」
餓鬼のような声に、思わず笑ってしまう。――――内心で。痛みの感覚が薄れていくのと
同様に、その他の感覚や感情すらも希薄になっているのだ。そうなると、表情からは変化という
ものがなくなっていく。
それが、この男には歯痒いのだろう。
「さぁな」
感情の消えたおもてで言えば、内心が読めなくなるらしい。以前、この男に言われたことだ。
男が今度は、耳朶に噛み付いて来た。尖った犬歯で何度か食み、舐める。
餓鬼ではなく犬か、とまたおかしくなるが、やはり表情には表れない。
「なぁ、」
男が何か言おうとする。何を、など判りきっていることだ。
「……起き抜けにか」
「別に良いだろ。あんたは何もしなくて良い。……だからって、寝んなよ?」
何も着ていない躰を、男の手が我が物顔で這う。勝手を知りすぎているその手は、弱い箇所を
わざとらしい程丁寧になぞっていく。はぁ、と呆れともつかぬ溜息を漏らした。
「あんた、さ」
反応もしていなかった陰茎を掌に包み込むようにしながら、男が言う。
「誰とでも、するんだろ?」
何を、とは、はっきりと口にはしない。しかしこの状況で何を言っているのか問うなど、
間抜けのすることだ。
「……操を立てて欲しいか?」
暗に、肯定して。興味もなさそうに言えば、ぐちりと陰茎の先端に爪を食いこまされた。
さすがに、痛い。しかし訴えずにやり過ごす。
「ちっ……」
男が堪らなくなったようにダンテの脚を抱え、座ったままの恰好で後孔に自身をあてがった。
みし、と軋んだ音がして、濡さられもしていないそこに男が分け入ってくる。
「……ッ……」
しかしそれすら息を飲むだけで堪えたダンテに、男は更に苛立ったのだろう。何でだ、と
食いしばった歯の隙間から漏らし、挿出を始めた。ぬるぬると滑るのは、繋がれたそこから
血が流れているからだ。
シーツがまた台無しだな。
揺さぶられながら、どこか冷静に思う。その余裕が、男に余裕をなくさせるのだと、知って
いながら知らぬふりをする。
「……っ、は……」
快楽は、薄れた感覚の中でもまだ残っている方だろう。しかし快楽主義とまで言っていた頃とは、
やはりもう比べ物にならぬ程鈍くなった。
ぐちゅり、と最奥を突かれ、一瞬だけ息を忘れる。それが男にも判ったのだろう。何度も
突き上げられ、ようやく吐息に甘いものが混じり始めた。
「んっ……ふぅ……」
男が笑った気配がした。
「もっと啼けんだろ。ほら」
脚を胸につく程に折り曲げられ、当たる場所が僅かにずれる。先刻よりも内いっぱいに男の肉が
満ちている気がして、無意識に男を締め付けた。
「ぅあっ……あ、はぁ……ッ」
「くっ、……痛ぇよ」
どこか嬉しそうな、声。肉襞が絡み付いているのが、自分でも判る。それが男には嬉しいの
だろう。いつも、一方的という感の強いセックスばかりをしているから、応えるとすぐに喜んで
しまうところが男にはある。
乗り気になれないということは、ないのだ。しかし理性を手放すには抵抗がある。そこまで
自分をさらけ出すことを、本当にして良いのかと自問する。
「他のこと、考えんなよ」
ぱし、と尻を叩かれ、あぁと思う。若い。自分もこれくらいの若さがあれば、あるいは溺れて
いたかもしれない。
「俺に集中しねぇと、また血ィ流すぜ」
酷くしてしまうことを、男が嫌悪していることは知っていた。しかし血を見ること自体は嫌い
ではないことも知っており。だからこそ、嫌悪に陥るのだろう。
「……あんたはどうして、俺にハマってくれないんだろうな」
呟きは独白。そう判るからこそ、聞かないふりをする。
流されてこんな関係を続けているのだと、きっと思われているのだろうけれど。――――けれど、
弁解して、本心を語ることは出来ない。
性急に腰を揺さぶられ、男が内に精を放つ。陰茎の根元を締め付けられた自分は、達したく
ともそれが出来ず。恨みがましく男を見れば、男は笑みでそれに答えた。まだまだ、飲んで貰う。
情慾にけぶった碧眼の奥に、怒りとも哀しみともつかぬ感情が宿っている。
思えば、いつもそうだ。
余裕があるように見えて、その実、この男はいつもどこか必死に自分を抱く。
自分の所為で。
「……まえ、死に、そ……だな……」
突き上げられ、息をするのも絶え絶えになりながら、言う。男は間近で視線を絡め、当然だろ、
と言って唇を重ねた。
口唇を合わせるというよりも、舌を擦り合わせ唾液を絡めることに重点を置いた、浅ましさの
勝るキス。互いの息が荒い。だらりと零れた唾液が顎を伝って胸元に落ちる。
「……エロい貌だな」
揶揄され、ベッドに押し倒される。
長くなるな。
判っていたことだが、男は一度セックスを始めれば、なかなかダンテを離そうとしない。
セックスが好きだとかいうことではなく、出来得るだけ長く繋がっていようとしてのことだ。
そうしなければ、ダンテが己を見限ると、本気で思っているのだろう。
「は、ふ……っく……ぅん……」
終わりそうもない、激しさの増すばかりのセックスに、内心で溜息を吐いた。
「それで、」
もう陽が暮れようかという、夕刻。風呂に入ろうと言い出した男に躰を洗われながら、問うた。
目覚めた時、何故不機嫌だったのかと。
男は泡だらけの手でダンテの頬を撫で、少し唇を尖らせた。
「……違う男の夢、見てただろ」
寝言で、誰ぞの名を呼ばわったのだろうか。首を傾げると、僅かに反った首筋をぬるりと
泡まみれにされる。
「なんか、すっげぇイイ声で啼いてたぞ」
あぁ、誰かとセックスしている夢を見ていたのか。記憶はないが、何故か納得してしまう。
しかし、だ。
「どうしてお前ではないと言い切る?」
だって、と口ごもる男は、酷く幼く見える。
「だって、何だ」
「……俺にはあんな声、聞かせてくれたことねぇ」
「…………は?」
思わず間抜けた声をあげてしまう。男はしかし、揶揄うよりもぶすっとしてダンテを睨んだ。
「……誰だったんだよ、相手」
いつにも増してしつこかったのは、この所為らしい。
嫉妬、していたのか。欠片も覚えていない夢の中の誰かに。
ダンテは一瞬ぽかんとして、次いで吹き出した。こんな笑い方をするのは本当に稀で、男の方が
ぽかんとしてしまっている。その表情が、どうにも可愛く思えてしまって、我ながら重症と
認めざるを得ない。
くしゃりと男の髪を掻き、引き寄せた。息の触れる近さに唇を寄せ、にぃと笑ってやる。
「……馬鹿が」
悪い夢と思いたかった。しかし若い“自分”に抱かれるという悪夢を、いつしか受け入れている
自分がいた。
馬鹿だと思う。けれど。
どうしようもなく、愛しい。
若い“俺”のように、自分もまた若かったなら、何の衒いもなく言ってやれるの
だけれども。
その一言を言う勇気が、どこを探しても、ない。
やってしまったダンテ×ダンテ…。
分かりにくいですが、1×2です。