極彩ゴクサイ









また、この季節がやってきた。


ダンテはリビングのソファーに座り、心なしかぐったりと背凭れに躰を預けている。ぼんやりと 視線を送る先には、ダンテの双子の兄、バージルがキッチンで夕食の準備に勤しんでいる。
三十分待て、と言われ、大人しく待っているダンテである。
そもそもリビングから出る気はダンテにはないし、ひとりで騒いでも虚しいだけ。つまりは ソファーでぼんやりするしかないわけだ。
それに今のダンテは、外に出て行けない理由がある。
バージルには、暇潰しに外へ出ても良いぞ、などと高圧的に言われたダンテであるが、出来るか、 と怒鳴り返したのはつい先刻のこと。

(誰がこんな恰好で……)

不貞腐れて、膨れっ面でソファーに陣取ったダンテに、バージルは肩を竦めて見せただけ だった。

こんな恰好、とは。

今現在、ダンテは実年齢よりも幼い姿をしている。悪魔の毒が原因の症状なのだが、もう一年にも なるのにダンテの躰は縮んだまま、未だ元に戻る兆しはない。
その小さくなったダンテに、バージルは何故か着るものをいちいち指定するようになった。
これを着ろ、と買い物に出るたびに服をあてがわれ、素直に着れば満足そうに微笑など浮かべる バージル。ダンテは少々薄気味悪く思いながらも、バージルの嬉しそうな様子に嫌だと言うことも 出来ず、ずるずる付き合わされて今に至っている。
そのバージルが。この夏の時期になると悪癖が頭をもたげるのである。

初めは去年の今頃。

ユカタなるものをダンテに着せ、大いに気に入ったらしくそれ以降のダンテの着るものは専ら ユカタになった。地味なものから派手なもの、果てに裾のやけに短いものを着せられたことも記憶に 鮮やかだ。
しかし、とダンテは思う。コレよりは、何となくだがマシだったのではないか、と。
今ダンテがバージルによって着せられている、キモノ。ダンテにはキモノもユカタも同じものに しか見えず、これも見た目は代わり映えしないように見えた。が。

ダンテはひょいと目を落とし、薄くなった胸板を見下ろし無意識にため息をもらした。キモノを 着ているのに、視線を落としただけで胸元が見える。これがこのキモノの普通でないところだ。

真っ赤なジュバンを肌着の代わりに着込み、黒を貴重にしたキモノには金糸で金魚だか鯉だかが 刺繍されている。帯は赤、金の裏地のそれは前で結んで余りは長く垂れ。胸元を大きく開け、しかし 胸の突起は見えない程度にゆったりとはだけ。
中途半端に銀の髪は器用に髪留めでひと纏めに、こぼれた髪はこぼれたまま。

見るものが見ればだらしなく、しかし婀娜っぽい姿に仕上がった自身を、ダンテは自分では 見ていない。見たくもないのだ。こんな女物のキモノを着せられた自分など、見たいと思う人間が いるだろうか。
しかしダンテを着せ替え人形か何かと勘違いしている気のあるバージルは、散々ダンテを眺め 回した挙句、

「上出来だ」

などと耳を疑うような言葉を平然と口にしたのである。もうダンテには、どうにでもしろ、と 諦めてかかるより他ないというものだ。

(何が良いんだ、こんなん……)

げんなりと、深いため息を吐くダンテ。そんなうなだれる姿すら、バージルがちらと見遣っては 満足げに笑みを浮かべているとは露知らず。

バージルの馬鹿、と口の中で呟き、ひょいと見上げた先で思いがけず目が合ってしまい、咄嗟に 俯いた。どうした、と愉しそうな声が恨めしくて、べつに、とやはり口の中でもぐもぐする。
何でそんな愉しそうなんだ、とか、着せ替えが出来りゃ誰でも良いんだろ、とか。
言いたいことはあるのだけれど。

けれども、だ。

バージルの嬉しそうな顔を見てしまったから。
結局、ダンテはバージルの好きにさせてしまう。

何も言えずに、ダンテはただ唇を尖らせた。



あぁ、また嫌な季節が巡って来たよ。












彩色イロドリ







見詰める先には艶やかな姿の少女がひとり。
決して少女ではなく、間違いなく少年であることを彼らは知っているのだけれども。ソファーに 腰掛けため息を吐くさまなどはひどく婀娜っぽくて、彼らは引き寄せられるようにふらふらと彼の そばに寄って行くのだった。

「……ん、……何やってんだ?」

少し高めの声はまだ声変わりする前の少年のそれ。アグニとルドラはぴたりと彼の足にくっつき、 頬をすり寄せた。
少年がくすぐったそうに笑う。

「何だよ、遊んで欲しいのか?」

くすくす笑う彼を見上げれば、大きく開いた胸元に目が吸い寄せられる。
この時季、彼は彼の兄によってキモノという動きにくそうな服を着せられることが専らだ。 アグニとルドラも彼のキモノ姿は大好きで、いつか自分たちが着せてやるのだと、無理なことを 考え息巻いている次第である。

「よく似合っているぞ、主よ」

ルドラがよじりと彼の脹脛を這い登り、言った。膝くらいまで登ると、彼がひょいとルドラの 小さな躰をすくうようにして持ち上げる。

「艶やかとは主の為にある言葉であるな」

アグニも負けじと彼の足をよじ登り、ルドラよろしく彼によって拾い上げられる。小さくなった 彼の掌。しかしアグニとルドラを抱えるのに、両の手は必要ない。
大腿にちょこんと座って彼を見上げると、彼は仔猫にするように頭を撫でてくれた。

「嬉しくねぇよ」

言いながら、彼は笑っている。二匹の小鬼を気に入っているのだと、その表情だけで判る程に、 彼は優しい顔をする。
アグニとルドラは彼のそんな表情を見ると堪らなくなって、ぎゅうっと彼の腹にしがみついた。 実際の年齢よりも若く、幼くなった彼の、胴は細くて薄っぺらい。それでも彼ら二匹が いっぱいに腕を伸ばしても、彼の胴を一周することは出来ない。

「主よ、この布は今少し邪魔であるな」

「直に主の膚を堪能したいのだ、主よ」

「然り、主の玉の膚は極上の絹にも勝る」

「然り、我らを虜としてやまぬ罪な膚よ」

セクハラ紛いの言葉が飛び交おうとも、彼はやはりくすくす笑うだけだ。

「何だ、そりゃ。そんな良いもんじゃねぇぞ?」

「主よ、謙遜すまいぞ」

「謙遜など不要ぞ、主よ」

「何を言ってんだかな」

彼は胴にしがみついて離れない二匹の、後頭部をぐりぐり掻いた。

「そろそろバージルが戻ってくるから、離れてろよ?」

アグニとルドラは廊下をこちらに向かって歩いてくる足音を聞きつけ、 しかし彼から離れようとはしなかった。
彼の兄とは最悪に仲の悪いアグニとルドラ。それはひとえに彼を想うがゆえなのだと、彼は いまだ気付くふうもないけれど。

「兄上殿が恐ろしくて主から離れるなど、出来ぬことぞ」

「然り。兄上殿ばかりに美味しい思いをさせてはおけぬ」

「今宵こそ、我らが主の膚を堪能するのだ!」

「今宵こそ、我らが兄上殿を出し抜くのだ!」

喚くアグニとルドラの背後、彼が見詰める先には絶対零度の瞳が二つ。

「……良い度胸だ」

低い声は地獄から響いているようだと、間に挟まれた彼がしみじみと思ったとは誰も知らない。











色状イロアイ







不機嫌だということは、眉間に刻まれた皺を数えなくとも判る。これだけ重苦しい空気を醸し 出していれば、ダンテでなくとも判るというものだ。
が、しかし。

(何がしてぇんだろう……)

ダンテは自分の腹を見下ろし、腰の辺りに回された腕を眺めて内心でため息を吐いた。後ろから 伸びた二本の腕は、ダンテをしっかりと抱き寄せ離さない。腕の持ち主は、もちろんバージルだ。

アグニとルドラをいつものように容赦なく撃退したバージルは、ソファーに腰掛け、呆れるように 見上げていたダンテをひょいと膝の上に抱き寄せた。ダンテの背中が自分の胸にぴったりくっつく ように腰を引き寄せ、腕を絡めたのがつい十分程前のことだ。

ダンテはバージルの、まだ冷めやらぬ(らしい)怒りに、コレの理由を訊けずにいる。

怖い、とは思わない。バージルが怒っていないときなどないのだ。言わば、慣れだ。もちろん 怖いと思うことも多々あるが、今は違う。

ダンテはちらと、リビングの隅に目をやった。いまだ、アグニとルドラがうつ伏せの恰好の まま床にぐったりとしている。
あの二匹の悪戯はいつものことで、同時に彼らがバージルにしこたま怒られるのもいつもの ことだ。

(なのに、なぁ……)

ダンテにはどうしてアグニとルドラを、バージルがこうも嫌うのかが判らない。
バージルの腕を見下ろし、自分の細い胸板と腰にため息を吐いた。

「なぁ、バージル」

なんだ、といつもと声音だけは同じ応え。ダンテは一先ず、返事があったことに無意識に ほっとした。

「あのさ、……重くねぇ?」

違う。そんなことが訊きたいのではない。なのに、舌が上手く動いてくれなかった。

「……むしろ軽い、な」

くす、とバージルが笑う。ダンテが本当に訊きたいことを言えなかったのだと、まるで手に 取るように判ると言わんばかりに。
ダンテはむっとして、バージルの膝の上でごそごそ動いた。バージルに預けていた背中を離し、 腰に回された腕が外れてしまわないよう、躰をくるりと反対向かせる。

向かい合わせになったバージルの、眉間には僅かな皺が刻まれているだけ。

「軽いとか言ってられんのも、今だけなんだからな」

元の姿に戻れば、体重はバージルとほぼ変わらない。それを軽いとは、さすがに言えない だろう。
バージルはちょっと目を瞠り、次いでくっくと苦笑した。

「それでも、お前を重いとは思わん」

返された答えは、バージルの本心だろう。ダンテはバージルの背に腕を回し、ぎゅうっと しがみついた。抱きつく、というよりは、小猿が母親の腹に縋りつくかのように。
そんな子どもじみた真似をする自分を、ダンテは嫌いなのだ、けれども。

「暖かいな、お前は」

子どもの体温は高い、と言いたいのだろうか。それにしては揶揄う声音ではないことに、 ダンテはしかし疑問には思わなかった。

暖かいのは、ダンテも同じ。

ふと、バージルの脚を跨いでいることで、キモノの裾が大きく割れてしまっていることに 気付く。着崩れをやたら嫌うバージルしては、何もお咎めがないことにダンテはちょっと首を 傾げた。

(まぁ、良いのかな……)

触れたところから伝わる、バージルの低い体温に。
跳ねることを知らない、バージルの静かな心音に。

ダンテはすぅっと、瞼を閉じた。



着崩れることを前提とした着付けをしてあるのだとは、ダンテはむろん、知る由もない。











戻。



[07/10/26]